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第33話 早い者勝ち

 いよいよこの時がやって来た、とは言うがあれからまだ半日しか経っていないのだが。会談の後地上へ戻ってやった事を挙げると、夕食、睡眠、朝食の三つだけ。遠くの学校に通う学生のナイトルーティンみたいになっていた。朝も日が出る前には皆起きていたらしい。どの部屋からも物音が聞こえていた。

「もう一度、勝利条件を確認しましょう」

「今回の勝負のターゲットは『セティエンティア』、見れば分かる位には大きな標的だ。奴らの内一体を討伐、又は捕縛して、この場所に連れて来て狩った事を証明すれば勝利となる」

 何度聞いてもメルの方が有利な条件だ、それで彼は勝つつもりがあるのだろうか。いや、勝てる目処があるから持ちかけて来ているに違いない。ならどうやって勝つのだろう。

「一矢双落とはこの事、これで少しでも被害が減ればなぁ…」

 そう嘆くのは現在の最高権威者であるスティンガー王だった。肩を落としてため息を吐いていた。周りに親衛隊しか居ないからか、その言葉から王の威厳は感じられなかった。あと彼の言った一矢双落と言う言葉、一石二鳥と同じことわざで、過去の英雄に一本の矢で二頭のドラゴンの首を落としたと伝えられる者がいる。その逸話からこの言葉が生まれたらしい。

「それでは始めましょう。御仁、よろしいですか?」

 スターターの役を任された衛兵が二人に問う。

「…ふっ」

「もちろんよ」

 初めて人前で鎧を着込んだモートンはにやけて暗闇を見た。メルは真剣な顔付きでスターターに目線を向けた。そんな返事を受けると、衛兵は開いた手を上げて言い放った。

「ならば結構、始めよ」

 その手がグッと握られた瞬間、二人が暗闇に突き進んでいった。あっという間に暗闇に消えてしまったのでどの方へ行ったのか検討もつかない。二人並んで泳いで行ったが、それぞれ違った所へ行くだろう。今まで暗視の能力も魔法も開発しなくて良かったが、今になって欲しいと思ってしまった。今度試してみよう。


 海底の地形に沿って今までに無い位早く泳いだ。モートンとは光の差さない場所に入ってから直ぐに分かれた、と言うかいつの間にか見える範囲にいなかった。多分彼は北側、私が南側に行っているのだと思う。

 ここはかつて深海魚たちが暮らしていた海域、特に甲殻類とかそこらの子達。シアが作られたあの場所は、肉食魚と戦闘に優れた子達が元々いたけど、ここは平和だった場所。前のアストラの行軍があってもシア方向に一匹も逃れて来ていないのは、そのセティエンティアとか言うモンスターが以前に追い払ったから。

 砂の中にも小さな魔力が集まっているけど、目に見えて弱っていっている気がする。それは微生物の発する極微小の魔力で、これが無ければ存在する事さえ分からなかったくらいに小さい、だから微生物なんて呼ばれ方をしている。でも甲殻類が居ないせいで衰弱し魔力の放出が弱くなっていた。生態系はここでも壊されている。やっぱり砂漠の件と殆ど同じ状況、何かに怯えてそれに従って、泣く泣く故郷を離れなければならなくなった。絶滅はしないけれど海が不安定になりかねない。

 だから秘密裏でもスティンガー家は進んで調査や対応をしていた、それが時間稼ぎにしかならないと知っていても。公表してしまえばいいと思うけど、何か不味い事でもあるのかな。考えられるのは混乱とかかな。

 色々考えたい事が多いけど辞めざるを得なくなった。私は遂に見つけた、なんだか変だなと思って近寄ってみると、斜め下に伸びる綺麗な穴が現れた。直径は2メートル強、聞いた物と同じ特徴。これがセティエンティアの作った大穴だ。

「暗…すっごい長い」

 海エルフの持つ水中限定の暗視能力でも見通せない程奥が暗くなっていた。みんながマザーシップと戦っていたのも、この目なら遠くから見えていたのに、穴はたった十数メートルで真っ暗闇になっている。

