第1話 転移した世界
俺は魔法使いだ。と言ってもあの魔法学校のように杖を使う事は無いし、呪文も大方必要ない。魔石というアイテムにより、念じるだけで魔法が使える。言ってもイメージをつけるために動作をつける事も多いし、俺もそうしてる。
「ここは何処だよ…見た感じ森の中だけど」
転移して早々に道がわからない。何せ何の整備も整ってない森林地帯だからだ。一応人間の様に知性を持った種族がいる世界に来る設定のはずである。何処かに行けば出会えるはずではあるが、いかんせんそれまでが長い。まぁそんな事どうでもいい、まずはこの世界がどんなものか見て回る必要がある。
「んじゃ、飛ぶか」
手っ取り早く、木の上の視界の開けたところまで飛んでみよう。この場合、風の魔石を使い、空を飛ぶイメージをすれば簡単に飛べる。鳥の様なイメージを持つ人は大手を広げるが、俺はそんなことしなくても飛翔できる。イメージとしては見えない糸で操るみたいに。
スッと体が浮き上がり勢いも良くついてきたと思ったら、意図せず段々と速度が落ちてきた。ついには止まった、平行にあちこち移動してみて分かった事は、ここにある木よりも上に行けないと言う事だった。
「嘘だろ?飛行制限あるのか?」
理由は想像できるが、この上無く面倒な事をしてくれるな。飛ぶ時には必ず木々を避けながら、それに伴いあまり速度も出せない、この上なく面倒だ。
「仕方ない、上まで登るか」
仕方なく手で登る事になった、これで上に行ける。だって禁止されてるのは魔法による上昇だけだから。上へ行くほど細くなる枝だが、一度に沢山の枝に乗れば体重が分散されて折れる事はない、しかし蔓とかもあって結構引っかかる。それでもあまり時間をかけずに木の上まで来た。ぐるっと見渡して見えたのは、森の中に聳える巨木、ほぼ真上に昇る太陽、遠くに見える街。そして近場には一面の森が広がるのみで、巨木の向こうにも村や町の影は無くまだまだ森が続く。もう一度街の方へ目を向けて、今度は目を凝らしてよく見てみる。どうやら街は近代の建物はなく、木造とレンガ造の建物が見えるだけだった。魔法に対して制限をかけられるあたり、よくある剣と魔法のファンタジーの世界なんだろう。
「にしても、この森広いな」
もしかしなくても誰かがあの街にいる。それが分かっただけで収穫ありだ。森の広さは折り紙付きだが、俺のスポーンしたのは結構端っこと言える場所だった、よって歩いて街へ向かうことにした。俺は木から降りてその方向に歩き出した。
「とりあえず、現地人と会うまでどんな世界なのか確証が持てないな」
歩いてる内に今までの事については話しておこう。俺は自分の意思でいくつか世界を渡って来ている。一つはゲームの世界、大型のモンスターが居て熟達した武器使いもいる。もう一つは水没した未来の世界で、人から進化し、手足に水掻き、柔らかめの水色の鱗を持つ魚人がいた。ちなみに魚みたいな奴はいなかった。普通に「青い人間」って感じだった、ヒレと尻尾と、結構表情豊かでそこで料理も教わった。それで、三つ目のこの世界、まだ人も動物もモンスターらしきものも見かけない。
(おいおい、まさか人類滅亡直後なんてのはないよな)
嫌なことを思い目が細まった、だがその不安もすぐに無くなる事になった。何の変わりもない森の中を真っ直ぐ歩いていると、何かブヨブヨかプヨプヨした緑の物体が見えた。
「あ、あれは!」
近づくと、ソレもこちらを向いた。俺の膝までぐらいの高さ、手足は無くまんまるなボディに、頭頂部はソフトクリームのようにチョンと跳ねてる、そして瞬きもしないつぶらな瞳。
「待って?デザイン危なくね!?」
どう見てもド○クエのスライムにしか見えない、でも一応セーフか?あのスライム目が一つだし口も無い。言ってみればそんなに似てないかも。
(…一向に襲ってくる気配はないな、もしかして敵対じゃ無いのか?)
