第2話 マニラウ
俺は今、ヴィザーと名乗るオッサンに連れられて木の上から見えた街に向かっている。このオッサンはあの街に住んでいる英雄らしいが、その他にもやたらと英雄が居るらしく、話していると新しい名前がポンポン出てくる。しかもマニラウ所属の英雄だけの話で、聞く限りその他にもまだ大きな街は存在するらしい。
特にこのオッサンの住む街は「商業都市マニラウ」と呼ばれ、名の通りの商いの街。この世で一番縫製業が盛んであり、武器防具の作製も高い水準で行なっている。それこそ誰でも知るような英雄もわざわざマニラウで作ってもらうほどと言う。
一方通行な会話ではあったが、マニラウについてオッサンから色々教えてもらいながら歩いていった。あれやこれやと話しながら進むこと数十分、ようやくその街の門が立ち塞がった。
「うっし!着いたぜ、ここがマニラウだ!門を開けてくれー!」
オッサンがそう言ったら、掛け声の様なものが聞こえ、重そうな木の板と鉄の枠で造られた門が開けられた。ずりずりと大地を削って、歯車の音を響かせて、ゆっくりゆっくりと向こう側が見えて来た。差した光に眩しさを感じながら目を開けると、見えたのは石畳の大通り、レンガと木で造られた多くの建物、巨大な街の中心にある超巨大建造物。中心のあれに関しては、高さも幅も数百単位だろう。俺の心は作り込まれた装飾や、石畳の紋様に奪われていた。
「どうだ?すげぇだろ、俺の暮らす街は」
「すげぇ…」
俺は鉄骨で組まれた高い建物も知っている、ガラスの敷き詰められたビルも見ている。だがこの街は中世ヨーロッパの街並みに似ていた。それでも三階建てや四階建てはザラであり、装飾はそれを超えていた。それには感嘆の言葉も素直に出てくれない。
「初めてここに来た奴はみんなお前みたいな反応をするよ、この街は常に美しくなり続けてるんだ」
そこから俺たちは歩き出した、行先はオッサンの家だ。家を持てるようになるまで俺の家で預かってやるって言われてね。それほど大きな収入はどうやって入るのか、今は気にしないでおこう。英雄なんて簡単になれるもんじゃないしな。
到着したのは一階建ての家、結構外見は質素だった。レンガ造りでそこそこ大きな窓があり、屋根も瓦に見えたが湾曲して無い、それは瓦の様に組まれた薄いレンガだった。中には入りなと言われたので入った。内装は天井は無く木の骨組みが見える様になっていた。あるのはテーブル、椅子、本棚、作業机、ベッド、置物、端に階段、その上に空いたスペース。
「今日からここがお前の家だ、あの空きスペースにベッドやらを置いてやっからよ」
ヴィザーは俺の視線の先にある二階を指差して言った。この際なぜ丁度それ用のスペースが用意されてあるのかは聞かないでおこう。
「俺あそこで寝るのか…」
「結構良い場所だぜ?風通し良いし朝は太陽の陽で起きられる」
そして思った以上にいい場所だった。
「よし、じゃあちょっと待ってろ?」
オッサンは今まで着ていた防具を全て脱ぎ、私服になった。その時ようやく背に巨大な剣が背負われてる事に気づいた。真隣だったしガタイもいいから気づかなかった。そしてオッサンは少しの身支度をした後言った。
「この街について大方説明したいし、やる事もあるからな、行くぞ!」
いきなり出かけると言われキョトンとして少し反応が鈍った。
「…え?どこに?」
「色々さ、言っちゃえば街案内さ。やるべき事もあるしな」
「へぇ…」
ここまで長ったらしく歩いて来たのにまた歩き出すのか、長く歩くのは疲れるし嫌いだ。だけど文句を言っても仕方ない、この世界では歩きが普通なんだろうし。蜻蛉返りの様に家を出てついて行くこと30分弱、街の中心にやってきた。ここはあの巨大建造物の足元だ。周りにはやたらと人が多く、どうやらその殆どは働いているらしい。みんな同じような作業服を着て店を行き来していた。昼だし丁度休憩時間なのだろうか。よく耳を澄ますと、遠くから鉄を打つ音が聞こえて来る。恐らくあの巨大建造物が武器防具を作る場所なんだろう。
「この周りにゃレストランも沢山ある。ちょうど今の時間帯は混雑するんだ」
思った通り今は昼休憩か、今度来た時にオッサンの言ったレストランに行こうかな。だが今日はとてつもなく移動に時間がかかるためか、早めに切り上げ次の場所へ行く事に。次はマニラウの最南の門。ここでは他の町との交易が行われているようだ。さまざまな服装の人達が言葉と物を交わしている。
そして気づいたのだが、この世界にはエルフが存在するらしい。しっかり耳が尖っているし、美男美女しかいない。しかもよく見たら種類もたくさんあるようだ。だがそれを確かめるには時間が不足し過ぎていて、詳細は分からなかった。
日が少し傾いた頃、ようやく最後の紹介場所にたどり着いた。そこは一見教会にも見える造の建物だった。中に入ると、一本のカーペットが敷かれ、カウンターに続いている。その傍には円テーブル席が計8つ程あり、既に3グループほど座っていた。
「ん?おぅおぅヴィザーじゃねぇか!三日ぶりだな!」
