第6話 街と噂
やっぱりと言ってはなんだが、メイラさんにこっ酷く叱られた。あのトカゲのモンスターは「ラネムーゾ」といい、シィエルと共生関係にあるという。特殊な毒で相手を失血させ仕留めるという戦法をとる。その毒に対しての血清は完成しているからあの後の事は問題はあまりなかったが、半ば強制的に二日でいいから休暇を取れとの命令が出た。
翌日の朝、俺は少しのお金を持ち、貰った宝石の首飾りをかけ、少し繕って家を出た。向かう先は決まっていないが、街の中心部に行こうと思い立った。俺が住むオッサンの家は、大通りのある住宅街に位置する。マニラウ全体で言えば中心から南西の方角にある。街の外側がおおよそ住宅街であり、その内側に店が立ち並ぶ。歩いていて最初に出会った店は、出店の様な質素な物だった。そこで売られているのは安価なシャツだったり、簡単な料理を提供する店だったり、なんだかよくわからない怪しいものまで売っていた。聞けば魔除のなんかだと言っているが…どう見ても客通りは悪い様に見えてしまう。少し食べ物を売っている店に寄り、串焼きを買った。肉の味は俺のよく知る鳥と同じだが、タレは少し違う風味があったし、野菜に関しては少し辛いものが使われていた。と言っても店ではピリ辛を売りにしているようだったから、そう考えればとても美味しい串焼きだった。
そういえばこの世界に来てから食べたもので言ったら、コーネノのシチューやコーネノの焼肉、シィエルのステーキやスープにしたものがほとんどだ。野菜はよく知る形や色だったが、味は。どれも甘かった。ここに来て辛い食材が普通にあると初めて知った。出店の並ぶ至る所にしっかりゴミ箱やゴミ袋は用意されていて、捨てる場所は迷わなかった。
いい店が立ち並んでいた通りを抜けると、また住宅街が広がっていた。しかし、オッサンの住んでいる場所に比べて装飾が綺麗だが、縦に細く、印象は「ぎゅうぎゅう詰め」だった。それでもまだこっちの方が東京よりもマシに見える。住宅街にはいつもある程度人が歩いていたり話し合っている。それはここでも同じだが、小さい子供の姿が多く、皆で一緒に遊んでいる。サッカー、鬼ごっこ、チャンバラなど、よく動く遊びが多かった。「レベル」のある世界なら、この歳から鍛え始めるって事もしているのだろうか。
また、見かける事は少なかったが、魔法の練習をしている人もいた。親なのか師匠的なものかは分からないが、子供にしてはかなり強い魔法や、凝った魔法を練習していた。発動に時間がかかっているが、あの調子なら中程度の魔法くらいは難なく使えるだろうと思った。
ようやく開けた場所に出たと思えば、そこは楕円形に広がる広場の様な場所だった。日陰と休憩する場所もあって、道は別に敷いてあるし、しっかりした遊び場も確保されている。子連れの親も多く、和気藹々とした場所だった。
明るい笑い声の絶えない中、道には英雄職らしき人もちらほら見える。剣や弓、槍を携えてグループで歩いている。そういえば、街の中心部にギルドという上級英雄のクエスト受付所がある。もちろんクエストの受注以外にもやってる事はあるだろうが、それが主な内容だろう。
彼らはそこへ向かう様だった、俺も今後来る事になるだろうから下見をしに行こうと決めた。また街の中心へ向かう事数十分ほど、中央工場の大きく見える場所にそれはあった。大通の中に一際目立つ装飾とデザインで異彩を放っていた。あのパーティーの後ろを付いて来たが、案の定ギルドっぽい所に入っていった。俺も中に入ってみると、そこには集会所の比にならないほど多くの人でごった返していた。装備も綺麗なものから質素なもの、鋭利な武器や鈍器も弓も携えているのが見え、それに伴う設備も綺麗に整えられ、人の多さによらず、雑さやばらつきが出ていないのが凄いと思った。
だが、そんな中一番驚かされたのは、『転送装置』の存在だった。エレベーターの様な筒状の空間の中に入れば、指定した場所に移動できるらしい。それでもあまり遠くまで行くのは無理の様で、数えるほどしか転送先がないようだ。
(交易場…エータルの森…テスタ村“一方通行”)
こんな具合だ。テスタ村という所へには一方的にしか行けないようになっている。そういえばオッサン達も、俺が『転身』を使っても最初こそ驚いていたが、その後は当たり前のように捉えていた。もしかしなくてもこれがあったから驚きが少なかったのではないか?