 私は少しだけ引き下がって周りを見た。やっぱりどこにも深海魚は見当たらないし、遠くからでも分かるほど大きいと聞かされているのに、そいつの姿っぽいのも見当たらない。でも不思議な事に、殆ど地形は破壊されていなかった。穴が空いているのは確かに深海魚の棲家になりそうな岩の入り組んだ場所、でも周りの住処は全くの手付かず。何かが起こった静けさでも、何一つ掠ったりしていなさそうに見えた。

「…地底から来たんなら見えないよね…出るとこ間違えちゃったのかな…」

 私はもっと情報を集めるために進む事にした。もっと真っ直ぐ、より視野を広くして。

(うーん、人と会っても積極的に戦わなかったり、魚たちの拠り所には手を出さなかったり…なんだか不思議な子。結構強い筈なのに)

 あの後調べて分かった情報は少ないけど、時々抉れた地形が発見される事が多いみたい。近年漁師の間で恐れられているらしいモンスターの存在が、セティエンティアと重なる。でも、人間が行ける範囲の浅瀬にわざわざ来るのは何故だろう。そもそも真っ先に逃げるのに暴れた理由って?

「あっ…えぇ…」

 何も無いと退屈で、つい考え込んでしまう。お陰であれからどれだけ進んだのかすらわかなくなっていたけど、確かな事は、ここには誰一人として来た事は無いだろう事。

 砂や岩の上に沿って高速移動していたのに、いつの間にか地面が消えていた。我に帰って真下を見たら、漆黒が視界の全てを支配した。慌てて辺りを見回して、初めて超巨大な縦穴だと気が付いた。

 穴は海底にぽっかり空いていて、傾斜が殆ど90°、直径なんて計り知れない。とりあえず来た道を戻ってみたけど、これが一体何なのか分かったものじゃない。ただ、視線を落とすごとに暗くなっていく様が、セティエンティアの作った大穴の暗がりと似ている気がした。

「…はなれよ」

 私はそこを中心にして探し始める事にした。スタート地点の防衛線からはかなり離れているけど、私なら大丈夫。大穴と縦穴を関連のある物として見れば、縦穴の方がセティエンティアの根城と見て良い。だったら、この辺りを探す方が見つけやすいに違いない。

「探索開始っと」


 セティエンティアの正確な居場所は分からない。奴らは常に動き回り眠りもしない。故に棲家を必要とせず、留まらないため見つけにくい。衛兵から教えられた、居るかもしれない場所。まずは北方だが、どこもかしこも見回り終えても発見には至らなかった。

「じゃあ次はもっと南側かな?」

 いつも発見されるのは、どんな生物も存在しない場所。今やシア近辺の全てがそうなっているが、従来から何もいない場所と言うのを、俺は教えられている。昨日の今日でシアに来て、ましてや十年以上陸で暮らしていたメル殿に知るはずが無い。

 どんなに早く倒そうが、距離が離れていればそれだけ時間が掛かる。プラスして見つけるまでが長ければ、更に差は広がる。

(貴女を妃にするのも、もはや確実か)

 少し高くに浮き上がり、海底を見つめながら移動した。シアの微かな光を左に感じながら、目的の場所まで飛んで行った。その時、鎧を着た背中と旗めく丈の長いズボンを、ギョロリとした目が見送っていた。

[……アッ…ブネェ…]


 縦穴を中心に辺りを探って分かった。セティエンティアの作った大穴は、何個も何個も存在する。一つ一つの穴の間隔はまちまち、でも縦穴の周りに密集していた。大きく分けて、縦穴の北に四個、南に六個、西に十三個、東に二個。幾つかはセティエンティア本人かそれ以外の何者かによって塞がれていた。今生きてる穴は合計七個。その七個はどれもこれも物影に隠れるように開いていたし、そこには無いはずの岩で囲いも作っていた。丁寧に砂も掛けて元からこうだった感を出していた。

 これから考えられるのは、セティエンティアは誰にも見つからずに、気付かれずに外に出たいだけかもしれないと言う事。強いのは大きいからで、心根はかなり優しいのでは?という事。それなら説得して連れて行けるし、これが終わった後にみんなで遠くに行ってもらう事もできるはず。でも一つ不安なのは、言葉が通じるのか分からない事。砂漠の子達は理解できているようだけれど、人と殆ど関わりの無い深海の生き物に通じるのか疑問だ。

