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第16話 キャラバン

 今更だがディザントについて説明をしよう。ディザントは砂に囲まれた街、所謂(いわゆる)砂漠の中の街という訳だ。ファムエヤ砂漠という全面積約3000㎢の広大さを誇る砂漠の中にある。ファムエヤ砂漠は少し横長の楕円形であり、その南西部辺りにディザントが存在する。

 護衛するキャラバンの列は全長100mを優に超え、おおよそ六人で守れる範囲ではない。でも俺らは勇者パーティ、早5日の長旅の中全く被害が出ていない。もちろん最初の内はモンスターが少ないのもあるが、襲ってきた中にはウィンドドラートも幾匹かいたにも関わらずそれぞれ蚊を潰すようにあしらわれていた。

 この光景をどこかで見たような気がしていたが、丁度今、それが何なのか分かったかもしれない。それは少しリアルなテレビゲーム、それはステルスしても敵を倒しても良いものであるとする。するとこれはそのゲームで数あるやり口の中でも殲滅プレイと呼ばれるものにそっくりだった。襲ってきた敵は持ち前の強力な武器や能力で蹴散らし、邪魔であれば相手が気付いていなくとも倒していく。まさしく無双。つくづくこの人達がとんでもない実力者達であると再確認できた。

 今はグルハ村もキルメイ村も過ぎ、丁度草と砂の入り混じる道に入ったところだった。ここから先は出発の時に聞いたモンスターの大群が襲って来るだろうゾーンだ。車輪が転がり音が地に響くとそれに釣られて砂中のモンスターが多く寄って来るという訳だ。

「ヒカルー!そろそろ出て来るから気ぃつけてー!」

「りょーかーい」

 言われずとも警戒しますとも。ちなみにキャラバン方の信頼も既に得ている。一応俺も何体かモンスターを倒してみせてるし、勇者パーティのメンバーだから任せられるものもあるのだろう。しかし最初は懐疑的だった、なんせ唯一名も知らぬ男であったためだ、でも実力を見て安心したらしい。

 一層砂の割合が多くなり、砂が靴に入り込んで来そうな土地になった。護衛中は歩く事になるためより足元に気が行った、目線もまた下に落ちている。するとどこからか砂を掻き分ける重低音が聞こえた気がした。サクサク音を立てる足元の砂とは異質な音だ。サッと聞こえたかもしれない方を見たが何も見えない。だが耳を澄ませば確かにゴーゴーと聞こえて来る。

「おや、立ち止まって、どうかされましたか?」

「来る」

「はい?」

 砂中目掛け風魔法を放った。砂を分けて進む風に音も無く、砂を穿つ音のみが響いた。

「今何を!?」

「打ちあがるよ」

「…あっ…ヒカル!お前の方に来…て(はや)っ!」

 遠くから聞こえたのはスピットの声だった。あいつもモンスターの気配を感じ取ったらしいが、その時にはもう魔法は放たれていた。打ち込んでからまま経ち、そろそろと思った矢先ドンと三回、砂が遠方で弾けた。数メートルにも舞い上がる砂の中に音の主が見える。かなり大きなワームだ、砂と同じ体色で身体中に返しのような刃が付いている。

「あったりー!」

「ありゃアルガーだな、他の奴らも出て来るぞ!みんな戦闘態勢!」

 このアルガーと言うモンスターの出現によりスピットが声を上げた。返事が無いかわりに空気は瞬時に張り詰める。あれから止まったままの足を動かして元の位置に戻り、さらなる襲撃に備える。

「砂漠の奴らは同種以外となら争い合う、そうなったら放って置いてこっちに来る奴らだけ迎え撃て!」

 張り詰めた空気のまま時間が過ぎて行く、砂漠を進むにつれ日差しも耐え難くなる。だがそんな環境こそが奴らの縄張りであり、独壇場でもあった。そうしている内に乾いた風が強くなり、砂塵が舞い始め視界が遮られるようになった、こうなれば先程のように音で探すしか無い。

 不意に後ろから裂くような音が聞こえた、振り返るとターラがアルガーとは違う小型のモンスターと交戦している。モンスターは高速で接近し砂から飛び出し攻撃を仕掛けているようだ。だが体当たりに見える攻撃はターラに一度も当たらず、再び地に着く頃には既に両断され絶命している。

