母のいない生活
アカネがいなくなり、クレハとショウイチだけとなったサトウ家。朝起きると聞こえていた朝食をつくる包丁の音は少しぎこちないものに変わった。目をこすり起き上がる。ご飯が炊けるいい匂い。魚が焼ける匂い。テーブルに置かれる箸の音。足音が自室に近づいてくる。
『お父さん、ご飯できたよ!』
成長するにつれ、アカネに似てきた。クレハは黒髪のショートヘアで、制服姿だ。
ショウイチはアカネが居なくなってこの10年、警察組織でも出世した。レプリカ解放軍と吸血鬼派の抗争はひどく、レプリカ解放軍の自治地域、吸血鬼派の自治地域、もとの国である、中立国で、国全体は分裂していた。
クレハとショウイチは中立国に住んでいた。ショウイチにとっては葛藤の10年だった。
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アカネがレプリカ解放軍に加わって1年経った時のこと。
ショウイチはますます仕事にのめりこんでいて、
家に帰らなくなっていた。幼いクレハにお金だけは渡していた。
『先輩、今日も帰らんのですか。クレハちゃん、どうするんすか?』
キミシマが半ば育児放棄している、ショウイチを諌める。
『うるせえ!そんな心配ならお前が面倒見りゃいいだろ?金は渡してるんだから、死にはしないさ!』
『ああ、そうですかい。じゃあ私が面倒みますよ。家の鍵、ありますか?』
クレハとショウイチの家は、特に引っ越すことなくそのままだった。警察の拠点をばらけさせていたので拠点から家までは歩いても30分くらいだった。
キミシマが家に入る。
『おーい、クレハちゃーん。』
部屋が真っ暗だ。学校もこんなご時世なので、全てオンライン化が進んでいたので、どこかに出かけるのは考えずらい。
キミシマは嫌な予感がして、家中を探す。
すると、台所で倒れているクレハがいた。
『クレハちゃん!』
ひどい熱だ。そして、少し痩せたように思える。
ご飯は?テーブルを見ると、インスタントのご飯があるが、何一つ手をつけていない。
『とりあえず、医者だ!』
キミシマはクレハをおぶって医者に連れていった。
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『キミシマ!クレハは?クレハは?』
『今、点滴打ってますよ。熱はちょっと下がりました。インスタント食品あったけど、3日ほど手をつけてなかったみたいですよ。』
『そ、そうか。なんでだろう。好きじゃないものを選んじまったかな。じゃあ、仕事に、、』
そう言って仕事に戻ろうとする、ショウイチの腕を掴む。
『ショウイチさん、あんたこの子の親だろ?いてやれよ。アンタの仕事くらい誰かに任せりゃいいだろ?』
『し、しかしなあ、俺がいないと、、』
『おい、ツラかせよ。』
キミシマが一発、ショウイチの横ツラを殴る。ショウイチは倒れる。
『俺が見に行かなきゃ、クレハちゃんは衰弱死してた。アカネさんがいなくなったつらさは俺じゃ、計り知れねえよ。でもよ、母親もいねえ、親父からも見放される。あんたはクレハちゃんに、アカネさんの若い時と同じ思いさせたいのかよ。所詮あんたもその程度の男か。』
ショウイチは立ち上がり、クレハの病室に入る。
キミシマも一緒にいた。
ショウイチは涙を流しながらクレハの手を握る。
『ぱ、、ぱ。』
クレハが目を覚ます。
ショウイチはクレハを抱きしめて、何度も何度も謝る。それからショウイチは、仕事一筋からしっかりクレハとも向き合うために、必ず毎日家に帰るようになった。
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アカネが居なくなって3年。
クレハとショウイチは、ソノエがいた施設の跡に来ていた。そこは、慰霊碑があり、亡くなった施設長、子ども達そしてソノエの名前が刻まれていた。
『なあ、クレハ。』
『なあに?お父さん。』
『お母さんを助けにいこうと思うんだ。クレハもお母さんに会いたいだろ?』
ショウイチはこの頃、何度も何度もアカネを取り戻すためにレプリカ解放軍の自治区に侵入するかどうか迷っていた。しかし、1人で行って自分が亡くなったら、クレハは孤児になってしまう。ならば、一緒に行けば、、、。それほどショウイチは疲れていたのかもしれない。毎日起こる中立国内での小競り合いの鎮圧。
『お父さん、お母さんは使命を果たしにいったんだよね?レプリカを解放するという。』
『ああ。』
『それは、お母さんが友達を救い、レプリカである私が生きやすい世の中にするためにさ。』
『ああ。』
『お父さんの使命はなあに?』
『、、、、、。』
クレハは賢い。賢すぎる。冷や水をかけられたような気分だ。
『即座に答えられないなら、命を張っちゃダメだよ。後悔するよ。』
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あれからこの中立国で、クレハを育て、自分の仕事を全うする。それだけのために生きてきた。
クレハは時折、
『お父さんもさ、いつまでもお母さん待ってないで恋でもしなよ。お父さんの選んだ人なら私も受け入れるよ。ってこのセリフ何度目かな。お母さんのことまだ好きなんだね。』
なんでこの子は、、人生何周目だよ?と聞きたくなる。
『あ、後お父さん。私ね。』
『ん、なんだ。』
『私、医師になるから。』
ショウイチは思わず味噌汁を吹く。
『い、医師だと?!』
制度上というか医師免許を取ることが出来れば、医師にはなれる。ただ開業して成功したレプリカの事例はないし、当然大病院なんて差別の温床だ。
『大丈夫。差別なんてする暇がない現場に行くつもり。』
『そんなところ、、、あ!』
『そう、従軍医師なら万年人手不足でしょ?』