 ともあれ、まずは見つける作業。今開通しているセティエンティアの大穴を巡回するのだ。もちろん穴の真ん前に居たらダメだから幾らか離れた所から。

「…んんんん〜…」

 来ない。巡回二週目も終わるのに成果は無し、勝負だから気張ってやっているけどもう飽きた。でもみんなと冒険して、強くなって魔王を倒したいし、まだ陸で出来ていない事が沢山ありすぎる。ターラとの約束も絶対に叶えられなくなる。そんな事は許さない。何としてでも勝たないと。

 二週目最後、七つ目の穴に行く途中で、私はとうとう見つけた。暗視があっても、深海は遠くになるに連れてだんだん暗く見える。そんな薄暗い中に、ニョロニョロと動く何かを見つけた。本当に一瞬、尻尾か何かが岩陰から見えただけだったけど確かにいた。今まで私以外に動く物を見ていなかったから、咄嗟に追いかけていた。なんだか未確認生物でも追いかけているみたいな気分。

 何かが入り込んだのは岩の高く積み上がった場所で、中に入ったら迷いそうだった。ニョロニョロの行けそうな大きさの道はそう多くなかったから簡単に追えた。でも、数少ない出口の一つに到着した時、どこかから魔力を大きく動かす波が起こった。それに伴って水の流れがいきなり大きく、強く変わっていくのも分かる。ただじっとしていれば流されてしまう位に流れが強い。私は氷で両手を包み、岩に氷柱を伸ばして掴み、固定した。そして荒れる流れに耐えながら岩を伝って何かが起こっている方向へゆっくりと進んだ。顔を出したその先には、衝撃的な光景が飛び込んで来た。

『キシャァ!!』

『………ッ!!』

 二体も居た。大きなニョロニョロが二体も。でも特徴はまるで違っていて、状況的に二人が戦っている事が理解出来た。

 一方は教えられた通りの巨体、幅2メートルに長さが50メートル以上。色は白く艶っとしていて手足が無く不気味、大きな顎を持つ頭も同じ色で同じ質感。でも額に小さな黒い点があって、とんでもなく大きなギョロッとした目を持っていた。あれが多分セティエンティア。

 もう一方はセティエンティアと比べて何倍も小さなモンスター。長さは見た感じ10メートルも無いし、手足はあるが小さい。ヒレと鱗、キリッとした目をしていた。しかし三本の背びれの走る尻尾を振れば、海は濁流になり、セティエンティアの胴体を切り裂いた。

 見ていればどちらが優勢かはっきりとする。圧倒的に小さい方だ。それはまさしく私が一度も出会った事の無いドラゴンの一体。『ウォータードラゴン』の進化形態『ブルードラゴン』その御方だ。

 私は戦いに介入する事が出来なかった。ブルードラゴンの魔法の余波で、泳ぐ為の魔法が乱されて後ろに追いやられてしまうから。だから岩にくっついて見続けた。私が観戦し始めた頃には、セティエンティアの体に幾つも傷がついていた。体格が大きいから当てやすいし、くねくねと避ける動きも遅い。セティエンティアは思っていた以上に弱かった。

 ドラゴンは高い移動能力と旋回能力を駆使しながら魔法を使い、発生した激流がセティエンティアの体を抉る。やられた本人は叫びを上げないが大きく顎を開き、痛みにのたうつ様に暴れた。一番大きな傷は胴体を危うく輪切りにされる寸前だったが、それでも動き続けた。この時殆ど血が出ていないのがとても不可解だった。

 ドラゴンは暴れ回るセティエンティアに猛スピードで近寄り、最後の一撃として細い顎と無数の歯でセティエンティアの頭を噛み砕いた。それによってセティエンティアの動きは止まり、噛み取られた痕は綺麗に残った。ドラゴンは肉片を吐き捨てると(とぐろ)を巻いて、沈黙したセティエンティアをしばらく眺めた。

