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第20話 コーレット捕獲作戦

 コーレットの目撃報告は次の日からあった。だがどこで見てどこへ行ったかと言う情報だけでは到底追えるものではなかった。被害に遭ったと聞きつけても、どれだけ早くに行こうと出会えはしなかった。事前に何処から何処へキャラバンが移動するとか、砂漠のどの地点で見つかったかが完璧に分かれば良いが、この世界に電子メールやぱっと見で分かる地図の類は無いし、そんな事は夢の様な事だった。数百年前まではそんな技術もあったらしいが、難しすぎて教わる者が居なくなって途絶えてしまったらしい。俺たちの来た西の門では週に一度必ずキャラバンが行き来する。だがこっちの商東門は使われる事も珍しいくらいだと言う。

 あちこち飛び回り、どれも無駄足で帰ってくる事七回、日数で言うと十日。俺は同じ所で報告が上がったら『転身』ですぐに向かえるのにって思っていたが、今まで報告が上がった場所はどこももれなく違う場所。だから大人しく待っているしかなかった。

 十一日目の朝、俺の部屋に誰かがやってきた。寝ぼけた耳がドアをノックする音を聞きつけた。ドアまでよたよた歩いて覗き穴で誰かを確認する。向こう側に立っているのは作戦会議の時にあまり喋らなかった人だ、確か名前はスパイトだったか。俺が返事をしてドアを開けると、彼は少し早口になって言った。

「ああ、起こしてしまったか?悪いが早急に支度をしてほしい、商東門からキャラバンが出るんだ」

 朝早くからまた護衛の任務を任された、だが今回の件は以前とは全く違うらしい。俺の眠気が覚めた直後彼はそれの詳細を言い放った。

「と言ってもダミーのキャラバンでね、昨晩君たちのリーダーが持ちかけてきたんだ。丁度コーレットの被害が出ている場所も近づいて来たからな。行き先は砂漠の南部、前回被害があった場所だ。それまでにコーレットが現れるかは賭けに過ぎないが、確かにやってみる価値は十分にある。門で待っているよ」

 スパイトはこれを言い終えるとそそくさとどこかに行ってしまった。言われたと通りに俺は身支度を済ませ、商東門へ急いだ。門に到着した、しかしスパイトの姿は見えない。ついでにジラフとメルの姿もない。既にいるみんなはまだ微かに眠そうな顔をしていた。そんな折、バトラが話しかけてきた。まだ眠気が強いのか眼鏡を押し上げ目を擦っている。

「なあ、お前も叩き起こされたのか?全く急もいいとこだぜ」

 大きくため息をつくバトラはこれについて全く知らなかったようだった。

「スピットが言い出したんだって?本当に実行して成果を得られると思う?」

 俺はスピットの独断で実行がl決まったこの作戦を心配していた。元はメルの発案で決まったこの作戦はいいと思う。数の減ったコーレットを捕獲し、食料と一時的な住処を与える。またこの砂漠にいるとされる強力な未知のモンスター、以後X(エックス)と呼ぶが、それにに捕食されないようにするのが目的だ。だがメルのもう一つの案はリスクが大きく上手くいく保証も無いものだ。まだこの作戦の方が現実的だっただけである。もしスピットもメルと同じように抜け目があるならば心配にもなる。だがバトラは心配なんてしていなかった、ある確信を持っていたから。

「確かに心配するのも分かるな。でもその必要はないさ、こう言う時のスピットの感は外した事がないんだ」

 知らない俺からしたら信じがたい話だが、近くにいた彼が言うのだから信じてみよう。そうやって話していると、スパイトがジラフとメルを連れてきた。ジラフはそうでも無さそうだが、メルはまだ(まぶた)が重いようだった。これで砂丘体と勇者パーティの面々が揃ったわけである。早速スパイトとスピットが前に出る、視線を集めたのを確認して今回の作戦について詳しい説明を始めた。