(はっや…スピードの差が何十倍もありそうだからな…そりゃああなるわ)

 めっちゃ着込んでて暑そうだなぁと思っていると、再びザザザと音が聞こえてきた。遠くに見えるのは背ビレだろうか、ターラが撃墜していたモンスターのものに似ている。度々イルカのように砂から顔を覗かせるがこれまた異様な姿だ。

 アルガーとさほど変わらぬ体色だが、身体は異常に平くパンケーキのよう。頭も平らで小さく背ビレと胸ビレは刃のように鋭く遠くからでもギラついて見える。

(なるほどあのヒレで攻撃するのか。しかもアルガーよりも多いな…一気に行くか)

 少しばかり前に出てモンスターの前に立ちはだかるようにドンと構える。近づき飛び出して来るのを待った。先の戦闘であのモンスターは近くに敵がいればほぼ攻撃して来ると予想できた、実際射程内に入った瞬間揃ってターラに激突しに行っていた。こうであれば迎え撃つのは簡単だ。

 数m先で背ビレが消えた、直後砂を撒き散らし数体のモンスターが飛び出した。刃のようなヒレを突き出し向かって来る。予想通りに。

「あああこっちに来る!!」

 しかし全てが俺に仕掛けて来ている訳では無く、キャラバンの方へ向かった個体もいるようだった。派手に砂が舞ったのはキャラバンに向かう仲間を隠すためだろう。そうすればそいつだけでもキャラバンに到達できると。残念、そこも範囲内だ。

「『赫博(かくはく)』」

 辺りの砂地を覆わんとする、轟々たる炎の渦。接近するモンスターも舞い上がった砂と同様に渦に呑まれ、姿形を失った。残ったのは、煌くガラス化した砂と、パラパラと空中に残る黒っぽい灰だけだった。

 その時スピットも前方でアルガーとそのモンスターと対峙していた。最後の一体は手で掴み、確実にとどめを刺した。勢いよく血が吹き出し鎧にも顔にも掛かるが、それも慣れて気にも留めない。丁度その時に少し後方に熱を感じた。

「よし、二波目片付いた。…にしてもすげぇなあいつ。なあ!土属性って火を吸収しないっけ?」

「ああ確かにそのはずです…でも何故か倒せてしまっている。引き入れた方はまた恐ろしい人ですな」

「あれか?吸収の許容量超えたのかな…しかもありゃガラスかな?どんだけ火力高いの」

「砂粒ですからすぐに焼けそうですが、2000℃位必要なものを…」

 おっそろしいなぁとスピットとキャラバン隊長が揃えて腕を組んだ。

 その後も何度かモンスターの襲撃を受けたが、どれも被害は出なかった。一蹴し、退け、モンスター同士の喧嘩も見守った。そうしている内に日は沈んでいき、気温はぐんと下がってきた。丁度ディザントまであと半日もあれば着く場所だ、今日はここで野宿をする。

 安全を取るためメルが氷のバリアを貼っている。キャラバンのトレーラー十数台は円を作り、それもすっぽり覆っている。砂漠の夜の気温は氷点下に加え、バリア強度も抜群。壊れる心配はしなくていい。よって皆が体を休め談笑しているが、俺はそうもいかない状態だった。

