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丘を越えたり、下ったり(仮)  作者: ムギオオ
97/101

終わり

「それからビーンズグループの深見 鉄心さんと坂田 登さん。深見さんは映画鑑賞仲間なんだってね。ケーキ食べて良い? 」

 アオイは言い終えながらお見舞いのケーキの箱の中を嬉しそうに覗き込んだ。

 まったく忙しい奴だ。


「ああ、うん、全部食べていいよ。それで、それから? 」

「えーと、言いにくいんだけど……私の友達の結城 初音って覚えてる? 」

「おお、そうだ、その初音ちゃんの兄貴な! そいつ……」

「ごめんなさいっ! ほんっと、ごめんなさい! 初音は何にも知らなかったの」

 アオイは大きな声を出して謝り、俺の話しを遮った。

「イヤ、だから、お前の友達じゃなくてその兄貴だよ! 」

「ちょっと、取り敢えず話聞いて。お願い」

 アオイはフォークを持ったまま両手を合わせて上目遣いで俺を見ている。そんな目で見られても……見られると……俺は黙って聞くしかない。

 友達のために謝り、親に言われたからってこの年頃の娘が人の入院中の世話などするだろうか?

 コイツは態度はデカいが心根は優しい子なのだろうと感心した。


 アオイの説明によると結城 明は壁画隠しグループの参謀役だった。グループの目的は壁画を隠して、盗難された様に見せかけて、ちょっとしたニュースで鳳村の知名度を上げる事だったのだ。一つ目の壁画を隠した後、中々話題にならなかった。それは石田会長が大ごとにしたく無いので、密かに犯人を探す事にしたからなのだが。そこで彼らはもう一つの壁画も隠す計画を立てていた。


 だが、結城 明が足立兄弟に脅されるという、それどころでは無い事件と問題が発生したのだ。だから一つ目の壁画隠しの後、しばらくの期間が空いたのだ。俺が足立兄弟を排除した事により心配事の無くなった参謀は再びグループを動かし出したのだ。

 だから二つ目から三つ目は期間が短くテンポ良かったのかと一人で納得した。


 俺は知らないうちに犯人グループを助けた形になっていたのだ。


 アオイは俺に説明する間にケーキを三つ食べ終えていた。

「また今度二人揃って謝罪に来るってさ。だから許してあげて、ねっ! 」

「ああ、許す、許す、勿論、許すよ。それより他に誰か来ただろ? 」


「あと夏目 舜さんとその彼女の河島 舞さん」

「お、おお、うん、うん、それで? それだけ? 」

 俺の期待は一気に高まり、興奮の声を上げた。

「うん、おしまい」

 アオイは無慈悲にも手帳をパタリと閉じた。

「ちょ、それだけって事はないだろう? 他に誰か来ただろ? 」

 俺は俄かに信じられずに食い下がったが無情にもアオイは首を振った。

 俺はガクリと項垂れた。

「ああ、そうそう忘れてたけど夏目さんから伝言」

 アオイは再び手帳を広げた。

 俺に再び希望の光が差した。

「それ! 」

 俺は再び顔を上げると、一言も聞き漏らさないようアオイの口元を用心深く見た。彼女の口元にはケーキのクリームが付いていた。


「『お見舞いに里香ちゃんも誘ったけど、来たくないって言ってた』って伝えといてってさ。てか、なんか、あの人面倒くさいね」

 アオイは名人の事を思い出してか苦い顔で俺を見た。


 俺はもっと苦い顔になって里香ちゃんの事を考えた。

 俺は何か彼女に嫌われる事でもしただろうか? 一つだけ思い当たるとすればあの日彼女を庇ったあの時、どさくさに紛れて少し強く抱きしめて、それから彼女の匂いを嗅いだのだが……まさかそれを気づかれたのか? 兎に角退院して落ち着いたら俺から連絡してみよう。