『其処の御人。居るのは分かっておりますよ』

 そして、セティエンティアの崩壊が始まると、私に話しかけて来た。


 南の海底に張り込んでかなり経った。それも、ここでセティエンティアの痕跡が見つかったからだ。それは奴の皮膚片、白くブヨブヨしていて結構頻繁に見かける。奴の皮膚はよく水に溶けて、小さければすぐに無くなってしまう。しかし大きい物は二時間は存在し続ける事が分かっている。加えて今回発見したのは崩壊の始まっていない採れたての皮膚、ついさっきまでここにセティエンティアが居た事を示している。

「ターゲット来い…ターゲット来い…」

 まさに僥倖、逃す手は無い。ありふれた物影、こんな深海じゃ岩くらいしかないがそこに隠れている。ちらりと皮膚片を見ると、輪郭がぼやけて崩壊し始めている。しかも、もう一回り小さくなっている。ただ、待つ事に変わり無い。セティエンティアは近場に数時間居着く、砂を(まさぐ)ったり尾で岩を叩いてみたりとあらゆる行動を取るが、大まかに範囲を決めそこから最大半日は出ようとしない。その性質を知っているからこその作戦だ。

「ぉぉ!来たぞ…」

 明るく見える範囲に入ってきた超巨大な海蛇。どこを見ているか分からない目玉に白く輝く歯と皮。ヒレも蛇腹も鱗も持たない不思議生物、セティエンティアのお出ましだ。更に待つ。視野に入るな。確実に後ろを取り最短で仕留める。正面から行っても勝てるが、勝利の条件は持ち帰る事。なるべく時間短縮を狙いたい。

 今だ。


 バトラが俺に言って来た。

「これさ、待機側(こっち)はすんげぇ暇だよな。ずっと暗闇眺めるだけだぜ?」

「確かに真っ暗だもんな、眠くなる」

 始まって何時間か経過したが、シアは水深400メートルに位置しているから太陽が見えずに時間がはっきりしない。始めの合図を出した衛兵もそれ以外の者も自身の仕事へ戻り、ここに残ったのは当事者達だけ。勇者達と国王だけで二人を待ち構えていた。

「誰か、予想でもいい。勝負はどれくらい時間がかかるのだ?」

 ジラフも痺れを切らしたのか居合わせている人全員に語りかけた。簡易覆鎧をいじる事にも飽き飽きしていた皆が次々に答えた。

「さあ、最悪一日中?」

「半日以内であってくれよ。飯抜きなんだぞこっちは」

「地上まで時間かかるもんな。飯食ってる間に帰って来ちゃったら…なんか悔しいしな」

 そうだ、俺たちは地上に行く事も制限されている。むしろ禁じられていると言っても良さそうだ。いつ帰ってくるか分からない、自分が居ぬ間に帰ってくるかもしれないと考えるからこそ何も出来ないのだ。

「そうだな。早ければもう帰って来ているだろうし、遅いとしても後三十分はかからんよ」

 俺達はその声の主に驚いた。今まで一緒に黙って暗闇を見ていたスティンガー国王が、勇者と言えど一般人の話に介入して来たのだから。俺らが面食らう事も見通して彼は話し続けた。

「暇しておるのは私も同じよ。それ以前に、私はただの年寄りだ。王の肩書きなんぞ当てにしておらん」

 そうして吐露されたのは彼の心の内だった。

「そもそもこの勝負が催されたのは私が息子と約束をしたからだ。二十五歳となるまでに嫁を迎えれば即位させるとな。彼奴には到底無理だと思い提示したのだが、まさかここまでして欲しいとはの」

「小さき国シア、その中の小さな王など最早有って無いような物。貴族の地位も同様に形骸化、今更取って代わっても何も変わらん。だが国を治めるのは確かに王にあり、彼奴に変わればたちまちに国が離散する。モートンはそれ程までに幼い」

「もしモートンが勝ったとして、待っているのは国の崩壊。無論教育は施したがそもそもの才がまるで無い、心持ちも浅はかだ。もし順当に事が運んだならばモートンが勝つが、どうなるか…」