「朝早く悪かった、彼の提唱に賛同し、急遽この作戦を実行する事に決めた。まず彼はコーレットの襲撃が砂漠の南部に集中していると言った、それは周知の事実だ。だが彼は更に群れが西面している事にも気づいていたと言う。そして、彼の言う然るべき時に向かえば遭遇できるとの確信があるとも。昨晩その話を聞き、私が独自で用意したのがこの偽装キャラバンだ」

 言われてやっと目が向いた。門のすぐ横に、縦に三台連なって並べられている。見た目は普通のキャラバンの台車、乗せてある荷物にやたらと食料が多い事以外は普通にも思える。

「みんな目を向けてくれてありがとう。見た目はただの食料を運ぶキャラバンだ。あの食糧の出どころは察してくれ、ホロ達にゃ悪いがな。しかしだ、あの食料の下には捕獲道具が忍ばせてある、ちょびっと飛び出たあの紐も引き出せば投げ縄になっている。捕らえたら空いたスペースにコーレットを乗せて帰還という流れだ。この町で作れる限界の装備だけだ、そりゃ上手くいく事も無いだろうが、そこは勇者パーティの腕の見せ所という事で」

 確かに一晩で作ったにしては装備がある程度充実している。だが装備品はすぐに用意出来ただろうが、その食糧はどこから出て来たのだろうか。積んであるのはどれもここでは採れない木の実や果物ばかりだ。

「という訳だ、本物のキャラバンの様に荷物に気を配る必要も無いからなるべく速度を上げて行こう。その音で標的が真っ先に寄ってくれば大助かりだしな」

 スパイトがそう言っている間にスピットが台車へ走って行き、身軽に飛び乗って催促した。

「急いでんだろ?早く行こうぜー!」

「そうだな、門を開けよ!」

 スパイトが静かに答え、門番に指令を飛ばす。門の扉は重くゆっくりと開き、最近嫌になる程見てきた岩盤とその向こうに広がる砂漠が見えた。言い忘れていたが、台車は人力で引っ張って行く。どのキャラバンにもそれ担当の人が何人か居て、交代で台車を引っ張るのだ。今回の作戦でも門を出たところで牽引担当の四人が合流、同行してくれる事になっていた。取り分け体力に自信のある人達で、普段の倍以上の速さで引いても疲れを見せない。こう言う人達は何かしらのスキルを持っているらしい。この世界で言っているレベルも、あらゆる経験が織り成している強さの値だとの事、その経験から作り出されるのがスキルだった。四人は三台を交代で引いてくれる事になっている。

 明らかに砂漠が静まり返っていた。砂の上をガラガラと荷物を揺らしてうるさく走っても、今までならすぐに寄ってきたであろうモンスター達が一度たりとも姿を見せない。あの会議からはモンスターが来ても、一時的な行動不能にさせていただけで殺してはいなかった。そうさせた後に後ろを見れば、起き上がり、諦めて砂の中に消えていったり何処かへ散って行ったりしていた。断じて殺したり、死ぬところを見ていない。一人で考え更けっていると、同じ事を考えいたのだろうビゴが静かに、だが全体に聞こえるだろう声で言った。

「まずいな、直ぐそこまで()が来ていたか、今までの進行度から考えて、ファムエヤ北部でも被害がで始める頃だ。まだあいつらが無事だと良いが」

 その場の空気がどんよりとし始める。それもそうだ、前回報告が上がったのは三日前なのだ。報告の来るペースは一日一回、もしくは一日開けての早朝が多かった。だがもう丸二日空いていたのだ。

