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第23話 嵐の後の静けさ

 あれから約三週間。俺はある人達と行動を共にしている。今は丁度クエストの最中で、いくつもの触腕に追われている最中でもある。

「いつも通りだ!ただ殺すなよ!」

 響いた声は俺の兄弟子であるラグルの物だった、今のリーダーは彼である。

「分かってる、捕獲も楽じゃないね」

 答えたのもラグル率いる『ウノン・ジード』のメンバーの一人だった。彼女はこのパーティの紅一点、名を『リル・コボロフ』。『砂塵』の二つ名持つ彼女の武器は、持ち前の魔法であらゆる強度の風を幾つも同時に巻き起こす事。当人も言っていたがあまりパッとしない武器だ。しかし、このメンバーだからこそ能力が活かされていた。

「とりあえず怯ませようか、頼むぞ」

 その言葉と共に小さな丸いビンが投げ込まれた。それは弧を描いて落ちていったが、途中でリルの風に乗って触腕の本体に向かって飛んで行った。モンスターはビンに気付き、それを触腕で叩き落とそうとしたが、直前でビンは炸裂し触腕を粉々に吹き飛ばした。因みにモンスターにダメージは無い。本体からはまだ遠い所だったし、その触腕は砂で作られていたから。しかし奴には予想外の事だったらしく、他にも操っていた触腕が止まったり、幾つかは小刻みに震えた。奴は純粋にビックリしたらしかった。

「今だ行けー!」

 声を上げてラグルが駆けた。それに続きもう一人のエルフも駆けて言った。二人は十分に加速しほぼ同時に飛び上がると、これまたリルの風に乗って本体へと近づいていった。ピクッとモンスターの体が動き、我に返った様な仕草を見せた時には二つの影は目の前まで来ていて、ラグルは鞭を構え、もう一人は逆手に剣を持っていた。咄嗟に触腕で撃ち落とそうとするが、全てラグルの鞭で簡単に破壊された。

 ラグルの二つ名は『裂鞭(れつべん)』。鞭の先端、もといテールが三又に分かれていて刃が付いている。彼はそんな鞭を自在に操り、攻守共に隙が無い状態になっている。

 そんな鞭で触腕を破壊されたモンスターはあからさまに焦りを見せ、生身の触腕を防御に使い出した。ラグルはそれを鞭のボディで受け流しながらモンスターの体にしがみついた。そのまま鞭を絡ませて砂の中へ逃げない様に捕らえた。

「ヒカル!封じ込め頼んだ!」

 ラグルはそのままモンスターをバックドロップをする様に引き抜いた。そうして生身の触腕が全て露わになり、そこを空気の層で覆いモンスターを閉じ込めた。

 ここまでスムーズな行動が出来るのは、素早く走る事が難しい砂漠にて、リルの魔法によりそれを無しに高い機動力を得ている事に起因する。このパーティは人を活かし、ディザント(いち)となったと言う。リーラパーティ(ここ)では誰が欠けても成り立たない。

 暴れるモンスターが落ち着き、風の層も安定すると、ラグルは伸びをして体についた砂を落とし明るい声で言う。

「ないすー!」

 皆の方向へ向き直ると同時に親指も立てた。

「…やれやれ、俺の出番は無しか」

 薄緑の透けた風船を見上げてもう一人のエルフが言った。名は『ロロン・ガルシア』、二つ名は『荒剣(こうけん)』。彼の持つ剣は片側の刃がいくつかに分かれていて、左右に互い違いに並んでいる。ノコギリと並びは同じだが、刃の大きさは段違いだ。もしこのモンスターが抵抗して、砂の触腕をラグルに向けたらロロンが叩き切る寸法だった。出番無しと言ったのはその為だったし、この個体が特に戦い慣れしていないせいもあった。