十分と経たずに俺はギルドを出た、今はまだ四等英雄で部外者の俺があそこにいても邪魔なだけだろうし、自分の中で下見は十分だと思ったから俺はギルドを去った。
朝早くから出て来たというのに歩く距離は馬鹿みたいに長く、その分時間も経った。昼もとっくに過ぎて陽も真上からズレている。朝食もパンくらいしか食べてないせいで空腹を通り越して、飢餓感も無くなっていた。以前オッサンと一緒に、一度こちら側に来たことがある。その時レストランやカフェなどがここ一帯には多い事も知っていた。今は確実に昼過ぎだ、メインの客層は昼休憩中の職人達などが主でこの少しずれた時間だと殆どその顔を見ない。店もほぼ空いてる状態だろう。
目をつけたのはステーキの看板が置かれてある店だった。『ピーリー焼肉店』と言うその店からはとてもいい香りがした、肉汁の弾けるいい音もする、少し焦げた匂いもするがそれもまた一興だ。迷いなく中へ入るとチリンとベルが鳴った、しかしまだテーブルを総出で清掃、整頓している最中で、気づいた人は居なかった。そりゃいつもこの時間ほぼ来ないだろうし無理もないだろう。これを見越してか、受付の横に呼び出しのベルがあった。それを手に取ってチリンと鳴らすと、ガヤガヤしている中から一人、駆け足でこちらに向かって来た。
「失礼しましたー!忙しくて聞こえませんでした!」
来たのは若い女性だった。白髪に赤いラインが入っていて、長い髪を結って左肩に掛けている。俺よりは背が高いが歳が近そうだ、見た感じだと年上そうだった。
「あれ、珍しいですね、こんな若い子が来るの。君一人で来たの?」
彼女は物珍しそうな顔を浮かべて俺をまじまじと見た。
「はい、一人で来ました」
「そっか、カウンター席か二人席どちらにします?」
「二人席でお願いします」
「オッケー!」
「一名様ご案内しまーす!」
元気で気の良い人だと思った。ハキハキ喋っているし、性格も良さそうで、接客に向いていると思った。ついて来てと言われたので彼女の後を追う。この店はカウンター席、二人席、四人席と、奥に十人分位の団体席が用意されていた。俺が案内されたのは窓側の日のよく当たる二人席だった。カウンター席よりも落ち着く。
「食べたいもの決まったらベルで呼んでね!」
そう言って彼女はメニューを置き、また整頓作業に戻った。とりあえずメニューを開くと、箇条書きでいくつも料理名が連れねられていた。『アブル肩ロース』『テラル・リン・タン』『シィラステーキ』『ミラカルビ』『オーヴステーキ』と『イルハンバーグ』。一応焼肉店と言うだけありかなりの種類があるが、どれも聞いたことのない単語と並んでいるし客層がほぼ大人だけだからハンバーグ類の品数が少ない。
(じゃあこれにすっか…)
注文する品が決まったので言われた通りベルを振ると、チリンと鳴った。さっきのとは別の高い音だ。駆け足でさっきの女性が来た。
「お決まりですか?」
手帳とペンを持ち、笑顔で対応してくれた。
「シィラステーキのセットで、『アルダ茶』とコーンポタージュでお願いします」
「はーい、シィラと、アルダと、ポタージュね?すぐ持ってくるね」
そう言って彼女は厨房に駆けて行き、そこは一層騒がしくなった。何人もの店員が休みに入っているのありかなり会話が弾んでいるようだ。声には男性も女性もいて、その中には彼女の声も聞こえてくる。しばらくすると、肉を焼く良い音とソースの香りが漂って来た。この席から見える厨房の入り口で楽しそうに話し合う店員さんが集まっているのも見えあまり退屈はしなかった。しばらくしてまたあの女性が、今度はプレートを二つ持ってゆっくり歩いて来た。