 元凶は王その人だった。全く知る由も無かった約定に、俺達は振り回されていた。淡々と吐かれた事の経緯と真実と憶測。それを理解するのに時間がかかり、咄嗟に声を出す事は叶わなかった。次第に込み上げる怒りは皆等しくも、顔に表した所で声上げは出来なかった。一人離れに立つ王の手が、言わずとも知れていると言っていた。

「王とは怒りを買う仕事だ。私はよりそれを鋭敏に感じ取るようになった。今更許してくれなど言えはせんが、私がモートンの本意を知ったのも昨日の対談の後だ。悟った、奴は王になるに相応しく無い。全てが遅すぎたと後悔している。止められる物なら止めたい。だがモートンが勝ったならば…」

 その言葉が突然に止まった。闇を見つめるのは変わらず、顎が少し前に出た。一旦怒りを忘れ、全ての目線が沖に向いた。徐々に明らかになっていくそれは、まだ遠くだというのにはっきり見えた。シアの光に照らされ白い表面に光沢が現れ、力無く開いた顎がぐらぐら揺れている。頭と首数メートル、そこから下の体は無い。それを両手で持って泳ぎ来る影は、見慣れた丸い形では無い。

「最悪じゃの…」

 その声は苦痛を噛み締めるが如くの物だった。皆が望まぬ最悪の結末。彼の後ろにもう一つの影も無し、覆る事はあり得ない。

「おお!俺の勝ちだ!ほら、文句ないだろ?」

 帰った若い男は自慢気に首を見せびらかし、嬉しさのあまりに身分も年甲斐もなくはしゃぎ回った。勝利を確信した瞬間から笑顔を絶やさずに。国王はそんな彼を宥めてその所為を叱った。そして表情を崩さずに息子へと尋ねる。

「して、メル殿は何処にいる」

 少ししょんぼりした息子が、さあ、と答えた。俺達から見えなくなった時点でもう別行動をしていたらしく、見当もつかないと言った。国王は、そうだろうな、と小さな消え行く声で呟いた。モートンは父の情も気に留めず、やる事があるんだと言い残して去って行った。

「…探すのなら私に任せろ。海エルフは泳ぐ為にも強い魔法を使う、追跡出来る」

 そんな時、ターラがメルの捜索に名乗り出た。確かに魔力を見通せる眼を持つから容易いだろう。

「そんなら俺達も行くぜ?つーか、みんな来るよな?」

 スピットがそう言った。異論は無い、チームとしての責任感があったから。メルの所へ敗北を知らせ、共に帰ってくると。しかしターラについて行けば良いとは言うが、普通の簡易覆鎧ではプルテウスの様に発光はしていないし、俺以外は不器用に地を歩き泳ぐしか無い。

「お待ちなされ、私も行かせてくれんか。そのままでは何も見えまい」

 スティンガー国王が俺たちを引き止めて言った。コンッと杖を一突きすると、突かれた地面から橙の魔力がひらりひらりと舞い上がった。それらは俺以外の四人の覆鎧に入り込んで目元を橙色に照らした。

「決めた、全ては私のエゴだ。最大限君達の有利になるよう助力する」

 国王は暗い方角を向いて浮き上がり、それをみんな目で追った。そして真っ暗な深海に目線が行った時にようやく何をされたか気がついた。よく見える。一寸先は闇だったのに、それがとても遠のいていた。

「ちょっ、これっ!?」

「海エルフの視覚を再現した物だ。今は直に魔法を掛けんと効果が無く、海中戦闘補助覆鎧には実装出来ていない。さて、連れて行ってください。ターラ殿」

 俺達は怒り半分感心半分で状況を受け入れるしか無かった。先頭を任されたターラが首をクイッと傾け、潔くメルの追跡を始めた。言いたい事は幾らでもあるが、そんな事を言ったって仕方が無いし無駄だ。視界も良くなってメルの発見を最優先にして黙っていた。

「じゃあ俺どうすんのさ」

 こうして暗視が効かないのが俺だけになった。シアは煌びやかだし、アストラと戦った時は奴らが輝いていたから覆鎧を着る必要が無かった。今から行く先には何の光も無いから苦労するだろう。

[私の眼を貸そうか?人の目と視る行程が違う故見えるぞ]

 そんな時、俺の中に居る光の獣が語りかけて来た。俺はそれを迷いなく受け取ることにした。すると、俺の目の瞳孔は縦に長細くなり、弱く光を放つようになった。そうした途端に俺の視界は晴れ、地平線の向こうも見え透けるようになった。

「すっげ…」

 こうして離れつつあった集団に追いつける。

(…なるほど、身体能力を借りられるのか。にしてもあの獣、本当に時々しか喋らんな…勇選会以来だぞ?)