 心配は何も無い砂漠を進むごとに増していった。南部の村まで通常約三日、しかし今回の様に急げば十数時間で到着してしまう。しかし、とうにその半分は過ぎていた。

 今までの比較的平らな地形は無くなり、大小様々な砂丘が広がる場所に来た。何か必要な時以外には砂丘を登るなんてしないから、時折右へずれたり左へずれたりと忙しくなった。ここに来ると必然的に視界が狭くなる、どこに立っても同様に砂丘が目に入って来るからだ。もし今モンスターに襲われでもしたら戦いづらいだろうなと思っていた時、前方に砂丘が立ちはだかった。それを前に台車は止まり、皆が息を殺して砂丘を見ていた。その砂丘の丁度真上に太陽があり、眩しくて見ていられたものでは無かった。だが正確に言うと、皆はその砂丘に目を奪われた訳じゃ無い。見かけでは丁度太陽の真下、砂丘の頂点に人では無い黒い影が見えていた。その影は動こうともせずこっちを見ている様だった。見ている内に影は増え左右に三つずつ、計七つの影が現れた。

「用意!」

 突然スピットが叫んだ、同時に砂丘の影が全て斜面を降り始める。皆一瞬だけ固まっていたが、すぐに言われた通りの事をした。牽引担当の四人は隠してあった重石のついた網を手に持ち、俺たち勇者パーティは、それぞれ投げ縄を持ったり、魔法で捕らえる準備をした。砂丘隊は後方で指示を出す。幸い目の前の砂丘は大きく、下り坂でもここへ来るまでに時間がかかる。

「行くぞ!」

 スピットが号令をかけ、勇者パーティ総出での捕獲が開始された。武器を使ったりの攻撃でなら簡単な相手だっただろう。しかし作戦上捕獲という制限と砂と言う立地、プラスして斜面で行動するせいで皆が上手く立ち回れなかった。先頭のスピットが縄で一体捕獲に成功した。やはりコーレットで間違いない、だがそれは真ん中に居たリーダー格ではなかった。

「獲った!残り頼む!こいつらやっぱり暴れるぞ!」

 俺は台車の前に立ち水魔法による確保を試みているが、発動の直前に跳躍されハマる事はなかった。前方に居るバトラ、ジラフ、ターラの三人も他の個体の確保に乗り出し、それぞれ足に縄を絡ませて転ばせ、素早い動きを封じる事に成功した。

「あと三体だ!捕まえろヒカル!」

 ジラフがコーレットを押さえながら俺に激励を飛ばした。

「待って!なんかおかしい奴居なかったか!?」

 バトラが何やら叫んだ。言っているのは三体の内真ん中に居たリーダー格のコーレットの事だろう。こいつは特に機敏で俺には姿も捉えさせてくれない。それでも何度も水魔法を足元に執拗に発現させていると、その他の二体は立て続けに捕まえられた。しかしその一体は遂に砂丘を降り終え、走る軌道も読ませないまま更に加速して台車に着々と近づいて来ている。そういえば、誰かが足りない。

(待った、メルはどこにいる)

 一瞬振り返ってみると、メルはまだ台車の横にぼうっと浮かんでいるだけだった。よく聞けば砂丘隊の何人かはメルにずっと行ってくれと言っていた。軌道をくねらせながら迫るリーダー格のコーレット、一回り大きな体と異質な模様が胸にある。俺はさっきまでの捕まえ方ではダメだと思い、接近して水で四方を取り囲む方法に切り替えた。それによって水中に浮かぶ様な状態にして動けなくする。遠くに居ては正確さに欠けるから接近するのだ。

 久々に『(とび)』を使い、縦横無尽に駆けるコーレットへ近づいた。迫る俺に対してコーレットは毎回九十度に方向転換している、右に曲がった次は左、左の次は右へ。その回避方法が分かれば早いものだ、次は右、魔法を準備して即座に取り囲める様にした。奴との距離約1メートル位で奴は曲がる、俺はここぞと言うタイミングで魔法を発動した。だが、取り囲んだ中にコーレットは居ない。ここに来て二回連続で左に曲がって来た。コーレットは後ろ姿に迷いを見せずに台車へ駆けて行った。俺はそれを追いかけようと一歩踏み出したが、ある声で次の一歩が踏み出せなくなった。それはターラの声だった。追おうとする俺の背を見てターラは言った。