「お待たせしましたー、シィラステーキセットでーす」
目の前にドンと置かれたのは、よく見る鉄板に乗ったステーキやコーン、野菜の数々と、別個の追加ソースだった。そしてコーンポタージュと、ウーロン茶の色をしたアルダ茶と言う飲み物が置かれた。
「これレシートね?」
彼女はそれを丸めて筒の中に入れた。
「はい。…?」
そしてしれっと俺の向かいに座った。ナイフとフォークに伸ばしていた手は止まり、頭に疑問符(?)が浮かぶ。その時の俺の顔は、側から見ればなんとまぁ変な阿保面だ。彼女はクスッと笑い説明した。
「なんかね?歳近そうだから話して来たらって先輩達に言われてさ」
少し厨房の入り口に目をやるとニヤついた店員達が影に隠れた。
(こう言うのお節介って言うよな)
むすっとしていても仕方ない、腹も減っていたし早速ステーキを切り分け、食べ始めた。思っていた通り、シィラステーキはシィエルの肉を使っているようだ。だがいつも食べていたそれとは違い、歯応えありだが、噛めば溶けるほど柔らかいと言う食感だった。そこにはソースも塩もかけてあり、流石店だなと感嘆した。その様子を彼女は微笑み見つめていた。そして楽しげに話しかけて来た。
「食べるの早いねー、やっぱお腹減ってた?」
俺は肉を頬張りながらうなずく。
「一人だよね?どこから来たの?」
恐らくマニラウの中だけの話だ。
「南西部から」
「えぇ!遠いじゃん!何かに乗って来た?歩きだよね!?」
「ああうん…」
確かに遠いから驚きもするかと思いながらステーキを食べ進める。ほぼ初対面だし、言わずもがな会話は弾まないが、それでも彼女は気にせず話しかけてきた。話すのが好きなんだろう。そういえば名前を聞いてない、コーンポタージュを飲み干して聞いてみる。
「名前、なんて言うんですか?」
「あっ、言ってなかったね。私は『リタ』、気になってたんだけどさ?ほっぺたの傷どうしたの?」
ラネムーゾ戦の傷を忘れていた。長袖長ズボンのお陰で体の傷は全て隠れていたが、鏡を使わなければ見えない頬の傷はすっかり頭の中から消えていた。
「ああ、昨日モンスターにやられたんだ。浅かったから忘れてた」
するとリタさんは目の色を変えて飛びつく様に言った。
「え、君英雄職なの!?」
近くで叫ばれたせいで耳が少しビリビリした。
「そうだけど、やっぱりなるには若いんですか?」
「そうだね、最年少じゃないけどほとんど聞かないよ?」
スッと落ち着き、眉をひそめてリタさんが言った。
「え、最年少何才なんです?」
「9才」
「9才!?」
驚きのあまり大声で叫んでしまった。まさかの一桁台とは思わなかった。
「私もよく知らないんだけど、そうらしいよ?」
「まじですか…」
一通り会話が終わり、アルダ茶を啜る。アルダ茶と言うのはなんとも言えない辛味があって、どうしても少しずつしか飲めなかった。リタさんはじっと俺を見つめて何かを考えている様だった。それに対して俺は何処を見て良いのか分からなくなっていた。
「ねぇ、君の名前は?」
リタさんが前触れ無く急に聞いて来た。確かに俺の名前を教えていなかった。
「光」
言ってまたアルダ茶を啜る、辛いけど美味しい。
「ヒカル?珍しい名前だね、マニラウ出身じゃないでしょ」
