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弱き者たち

作者: 傾塚 和洋

春休みは憂鬱だ。

もとより友達が少ない人間の交友関係を断ち切り孤独のどん底へと突き落とす魔の期間。かといって自宅ですることはなく、惰眠を貪り時間を浪費し精神までを摩耗させる。何かをやりたい、何かしなければと思えば思うほどやる気というものは小さくなっていき動けなくなってしまうのだ。

高校時代のあの燃え盛るような闘志と肉体は見る影もない。

どうしてこうなってしまったのだろうか。


『知るかよ』


そりゃそうだ。知ってたらこうはなってない。

しょうもない自問自答なんかしてないでさっさと体を起こしてやるべきことをやれと脳から命令を出してみるも、勿論言うことを聞かない。

やるべき事などないのだから当たり前ではあるが実体のない焦燥感に駆られ続けてしまう。

それは漠然とした未来への恐怖からくるものなのか、それとも過去の栄光への後ろめたさなのか、どちらにせよ今のままでは駄目だと本能が訴えているのに違いない。

とまぁ愚行について愚考してみたものの、愚×愚は愚²で超愚かなだけだった。

いや待てよ。

愚はマイナスなことなので愚=-賢、-賢×-賢で賢いのでは?

これも愚考か。





思いのほか、起きてみれば中々良い気分である。天気の良さに影響されるとは私もチョロいものだ。

季節の変わり目だからか風も少し暖かさを含んでおり、猫も目を細め香箱座りで気持ちよさそうにしている。

もう太陽は頂点を過ぎようかという時間だが、だからこそ出来ることがある。

そう、爆音でのBlu-ray視聴だ。

昔はからっきしだったアイドルというものを最近は嗜んでいる。

夢があって、それに向かって努力する。大雑把に言えばそんな所に惹かれた。精一杯笑顔で、汗をかいて、頑張っているその姿を見ている時だけは現実のストレスから開放されたようで心地よいのだ。

そうして映像に釘付けになっているとピンポーンとチャイムがなった。

吃驚するので辞めて欲しい。

もちろん居留守を使う。

姿を見たことは無いが毎回、この時間帯は宗教勧誘の紙が郵便受けに入っているから、そういうことなのだろう。

でもしかし待てよ。今私は爆音で映像を見ているのだ。外に聞こえてないはずはない。そう思い至った瞬間画面と止め、急ぐ心を抑えすり足でインターホンのディスプレイへ向かった。

だがそこには誰の姿も既に無く、ただの見慣れた玄関先があるのみだった。安堵した瞬間に何をしてるんだという羞恥の感情が去来したが直ぐに振り払う。こう改めて見ると1人で使うには広いリビングはとても快適だが、どこか寂しさを感じずにはいられなかった。





背に腹はかえられない。そんな言葉があるように腹が減ってやむを得ないので買い物に出かける。腹が減っては戦はできないのだ。戦なんかしないけど。玄関の鍵を閉め1歩踏み出したときに昼間から闊歩する貴婦人と目があった。


『こんにちは』


なんとなく不味いと思ったが学生時代の癖で口をついて挨拶が出てきた。


『あら、なんだいらっしゃったのね』


予感が見事に的中。

宗教についての長ったらしい説明を始められてしまったが早々に結構だという意志を伝えると諦めてくれたようだった。凄まじいなそのめげない根性。切り替えの早さといい私に分けて欲しいくらいだ。


『あまりに駐車場が広くて軽トラしか無いからいらっしゃらないのかと思いましたわ』


『いや、まぁ』


『また、お伺いしますので興味を持たれたようでしたら何時でもご相談下さいませ』


『わかりました』


二度と来んな。





貴婦人と別れ軽トラへ乗り込む。

荷物を大量に乗せて悪路走行も可能な私の行動範囲を広げてくれる三種の神器の一つであるこの軽トラは維持費が安くてとても助かっている。とはいえ最近免許と取ったばかりということもあって運転は覚束無い。近くのスーパーまでは5分とかからないので別段問題もなく練習にもなる。一石二鳥といいやつである。

何を買おうかとか今日の献立を考えて居るうちに到着し、考えが纏まらないまま店内へと足を運ぶ。普段ならギャハギャハと中学生や高校生どもがルールやモラルに関係なく騒ぎ散らすフードコートも静かなもので、使用者は1人しかいなかった。騒いでるヤツらという表現も楽しそうにしている人への僻みなのだと思うとそんな自分にムカついて献立を考えていたことも忘れ足早にフードコートを通り過ぎた。

冷凍食品などのある程度の保存が効くものと2日後までの夕飯の食材を買い込みレジへと並ぶ。いつもなら知り合いなどに会いたくないので隠れるように買い物を済ますが今は春休みだ。大手を振って買い物ができるというチャンスとあっては大量に食材を買うしかないだろう。今日はマイカゴというものも買ってみた。昨今のリサイクルとやらのアイデア商品で毎回レジ袋を使う必要がなくエコに繋がるらしい。こんな私でも地球を救っていると考えたら少し誇らしくなった。

軽トラへと帰る途中またフードコートに差し掛かった。また直ぐに通り過ぎようと思ったが、どのくらい人がいるのかふと見てみると来た時と変わらず

1人いるのみだった。

よくよく見てみるとその人はどうやら少女のようで1番端の席に座り突っ伏している。自分と同世代と思われるが気にせずに軽トラへ向かいマイカゴを中身ごと積み込んだ。

乗り込みシートベルトをして、キーを差し込み少し思い淀む。

何故か放っていてはいけない気がするのだ。そんなことはお節介だとわかっているし、自分にそんなことをする資格がないことも理解している。

だが何もしないのは気分が悪い。相手の為ではなく自分のためにやるということで、ひとまず自分を納得させた。情けは人の為ならずってやつだ。

そうして彼女のもとまで行ってみたものの、何て声をかけるか思いつかない。

当たり前だ。

春休みに友達もいなくて1人のやつだぜ。さらっと声をかけれるもんならこんなことにはなっていない。

だが、それは相手も同じじゃないか?という考えに至った瞬間、少し気が楽になった。

当たり障りのない言葉を適当に選び口にする。


『ねぇねぇ今、君暇?』


あー完全に言葉選びミスったわ。

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