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第40話 山窟に巣食う害獣

 俺達勇者はプライトル滞在時、メルがプライトル付近の深海に位置する国、シアの貴族だと聞かされた。それはあまり問題ではなかったが、その国の王子にメルが求婚され、面倒な事態になった。危うくパーティに穴が空く所だったが、最終的に海そのものを救う結果となる。また深淵と言う海の底で重要存在、『支配種』の一体だった『セピエト・グラーク』と出会う。

 今は魔王の洗脳から逃れ、魔王と敵対する彼から様々な情報を得た。中でも重要だったのは、彼がよく聞いた先代魔王の名前。それはあろう事か、英雄であれば一度は会った事のあるだろう人物、『ケシュタル・クラムバス』と同姓であった。

 それを受け俺達は、ケシュタルに事情を伺う為にフォルガドルへ来たのだが、そこには英雄が集っていた。フォルガドル近辺にギャングが巣食い、それを討つ為にあらゆる人員が参加していたのだ。オッサンことヴィザーに、兄弟子のラグル。人数こそ少ないが精鋭ばかりが揃った。王都騎士団主導の元、英雄と勇者、ケシュタルもそこに参加していた。

「よぉ!しばらく振りだな!」

 ある程度進むと、低木が散見される様になった。フォルガドルは火山によって草木が生えづらいが、東門近くは草がよく生え、こうやって少し離れれば木もある。ただそれだけ。目的地までそんな感じの面白くない景色を見続ける事になるのかと思えば、いつかの様にケシュタルが寄って来て話しかけて来た。

「まぁ…居るよな」

 表では勇者はこの作戦に加勢する為に来たと認識されている。当然話もその程で合わせる事に決まっていた。

「技術者としては嬉しい限りさ!贔屓にして貰ってる分頑張らないと!なっ!」

 そう言って彼は両拳を握り気合を入れる。本作戦にも、彼特有の技術『水晶』が使われる。ディザントでは使い捨ての通信機として使用されたが、他にもできる事は多々あるらしく、その一つがこの作戦にて加えて導入された。それは設置型の水晶。効果を発揮するのは屋内の様な閉ざされた空間に限定されるが、コウモリなどのエコーロケーションを水晶から発する魔力で再現する事で、敵拠点の内部をマッピングするのだ。

「そう言や、四日前盛大に宴をしたらしいな。俺も参加したかったんだが、水晶の仕込みで間に合わなかった。いやぁすぐにでも顔を見たいと思ってたのに、自分を呪ってしまいそうだよ」

 彼の唸る横顔は本当に悔しそうだった。俺はどうしてもこの表情が嘘だと思えないし、魔王かルィックと手を結んでいるとも思えない。そもそも以前から彼の行いはどれも英雄の為の物だったはずだ。スピット達は何年も前から知っているし、俺は勇選会の時に体験している。それにこの作戦に全面協力する事こそ、彼が白である事を物語っているのではないだろうか。

「よし…ここからはハンドシグナルで指示を出すぞ」

 先陣切って歩くダッドリー騎士団長はある地点を境にそう言い、掲げた手を握ったり開いたり、指を曲げ伸ばしたりを繰り返した。それによって騎士の分隊長達は、緑の多くなった大地を三手に分かれて進み始めた。これは獣人の巡回ルートと、可聴範囲を考慮した上で決められたルートである。

 出発の際、それは英雄らに初めて伝えられた。勇者六人はそれぞれの隊に二人づつ、列の前方と後方に置かれ、九人の英雄は三人ずつ分けられた。俺の配属されたのは中央隊。真っ先に敵陣に入り込む予定の部隊だ。他の主要メンバーはダッドリー、スピット、如狼、ケリル、そして宴に唯一来ていなかった『処刑者』。処刑者の彼だが、どうやら名を明かしていないらしく、通り名だけが存在している。

 ともかく三つの隊はそれぞれ、正面陽動隊、山岳側潜入隊、湖側潜入隊の三つ。事前の調査により、ルィックの拠点の場所は割れている。なんと王都からも見える山にあるらしい。場所は王都側の反対だが、元から山の裾には洞窟があり、奴らはそこを改修して拠点としたのだと言う。