「はーっ!…まだ汗出てる!」

「仕方ねぇよ、お前だけただの服なんだもん」

 バトラが水筒片手に話しかけてきた。

「え、なんか鎧に便利なやつが入ってたりすんの?」

「するよ?」

「は!?…」

 バトラは少し水筒に口をつけ、ワンテンポ遅れて続けた。

「『温調の魔石』って知らない?一応マニラウにも売ってたけど」

「知りませんけどっ!?」

 息荒く服も煽ぎながら答えた。それ対し彼は微笑し話を続ける。

「迫真だなぁ、でも買うのにもかなりお金いるし結局こうなってたと思うな」

 一人だらしなくドカッと座り込み、旅の途中で買った水筒に入れていた水をがぶ飲みした。その時バトラは俺の隣へゆっくり腰掛けた、ここで彼はあるものに目がついた。

「ヒカルさ、それって『砂漠の蒼星(そうせい)』か?結構値段するんだけどな…」

彼の指の刺した先には兄弟子から貰った宝石があった。

「え?…これか、オッサンが俺の兄弟子からって渡してくれたんだ」

 四等昇格の祝いにもらった青い宝石のネックレスの事だ、そういえば宝石の図鑑もあったが見てなかった。それを聞き彼は少し考えて言った。

「そうなんだ…それ売れば魔石も2、3個買えそうだけどな」

「それ本気で言ってる?売れるわけないじゃん」

 これを聞いてバトラは安堵したように小さく笑った。

「だよな。じゃあさ、向こうに着いたら買ってやろうか?」

「え、いいの?高いって…」

流石にそう言う物は自分の金で買いたいと思っていた。それよりも他人に負担はかけられないと思っての言葉だった。しかし、バトラはゆっくりと首を横に振りながらいった。

「一等英雄のもらうクエスト報酬金の高さ知ってる?それを俺らは毎日やってたんだ、日に二つこなす事もあった。それで経済が回るとでも?」

「そういう事…適度に使わんと色々ダメなのか」

「そ、銀行も財布もパンパンだから困るしね」

 贅沢な悩みだなと思った。しかしこれで恐れ多かった気持ちも少し和らいだ。もらえるものはもらっておく事にしよう。話している内に火照った体も冷めていった、周りを見れば持参した酒を飲んでいる人もいるし夜空を眺める人もいる。ちらほら眠っている人も確認できる。今日の護衛とは逆のゆったりした時間は、とても長く感じられた。するとバトラが急に立ち上がって嬉々とした声で言った。

「あ!面白そうな事してる!行こうぜヒカル!」

「は?うわっ!」

 急に手を引かれバトラに連れ去られた先はキャラバンの円の外、明らかに円の中よりも人は少ないがここで星を眺める人も多いようだった。そんな中目立つ人だかりがあった、ふと集団の中にメルさんの覆鎧(ふくがい)がチラついた。

「本当に来るんだな…」

「しかもこの模様は常連客だよ」

 一体何をしてるのかと思って覗いてみると、そこには少し変わった光景があった。皆が揃ってモンスターを囲んでいたんだ。そのモンスターも集団に満更でもなさそうに砂から顔を覗かせている。

「何やって…」

「餌やりだな、こういう奴もいる」

 バトラがいつもの調子で言った。説明によると、このモンスターは『バロデナ』と言い、夜行性で非好戦的な奴らだという。その性格からか、こうやってキャラバンが近くに留まっていれば餌をねだりにやってくると。砂漠のモンスターは総じて飢えに強い。ただし殆どが空腹に弱く凶暴になるのに対し、バロデナは常に温厚で危機察知能力にも長けるらしい。

「種族単位で争いを嫌う奴らだからな、皆気楽に可愛がってる」

バトラは小動物を見つめる位の優しい目でそれらを見守っている。そこで俺は一つ気になった事を聞いてみる。

「模様がどうとかって言ってたけど何の事?」

「デコのあれだ、個体によって違うから判別できるんだ」

 バトラが説明を垂れている間にも人々はデレデレだと言えるほどに可愛がっていた。そのバロデナ自身も餌を少量貰った程度でそれ以上は食べようとしなかった。上手く人と共存しているモンスターであると言えそうだ。

「この子ね、前にも会ったんだよね〜。目印は三日月3つと星と川!」

 メルさんがぷよぷよした覆鎧でぽよぽよ撫でていると、またそこに一人寄ってきた。

「なんだぁバロデナか〜、いつもより少ないなぁ」

 見るからに酔っ払っているジラフだ、酒の入った木製のコップを片手にふらふらと足元がおぼついていない。

「おいジッさん、何杯目だそれ、明日もまだ仕事なんだけど?…」

「硬い事言うなって〜大丈夫だからなぁ!」

 ふらふらと足下のおぼつかないジラフを見て、そこにいた誰もが大丈夫じゃないだろと思った。それよりどこからそんなに多くの酒が出てきたのかツッコみたいが、ジラフの次の言葉で場が一瞬で凍りついた。