「まあこんなもんだよね、今回もお疲れ様」

 遠くから柔らかい風に乗ってリルともう一人がやって来た。ふわっと風から降りると二人は歩きに切り替えた。

「やっぱり楽でいいな、担いで持って帰らなくて済むってのは」

 そう言葉を発したのは、体に小ビンを括り付けたベルトを巻いた男だった。リーラパーティ最後の一人、『炸丸(さくがん)』の二つ名を持つ人間『レイル・ラフト』。さっきも使っていた小ビンには魔法が封じられていて、レイルの意志かビンが割れるかして発動する。威力も調節でき、砂を少し払う程度から岩を粉々にする程までには幅広い。今回は猫騙しの要領でかつ、砂を散らす程度だったが却ってそれが効いたようだった。

「さっ、帰るか。今日は近かったんだし歩いて帰ろうか」

 ラグルが先導して歩き出すと、彼を追って四つの影が駆けて行った。ラグルには皆と話したい気持ちがあったのだった。

 さて、あれから何が起こったか説明しよう。ディザントは今、砂丘隊の指示の下に動いている。そうなったのも、全て俺たちがドラゴンを殺してしまった事が原因だった。

 スパイトの言い分によれば、ドラゴンは総じてその地域を守る(ぬし)的存在だと言う。自らに合った一番大きな土地に棲み、脅威を排除していると。そしてドラゴンには三つの形態があり、基本レベルに従って姿を変えて行く。今まで確認されていたドラゴンは四種だけだった。火と、水と、風と、鋼。土属性のドラゴンだけが完全に未確認だったと言う。

 だが、今回の騒動で存在する事が判明したと同時に殺めてしまった。守り神を祓ってしまった。正当防衛とも言える。情報不足だったとも言える。しかし犯した罪は大きいに変わりない。彼の役の穴埋めをするには相応の労力と力が必要だった。

 まずは、なんとかして現存する砂漠のモンスターのほとんどを保護する事が先決された。結局今までと変わりはない気はするが、明確に東から遠ざけると言う目標があるから、以前よりかはましだろう。更に、捕獲・保護の成功率を上げる為、勇者パーティは一時解散。それぞれディザントの上位10パーティのいずれかに加入した。そこで俺を貰いたいと一番に言ったのがこの『ウノン・ジード』だった訳だ。そして、捕獲には同時に出向く訳では無いし、活動場所もまばらである為に、彼らに会う機会は少なくなった。今では互いのパーティの噂話が飛び交い、主な話題になるまでになっていた。

「なーなー聞いたか?スピットのチーム、日に二度も探しに行くらしいぜ?」

 レイルがとある噂を口にし出した。その口ぶりや表情は信じられるか?と言っている様だった。

「知ってる。あの人をリーダーにしちゃそうなるわよ」

 けろっとリルが答えた。確かに彼の気質は傍迷惑になる事が多い。人を振り回し自分のペースで進んでしまう。一応パーティという仲間である以上、彼のペースに付いて行かなければならない。だからこんな無理強いをされてしまっているのだ。それを解決しようとは最早誰も思って居なかった。皆口を揃えて『止めても無駄だから』と言った。

「驚かないか…じゃあ他の勇者の所は?聞いたとこあるか?」

 レイルが気持ち肩を落として投げかける。すると先頭を歩いているラグルがくるりと体を半回転させ、後ろ向きに歩きながら喋り出した。

「あ、そうそう。メルさん、その日の内に捕まえて来たモンスターと仲良くなってるらしいぜ?自分で作った檻の中にそいつと一緒に入るって聞いたな」

 話している彼の顔はとても明るく、どこか清々しい気も感じられた。たぶんずっとこれを話したかったのだろう。

「そう、か…もう驚きはしないぞ」

 ロロンが顎に手を当て、少し考える風に言った。

「へぇ、もう少し良い反応が来ると思ったのに」

 ちぇっと小さく呟くラグルの顔は、なんだか決まりが悪そうだった。

「まあな?流石にコーレット侍らせてた時は驚いたが…もう見慣れたよ」

 彼が言う事は最もだった。しかし、全員が『侍らせる』という言葉のチョイスに一瞬呆然とした。そこで俺も以前バトラと話した事をここでも言ってみる。

「だよな、あの感じじゃ他にも()()がいそうだな」

 この言葉によってみんなの視線と人差し指が俺に向いた。同意の意味を込めた仕草だが、バトラ固有の物ではないらしく、言葉を用いずに会話を繋ぐ事も多い様だ。俺から視線を逸らすとレイルが言う。