 近辺にはフォルガドルが近いと言うのに木々が繁り、湖もあり、少しの労力や工夫で食うには困らず、目立つことも無い。現に規模が大きくなるまで発見されなかった。

 俺が配属された中央が陽動隊、戦力の高い者達を集め出来るだけ派手に暴れる。そして他の二隊が潜入し地形をマッピング。勇者は戦況に応じてどんどんと内部へ侵入し、敵の主要戦力を削り、発見次第真っ先に頭を獲る。他の人員は敵の残存勢力の撃滅、捕縛、騎士団の人らは有力資料の回収が仕事だ。

 かくして、例の森林エリアに入った。ここから先は臨戦体制で進む。陽動隊は名の通りの役をすべく、わざと敵の巡回網の中へ入り、次いで奴らの使っている道をそのまま使い、真正面から敵と向かい合うつもりでいる。武器を手に取り、警戒を怠らず、物音一つ、気配の一つでも増えたら一気に空気が張り詰める。大体は虫かコーネノや孤立したラネムーゾ、人の多さ故に逃げていくが、その逆の存在が現れない保証は無い。

 しかし結局のところ、ルィックの尖兵が現れる事は無かった。俺達は列を維持したまま森林を歩き続け、山窟の見える場所までやって来た。入り口はこれっぽっちも手を加えられておらず、見た目はただの洞窟だ。事前情報無しに見せられたら、変哲の無いただの洞窟と思っただろう。

 ダッドリーは素早くサインを出すと、前方に居た英雄が最前まで踊り出る。陽動隊で唯一の魔術士である俺だけは後ろに残された。そしてダッドリーが掲げた掌をグッと握った瞬間、列は前身を始め、ダッドリー目掛け鉛玉が飛んだ。

 その弾丸は音も無く暗闇から襲来した。皆が一歩前進しようとした矢先、進み始めの気が少しでも緩んだ瞬間を狙った物だった。俺が弾を認識した時、既にそれは双剣の片割れが傍に連なる木へ弾かれ埋まっていた。

「うん。見えるね」

 キンッと静寂を切り裂く金切音の後、一際前へ踏み込んだスピットが言った。それを受け取り、腰に収めていた剣と空を握っていた手を組み、ダッドリーが吠えた。

「もう隠し立てする必要は無いな。総員!派手に暴れて来い!!」

 周囲の森中にこだました吠え声により、作戦は開始された。

 最前衛の英雄らと騎士達は一目散に洞窟へと駆け、それに応える様に数多の銃声を重ねまた銃弾が飛び交った。しかしそれらはこの英雄らにとって何の効果も生まず、後ろの騎士らに届く事は無かった。

 スピットは来る弾来る弾全てを切り落とし、少し遠ければ少しだけ飛ぶ真空波で撃ち落とした。それと同様に如狼は一切の無駄なく刀で弾を落として行った。剣の軌道は流れる様で美しい。ケリルは撃ち落とすのに消極的だが、後方の俺達に飛ぶ銃弾を見逃さず落として行く。異質だったのは処刑者、全ての弾をその体で受け止めてたのだ。だがその推進力は衰えず、むしろ突っ切るだけのその男は暗がりの中へ一番に到達し、びちゃっと飛び散った赤い液体がすぐに暗がりから飛び出した。

「なるほど。元王都処刑一家、その末裔なだけあるな」

 ダッドリーはニヤリと頬を吊り上げながら感嘆の言葉を洩らした。そして今一度宣言した。

「お前ら!処刑者(あいつ)の様に容赦は要らん!人の道を外れた獣人(やつら)はただの獣と思え!」

 走り抜ける騎士達は雄叫びで応答し、先陣を行く英雄らは行動でそれを示した。

「チッ!英雄かっ!?銃が効かねぇぞ!!」

 聴覚強化を施し耳に届くのは、敵方のそんな言葉。その内にも仲間の数を減らしながら銃を撃ちまくっている。最初こそ不意打ちのつもりでサプレッサーを使っていたが、バレた途端にフラッシュハイダーだけに切り替え、突入された今では暗がりの中から閃光が絶え間無く煌めいている。