「にしてもな〜つまみがないのは寂しいな、バロデナの切り身とかがいいよなぁ」

 戦慄したよねほんと、だって()()の目の前でこんな事言うんだもん。

「いやぁ十何年のうちの一時期しか食べりゃんから無いもんは仕方ぁねぇわな」

 そのままガハハと勝手に大笑いをかまして一人上機嫌になった。その時バサッと砂が波を打ってバロデナの姿が消えた。

「切り身って言葉に反応して逃げたな、長く人と居たから言葉覚えたんだろ」

 バトラが憶測を言っていると、止めようがないジラフの大笑いが、ぼすっというような音で急に止まった。何が起こったのかと皆が目線を向けると、ジラフは頭から砂をかぶって固まっていた。バトラはため息をついて硬直中のジラフに言った。

「酔っ払いじいさんは早く寝てくれ」

「はぁ…流石に怒られちまったかぁ…」

 ジラフは酔っているからなのかひどく落ち込んでしまい、髪に乗った砂も払わずとぼとぼ帰っていった。

「あのさ、なんで砂落ちてきたの?」

「バロデナの背中に気管と繋がった排砂溝があって、そこから固めた砂を射出できる。()()()()だなこれは」

 バトラは呆れた様子で言った。ともあれこれでやる事もなし、楽しめる事もなしになった。周りを見れば半数は既に寝ているようだった。

「おれらも寝るか、明日も早いぞ、もしかすると一人使いもんにならないかもしれないしな」

「…だな」

 事を察してため息が出た、ここまで来て戦力が落ちてしまう。ジラフは酔うとめんどくさくなる、本当にしっかりして欲しい。彼が最年長で唯一のベテランなんだから。

 キャラバンの用意した寝袋に身を包み目を閉じ、気がつくと日が昇っていた。

「…本当に時間飛んだみたいだな」

 昨日の夜、体感的にはさっきこの寝袋について聞いた。寝袋は特殊な素材で作られていて、それは必ず魔力を保持するというものであるのだと。これの場合眠る際に魔法が発動して眠りを深く、良い目覚めと夢の一切を覚えさせないようにしてしまう。これによって十分な疲労の回復と、あたかも一瞬で朝になったように錯覚する。今までは途中の宿に泊まっていたから、今回初めて使った便利道具だ。

「おはようヒカル、あと少しで出発だってよ」

 スピットがまだガラガラした声で言った。良い目覚めとは言えど声は全然寝起きのそれだった。俺は一応ジラフがどうなったのか聞いてみた。それにスピットが半笑いになって答えてくれた。

「みんなの心配は杞憂に終わったよ、全然変わりなし。あ、砂はまだついてた」

 言い終わると、彼はその顔のまま列を作りだしているキャラバンに向かって走って行った。程なくして出発した一行は、昨日と変わりのない護衛をしていた。来る敵来る敵量ばかり。個体の強さもありゃしない。それもそのはず、ディザントは砂漠の比較的外側に位置するため、深部の強い敵はいないのだ。こちらとしてはとてもありがたい限りだが。

 それでも昨日よりも内部に近いが為に少し多く集まるモンスター、それらの猛攻を物ともせず迎撃し殲滅、撃退する俺たち。気づけばディザントまであとほんの2㎞ほどまで来ていた。

「勇者様…着いたら即座に魔石を買う事をお勧めします」

「うん、俺もそのつもりだよ」

 今は砂丘を登っている、話によるとディザントは高さ50mになる砂丘に囲まれていると言っていたから、これはきっとその砂丘だ。さっきからずっと登っているがまだ半分くらいの場所にいる。

 汗もだらだらになって遂に砂丘を登り切った向こうには、岩石砂漠の上に建つ街が見えた。背の低い建物ばかりが並び高いものはあまり無く、周りを囲うように簡単なバリケードを張っている。あれが目指していたディザントだ。

 だが俺は気になった事もあった。それは地盤になってる岩石だ。普通岩石砂漠というのは、砂漠全体の内ほとんどを占めて、見た目も亀裂や隙間だらけの印象がある。だが、ディザントの地盤になってる岩石は遠目でもわかるほどに隙間も亀裂も無い。しかも完全に水平にあり、歪ながらほぼ円形になっている。

