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丘を越えたり、下ったり(仮)  作者: ムギオオ
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橋の袂 3

 本来なら直ぐにでも女王に犯行の動機を訊きたいところだが、歌川さんの到着を待つ事にした。


 いつも女王の両サイドにいる結城 明と誰だか忘れた奴二人に協力させて俺の業を喰らわなかった残りの連中を整列さして立たせておいた。


 早く里香ちゃんを迎えに行きたいという思いを我慢している苛立ちで、気を失っている連中をぞんざいに引き摺りながら俺は恭也たちに今日のこの事件の説明をした。

 名人はともかくとして、きっと里香ちゃんは俺を心配してくれていることだろう……恐らく。


「おい、はっきり言ってこれ、ボランティアだからな。だいたいこんな奴らは、そこら辺に放っておけば良いだろ」

 涼介は重そうに一人を引きずりながら悪態を吐いた。涼介は気を失っている人間の両手を面倒臭さそうに持って引き摺っている。


「コイツらをこのまま放置してたら車が通れないだろ」

 恭也が他の人間を軽そうに引き摺りながら応える。恭也は気を失っている人間の両足を持って引き摺っている。他人の頭をゴリゴリ引きずるのはお構いなしのようだ。


「お前、何言ってんの? こんな時間に、こんな場所に車なんか通るわけ無いだろ」

 涼介が恭也に言い返した。

「もしコイツ奴が車に轢かれたら、轢いてしまった車の持ち主が可哀想だろ。ハルも後味悪くなるだろ」

 恭也が諭すよに涼介に言い聞かせている。

「ま、まあ、そうだけど。しかしこの寒さでこのまま地面に寝かしておいたら凍死するんじゃないのか? 」と涼介。

「ま、風邪は引くだろうな」と恭也。


 苛ついている俺よりも、もっと雑に失神者たちを扱う恭也と涼介に畏怖の念を抱きながらも俺は黙々と運び続けた。

「えーと、俺ちょっと丘の上に用事があってさ……」

 二人に任せるのが、後ろめたく感じながらもタイミングを掴めずに話を切り出した。


「おいおいおいおい、主人公が抜けて、俺たちに後始末させようってのか? 」

 涼介は引きずっていた人間の両手を放して俺を非難した。

「ゴガンッ」と言う鈍い音と共に涼介に両手を放された男は頭を打って「ううむ」と呻き声を発した。


「ちょっ、うおい、手荒に扱うなよ」

 俺は慌てて涼介に注意した。

「笑わせるなよ、これだけの人間を破壊した張本人のクセに」

 涼介は言いながら腕組みをした。どうやらコイツはもう疲れてしまったようだ。もうこれ以上動きたく無いのだろう。


「まあ、待て待て、涼介。何か重要な用件なんだよ。そうだよな、ハル? 」

 恭也が俺の顔を見ながらニヤニヤしている。俺は恭也がさっきの電話で何か勘づきやがったと直感した。


「いや、まあ、うん、重要って言えば重要なんだけれども……」

 俺は里香ちゃんの顔を思い浮かべて、ニヤつきが抑えられずにしどろもどろになった。


「遂にハルにも春が来たか? 」

 楽しそうに恭也が笑う。

「何言ってんだ? どう言う事だ? 」

 涼介が俺たちを見比べてポカンとしている。

「とりあえず、すぐ戻るから、あとは頼んだぞ」

 俺は言いながら橋を渡ろうとした。

「コイツ奴を集め終わったら、この後どうしたら良いんだ? 」と涼介が気絶している連中を指差した。


「もう少ししたら歌川さんが到着するだろうから、彼女に判断を仰いでくれ」と告げた。

「またあの大美人を見れるなら、いいか」と涼介の声は弾んでいた。