気づいた一人がオッサンに話しかけた。どうも知り合いらしくオッサンも「ああ!」みたいな顔になっている。周りを見ても全員同じような反応をしている。この人かなり顔が広そうだ。
「ようウーデン!そうか、今日行ったのか」
「そうさ、いんや〜今回は多くて困っちまってよ〜!」
「何を言う!お前の実力じゃへでもねぇじゃねーか!」
「その通りだ!いつもと変わらん時間で終わったぜ!まあ腰には少し来ちまったがな!」
高らかに笑い合う二人。俺がそれをじっと見ていたら。一人の男が言った。
「あ、おいヴィザーまた連れて来たのか?」
少し『?』が浮かんだ、今確かにまたって言ったし俺にはそう聞こえた。
「いやいや、今回は大丈夫だっての正真正銘才能ありだからよ!」
思うのだが、今回はって言うのは一番信用ならない言葉だと思う。
「全く信用なりませんなー」
「誰が何と言おうと関係ないねぇ!」
名も知らないおじさんが今言った事に激しく同意する。それを聞かずに跳ね退けるオッサンも大概にしてほしいもんだ。
「さぁ行った行った、カウンターで登録しな」
言われて押されて進んだ先は誰もいないカウンター、そこに置かれているのはペンと下敷きと少しの紙の束。そこには何十枚とありそうだが、カウンターの向こう側の棚にはもっと紙が積み重ねて置いてあった。大体A4サイズくらいに見える。
「おーいメイラー!出てこーい!」
オッサンがカウンターの奥へ声を響かせた。俺らから見て右側には奥へ続く扉が開きっぱなしになっていた。そこからすぐに声が返って来た。
「はーいはい、今行きますからー!」
メイラと呼ばれた人が遠くで返事をした、それは気持ち低めの女性の声だった。程なくして出て来たのは、メガネをかけた銀髪の女性だった。彼女は手に持った書類をカウンターに置くと、オッサンと俺とで目線を行き来させ、深くため息をついた後にこう言った。
「…ヴィザーさん、あなたこれで何度目かお分かりですか?」
「あー…。さあな」
「六回目です」
即答だった。さあなと言って両手を空に向けたオッサンは言われた途端に固まった。
「人数で言ったら七人目…まあ良いでしょう、さっさと『英雄登録』を済ませましょうか」
どう考えてもオッサンのせいで事が勝手に進んで行く。それに軽い苛立ちを覚えながら俺は言われた事を頭で復唱した。それについて考えている時、俺はムッとした表情になっていたんだろう。メイラさんから軽く説明が入った。
「あ、英雄っていうのは、『英志を持つ男』と言う意味で、英雄の始祖がそうだったの。魔王を討ち、世界に平和をもたらすって志のある人だったらしいわ。でも今は『栄雄』とも言えるわね。『栄光を掴むべき者』今は人数も多くて強さもまちまち、だから階級を導入して、一等がその栄光と言われているわ。まぁちょっと違うんだけど、そんな認識で大丈夫よ。という訳で、登録したらまずは五等英雄として活動できるわ、登録するのは名前と年齢だけで良いし、三等までは特別なカードも要らないし、簡単に済むわよ」
説明が終わると、メイラさんは何かゴソゴソとカウンターの下を漁り始めた。そして取り出したるは緑の光が漏れる石板だった。
「とまぁこれが『解石』って言う魔道具で、触れれば自分のステータスがある程度分かるわ。これは一番簡易的な物で詳しくは出ないけど」
ささっと勧められてその石に触れる、すると緑の光は少し強くなり、何かしらの読み込みを開始した。
「これ時間かかるけどそのまま触ってて、その間に名前と年齢を教えて下さい」
一番簡易的なやつとは言え触れ続けないと行けないのが結構苦だ。なんせカウンターが高いから腕が辛い。
「俺は光、14歳」
「ヒカルさんで、14歳と。若いわねぇ、って最年少じゃないです?」
「俺が連れてきた中でな、お前、そんな歳だったんだな」
俺をみんながじっと見つめて来ていた。
「そんな顔されても困る」
なんか「呆けた顔」をしてこっちを見ていたから自然に言葉が出た。
「ほう、にしちゃぁ今まで一番威勢がいいねぇ。『小さい』のに結構据わってるね」
小さいか、たしかに身長は150㎝位だ。どうにも遠回しに弱そうって言ってるような気がする。
「あ、でました…ぁ?」
メイラさんが表示を見たまま気の抜けた息を吐いて固まった。
「出たのか?…どした?固まって」
ヴィザーが心配したのか声をかけると、軽く怖じけた様子でメイラが応える。
「あの…故障でしょうかね?」
皆がその表示を覗き込んだ。そこからなんだか空気がおかしくなった。一体何が表示されているのか気になって、少し背伸びをしてようやく見えたのはこんな表だった。
『 『ヒカル』『魔導士』LV.2『年齢:14』
『基礎値』
『攻撃』148『防御』134『速度』131
『知力』79『耐性』高
『ユニークスキル』[l*i#vt-e$] 』
「あのさ、これってどうなの?」
俺にはどこがそんなに黙るところがあるのか分からなかった。場には少しの沈黙が広がり、間を開けて皆が口も息も揃えて、ただ一言。
「「バケモン」」