「ヒカル様、不思議ですかい?」

足を止めていると商人の一人が話しかけて来た。

「当たり前ですよ。ただでさえ砂ばっかりの砂漠にいきなり岩石が見えて、さらに変な感じに集まってる」

「そう思うのも無理はありませんよ、到着したら事情を聞いてみるといいでしょう」

この人もよく肌が焼けていて表情が分かりにくかったが、彼の口元は少しばかり微笑んでいた。

「分かった、そうしてみるよ」

 今は護衛第一、気になる事は後にして坂を下る。緩い坂は少しずつ車体を加速させる為、皆で抑えて下っていく、これがまた地味に辛い。砂に足を取られそうになりながらやっとの思いで坂を下り、一息ついて歩き出す。もう日も高く汗も止む事はない。そういえば丘を下り終えてからモンスターの襲撃に遭っていない、今までと同じようにガラガラと音が響いているのに。

 ふとした時、空が一気に暗くなった。雲一つ無いはずの砂漠に陰りができたのだ。何だと思って空を見上げると、無数の何かが燦々(さんさん)としていた太陽と空を黒く染め上げていた。

「ああクソ!来ないと思ったらこんなところで出てきやがった!」

 誰かが嘆くように叫んだ。みるみるうちにどんどんと黒い何かは集まり、遂にキャラバンの列をすっぽり覆う影ができた。少しの陽も漏れないほど重なった何か。暗くなった今、それがモンスターである事以外に何であるか、分かった物では無い。

 何も理解が進まぬまま立ち止まっていると、一瞬にして空気がヒヤリと冷たくなった。直後真上に巨大な氷の傘が広がっていた。紛れもなくメルの氷の魔法だ。

「メル!?」

俺は彼女の方を見る。両腕を上げバリアを維持しながら、メルは俺に指示を出した。

「あの子たちは上からしか攻撃できない!君が何匹か撃ち落とせば引いてくれると思う!」

「分かった!じゃあちょっと利用させて!」

 あの氷の傘は昨夜のバリアの強化版で、範囲は広く分厚い。いつも通りに自分の手から魔法を放てば氷のバリアに遮られる。ならば今あるものを手に見立てれば、簡単に想像できるし発動も容易だろう。メルの開く傘を、掌と思いながら天に向かって手を掲げる。

「『水針柱(すいしんちゅう)』五体で引くかな」

 傘から現れた五本の針は勢いよく黒い天を突き何かを撃ち落とす。そして乱れた黒い雲から光が漏れた。

「私の氷から魔法を?利用するってそういう事ね」

 漏れた光は水の針によって多少散らされ、黒い何かを微かに照らし出す。未だ全体は蠢き続け範囲もまだ広がっている。あのモンスター達に引く気は少しも無いようだ。

 何かがドンっと傘に落ちてきた、撃ち落としたモンスターであろうが、未だに姿は暗くてよく見えない。いや、それよりも重要な事がある、モンスターが落ちてくるよりも前から鳴り続けている雨のような音。最初に聞こえた時よりもずっと強く鳴り響いている。

「勇者様!来ますぞ!」

 また誰かが叫んだ、直後地鳴りのような重い衝撃が身を包む。パッと傘を見ると、茶色い塊が傘を流れていく。その瞬間にそれが何であるか理解した。

(砂の塊!)

 正直一瞬糞に見えたがそれよりも固形っぽさも液体っぽさも無かった。しかもサラサラ音を立てていたから判別できた。しかし、これでは部が悪い。メルさんの使う氷魔法は言わば水の上位魔法、だって水が姿を変えただけなんだから。だとすれば土属性に対して脆弱なはず。さすがの彼女でもこの物量でいつまで耐えられるか分からない。

「おいおいどうすりゃいいんだ、少し倒せば引くんじゃなかったのかよ」

 俺はどうしようもなく嘆いた。もしかすると、全体の何割かがやられて初めて引くのではないだろうか。五体というのは余りにも少なすぎたのだろうか。だとすれば火魔法系統で攻撃しようにも距離が遠いし吸収される。風魔法は有効だが俺の実力で届かせられるかどうか。水も吸収されないが攻撃するとなるとかなり効きにくく、さっきの様に集約して撃たないと効果がない。もしそれで必要数倒すとなるとそれこそ時間がかかりすぎてしまう。