「追うな!橙の霧だ!」

 霧、それは強い感情を発した時その人を覆う様に発生するターラだけに見える霧。色ごとにどんな感情か決まっている様で、赤なら嫉妬や怒り、青なら恐怖や悲しみとなっている。橙という事は嬉しい、楽しいと言う感情を指していた。ターラにはその感情が何に、もしくは誰に向かってるかも分かってしまうと言う。ここで俺を止め、台車に向かわせたのはどうしてだろうか、答えは見ていればすぐに分かった。

 台車の前へ出ていた牽引担当の四人は網を投げるが、どれも軽く躱されコーレットは突き進む。もうさっきにの様に蛇行はせず一直線に走り四人を掠め、台車の方へ行った。だが台車と言うよりは、その横に浮かんでいるメルに鼻が向いていた。その場にいた人々らの頭に「まさか」の三文字が浮かんだ時には、コーレットはメルに飛びついた後だった。みんなが急いで近づくと、そこにはいつかに見た光景があった。

「あはははは!ねぇちょっとそんなじゃれついてこないで!分かったからさぁ!」

 笑い泣きになっていそうなメル、そして彼女に体を押し付け頬擦りをしたりしているコーレット。まさしくバロデナの時と同じ、モンスターに懐かれている。それを見ている内になぜこのコーレットにだけ胸に模様があるか分かった。あのコーレットは水色の首飾りをかけていた。材質は氷、作ったのもメルで間違いないだろう。

「あいつ…もうコーレットに友達が居たのかよ」

 バトラが言った、無表情で思っている事は分からないが俺は静かな怒りを感じる。皆他のコーレットを抑えるのを辞めて集まっていた。何故ならこのリーダーのコーレットに霧が発生した時から取り巻きは大人しくなり、抑える必要もなくなってしまったからである。スピットがこの事についてメルに言及した。

「なあ、いつからこいつらと仲良いの?お前がコーレットを観察してたのは知ってるけどここまでなんて知らなかったぞ」

 これに対してメルはコーレットに膝枕をしてなだめながら答えた。

「ヴォイルーゴ・パーティに入る前、大体五年位前かなぁ。その時初めてこの子に会って、この綺麗な目にやられちゃってね〜。その後も何度も会ってたら、この子がプレゼントをくれたの。そのお返しがこの氷の首飾り。今まで話すほどのものじゃないかなって、話してなかっただけよ」

 コーレットを撫でながら話す彼女はどうにも大人びている様に見えた。メルは覆鎧無しでは120㎝しか無い身長と、どこか幼い仕草と考え方をしていた。そのせいでいつも皆が見ていて危なっかしいと思っている。だが今の彼女はそんな事を感じさせない、まさに母性に溢れていたのだった。

「分かった…こんな事は予想外だったが、これで想定より穏便に済みそうだな」

 ビゴはため息混じりに言った。コーレットはメルの膝から起き上がり、群れに向かって吠えた。すると子分達は足に絡まった縄を爪や牙で切り拘束を解いた。俺も魔法を解きコーレットを放した。子分達はリーダーの元に集まり、それからは大人しくなった。

「ほらこっちー!」

 早速コーレットを引き連れメルが率先して台車へ乗った、それに続いてリーダーも飛び乗りメルの足元に寝転がった。子分も次々と同じ台車に飛び乗るが、みんなが乗るには流石に狭すぎた。メルはリーダーに一声かける。

「ねぇ、みんなも乗るからグループ分けしてもらえないかな?どこにも食べ物は乗ってるからさ」

 コーレットは軽く首を傾げたもののしっかり理解し、また群れに向かって吠えた。子分の五匹が頭を上げ、台車から飛び降り後方の台車に二匹ずつ飛び乗り残りの一匹はどこかに走って行ってしまった。