 唯一その声の届くターラは後ろで聞こえた久しい声に、自分しか聞こえない程度に呟いた。


 ターラが言うに、痕跡が迷路みたいに入り組んでいて面倒だそうだ。メルがあちこち探し回った証だし、その近くにあった幾つもの穴を見張っていた事も分かった。その穴は直径二メートル以上はある物ばかりで、話に聞いたセティエンティアの掘った穴だ。それらを見回って出てきた所を捕まえる、それが彼女の行っていた作戦だろう。

「全部で幾つだ?」

「さあな、十以上は無い事を祈ろう」

 最初に見つかった大穴だけ、比較的シアからは近かった。でも痕跡を追う毎に後から見つかった大穴らはそこからさらに先にあった。四つもの大穴を通り過ぎるも、メルの姿はまだ見えない。ターラも魔力を追うのに苦労しているようだった。俺にも微かに分かる折り重なった残滓は、確かに四方八方に飛び散っていた。彼は今より強い魔力を選りすぐって辿っている最中だった。

「…ここまで来たのは初めてじゃ。仕事の兼ね合いでシアから遠く離れる事など出来なかったからの」

 最後方で皆を追いかけていたスティンガー国王が言った。彼の前を行く俺の耳に小さく聞こえた程度、おそらく俺にしか届いていないだろう。彼のその言葉には驚きと少しの恐怖が感じ取れた。大抵の事には驚かなくなった勇者達はどんどん進むが、スティンガー国王は変わり映えのしない景色をキョロキョロして段々スピードが落ちていく。前との差に気がついて追いつくが、それが何度か繰り返されている。

「…ん。待て、おかしいぞ」

 ある時、ターラが止まった。後ろを行く者達も停止を強制された。彼は岩場の広がる海底の一角に留まり移動する事を辞めたのだった。その後ろ姿から何か思案している事は分かった。

「お、おい。どうしたんだ?まさか途切れたなんて言わないよな?」

 黙りこくった背中に冷や汗を浮かべながらバトラが問いかけた。ターラは振り向き、無機質な横顔を見せて言った。それはどうにも可笑しな物だった。

「逆だよドーラ。満ちている。この空間の隅にまでメルの魔法の痕跡が行き届いている」

 この言葉を聞いた者はいずれも眉間に皺を寄せた。初めて陥った状況だったからか理解するのにある程度時間が掛かった。だが頭で整理がついてから、俺が発言するまでに時間は掛からなかった。

「マジ…木を隠すなら森の中ってか。メルがなんかやばい奴に絡まれたんじゃ」

 それは不測の事態の想定だった。しかし、ターラは真っ先にそれを否定した。

「いいや、安心して良いだろう。あながちやばい奴と言えるだろうが、これには敵意を感じない」

「え?まさかやった奴分かってるのか?」

 俺の問いかけにターラは頷いた。

「そうだな。メルの魔法に混じって、この現象の犯人の魔法とその存在感、所謂覇気が感じられる」

 その一言を受けて、俺以外の全員がピンと来たらしい。スピットに至っては、()()()そんな事してたのか、と呟いている。再び移動を再開する手前、ターラは言った。この先にメルが居る、もう急ぐ必要は無いと。

 ターラが向かった先は、その魔力の充満した空間の中心。ターラはなぜメルがここに居ると断言出来るか分からなかったが、しばらく行くと微かにメルの魔力を感じた。彼は空間に入ってすぐに感じたらしく、またそれに向かっていた。ただ、すぐ近くに別の強大な魔力も同じ場所にあった。これがターラの感じた、この異常な空間を生み出した犯人だろう。