「ヒカル様!提案があります!」

 誰かが悩み込んでいる俺を呼んだ、少し離れた所にいる分隊長の人だ。俺が顔を見ると大きな声と身振りで助言をくれた。

「彼奴らを倒さずとも怖がらせればいいのです!実力の差を、()()()()()でも見せれば良いかもしれません!」

 モンスター達も相性を理解して攻めてくる。今ここで使ったのは全て水系統の自らに有利がある属性、だから押していればいつかは突破できると踏んだのだろう。じゃあ、自分有利な相手に包囲を突破されたらどう思うだろうか。当然畏怖するだろう。

「分かった、だったらこうする」

 砂が徐々に傘の外へ追いやられ、その代わりに水が一面に張っている。その水は傘の上だけでかさを増し、同時に少しずつ捻れていった。

「ヒカル君!これって!」

「もう少しだけ張ってて!」

 かさを増し続ける水の渦は少しずつ尖りだし、津波の如き力を生み、襲い来る砂の塊の殆どを弾き受け流していった。そのまま黒い雲に届き、そこで進まなくなった。

「やっぱりこれだけじゃ突破できないか。それじゃ、ドカンと一発かますか」

 水は渦の頂点に集まり膨れ出す、ここまですれば包囲は崩れてくれるだろう。集合した水は、花の蕾のように丸くなり、その下は茎のように細い。蒼華は今にも咲こうとしてる。

「開花」

 その()は咲き誇る、陰りの中で弾けるように。波打つ花弁は黒い雲を押し流し、飛び散る花弁は光の穴を開けていった。残された茎も根も、役割を終えていつしか枯れて無くなっていた。

「すごい…あの数が全部…」

 確かに衝撃は凄まじいものだ、だが威力で言うとそうでもない。魔法にも密度の概念がある。体積が大きくなれば同じ100でも打たれ弱くなるし威力は落ちる。しかし同じ100ならどちらも当たれば同じ衝撃になるから、これくらいの虚仮威しには使えるのだ。

 雨と共にモンスターが落ちてくる、よく見て初めて正体を知った。痩せ細ったオオコウモリ、口は尖っていて果実食の種だ。どいつもこいつも死んではいないが、当分起きる事は無さそうだ。全てが終わり、再びキャラバンは進んで行った。

「俺たち蚊帳の外だったな」

「なー」

「うむ…」

「…」

 近接戦闘員三人と弓使いは、仕事が無いのを良い事に食べ物片手に観戦していた。

 通常なら戦闘による停滞で砂漠と大地の境界から到着まで丸2日かかるのだが、今回足止めを食らったのは天を覆うモンスターのみだった為通常より早く着いた。

 ここが砂中都市ディザント、盛んな産業は宝石と研究であり研究者の半分はここにいる。そしてこの世で売られている宝石は殆どがここで作られたものらしい。背の低い建物ばかりでマニラウよりも簡素なレンガ造りだ。

 キャラバンの人たちはマニラウから運んできた商品を展開し始め、その他配達物などは現地の役員に渡した。俺らも借りる宿へ向かった。と、その前に俺が汗だくなままなのはどうにかしないとって訳で、約束通り温調の魔石を買ってもらった。服の内側にかけられるようになっているし、小さいから動きを制限される事もないだろう。

「うわ!涼しい!すげーやこれ!」

 皆がニコニコ見守る中、俺は喜びの舞を踊っていた。

「そういやお前の風か水魔法じゃどうにかならんの?」

バトラがふと問いただした。

「近くに冷気がないとだから…」

「ああ…引っ張ってくる感じね」

彼はこれまたよく分からない苦い顔をした。


 丁度その頃、一人の男が手紙を受け取っていた。男は差出人の名を見て微笑みすぐに手紙を開けた。

「それってお師匠さんからでしょ?なんて書いてあるの?」

「書いた日は一週間くらい前で、もうじきキャラバンと一緒にそっちへ行くだろう、つまりは今日来た中にいると」

「どんな子かは分かってるの?」

「ああ、勇選会の時に呼ばれてたじゃないか」

「え、あの子なの?」

「ウノン・カピトに氷使いは入れど水使いは居ない。さっきの()も彼のだろうさ」

「確かにそうだったね、今回の弟子はなかなかぶっ飛んでるらしいわね」

「ああ、俺以上の逸材だな」

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