「あ、待って…」

 その一匹をメルは追いかけようとしたが、リーダーはそれを止めた。メルはリーダーの顔を見て追いかけるのを辞めてしまった。俺らも行こうとはしていたがまたもやターラに制止された。

「ここはあのリーダーに任せておこうか、何をしようとしているか分からないがな。とりあえず作戦は成功だ、ディザントに戻ろう」

 テレンスは全体に呼びかける。

「そうすっかー」

 スピットが早速真面目さを欠いた返事をして台車へ向かった。皆も続いて乗り込んだ、もう各々好きに会話を始めている。帰り道に揺られながら俺たちはコーレットに持ってきた果物などを食べさせていた。会議の時も今朝の説明でも「その後」については言及されていなかった。結局持ってきた食糧のほとんどはコーレットの腹の中に行った。砂丘隊の人達もコーレットに餌付けしてる所を見ると、最初からその手筈だったのだろう。

 そういえばコーレットは主食を腐肉にするモンスターと聞いていたが、普通に果物を食べている。ビゴにこの事を聞いてみると、砂漠のヒエラルキーの話になった。要約すると、コーレットは頭がよろしくないから、本来狩りもままならない。砂漠が広がる前は木の実を食べていたが、今となっては他のモンスターの食べ残ししか食べられなくなった。だから腐肉でも問題なく食べれる様に胃が頑丈になった、と言う事らしい。何代も前から苦労してるんだなーと思った。

「な?言っただろ?スピットの感は外れないって」

 隣に座るバトラが話しかけて来た。

「確かに、何で分かるんだろうな」

「さぁ、本人もただの感だって言ってたから…にしてもメルって、人よりもモンスターの方が顔が広そうじゃないか?」

 バトラは台車の壁にもたれて言った。

「そうだな、これじゃあ他にもモンスターの友達が居そうだ」

 バトラが俺にまた人差し指を向けた。俺たちの乗る偽装キャラバンは行きよりも少し遅く走る、ディザントまであと三時間位の所で日が沈み夜になった。この時間帯でもまだモンスターは活動しているが、長旅と言うほどでは無いにしろやはり瞼は重くなる。そこで、今は万が一に備えて交代で見張をしている所だ。メルの番が終わって次に呼び出されたのは俺だった。前の台車からメルの声が聞こえ、俺は気だるさを振り切って立ち上がる。すると、前の台車でメルがコーレットを見つめていた。見つめる先のコーレットはあのリーダーで、きょろきょろと辺りを見渡し、体を震えさせて咆哮を上げた。

「グオァァァァァ!!」

 その咆哮はさっきまで上げていた声や叫びとは違い、喉奥から鳴らしたような重低音だった。メルはリーダーをなだめその場に座らせていた。俺は一応周囲を確認してみた、まだ弱い月明かりは砂漠を青白く照らしていたが、何かが現れるような気配は無かった。それからの約一時間見張を続けても何の異常も見られなかった、ただコーレット達が寒そうにしてただけである。

 俺は見張を終えバトラにバトンタッチした。そこから再び眠りにつき、門を開ける音で目を覚ました。門をくぐると台車は朝のように縦に並べられた。そしてスパイトが声量小さめで皆に言った。

「皆ありがとう、ご苦労だった。これからコーレット達を収容するのだが、これはメルさんとビゴとテレンスが引き受けて下さい、ヨハンとルイスと残りの勇者パーティの皆様は宿へ戻っても構いません。私はこの台車と道具を片付けます。それでは解散にしましょう」

 言われた通り、メルはビゴとテレンスと共にコーレットを引き連れて街の中心方向に向かって行った。スピットとターラはそれを追うと言いついて行った。残った人達はスパイトの手伝いをした。彼は本当に一人で片付けるつもりだったが、それでもと皆が手伝い本来の半分以下の時間で終わった。

 メルはまだ帰って来ないがふと空を見ると、もう月が真上にまで昇っていた。このディザントは建物の構造上あまり外に光が漏れないし、照明のついた看板も無いため空がよく見える。