 あの丘を下りる時に、次は俺から誘うと誓ったのだから。もう待ちの人生は止めだ。


 俺は無言で里香ちゃんの事を考え込んでしまった。沈黙する俺の顔がアオイには不機嫌に見えたのだろう。

 アオイが怪訝な顔をする。

「なに、どうしたの? 何か不満でもあんの? ひょっとして、その秋吉 里香さんって人のこと? 」

「イヤイヤ、別に、ただ普通、患者が目を覚ましたら直ぐにナースコールボタン押すもんじゃないのか? もうそろそろ呼んでくれても良いのかな……なんてハハハ」

 俺は気まずくなり、話を打ち切る為に話題を変えた。


 アオイは「そんなに深刻な状況じゃ無いから別に直ぐに呼ばなくて大丈夫だって言ってたよ」と言いながらナースコールのボタンを押した。


 直ぐに看護師たちと医者が駆けつけて来ると、精密検査の準備を始めてくれた。流石はVIP待遇である。


 検査は滞りなく全てが終わり部屋に戻った。アオイは元気の無い俺に、サオリの持ってきてくれた見舞いのカステラとコーヒーを用意してくれた。


 俺がカステラを食べようとしたその時、部屋のドアをノックする音がした。アオイが俺より先に返事をすると扉が開いた。


 大柄な男と長い髪の女性が静かに部屋に入って来た。伝説の武人、月島 省吾と美大の女王、小泉 美咲である。


 月島さんは俺が初めて道場を訪ねた時と同様にスーツ姿で神妙な面持ちである。小泉は事件の反省しているのか俯き加減である。化粧もいつもより抑え気味なため少し表情が暗く見える。


 二人はそこで偶然出会ったのだろうか。少し異様な雰囲気である。

 意外な組み合わせに驚き、言葉に詰まったが俺は二人に座るようにすすめた。


 月島さんと小泉がソファーに並んで座ると、向かいのソファーに俺と何故か隣にアオイも座った。


「ちょうど、先ほど目を覚ましたばかりなんだってね。その、具合はどうなんだろうか? 」

 月島さんが気まずそうに俺を見る。彼の顔色もかなり悪い。


 俺が全然問題ない事を告げると、彼はいきなり大声で「この度はうちの娘が大変ご迷惑をお掛けしました! 申し訳ありませんでした! 」と土下座せんばかりに勢い良く頭を深く下げた。


 アオイは月島さんの迫力のある声に驚きビクッと身体を動かした。

 俺が狼狽えていると怯えるアオイが俺の腕にソッと手を置いた。

 俺はアオイに大丈夫と言う意味を込めて微笑んだ。


 俺は月島さんが「娘」と言った事に引っかかった。その事を詳しく訊ねようとしたが、今度は小泉美咲が「本当に、申し訳ありませんでした! 」と月島さんに負けないくらい大きな声と共に深々と頭を下げた。


 まさか小泉 美咲が伝説の武人、月島 省吾の娘だったとは……あまりの衝撃に言葉を失っていると、月島は小泉 美咲に手を向けて俺に彼女を紹介した。

「美咲は私の娘です」

 月島さんは、嬉しいのか、悲しいのか、よく分からない、なんとも言えない顔をしていた。


「月島 省吾の娘です」

 今度は小泉 美咲が言う。

 随分と反省しているようで消え入りそうな微かな声だ。


 以前、月島さんの部屋で見つけた家族写真に写っていた中学生くらいのあの子が小泉 美咲だったのかと俺は思い出していた。


 俺はずっと気になって仕方がなかったどうして壁画事件を起こしたのか理由を小泉に訊ねてみた。


 彼女は村興しの一環のつもりだったのだと答えた。


 彼女の説明では鳳村に壁画をもっと多くの人々に知ってもらい、そして村に沢山の観光客を呼び込みたかったそうだ。

 もし壁画が誰かによって盗み出されたとしたらニュースになり新聞にも載り、大きな話題になるだろうと考えたのだ。

 鳳村の壁画の願い事が叶うなどと言うチラシを大学内や駅付近でばら撒いて人々の注目を集めようと試みたりもした。

 だが事はそう上手くは運ばなかった。

 肝心の壁画の所有主である石田会長が警察に届けを出さなかったからだ。


 犯人グループ内の何人かは自分達で警察に通報もしくは新聞社に情報提供をしようと主張したが第一発見者として容疑が掛かることや後々の面倒事を警戒して止めたのだ。

 その後、結城が足立兄弟により、それどころでは無い状況になる。


 彼女が自分の父親である月島 省吾の存在を夏目に教えて俺と闘わせようと画策したのもその為である。

 最強の伝説の武人が棲む雲雀の里と言う文句で鳳村周辺を有名にしようとしたのだ。


 だがそれも失敗に終わった。

 まさか自分の父親が一般人の俺に敗れるなどとは夢にも思わなかったそうだ。

 常識的に考えて俺みたいな者に逆立ちしても負けるわけなどないと考えていたのだろう。


 これで壁画事件で残った謎は一つだけである。

「村を有名にしてどうするつもりだったの? 」

 俺は正直に疑問を投げかけた。


 彼女は暫く黙り込み、恥ずかしそうに俯いた。そして覚悟を決めたように話し出した。

「昔のように父と母、三人で暮らしたかったの」

 彼女は恥ずかしそうに消え入りそうな声で答えた。


 隣の席で娘の話を聞いていた月島さんは必死に嬉しさを隠そうとしているが、顔から笑みが溢れまくっている。彼の目は三日月のように笑っているのに、口は無理矢理引き締めようとしている。