「全く、ここまでやっても一時凌ぎにしかならんってのも、俺らの無力感が刺激されんな…」

 作戦が次フェーズへ進む間、ダッドリーはらしくない弱音を吐いた。

「あんたが気にする事はないさ。それだけ敵が強大なだけさ、二人の王も手こずるほどにな」

 それにせめてもの慰めを述べたのはケシュタルだった。陽動隊の最後方、俺と一緒に作戦の中心に居る彼がだ。ダッドリーは静かに驚き、水晶を覗き込む彼を一瞬見据え、そうかもな、と一言呟いた。が、哀愁のある一言から一分と経たぬ間に、ケシュタルの覗く水晶が青白く点滅し始めた。

「ん?おぉ!どっちも準備完了だとさ」

 それもまた水晶による合図。両潜入隊が指定の位置に着いた時、各分隊長が水晶に魔力を流し発信する。ダッドリーはこの報を受け静かに頷くと、「前進だ」と言って後方待機組の殆ども山窟へ進ませた。ケシュタルは更に水晶へ魔力を込めると、それは淡く照り、分隊長らに指示を飛ばした。三方向同時に侵攻する事で撹乱し、戦力分散を起こさせる。また陽動隊が一足先に突入し、正面の守りを厚く、後方を薄くする目的があった。それの効果がどれだけ有るのかは未知数だが、やるだけマシという事だ。

 騎士団でも名うての数人は逃亡者をとらえる為に外に残り、列の通り過ぎた開けた大地がゴゴゴッと鳴る。それはダッドリーの魔法によって罠が多数仕掛けられる音だろう。正直見た目は何もかわっていないが、感圧式の物か落とし穴でも作っているに違いない。


 陽動隊が暗がりに突入した時、そこら中に死体か瀕死かつ拘束された獣人が転がっていた。

「なるほど…これも()()だな。外から見えないはずだぜ」

 洞窟内部は思ったよりだいぶ明るかったし広かった。入り口は縦三メートル横五メートル程、それ以上に洞窟内は、岩壁であったが広間の様に開けていた。生活感は全く無い。そこら中に積み上げた土嚢や石壁などの遮蔽物やガンスタンドがある。ここは第一関門的な場所だろう。

 振り向けば何人かが外で待機しているのが見える。ダッドリーがつぶやく様に、これもまた空と虚の合成魔法。内部から反射した光は全て、外に居る生物の目に入らなくなっていた。

「なー!こいつらはっ!生け捕りかい?」

 スピットがルィックの兵を縛り上げながらダッドリーに訊いた。他の尖兵も『処刑者』以外は敵を縛って居た。

「ああ、なるべくな。だが情報は聞き出してなんぼだ、処刑者(ソイツ)見たいに強引に聞き出した方が良いかもな」

 そう言ってダッドリーが目を向けた先に、皆の視線が集まった。見えたのは処刑者その人の背中と、束になった動かない獣人、それに足元には鮮血の川が流れていた。ぶつぶつと下級戦闘員へ尋問していたがそれも終わると、すくっと立ち上がり振り向きながらダッドリーに報告した。

「ダメだ。下っ端に何を聞こうが『知らない』の一点張り。だがそれは真実だ、何も知らされていない。特に重要機密はな。直接ここのボスから聞く方が早いだろう。故に俺の真似はおすすめしない」

 いつの間にか手にしていたマチェットに似た大きなナイフ、それに滴る血を払いながら団長の元へ歩み寄っていた。正直もっと物静かな感じかと思ったが、結構喋ってくれるタイプらしい。

「…お前が言うなら…その方が良いか…」

 ダッドリーは処刑者の言葉を信じ前の言葉を取り消した。また彼はスピットに指示を出した。

「さっ、スピットだったな、持ってるのは。欠かすなよ」

 それは例の作業に必要な水晶の事だった。スピットはもう忘れかけていたのか、あっと声が出そうな顔をした。忘れない様にと腕に袋を付けていたのに。少しだけ後退し、部屋のおおよそ中心に取り出した小さな水晶を置く。そして以前と同様に魔力を流せば、マッピングが始まる。