「有り得ない話じゃ無いぜ?あの人子供時代に結構街を飛び回ってたらしいから」

 彼は手慰みに一つ小ビンを手に取り、真上に軽く投げては取っていた。そこにロロンが小さな声で続けた。

「怒られるかもしれんが、メル(あの人)、モンスターと結婚しそうだよな」

 これに皆は無口になってしまった。確かに怒られそうだと思ったが、またそれを否めきれないのも、口を開けられない原因だった。

 ディザントに到着する頃には気まずい雰囲気も無くなり、再び会話が繰り広げられていた。今や町の至る所にモンスターが入り込んでいるし、周りの岩盤地や砂地にも多く居る。中にはメルほどではないにしろ、ペットの様に彼らを可愛がっている人も居た。キャラバンでも同じ光景を見ていたからか、簡単にこの状況に慣れてしまった。そして会話もそれに関するものになっていた。

「やっぱり飼うなら水棲種が良いんじゃね?水質管理やら面倒だと思うけど、鑑賞にはもってこいだろ」

「私はメルナちゃんが良いかな〜。てちてち歩くじゃない?あれが可愛くてさ〜」

「リルが溶けるの珍しいな…俺はコーネノ辺りが良いな」

「オルミボス、良いと思います」

「家だと蜜作ってくれねーぞ」

 そんな風にわいわいと会話をしていると、風船の中のモンスターが視界の端で動いているのに気がついた。何かと思って見てみると、モンスターは自分の触腕の先端に砂で指を作り、『ボクはボクは?』と言う様に自分を指差していた。元々クリクリした目が心なしか輝いて見えた。

「あんたは砂が無いとまともに移動できないでしょ」

 俺がそう言うと、今度は目に見えて落ち込んでしまった。この際なぜ人間の言葉を解しているかは考えないでおこう。

 因みに、今しょげてしまったこのモンスターの名前は『テンダット』。計一二本の触腕を持つイカに似たモンスター。大体1メートル位の胴体に、同じくらいの長さの触腕をもっている。戦い方はさっきの通りで、食性は肉食である。

 一行はオアシスへ辿り着き、クエストの完了を伝えた。この日は朝早くに出発して、帰って来たのは日の沈みかけた夕方だった。受付からいつもの数倍少ない成功報酬を貰い、テンダットの拘束を解いた。ゆっくり降ろしてやると、彼は不思議そうに辺りを見回し、その間に何度か俺たちと目が合った。そして、受付からお呼びが掛かると、部屋の奥から台車を引っ張りテスラがやって来た。今は宿の手配の代わりにモンスターへ棲み場所を手配している。元々あまり出番の無かった係故、臨時で彼が抜擢されたそうだ。

「ほら、コイツに乗りな。言葉分かんだろ?」

 テスラがバンバンと台車を叩くと、テンダットはなんの躊躇も無く荷台に身を預けた。

「ほんじゃあ、しゅっぱーつ!」

 ガラガラと音を立てて、一人と一匹がオアシスを後にした。

「…ホント、何でこうも物分かりが良いんだか」

 レイルが溜息混じりにつぶやいた。俺としては別に驚きはしていない。今まで出会ったモンスターから分かる事だし、喋るモンスターもいる事を知っているしで、喋りはしないものの、モンスターにも状況を把握できる知性は十分にある。

 ここで長話をしても何だと言って、ラグルは夕飯を食べに行こうと提案した。朝食も簡単な物だったし、昼食も摂っていないからもちろん賛成多数で、早速行こう一歩踏み出した時だった。受付の人が俺を呼び止めた。