 月島のどうして良いのかわからない表情が気味が悪かった。

 アオイも月島の不気味な表情に顔を強張らせている。


 小泉 美咲の話では、彼女の母親が田舎の鳳村に固執する月島さんと対立した事が離婚の原因の一つであった。

 資産はあっても将来の事を考えると、月島のやり方で暮らしていくのに不安があったようだ。


 代々続いた道場の為に有能な武闘家と可愛い娘を結婚させ、廃れたこの土地に一生縛り付けるのかと思うと不憫でならなかったと母親は思ったそうだ。


 融通の利かない武道一辺倒の月島と一緒に暮らしていくのに不安を覚えた母親は娘の美咲の為に離婚を決意したそうだ。母親は娘の事を考えて離婚に至ったのだが……それが美咲にずっと重くのしかかっていたのだ。勿論、父親である月島も美咲の為を想い納得したのだが。


 お互い憎しみあって離婚した訳ではないのを彼女は知っていた。彼女の母親も月島の事を忘れられなかったようで時折寂しそうにしていたのを知っていたのだ。


 その事を美咲に相談された結城 明が村起こしの案を提案したのだ。


 鳳村が有名になり壁画の警備する人間がまた必要になると村も活性化するだろう。

 月島の武勇が有名になれば道場の門弟も増えると同時に雲雀の里も有名になるだろう。

 彼らは田舎と言えど味のある風景と情緒で人々に認知さえしてもらえれば人気の観光スポットになる筈だと考えていたのだ。


 そういう理由で立ち上げた学生達の計画であるが、結局成功する事はなかったのだが……。


 俺は月島さんと小泉を交互に見比べた。彼らは何年も離れて暮らしていたようにはとても思えないくらい仲の良い親子に見える。

「ところで、月島さん、その、家族とは、奥さんと……」


「ありがたい事にお陰様で家族、元どうりになったよ。本当にありがとう。君に負かされたお陰でスッカリ目が覚めたよ」

 月島親子は深々と頭を下げた。

 二人はとても嬉しそうだ。


 月島親子が帰りアオイと二人になった。外を見ると雪はまだ止みそうに無い。

「積もりそうだな」

 俺は雪景色を眺めながら呟いた。やはり里香ちゃんの見舞いがなかったのは寂しく思う。


「ねえ、せっかくだから今年のクリスマスは家族みんなで過ごそうよ。家族になって最初のクリスマスなんだから」

 アオイは明るい声で話す。

 どうやらコイツなりに俺を励ましてくれているようだ。


 俺は笑って「それも悪くないな」と答えた。

「じゃ、可愛い妹にプレゼントちゃんと用意しておいてよね」

「ハハハ、そうだな、おばさん……じゃなくて、お義母さんになる人にもちゃんと用意しておくよ」

 俺は戯けて話しながらも、来年のクリスマスこそは恋人と一緒に過ごそうと心に誓った。


「それから家族水入らずで年も越そうよ! 初詣にもみんなで行こうよ! ホラ、だんだん楽しくなってきたでしょ! 」

 アオイがさらに身を乗り出して言う。

 彼女にとっても新しい家族ができた最初のクリスマスに正月なのだ。


 俺も家族みんなで過ごすクリスマスと正月が楽しみになってきた。そしてどうせ独りで過ごしているだろう南田師匠の屋敷にも顔を出そう。


 丘に行ってからのこの半年で結局、恋人はできなかったが、ありがたい事に可愛い妹と、優しい(恐らくだが)義理母はできた。

 心の師匠と武道の師匠とも出会えたし、新たな友人もできた。そう考えるとなかなか悪くはなかった、イヤ寧ろ充実した日々を送っていたと思う。


 そして俺の心の師匠である深見 鉄心さんならきっと、こう言ってくれるだろう。

「焦らなくてもこれからの人生、何度でもクリスマスはやって来るから」



 

                        終

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