「砂漠はやはり良いな、雲も滅多に発生しないから星が綺麗に見えるんだ」

 ジラフが満天の星空を眺めしみじみと言った。月から少しでも目を逸らすと所狭しと星が見えた。そういえば、この街の人はよくこの人を知っているみたいだった。それはこの星空見たさでずっとジラフがここにいたからかもしれない。

 しばらくして宿に帰り眠りについた。そして翌朝、俺も皆もコーレットを見に行く事になっていた。と言うのも、あれからメルは帰って来ず、コーレットにも心配があったからだ。スピットが言うには収容されている場所はオアシスの地下だとの事だった、あそこに地下があったのは予想外だ、あの岩盤を掘ったのだろうか。商東門から西へ十数分行けばオアシスに着く、後から見てみればディザントはかなり小さい面積だと知った。

 オアシスに着き、ギルド方面へ歩き、カウンターのちょっと手前で立ち止まる。そこから向かって左の壁には鉄で作られた黒いドアがあった。少し前から気になってはいたが、場に合わない異様さ故に気にしないようにしていた。スピットは何も言わずに鉄の扉の向こうへスタスタと行ってしまった、一人ずつその後に続く。

 中には岩盤と同じ材質の狭い螺旋階段があり、それを一段一段ゆっくりと降って行く。中心には支えの柱が無い、これも土魔法で補強されているのだろう。地下の空間に到着して目に入ったのは縦に伸びる短い廊下、六つの蝋燭で照らされている左右どちらにも、内開きのドアが取り付けられていた。

「何ここ…」

「ディザントの牢屋だな、構造は安い借宿と同じと聞いているが」

 口からこぼれた言葉にジラフが答えた。両サイド一つずつしかドアがないのに、これが牢屋なのか。

「さーどっちにいるんだろうなーっと」

 スピットが一人勝手に右のドアに近づいていき、ガチャっとドアを開けて入っていった。俺らは目を見合わせ、すぐ後に続く事にした。

 部屋に入るとスピットが軽く悩んでいた。コーレットに囲まれてメルがすやすや眠っていたからだ。確かにこれは起こして良いのか分からない、朝飯の時間は過ぎてるが、かと言って起こせば罪悪感がある。ずっと立っているのも疲れるからと、皆部屋にあったソファや椅子に腰掛けた。そこでバトラは小声でみんなに問いかけた。

「メル、起こした方がいい?」

 全員難しい顔をした、メルが寝ていながら無邪気な笑顔を浮かべていたから。

「自然に起きるのを待とうぜ?」

 俺がその顔を見ながら言うと、ターラさえも静かに頷いて見守った。見るとあのリーダーがまたメルの太ももに頭を乗せていた、無論覆鎧を間に挟んでいるが。部屋の床は木材に張り替えられていて、もう爪の跡が目立っている。あの後みんなで遊んでいたのか、夜更かししたなら朝になっても起きないのに納得がいく。みんなでその微笑ましい姿を眺めていると、コーレットの一匹が目を覚まし、のそっと頭を上げた。あっとなった俺たちを見て、コーレットはメルに頭をグイグイと押しつけ揺さぶった。それに起こされたメルは唸りながら頭を持ち上げ、半目で俺たちを見ると大きくあくびをした。

「ほぁ〜…みんなおはよう〜。来てたんだ」

 リーダーはメルの声に驚いたのかキョロキョロしだした。メルの方を向いて止まると、状況を察して立ち上がり伸びのような仕草をした。

「ありがとうチル」

 リーダーに向かって言っていた。どうやら昨晩にリーダーの名前が決まっていたらしい。メルはふわっといつもの通りに浮き上がり、ゆっくりと皆に近づいて聞いて来た。

「でーなんでみんなここに?」

 覆鎧の中で目を擦りながら言った。

「だって宿に帰って来なかったじゃないか、メルの事だしこんな事だとは思ってたけどさぁ…心配になるじゃん?」

 スピットが少し眉をひそめて言った、しかしメルは「そっか、ごめーん」と、いつものテンションで素気なく返した。みんな、変わらないメルに対して安堵もしたが、同時にため息も出そうな心地だった。