「あ、お待ち下さいヒカル様。アンバー・カーライルさんからお呼びが掛かっております」

「え?…あっ」

 俺は一旦夕食は後にして、受付の人の案内に付いて行った。俺はアンバーと言う名には覚えは無かったが、カーライルと言われてハッとした。そうだ、あの日から大体一ヶ月が経っていた。スピットの言い出しにより、俺はナイフを作ってもらっていたのだった。それが今日手元に来るのである。

 十数分後、そこは見覚えのある道になった。ガラス細工、皿、陶器が並ぶ道、その道中にある『練磨カーライル』の看板。受付の人がドアの無い入り口の縁をコンコンと叩く。するとすぐに、はーいと中から返事が返って来た。

「アンバーさん、連れて来ましたよー!それじゃ、私の役目はおしまい」

 じゃあねーと言って受付の人はオアシスへ戻ってしまった。丁度スタスタ歩いて来たアンバーは声の主が居ないからキョロキョロしていた。

「あれ、あの人どこよ。お礼言いたいのに」

「そそくさと返っちゃいましたよ」

「あらそう…まぁ良いか、じゃあ入ってよ、相棒が待ってるぜ」

 俺はアンバーと軽く会話をして工房の中へ入った。そこは以前来た時となんら変わりの無い様子だった。しかし金床の上には、皮のナイフケースと焦茶色のブレードのナイフがクロスされて置かれていた。アンバーがそれを丁寧に掌の上に乗せて俺へ近づいて来た。

「さ、受け取ってくれ」

 俺は言われるがままにそれを手に取った。薄茶色の皮のナイフケースにはこの店の物らしきマークがあり、細長いベルトがケースに縫われている。ナイフのブレードをよく見ればボディには紋様が入っていて、エッジの部分だけ虹色の光沢が出る透明な紫の鉱石で出来ていた。そしてこの色と輝き方は『カーライル純宝』で見ていた。

「これが『心』?」

 刃先は鋭く、ブレードバックの方にも少しだけ紫の刃が伸びている。まじまじとナイフを見ていると、アンバーが口を開いた。

「そうさ。作る過程で決して折り畳んで層を作ってはいけないし、削ってもいけない。()が失われるからね」

 見ているうちに不思議に思えてくる。10センチほどの欠片だったはずだが、紫の刃は20センチくらいある。一体どうやって伸ばしたのだろうか。長さも薄さもほぼ変わらないのに、叩いただけでもあるまいだろうに。

「それと、これを覚えておいてくれ。『心』は使用者の心を覗く、それに応じて力を与えるのさ」

「そりゃ…また凄い物を貰ったな…」

 俺はこれを始めて手にするはずなのに、何故だかよく手に馴染んだ。元の黒い欠片の時に感じた不可解な重圧感はどこにも無い。不思議に思いながらも、俺はナイフをケースに入れ、ケースを自らの足に括り付けた。後で調整はするが、今はこれで良いだろう。

「ありがとうございます。あ、加工代は」

 頭を下げた時に思い出した。ナイフの完成後に支払いをする事になっていた。アンバーも、あっ、という表情が出ていたが、すぐに顔を元に戻すと、胸元から取り出した手帳を片手に言った。

「そうだったな…えーっと。テニネウムアロン合金300グラムが、46万ユーロ。手数料が4万ユーロで、合計50万ユーロだな」

 貧乏性の為か、それとも普通の反応だろうか、俺の顔は目に見えて青くなったらしい。直後にアンバーに指摘された。今は財布が手持ちに無い、直前までクエストに出向いていたから持っている訳がない。さっきの報酬も五人で分けているし、俺だけ別行動になったせいでお金はラグルが持って行った。もし手元にあったとしてもなんの足しにもならないだろうが。