 俺が橋を渡り歩いている途中で名人の「ハル! 」と大きな呼びかけ声と共に里香ちゃんたち三人の姿が橋の向こうに見えた。


 三人がこちらへ歩く中、やはり里香ちゃんだけが薄っすら仄かに明るく見えた。


 俺は片手を上げて早歩きで三人に合流した。里香ちゃんの顔を見て「何とか無事、解決したよ」と言うと彼女は笑顔で「うん、無事で良かった」と応えてくれた。

 彼女の吐く白い息が俺に張り詰めていた事件終結の安堵感を与えてくれた。


 横から名人が「実は殆ど全部見てたんだよね、そこから」と最初に俺が隠れていた場所を指差した。

 名人が言うには、俺が丘を下りて心配になった三人も直ぐに下りたらしい。

「いつ見ても面白いように人が倒れるよね。圧倒的だよね、圧倒的!! 」名人は興奮気味に話し出した。横で舞ちゃんが苦笑いをしている。


「おーい夏目ぇっ! お前ぇ、来てるんなら、早くこっち手伝ぇーい! 」

 涼介が向こうで叫んでいる。

「面倒くさいけど分かりましたー、今すぐ行きまーす! 」

 名人が大きく返事を叫んだ。

「何だとー!! 」と涼介の怒鳴る声が聴こえる。


「じゃ、仕方ないから、あっちを手伝いに行くよ」

 名人は俺にウインクするとヤレヤレという感じで歩き出した。俺たちに気を遣ってか舞ちゃんも名人に続いた。


 やっと二人きりになったところで、何をどう振る舞えば良いのか分からない。ただ里香ちゃんの顔を見て胸がいっぱいになった。

「せっかく、星も綺麗に観れたのに……こんな事になってしまって……もしよかったら……次は」

 俺は残念な気持ちとを彼女に伝え、なんとか次回のデートの予約を取り付けようとした。

 ひょっとして、もしかして、彼女も同じ気持ちなのではないだろうかという気がした。俺が話し始めてからずっと彼女も何度も俺を見ながら頷いてくれている。彼女も俺の誘いを期待しているのではないだろうか……というのは俺の自惚なのだろうか。イヤ恐らく俺と同じ気持ちだろう……そうであってくれ。

「もし良かったら……」

 俺は、勇気を出し彼女をまっすぐ見つめた。彼女は初めて出会った時のように魅力的だ。

「うん……」

 彼女は綺麗な瞳で俺を見つめる。


「おーーーい、ハルぅ。歌川さんが、ご到着なさったぞー」

 恭也と涼介が大声で俺に呼び掛ける。


 この絶妙に最悪なタイミングに俺は目を瞑って天を仰いだ。

「チッ、今日は全て邪魔される日なのか? 」

 軽く舌打ちをして溜息を吐いた後「おおっ、今行く!! 」と半分怒鳴るように叫んだ。


「えーと、先輩社員にちょっと事情を説明しに行ってくるよ。里香ちゃんは、ゆっくり歩いてき来て、舞ちゃんと待っていてよ」

 俺は言い終えると走り出した。


 実際のところ、そこまで腹立たしくは思ってはいない。寧ろ気分は良かった。事件は解決したのだから。

 今から歌川さんに事の顛末を報告して、小泉 美咲から犯行の動機と詳細を自白させれば終わりである。その後、里香ちゃんを送って行き、今度の約束を取り付ければ良い。そして明後日にでも会長に事件解決を報告すれば、交渉次第では晴れて正社員にしてもらえるかもしれない。イヤ、解決したのだからきっと正社員になれるだろう。元々そう言う話はなかったのだけれども。無理そうなら、そうなるように、土下座に近いお願いをするつもりである。


 今後の明るい展望を思い浮かべながら俺は気分上々で歌川さんの元へ向かった。


 走りながら橋の向こうを見ると、正面の空き地に灯りの下、恭也と涼介そして見目麗しい歌川さんがこちらを見て立っている。


 橋の右手には恭也の車の奥に道を塞ぐように社用車が停車している。左方面には車数台と数人を立たせたままである。念のため左方面からやって来る車に、寝かせている人間たちを轢かせないためだろう。