 皆で和気藹々と話し込んでいると、突然チルが動きを止め何かに集中し出した。しきりに首を細かく傾け、頭の付け根辺りには一目で分かるほどの穴が開いた。紛れも無く爬虫類の耳、チルは何かが聞こえているようだった。急に動き出したかと思うとドアに向かって一度吠えた、メルは何も言わずにドアを開け、足早にチルと共に行ってしまった。あっと言う間にもう鉤爪を掻く音もしなくなっていた。

「俺たちも行こう」

 スピットの声に返事はなかった、しかし揃って後を追った。向かいの部屋に居たコーレットも連れ出して、どこに行ったか分からないメルとチルを追う。オアシスの外に出ると、これまでになく街全体が騒がしかった。人の集まっているのは東だ。人の波を掻き分け門が見え、潜った向こうの光景を見ると、何故こんな騒ぎになっているかよく理解できた。モンスターの大群が、嵐でも起こったかの如く砂を巻き上げ押し寄せて来ていた。スピットを含め居合わせた何人かは武器を手に取った。

「何もするな!青い霧だ!」

 そこにいた誰もがピタッと動くのをやめた。ターラが喋ったからでは無い、青い霧という言葉に全ての意識を持って行かれたのだ。さっきも言った、青い霧は恐怖と悲しみを表す色だと。目の前から迫る大群は全体が青い霧を纏っていると言うのだ。しかも付け足してこんな事も言った。

「それに黄金の光も微かに見える、奴らは私達に希望を見出している」

 つまりあのモンスター達は人間に助けを求めていると言う事だ。何もかもが異常だった、しかしそれもたった一匹のモンスターを見つけた事で必然になった。モンスター達は放射状に広がっていたが、その先頭を走っていたのは、昨日群れを離れていったコーレットだった。

「あいつ!」

 それを最初に発見したのはバトラだった。この状況を理解できる者たちが段々と一箇所に集まってくる、砂丘隊の何人かと合流したのだ。

「これはどう言う事だ!まさかメルはこの事を存じて居られたのか!」

 会うや否や、ヨハンと名乗った男が取り乱して聞いて来た。

「多分知らなかった、でも何か策がある事は知ってたと思う」

 スピットもあのやり取りを覚えていた。当事者では無いため憶測に過ぎないが、他者から見ても明らかに通じ合っていたから。

「じゃあ、あの者らはどうする。この岩盤に上げようか?」

 ビゴが言った。元凶であるモンスターの事も考え、被害の出ないであろう岩の上への避難を呼びかけようとの事だった。その事をいち早く理解したジラフが二つ返事で上げようと言った。事情を知る者達は各々が行動を起こし、何も知らない者たちへ説明や、モンスターの誘導をし始めた。何故報告をしなかったのかと聞かれていたが、第一に人手不足、第二に暇が無かった事が挙げられていた。他の英雄から英雄として出来る事が無いかとも言われていた、それでも出来る事と言えば岩盤に上がったモンスターの整列を手伝う事位だった。Xの説明を聞いて勝てる見込みなど無いと思ったからだった。

 あれから姿を眩ませたメルはと言うと、チルと一緒に大群を待ち受けていた。大群に向かってチルが吠える。目前に迫ったモンスター達はその声に従うように岩盤の上へ飛び乗った。そのほとんどが砂の中に棲むモンスターであった為、岩盤に上がるとほとんどその場でジタバタするしか出来なくなっていた。そのようなモンスター達はディザントの英雄達が徐々に運び、整列させていった。前例のない事態だったが事の重大さを察し、また共通の敵を持った事で不思議と激しいパニックにはならなかった。いや、それさえも超えて吹っ切れたのかもしれない。