「おっし待ってな、調整中だ」

 ケシュタルの持つ親機と呼べる水晶は、懐に入るサイズにも関わらずあらゆる機能を搭載していた。今は俺に見せた様な映像として、この部屋のスキャン結果が出て来ていた。そして映像の上には別の部屋も既に入っていた。おそらく潜入部隊が制圧し終えたのだろう。

「おい待て、上に空間がある」

 いきなり、ケシュタルが早口で言った。その直後、けたたましく銃声が鳴った。ただの天井に見える場所から、散弾が降って来たのだ。音に反応して皆が見上げたが、それでは遅すぎた。本来なら標的にされたダッドリーやケシュタルの周囲の人含めて蜂の巣だった。

「油断しない」

 運が良かった。俺はこの作戦で後方支援を任された。それには戦況の分析も非戦闘員の護衛も含まれる。今回はケシュタルと一緒に水晶を覗いて居たから間に合ったのだ。『断空(だんくう)』空間を遮断する魔法、よもやここまで勝手が良いとは。隊の皆に被害は無く、ただほぼ全員が宙に止められた数多の弾丸を見ただけだった。

「カッ!!」

 皆の視線の延長線上、ただの石天井のある場所から、長槍を持って獣人が飛び降りて来た。矛先は団長や英雄へ向けられている。しかしこれも、ただの一薙(ひとなぎ)で両断されるとは。武器を手に取った人は多かったが、いずれも間合内に入るまで待っていた。だがその間に赤黒い何かが頭上を()ぎると、落下する獣人らは半身の彫像に成り果てた。

「なるほど、防具が必要無いのか」

 半数は血閃の先に気を取られ、転がる新たな死体とガツンと抉れた壁を見て。もう半数は処刑者の言葉に耳を傾けていた。

「君がターラに勝てた理由が分かる気がする。どこまでも柔軟で、どこまでも追い求める。だから強い」

 彼もターラと同じタイプの目を持っているのだろうか。爛々と輝く彼の左目は、俺の全てを見透かしている様だった。

「あなただって凄いじゃないですか。『血魔法』ですね?今使ったの」

 俺は彼に賛辞を返した。

「ああそうさ。だがまずはここを制圧しないとな。深掘りするのはそん時な」

 やっぱり思ってたよりお喋りな処刑者の話が終わる頃、再び注意は隊の中枢に向いていた。そこでダッドリーは皆に向かってもう一度忠告した。

「これで分かったな、クラムバス殿の居る意味が。奴らは何処だろうと隠れている、それを(あば)けるのが彼の水晶だ。これより先へは勇者達が先行する。他の皆々は支援、制圧、回収に分かれて動け」

 了解と言う大勢の声が重なり部屋に響いた。これよりケシュタルは最も安全な場所に留まり、水晶によって指示を出す事になる。各部屋のマッピングをし、隠し通路や空間があれば調べる様に誘導する。俺たち勇者は水晶をいち早く全ての部屋に設置し、制圧担当に任を継ぐのが仕事。しかしそれはただのついでに過ぎず、勇者らの本命はこの基地の頭をいち早く無力化する事にある。

「行くぜヒカル!どっちが多く部屋をスキャン出来るか勝負だ!」

 スピットはケシュタルから持てるだけの水晶を受け取ると、そう言って次の部屋への通路の前に立った。

「やってる場合か。それより早いとこ潜入部隊の仲間と合流しようぜ、場所は分かってんだから」

 彼は俺の返答に、口をすぼめ眉を八の字にして応えた。俺は随分前に死生観を考えさせられ、今ではある程度割り切る事が出来る様になった。しかしスピットの場合、今の様な状況下に楽しみを見出す位には楽観的だ。スキャンするにも安全の確保が必要。よって彼は獣人を何人も殺す事を強いられる。それは俺の様に捕縛用の魔法も技も持たぬ故仕方ない事だ。しかし彼は何も後ろめたさを感じていない様に見える。人の道を外れた獣と言えど、この世界の人類を殺すのにもう少し抵抗があっても良いだろうに。

