就職したよ!
「アカネさん、これコピー取ってきて頂戴。」
「はい、先輩。」
「アカネくん、お茶。」
「はい,課長。少々お待ちください。」
「おーい、アカネさーん、2階の電球切れてるから取り替えてくれない。」
「はい、わかりました。」
アカネは社内の雑用係であった。
レプリカの街が大規模火災によって焼失してから5年が経っていた。
あれから、アカネは高校卒業認定を取ったあと、カナエのサポートを受けながら
職業訓練校に通った。レプリカにとって就職はかなり厳しく、カナエの斡旋により
なんとか就職にこぎつけた。
とある中小企業の庶務の仕事である。
9時~17時の仕事で土日祝日休み。給料はそんなに高くないが、残業もなく、
社内の人間はアカネはレプリカということも知っている。
お昼は社内に食堂があるが、アカネはなんとなく周りから距離を置かれている。
他の女性社員はグループを作ってランチをしているが、アカネに声をかけるものは誰もいない。
レプリカに対する偏見意識はこの5年で多少の改善は進んだように思えるが、
まだ偏見は根強く、社内の人間関係にとどまらず、仕事においても重要な仕事をまかせるといった
風潮でもなかった。アカネの仕事も雑用が大半であった。
アカネは自分で作ったお弁当を食べ終えて、早々に食堂を切り上げた。
食後はいつも、会社の屋上のベンチに座って一人で過ごす。
「はあ、、なんか息が詰まってしまうわ。」
社内に敵がいるわけではないが、雑談をするような社員もおらず業務中はひたすら言われた仕事を
こなすだけである。
お昼休みが終わる10分前に事務所に戻る。事務所に戻る途中で給湯室から女性社員が話すのが聞こえてきた。
「なんか、アカネさんって絡みづらいよね。」
「レプリカってみんなあんな感じなのかな。全然しゃべらないし。」
「なんでレプリカなんて雇ったのかしらね、うちの社長も。」
「紹介した人のコネらしいわよ。いいよね、コネ入社。」
そんな風に言われているのをしょっちゅう耳にする。
なので、あまり気にしないようにしているが、、
「レプリカに対する差別は相変わらず根深いのね。。。。」
5年前火事を思い出す。差別意識が極端な方へ向かうとああいう、大惨事が起きるのであろう。
17時になった。
「お先に失礼します。」
アカネは決まり切った挨拶をして帰る。返事もまばらだが、まあそんなもんだろうくらいで
帰宅する。
アカネは今、一人暮らしをしている。これもカナエが保証人になってくれており、
ささやかなながら一国一城の主となった。
「ああ、いやになっちゃうな。」
今日は金曜日である。
「すこし歓楽街で飲み歩こうかな。」
歓楽街、名前は砂場町という。
砂場町はソノエが働いている中華料理屋がある。
サエと訪問したいらい、訪問していない。
「サエか・・・・。」
サエはあの事件のあと、行方不明である。今思うと、自分の猜疑心だけで
サエを事件と関係があると決めつけてしまったことに大いに後悔している。
5年経ち、少し冷静になれたのだろうか。
砂場町についた。
行きつけの飲み屋がある。
店主が一人でやっている、カウンターバーである。
オカベという若き雇われ店長が切り盛りしているバーで
カクテルが非常にアカネ好みである。
「オカベさん、こんばんは!」
「ああ、アカネさんか。こんばんは。」
「ここに来ると1週間の疲れが取れるわ。嫌になってしまう。」
「アカネさんも大変そうだね。」
「転職しようかなあ、、、」
転職か。きっとかなり大変だ。カナエのコネによって今の職を得られただけで
自分の力ではない。
カランコロン。
「いらっしゃいませ。ああタクトさんか。」
「オカベさん、珍しいわね、他のお客さんなんて。」
「おいおい、さすがにアカネさんだけだとお店の経営は成り立たないよ。」
「はじめまして、俺、タクトっていいます。」
スーツ姿にすらっとしているストレートヘア。メガネをかけている。
エリート系のイケメンといった感じだ。
「おや、きれいなお嬢さんが先客でいたんですね。どうですか?ご一緒しても。」
タクトはかなりのイケメンに加え、話も面白い。
どうやら仕事はセミナー業をやっているようだ。
楽しい時間はあっという間にすぎた。
「おやおや、もうこんな時間か。そろそろ帰るよ。アカネさん、良ければ連絡先交換しませんか。
よくここで飲むんですよ。僕も独身の寂しい身ですからたまに待ち合わせてこんな時間を
また過ごしたいなと。アカネさんとの時間は楽しかった。」
アカネは飲み過ぎたのか顔を赤らめる。
「じゃじゃあ、」
連絡先の交換を済ませた。
「では僕はこれで。」
タクトは帰っていった。
もう日付が変わりそうだ。
「終電あるからオカベさん、私も帰るね!ごちそうさま!」
アカネは終電に飛び乗った。
この5年で一番楽しい時間だった。普段はつまらない退屈な仕事でも
お金があればこういう楽しい時間も過ごせる。過去にはつらいことがたくさんあったが、
今が充実しているのが精神衛生的にもいいのではないかと、真面目にそんなことを考えながら
帰路についた。
「あ、そういえば明日は・・・・。」
そう明日はカナエさんとライのお見舞いに行く日だった。