「スパイト、モンスターは何が確認された」

 偶然鉢合わせた二人が報告をし合う。

「アルガー、キュレーラ、ラック、バロデナ、ザーク、その他四種は未確認だ」

「俺もだ」

 ここへ来たモンスターの確認をすると、比較的低級モンスターが多い事に気がついた。唯一の中級モンスターのザークも、砂漠の中級の中では最弱のモンスターだった。他の中級のモンスターの姿は無く、何処かへ行ったのかも、既に滅んだのかも分からなかった。

「だが滅んだと言う事は無いだろう、上のやつほど引き際は分かっているはずだ」

「そうだな」

 二人は目線を合わせて頷き合い、そのまま再び自分達の持ち場へ戻っていった。

 それから一時間もかからず全てのモンスターを岩盤の上に避難させる事ができた。いきなりの事態だがここまで迅速に対応出来たのはとても不思議だった。だが、聞き耳を立てていると、こんな話が聞こえて来た。

「まさか…だよなぁ」

「ほら言っただろ、なんかに怯えてたって。きっと逃げて来たんだ、しかも仲間集めて一斉に、な」

 それは以前からモンスターの異常を感知していたと言う内容だった。耳に入った情報だけだが、全て「何かから逃げて来た」「人以外に怯えていた」とか、同じような内容ばかりだった。Xについての情報は知らなくとも、それらしい物の気配は既に皆が感じていたのだ。ふと、バトラが俺に手招きしていた、そこに皆も集まっている。小走りで向かうと、砂丘隊の一人が一冊のボロボロな古めかしい本を手に話し始める所だった。彼の名はルイス、背の低いエルフの老人、眼鏡をかけ細い髭が生えている。何をメインに研究をしているのかは聞いていない。そんな彼は本を開き過去の出来事を熱心に語った。

「ディザントの歴史、しかしここで重要なのはディザントが成立する何十年も前の出来事だ」

 ルイスは穴だらけのページをめくり、ある文章をこちらに向けて見せた。彼はそれをゆっくりと、じっくりと読んでいく。

「ある時、砂漠からモンスターが大量に押し寄せて来る怪現象が多発していた。もちろん当時の勇者が派遣され、原因の何かと戦った。砂塵舞う中五日間にも渡って戦い続け、彼らは傷だらけになって帰ってきた。その後騒動は収まり戦った跡地には岩が張っていた。その後勇者らは死んでしまったが、その勇姿と偉業は永遠に讃えている」

 これを読み終える頃、聞いていた全員が目を見張り驚愕していた。ディザント自体は何百年も前から存在し、そのまた何十年も前に今と同じような状況が起きていた。砂漠のモンスターが逃げた、これは初めてのことでは無かった。

「おい、まさか正体はこれだと言うんじゃねーよな!?」

 スピットが目をカッと開いてルイスに言った、彼は何も変わらない様子で言う。

「思い出したんですよ、似たような物を読んだなと。案の定ほぼ同様の事象が起きていますねー…これは、同一の存在か、又はそれに匹敵する力量の持ち主と言う事になりますねぇ」

 話の中で登場した勇者パーティを壊滅させたモンスター、それをこれから倒さないといけない。気のせいでもなく皆の顔が曇り始めた。だが、前に出て俺たちを激励した者がいた。

「何を心配する事がある、私達は強い、当時の勇者が死んだからなんだ、強くなり過ぎた私達には丁度いいじゃないか」

 ターラは腕を組み俺たちの前に立つ。確かにそうだった、彼らは同じ一等英雄に大差をつけて勝てる人達、俺はその一人に仮にでも勝った身、そして連携は上々だ。考えてみれば不安要素は無かった。

「どうする、このまま向かうか?」

 ターラはパーティのリーダーであるスピットに問う。答えなど決まっている。

「ああ、行こうぜ!」

 その笑顔はいつでも見る者に怖気を与える。それに物怖じせずターラが言った。

「分かった、私の()を信じろ」

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