「うん」
「教えてくれる?」
「それは言わないでおきます」
「そうだよね…」
途中から歯切れの悪い会話になってしまった。俺としてはただ異世界の住人だって事を教えたく無いだけで、嘘をつこうにも性格上無理だったからだ。リタさんは少し違う事を連想しているかもしれないが、この際どう思っていても変わりは無い。だがこのままで良いのだろうか、この時点でお互い名前と職業と大方の年齢しかわかっていない。こんなで上手く会話も弾むはずもないが、少なくともリタさんは、俺に少し興味があるように思えた。
「あ!ねぇねぇ、さっき噂聞いたんだった!」
またリタさんが急に身を起こして言った、空気を変えようとしたのだろう。
「どんな?」
それに俺も乗っかった。
「さっきね、元英雄の人が教えてくれたんだけど、つい昨日「王都」からランカーパーティーがマニラウに向かって旅に出たんだって!それが何位のパーティーか分からないけど、有名人達だし、マニラウがすごく沸き上がると思うよ!」
リタさんは心から楽しそうな表情で言った。
「へー、まさかみんなその人達に会いに行くんです?」
するとこんな答えが返って来た。
「わざと休み取る人もいるくらいだよ?ちなみにその人の上司も黙認してるって」
これは俺にとって一種のお祭りか何かに思えた。そこまでして会いたのか。そこで逆に彼女に聞き返す。
「じゃーリタさんはどうするんです?」
「んー…私は遠慮するかな、あんまり英雄さんは好きじゃないかな…」
彼女は苦笑いを浮かべた。さっきのとは全く違う暗がりの表情だった。俺はその人たちを見に行く気はない、だって人混み嫌いだもん。これ以上人通りが多くなると気持ち悪くなる。
「ごめんね、英雄を否定したいわけじゃないから」
確かに、彼女はさっき「英雄さん」と言った。本当に嫌いなら「さん」なんて付ける事はないだろう。
「みんな良く捉えてるように思えるけど、綺麗仕事って訳じゃないから分かるかも。リタさん、そのパーティーが来るのって何時ごろなんです?」
「ああ…分からないけど…あと二日くらいじゃないかな?超特急で王都から真っ直ぐ来るって聞いたし、エータルの森も突っ切って来るんじゃないかなって」
いや待て、あのでかい森を突っ切るのか?強行突破にも程があるだろ、と思ったが英雄の上位層の人達だ、やれるのならそうやって来るかもしれない。こんな低級モンスターが多い森くらい突っ切って来そうだ。いや怖いな。
「あ、明後日ってクエスト受ける日じゃ…」
気づいてしまった、その英雄達の来る日とクエストの日が被っている。でもこれで人混みを避ける良い口実ができた。
「え、そうなの?もしかしたら森でバッタリって言うのも」
「いや…正直会いたくねぇーな」
リタさんは片眉を上げ頭の上に「?」を浮かばせた。何かを言おうとしていたが、それより先に俺が席を立ち、その言葉は飲み込まれた。会計を済ませてドアへ向かう。
「ご馳走様でした、また来ても良いですか?」
俺は去り際に振り返り、言葉を投げた。するとリタさんの表情は晴れ、深く礼をして元気に言った。
「はい!いつでも歓迎します!」
俺は軽く礼をし、その場を去った。
(次いつ来ようかな…)
なんて事を考えながらまたしばらく歩き回り、色々な建造物や人を見ながら散歩を続けた。日が暮れ空が茜に染まる頃、『転身』で家に帰った。こう言う日が「優雅」と言えるんだろうなと思いながら眠った。