「多分君クエスト帰りだろ?金持ってないんならまた都合がいい時にでも…」

 アンバーは表情や細かい仕草から、俺が今一文無しな事を察した。その気遣いは嬉しいが、俺にとっては然程大きな問題ではなかった。

「大丈夫ですよ、今払います。ただ十秒くらい待っててもらえますか?」

 アンバーは分かったと言ったが、それは若干の間を空けて、キョトンとした顔で言っていた。その顔を横目に、俺は『転身』を使いラグルの家に移動した。

 部屋は明かりがついていたが、ラグルは見当たらなかった。代わりに水音が微かに続いていた。

(シャワー浴びてんのか。俺はよく使うけどラグルは四日振りだっけな)

 そう思いながら財布のしまってある棚を開けてそれをつまみ出す。そして棚を閉じ、再び『転身』でアンバーの工房に戻った。

 戻ったところで最初に目に入って来たのは、右手は広げ、左手は両端以外の指を突き出したポーズをとったアンバーだった。俺が十秒くらいとか言ったからか数えていたようだ。

「ホントだ、八秒で返って来た。便利だな、その魔法」

 何分(なにぶん)驚く様子もなく、彼は平然としていた。思うことがあったなら、それは羨ましいな位だろう。

「よく言われます。結構凄い魔法だって聞きましたが実感は無いですね」

「日常的に使ってそうだしな、そう思っちゃうのも分かるわ」

 アンバーは腕を組み、体と共に首を傾げて言った。片眉が上がっていたのには反応していいものだろうか。彼は組んだ腕を解くと、おもむろに手を差し伸べてちょいちょいと動かして見せた。

「ああ、今渡します」

 少し焦りながら財布を開けて硬貨を取り出す。紋様入り銀貨を五枚摘んだ。俺の持ち合わせで一番価値の高い硬貨はこれであり、六枚目は無い。他にはただの銀貨三枚と四角い銀貨が八枚、各銅貨三枚前後だ。もう少し高い値段を言われていたら二度手間になっていた事だろう。

「はい」

「まいどあり」

 紋様銀を受け取ると、それをそのまま作業着のポケットに突っ込んでおしまいだった。管理体制が杜撰じゃないかと思った所、彼はまた新しい話題を吹っかけて来た。

「そうそう、聞いたぜドラゴンの事。やっぱここにも居たんだな」

 アンバーは喋りながらナイフの捌けた金床に座った。

「アイツ、ずっと砂の中で眠ってたらしくて…それで、今は彼を起こしたモンスターを探してる訳です」

 消極的ではあるが、徐々に調査の手は東側へ伸びている。ドラゴンは土地を守る為に力を振るう、あの戦いも自らが死んでは砂漠を守れないと踏んだから。だが最後に彼は希望を抱いた、自らを事もなげに倒した彼等なら砂漠を守ってくれるだろうという、安心と信頼から。それに答えずして何が勇者か。そうターラが言っていた。

「元凶ねぇ。確か、何処にいるか分かってるし、見た目の一部も分かってるんだろ?先に仕留める事も出来るだろうに」

 腿に肘を乗せ頬杖をしている。確かにそうしても良かったのだろう。

「俺も思いました。でも、俺らの休息も兼ねての捕獲作業続行だそうです。未知ゆえに規模感も分からないですが、ドラゴンを震え上がらせるってだけで危険度は分かります」

 そっかーと彼は目を細めてどこかを見つめた。そして小さな声で呟いた。

「これが嵐の前の静けさかな」

 俺が片眉を上げて彼を見ると、彼は誤魔化すように笑って話し続けた。

「あいや、ことわざみたいなもんさ。嵐の前は風が凪いで静かになるって事で、何か騒動やらの前の不吉な予感とかそう言う意味のさー…」

 アンバーはなぜか慌てた風に早口で説明を始めた。俺はそのことわざがある事にも驚いていたが、それ以上に、彼が花守(はなも)の言葉、もとい日本語でそれを言った事に驚いた。一体彼は何者だろう、そして今どのような意味で慌てたのだろう。