 行く道は岩が多く、暗視の意味も無いくらいに見通しが悪かった。上に行けば良い話と思うかもしれないが、スティンガー国王曰く、海底から十数メートル離れると急に潮の流れが強くなる領域があるらしく、まさにその地点がこの岩場にも当てはまっていた。海エルフなら魔法で移動する分抵抗は簡単だが、覆鎧を着ただけの人間は入った途端に流されると説明されている。だから律儀に積み上がった岩の横を通って行かねばならなかった。そんな道のりを煩わしく思いながらも、二つの気配はもうすぐそこに迫った。

「…さぁ、御対面だぞヒカル」

 ターラは俺に身振りで先に行けと示し、岩陰から出る直前で止まった。それに伴い皆が俺の為に道を作り、そこを指示されるままに進んで行った。開けた視界に、岩のままある砂の海底が写る。どうも細かい砂が舞っているようで薄暗い。それでもありありと存在感を放ち、異彩な雰囲気を放つ一人と一匹がそこに居た。

「あ、ほんとに来た…ってことは、私の負け?」

 彼女の声色は普段と変わらない明るい声だった。しかし目は据わっており、ぱっちりとはしていない。

「ごめんね、ちょっと話し込んじゃってさ〜」

 共にいたのは一匹の青いドラゴン。彼女を囲み塒を巻いて、じっとこちらを見つめている。メルが過去最高クラスにヤバいモンスターを侍らせていた。

「あれはウォーターではないな、ブルードラゴンだ。三又の背びれを持つ尾を振れば、凪いだ水流も忽ち激流になる」

 後から出てきたターラが、横に並びながら簡単な説明をした。俺がドラゴンに合うのは二度目、砂漠の一件から二ヵ月も経ってない。しかも出会ったのは三つある形態の中間形態、つまり第二形態だと言った。

「なんとッ…()()()()が介入するかっ!」

 最後に列に加わったスティンガー国王は前屈みになり、目を見開き、驚き入った様子で固まった。俺とその人以外はあまり大きな驚きを見せていない。その中の一人、スピットが口火を切った。

「セティエンティアって、あんたらの管轄だったのか?」

 彼が問うと、周囲に中性的な声が響き渡る。

『其の通りです。大まかな話は彼女から既に聞きました。セティエンティアと貴方方(あなたがた)が呼んでいる存在は、嘗て拠り我々が監視して来た怪物でした。彼の都市の住人が発見した数日から数週間前から活動が活発化し、より監視を強化していましたが、如何やら易々と掻い潜られて居た様です』

 その喋り口はモンスターと思えない程滑らかで淡々としていた。妙に畏まり機械的とも言えた。

「そうかい、じゃあメルと一緒に居るのは何故だ?理由が無いはず無いだろ?」

 目付きを鋭くし、スピットが臆せずに問い正した。ウォータードラゴンはそれにも素直に答え始めた。

『其方の事情は先程初めて耳にしました。此の場合は試合を邪魔した私に非が有ります。内容からして直ちに再戦とはいきません。セティエンティアは計四匹しか居ません、加えて隠れる事を得意とします。其れでは永遠に見つからない事も有り得ます』

 ドラゴンは話す事を中断し、改まって本題を語った。

『其処で、私は一つ提案を致しました。問題はセティエンティアが存在する事でしょう?成らば奴を消し去れば良いのです』

 その一言を聞いた時、一同は驚愕し、一部の者はまさかと思い立った。咄嗟にバトラが口を挟もうとしたが、それはメルの声に潰された。

「これってさ、シアに大きな借しを作れるよね?討伐の助力じゃなくて問題の解決なら、何も文句無いでしょ?」

 メルとドラゴンによって確立された提案は、紛れもなくセティエンティアを滅する事だった。ただ、何かが変だ。言い回しが変だった気がする。しかしそんな事を気にしている間に、話に乗って行く男がいた。

「…その話。もっとよく聞かせてくれ」

 言い放ちドラゴンを見つめながら、スティンガー国王は最前に躍り出た。

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