「はぁ、真面目か。じゃあ俺は片っ端から部屋回るから、ヒカルはあっちと合流、それで良いか?」

 俺は「ああ」と言い返し、振り向かぬまま部屋を出た。

「私達はどうしようかしら…置いていかれちゃう」

「俺が中枢の護衛に付く、二人はスピットの支援に回ってくれ。俺達は元々そう言う役回りだ」

 うむと如狼が頷き決定した。これより陽動隊の英雄達は、遅れてスピットの後を追う形となった。

 この拠点の構造は奥に行くほど単純になっていった。侵入者は正面から迎え撃つ構えを取り、内部に生活の場を作っている。場所によっては屠畜場の様な場所も見え、外に農作物も育てていたから、ここで長期間暮らしている事が確定した。ここまで巨大になってようやくとはと、何十もの獣人を捕らえながら思った。

「ああ!?なんだぁ!?魔法か!?」

「せめて今の書類終わらせてからにして欲しかったな…」

「…鼻…どうなってる?」

「あー鼻血だらだらだ。ゴリっていったもんな、後で腫れるぞ」

「もう腫れてるだろ」

 とは言えルィック構成員の内、非戦闘員は捕まっても特に抵抗するでもなく、平たく言えば予想外の落ち着き様で驚いた。とりあえず部屋に突入した瞬間に『(がら)み』で一斉に捕縛したが、それにこそ驚けど、そうなってしまったらと言った感じに諦めた風だった。進んで最初の部屋なら戦闘員が出迎えてくれたし、捕縛すれば抵抗もしていた。しかしもう少し進めばこの有様だった。

「あれ、もっと騒ぐかと思ったんだけどな…」

 俺は水晶を胸元から取り出し、部屋の中心に置きながら言う。そんな俺の独り言に、縛り上げられた奴らの一人が言い返した。

「だって血の匂いがしたの西側だったし、少なくとも俺達は死なないって分かってたし、戦闘になってもこっちは戦えないし、それ以前に色々仕事山積みだし…」

 最後にその獣人は、「はぁ」と分かりやすく肩を落とした。その姿を見て、俺の頭にブラック企業と言う単語が浮かび上がる。見た感じ人間により近い風貌の獣人しか居ない、という事は、人と獣それぞれに近い形態ごとに、得意も不得意もある程度決まるのだろう。

 水晶でスキャンが完了し、それが緑に光った事で隠し部屋も無い事が示され、俺は次の部屋に向かった。そこはもう戦場の様相とは離れており、むしろ会社に近いと薄々思っている。扉で区切られていない廊下へ出て、より奥へと進む。手持ちの水晶を見てみると、ケシュタルのいた広間から廊下抜きに四部屋進んだらしい。そして捕虜も言っていた西側は、広間から山の形に沿って放射状に何部屋も広がっていて、今だけでも総数は十以上ある。また、一つ階層が上の表示になっている潜入隊が読み込んだ部屋は、広いものが七部屋。それっきり更新が止まっていたが、また一つ部屋を制圧した後に確認すると、今度は階段の様なものが追加されていた。それは丁度この部屋から続く場所にあり、それを認識した瞬間、遠くの扉がギィっと開いた。

「おっ!ヒカルだ」

 現れたのはバトラを先頭とした潜入隊。ぞろぞろと騎士たちが付いて来る中に、ヴィッドとヴィザーとラグルが混ざっていた。そして最後にジラフが現れ、総勢四十人位の列は途切れた。

「丁度鉢合わせたな、そっちはどんくらい進んで来たんだ?」

 ひとまず状況整理の為に部屋に留まり、勇者を中心に会議を、騎士らを中心に有力資料や情報を探り始めた。今やる仕事のない身内三人は、増援を警戒しながらそれらを見守った。

「そっか…直進で五部屋目ねぇ、とするとこれより先って部屋無いのか?」

「他を見なきゃ分からん。ただ、スピットの方も見ると…やっぱここが一階の最深部だな」

 手元の水晶によって投影された像には、綺麗に西側だけびっしりと並んだ部屋が映し出されていた。しかしその中に今俺たちの居る部屋より奥に位置する部屋は無い。そして今、また部屋が一つ増えた。そろそろスピットも東側に入り始めるだろうし、このまま行けば合流も近いだろう。