「たしか、()()()のことわざでしたよね。でも今回に限っては『台風一過』の方が合っているのではないです?」

 俺は何食わぬ顔で言ってみると、アンバーはまた呆気に取られたような表情を浮かべた。しかしまたすぐに上気する。

「何だ、お前も知ってる口か!んまーそうだよな、次も()とも限らんしな」

 彼は爽やかに笑った。さっきの事は然程気にする事でも無いと思ってくれたみたいだった。そう言えば、彼の顔、特に目元辺りに見覚えがある。輪郭、鼻と口、髪型髪色、どれもペリドットと似ているが、目元だけ彼由来では無さそうだ。アンバーはパッチリした目だが、よく見ると眼尻がとても鋭かった。何処かで見た気がするが確実に一ヶ月以上前の事、記憶がはっきりしなかった。

「正直どっちとも言える状況ですよ。嵐は去って、脅威が迫ってますから」

 余計な詮索はやめにして会話を続ける。アンバーは唸り、真剣な面持ちで語りかけて来た。

「なぁ、ことわざ通りなら変事が直ぐにあるはずだよな?だけど今回は長過ぎやしないか?あれからもう三週間経ってるのにさ」

 俺が、確かに不思議ですねと言おうとした折り、彼は遮り言葉が続く。

「…あのさ、可能性の話だけど。まさか変化が見えて無いって事はあるかな?」

 彼の表情が更に険しくなった。目つきが鋭くなり、怒ったような顔だった。やはりそれには見覚えがある。

「…どうでしょうね…俺も前例があったかどうか分からないですし。次に砂丘隊の人達に会ったら提言してみます」

 その言葉を聞くと、アンバーは気抜けした様に前傾した。自身の膝に肘を置き、俺には上目遣いで手を組んだ。

「…お前が勇者に選ばれた理由が分かる気がするよ。ちっこいのに頼もしい。他のメンバーは鎧着てんのにお前は着てないもんな。それでもって負傷も無いと」

 褒められているのか何なのか分からない。俺は気恥ずかしくなったか、気分を害したか、ゆっくりと踵を返して夜闇へ向かった。

「ありがとう…で、良いのかな」

 小さな出入り口で立ち止まり、彼に聞こえるギリギリの声量で言った。

「ああ。じゃあ、後は頼んだ!」

 奥から響いた声は景気良く、快かった。しかし、何を頼んだと言うのか。このナイフなのか、それともあの意見か、その両方だろうか。ふと立ち止まっていると、最後にアンバーが言ってきた。

「あ、じゃあ間をとって『嵐の後の静けさ』ってのはどうだい?」

 まだ話を引きずっていたらしい。一歩目を踏み出す前に一言言ってみた。

「それ、本当に間なんですか?言いたい事は分かりますが」

 アンバーは誤魔化す様に笑って、確かにな、と言った。俺は外に歩き出し、背後に別れの声が聞こえて来た。外はもう暗くなっていた。今日は半月だが、それなりに明るい。周りの工房や作業場のほとんどはもう明かりが消えていた。静かな細道をゆっくり歩き、ラグルの家を目指した。

 家に着くと、いつもの通りにラグルが本を読んでいた。最近またキャラバンが来て、家にある本が増えている。ラグルは家でも帽子を外さない。彼が言うには、本を読むときに丁度上からの光を遮ってくれるから読みやすいのだと。

「ヒカルーおかえりー」

 ラグルはソファに寝そべったまま少し上体を持ち上げて、背もたれ越しに俺を見つけた。俺はただいまと返し、足に括っていたナイフを一旦取り外してテーブルに置き、そのまま早速風呂場へ行った。と、その前にラグルに呼び止められた。

「あ、待って。先に連絡。ヨハンさんから伝言、明後日の早朝に商東門に集合だと。発端はテレンスさんらしい。それまでに予定の調整と準備を」

 ドアノブに手をかけたまま聞いていた。俺はそれを回しながら言う。

「了解」

 街全体で動いたし、三週間も続けたのだ。そろそろ頃合いと言う事だろう。

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