 歌川さんの表情は別段いつもと変わらない。だが彼女にしてはかなり困惑した様子なのは俺には分かる。

「すいません、歌川さんを待つべきだったんですが……」

 俺は駆け寄って話し出した。言葉とは裏腹に大手柄を挙げた俺は意気揚々としていた。思えばこの時、俺は浮かれすぎて、油断しすぎて、気を抜きすぎていた。


 事件が解決したことから、気分に余裕を持って歌川さんに説明を始めた。瞬間、俺たちの左側からけたたましく車のエンジン音が響いた。


 全員が何事かと音の鳴り響く方を見た。


「チッ、バカが逃げ出すつもりか? 」

 恭也が舌打ちをした。


 車は乱暴な運転で他の車に当たりながら方向転換している。


 スッカリ油断して呆れるほど気を抜きまくっていた俺は、誰かがコッソリと車に乗り込み逃げ出すつもりなのだろうなんていう考えになかなか至らなかったのだ。


 ただその考えが浮かんでからの次の思考までは、何時も間抜けな俺にしては電撃的に速かった。


 橋の左手には何人かと車が道を塞いでいる。橋の右手の道は恭也と歌川さんの車で塞がっている。

 そうなると必然的に橋を渡って逃げる選択肢しかないだろう……目まぐるしく考える中、橋の半ばにはまだ里香ちゃんの姿が、俺の目に映った。


 全員が荒々しい車の動きに釘付けになる中、俺は里香ちゃんを目指してダッシュした。


 橋の袂に着いた時、乱暴な運転の車は俺の目の前まで迫っていた。


 ただ幸運にも急左折をするため少しスピードを落としたので、危うく轢かれそうになりながらも俺が先に橋を渡り出すことが出来たのだが。


 俺の決断が少しでも遅れていたらと思うとゾッとする。


「キキーッ!! 」と言う音高なブレーキの異音で驚いた里香ちゃんは橋の半ばで動かなくなった。


 背後から猛スピードの車に追いかけなられながらも俺は死に物狂いで橋を走った。猛スピードで迫り来る車を避けるのは不可能だ。俺は恐怖で立ち尽くす里香ちゃんの手を取りそのまま橋の下の浅川へ飛び込むつもりだ。骨折くらいはするかもしれないが、轢かれるよりもマシだろう。


 だがそんな時間などもう無かった。

 みんなの俺を心配する叫び声が聴こえた。

 今はもう後ろを振り返る時間はない。

 目の前の里香ちゃんの絶望的な表情で今の状況は理解出来た。


 俺は駆け寄りながら、止まらずそのまま里香ちゃんを庇うように抱きしめた。俺が抱きしめる瞬間、彼女は「あっ」と小さな声を漏らした。


 一瞬の出来事だった。


 大きな鈍い音と共に車は、俺と俺の抱える里香ちゃんを高く跳ね飛ばした。


 打ち上げられた俺たちの時間は止まったようにゆっくりと流れ、宙に飛ばされながら俺は考えた。


 あんなに猛スピードで跳ねられたのに全く痛みを感じない。


 師匠が訓練次第で一日に使える業の時間や回数が増えると言っていたが……ありがたいことに、たった今この瞬間、業が発動したようだ。


 そして時間はゆっくり進む。


 落下した時に彼女の頭や身体が地面に衝突しないように俺は空中で態勢を入れ替えて彼女の身体全体を包み込むように強く抱きしめた。


 人は死ぬ瞬間、その間際、走馬灯やスローモーションの光景を見ると言われているが、今まさにそれっぽいのが気にはなるのだが……。


 結局、暴走車は里香ちゃんを狙ったのか、俺を狙ったのか……それとも逃げ道を塞いだ形になった俺達が邪魔だっただけなのかは分からない。


 思えば今日は最初から最後まで踏んだり蹴ったりだった。自分自身に今日はツイていると言い聞かせてはいたが……。


 里香ちゃんを助ける事が出来たということだけが今日の唯一の幸運であった。


 そんな事を考えているうちに、だんだんと身体は下へと落下しだした。相変わらず時間はゆっくり進む。かなり遠くの距離を飛んだ気がする。夜空の星が綺麗だった。


 俺は地面に落下する前に、彼女の頭を庇うように抱え込んだ。地面に背中で着地をして、そして次に頭を打った……気がする。


 かなりの衝撃と激痛が身体中に走った。車に撥ね飛ばされる時が最後、地面に落とされる時はもう業は発動しなかったのだろう。


 冬の夜、空は深い群青色に包まれている。空の色が段々と暗くなっていった。目が見えなくなったのかと思うくらい辺りが真っ黒になった。


 遠くでみんなの声が聴こえる。イヤ、遠いのか近いのかさえも解らない。


 今はもう里香ちゃんを抱きしめている感覚しか残ってはいない。


 身体が怠く思うように動かない。ひどく疲れたようだ。

 目を開けていることさえ辛くなったので俺はちょっとだけ、ほんの一瞬、目を閉じた。


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