「二階には何があった?一階には作業場とかしか無かったぞ」

 俺が通った部屋の内、三つは事務仕事をする場所だった。他一つは最初の部屋の小さいバージョン、残る一つは弾薬を作る部屋、火薬の匂いが充満していたし中にいた獣人も少なかった。そこは特に珍しく扉で隔たれていた。他にも見かけた物を挙げるなら、先にも言った屠畜場に、また扉で閉ざされた恐らく調理場だろう部屋、なんだか教室の様な場所もあった。この調子なら何処かに食堂もありそうだ。

「そうなのか?()()無かった?こっちにもそれらしい物無かったぞ?簡単な鍛錬場に、寝床に、水風呂、そして食堂だ。かなり散らかってたけど…よく言えば生活感あふれる場所だった」

 思った側から食堂の場所が明らかになった。二階の巨大な空間達はもっぱら共同生活の場として利用されているらしい。

 二階はバトラとジラフが出る幕も無く制圧は完了した様だ。そこから情報収集を始めるも、目ぼしい物は何も無かったそう。見つかったのは精々個人の日記やスケジュール帳、鍛錬の記録に給食みたいな献立表だったと言う。とりあえず最低限回収したが、それ以外は放置したと言う。

「じゃあ一階は仕事部屋中心、二階は完全に家代わり?」

 水晶で行う魔力反射での地形マッピングは、空と虚で隔たれた空間さえも暴く性能を持っている。二階は既にオールクリア、用途的に隠し部屋など必要無い。一階ももうスピットが殆どスキャンし終え、残るは小さな空白だけ。これだけ部屋があって、隠し部屋や空間はどれだけあっただろうか。見聞きした限りでは最初の部屋しか無かったし、スピットの方にも無かったと見て良い。ならば、騎士団が真に探している物は何処にある?そう思った瞬間に、俺の頭の(もや)が晴れた。

「ほぉ…えらく成長したなぁ」

 時刻は数分前、場所は部屋の出入り口付近。人が思い悩んでいる間、見守る者らは会話をしていた。内容は我らの末弟子について。数ヶ月前までひよっこだった筈の子供が、今や勇者と肩を並べて話しているのだから話したくもなろう。

「そうかもな。ディザントに来た当初はもっと未熟だったと思ったんだけど」

 出会って三ヶ月もしていないのにと思いつつ、白くなった髪を人差し指で巻きながら言った。

「ふーん、そうなのか。凄まじい急成長だ…お?」

 そうやって三人が感慨にふけって居ると、廊下の方から軽快に歩いて来る人物を見つけた。身長は150センチ程度、しかし秘めた力はこの場にいる誰よりも強い。彼は俺たちを見つけてここに来た、拠点の深部で未だに騒いでいるのは騎士団くらいだから。

「おーい。スピットが来たぞー」

 その呼びかけにほぼ全員が反応し、スピットが現れるだろう入り口に意識を向けた。

「ん?おお!みんな居る!」

 ひょこっと顔を覗かせてスピットが言い、それに皆も口々に「やぁ」と語りかけ始める。本当に誰も危機感を持っていない。

「スピット、そちらは異常無しか?」

 ヴィッドは壁に寄りかかったまま言った。また、廊下にはスピットの後方支援部隊が数名付いてきていた。その中にはケリルの姿もある。

「ああ、俺が制圧した部屋には六割の確率で獣人がいたけど、隠し部屋とかは全然」

 スピットが報告をする最中、後ろから数人の騎士がもうやつれた様子で入って来た。俺の方にに支援者が居ない代わりに、スピットの方に全員付いて行ったのだが、ここに居ない者達は今も情報収集に従事しているのだろう。

「この人制圧早過ぎ…あたし達の出番無いじゃん」

「そうね…これじゃ別れて制圧してても彼のオジャマよ?僕達」

 騎士の一人の女性はそう愚痴をこぼし、ケリルも同様に自身の無力さを嘆いた。総数約四十部屋の精査を同じく約四十人が行うんだ。一人一部屋、数部屋は終わっただろうが、全体が作業を終えるにはまだ相当時間が掛かるだろう。思っていたより勇者と騎士や英雄達との実力差が大きく、事前の役割分担が機能していない。それは敵戦闘員が殆ど居なかった事もあるだろう。恐らく兵の配備されていたのは五から六部屋分程度、これだけじゃ勇者一人で事足りる。