そう思って近づいていったのが迂闊だった。スライムは突然幕状に広がり飛びついて来た、そして俺の頭をすっぽり覆ってしまった。覆ってすぐにスライムは元の形へと戻り、側から見れば何とも言えないような、少し笑える姿になった。
「………!!」
そりゃ側から見りゃ被り物に見えるかも知れないが、こいつはそんな甘く無い。これが酸性とかで溶ける性質を持っていないのが幸いだが、それでも頭はスライムの中。
(息ができない!)
俺の場合制限時間は60秒余り、早くこいつを倒さねば俺の命はここで終わる。もしド○クエと同じなのなら物理が効くはず、やると決めたら躊躇は無い。思い切りスライムに向かって俺は殴りかかった。だが、その甲斐なくブヨんと衝撃が吸収された。俺の手には殴ったと言う感覚はなかった。物理がダメなら魔法で何とかするしかない。次に俺が繰り出したのは『水槍』、水の魔石を使い、圧力を高めた水で槍を作り、標的に打ち込むもの。水圧カッターと言うのがあると聞いたが、これはそれの弱くて大きいバージョンと思っていいだろう。これも躊躇わずに打ち込む。蛇の様にくねった水の塊は槍を形成し、標準を定めて一気にスライムへ突撃していった。この攻撃を喰らったら鉄板でも穴が開く、そしてしっかり手応えもある。やったかと思っても、現実はこうだった。水槍が当たった直後から、何とスライムが肥大化し始めたのだ。
(マジか、こいつ水を吸収すんの?)
どんどん巨大化するスライムは大きさに比例し重くなる、ついに『水槍』を全て吸収し、俺はそれに押し潰されてしまった。スライムは先ほどより柔らかく、下手な事をしない限り骨が折れる事は無いが、全く立ち上がれる気がしない。
(マジかこいつ…しょうがない、刻むか)
俺は、スライムをどう倒すか悩んだ。けど今はこれが良い。
(『迅閃』!)
あたりから幾つもの風を集め一つの塊にした後に、解き放つ。爆音が鳴り響き、疾風も吹き荒れる。スライムはそれを至近距離で受けた。風は細かな刃と化しスライムを切り刻んだ。奴は不規則な大きさのカケラになり、コアを破壊されて絶命した。俺は勝った、だがついでに大量にスライムだったものを浴びてしまった。
「うあっ、やっぱり汁みたいなの被っちゃった…」
自分がやった事で文句は言ってられないが、ただこれが落ちる汚れか心配だ。あの場面で俺は、三つの魔石の内どれを使うか少し悩んでいた。それは『水』『風』今回使うことの無かった『火』の魔法。あいつは水を吸収するし、火だと自分に燃え移るかも。そんな懸念があってこそ風で刻むしか無かった。
(はぁ、ちょっと不安だな、この先属性考えて攻撃せにゃあかんのかい…)
この世界に存在していた属性の相性について体についたスライムのカケラや汁(?)を落としながら思っていたら、何やら横からガサッと草の擦れる音が聞こえた。
「よお!そこのガキンチョー!」
擦れた音に反応する前に何者からか声をかけられた、聞く限り低い男の声、オッサンとも言いたくなる声だ。恐る恐るその方へ顔を向けると、案の定絵に描いたようなオッサンだった、オッサンは赤い髪や髭を持ち、何か赤い鱗で作られた防具を着ている。どことなく知り合いに似ている気がする。
「お前、見ない顔だな。防具も付けずにモンスターを倒すのか、しかも魔法でなぁ…。見た目の割に、いい英雄さんだこって」
思ったよりも早い人との出会いだった、前の世界じゃいるのが水中だったのもあって三日掛かったのに。しかしどちらかと言えば好都合だ、早いに越した事は無いしな。
「俺は『赤竜の剣士ヴィザー』お前さん、名前はなんてんだい?」
どう見ても敵意は全く無いし、心地の良い微笑みに対して俺も名乗りを上げた。
「ああ、俺は光だ」
二年間。それが俺がこの世界にいる時間だ。俺がこの世界を変えてしまうなんて、この時は思ってもみなかった。