 だがまだ本番では無いだろう。この拠点の、普段の構成員の出入りを見れば明らかに少な過ぎるし、自国でも無い所に置くなら兵もそれなりに多く強くなければいけない。敵の本隊は未だ隠れたままでいる。彼らは、それを想定してこんな大所帯になっているのも思い出せないらしい。

「…ヒカル?」

 皆が集まり団欒とする空間で、ただ二人だけ気が張り詰めて居るのにスピットは気が付いた。俺と、俺の話を聞いたバトラだ。

「じゃあ、()()()()()()()()

「ああ」

 その瞬間に、二人を中心とした直径三メートルに突風が巻き起こり、凄まじい速度で穴を作っていた。。思っていたより地盤が硬く、ギリギリと耳障りな異音を発し続けたが、主要な中心は()()()()()に到達し、二人をポッと放り出した。

「えっ!?地下!!…あっ…」

 その瞬間、スピットは全てに気が付いた。獣人の特異個体が操るのは『空』や『虚』だけで無い事。忘れかけていた制圧の目的。そして、完全に忘れ去られていた湖側潜入隊の行方。小さな竜巻を中心に床は次第に崩れ去り、しかし人々は元の高さに立ち続けていた。

「やっぱりここにあった。俺達の本命」

「しっかし…なんで気が付けなかったんだ?」

 緩やかに降下する俺達の周りを中心に、山の硬い岩層が落ちて行く。元床、ないし天井だった物がある程度落ち切った時、ようやくそこの全貌が明らかとなった。

 大まかに上と下に別れた吹き抜けの空間。広さは下側だけでサッカーコートが成立しそうだと思う程。そこは七メートル程窪み、どこかへ続く通路もあるが丁寧に閉ざされている。また上は下を全方から見下ろせる造りで、落ちないための塀と、覗き込む為だけでは無い穴が空いている。フリントロック式の銃が売る為なら、己が使う為にアサルトライフルや機関銃がある。それらが上には数えられぬ程置かれ、待機する獣人の全てに握られていた。言うまでもなくここが決戦場となるだろう。

 落ちてゆく瓦礫を見ながら思った。いつから俺たちは間抜けになったのだろうか。それはこの拠点に侵入した時からだろう。何がしかの魔法で盲目にさせられていたらしく、隠し部屋を探すあまり、物理的に閉ざされている可能性が浮かばぬ様にされていた。

 俺は一つのきっかけで解除、脱出できたが、気付けぬ者はずっとそのまま。恐ろしい効果だ。しかしこれは何の魔法だろうか。ただ少なくとも、特異体質の獣人は四人以上いると考えられる。

「総員!!トロンパターンだ!!迎撃しろォォ!!」

 ある一人から数百いる全体へ命令が下された。俺が穴を開けた真下にいた者らは瞬時に銃を構える。しかし落ちた残骸もまた彼らの頭上で止まり積もる。それが邪魔で狙いが付けられていない様子。しかしその全ては下へと落とされ、視野を確保し、また用済みの下を雑にだが埋め立てた。

「初発、派手に行くよ」

 バトラは獣人に撃たれるより早く、背負った弓を取り、矢を番えて弦を引き、火薬の詰まった矢を放った。それは狙いを定めつつあった獣人の一人の背後に着弾。そこには無防備に置かれた弾薬箱があり、瞬間、上の一角は爆ぜ燃え上がった。その周囲の戦闘員は粗方排除出来たが、通路らしき場所から続々と補充されて行く。辛うじて着地の足場は出来たが、これではキリが無い。

 俺がそう考えていると、上の天井の全てが一斉に崩落を始めた。岩は下へと吸い込まれ、更にそれらを追う様に人々が降って来た。騎士団員約三十名に如狼が混じり、捉えられた獣人も殆どが落ちてくる。またポッカリと空いた穴の上、丁度崩れなかった縁のところに、ダッドリーとケシュタルが見えた。

 その呆けた顔が皺で満ち、地下でルィックと騎士団が相対した時、激戦の火蓋が切られたのだった。

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