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丘を越えたり、下ったり(仮)  作者: ムギオオ
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橋の袂 2


 リーダーの顔がしっかり見える距離まで近づくと、予想した通りやはりリーダーの女は南風美術大学の女王、小泉 美咲であった。

 帽子をかぶってはいたが、全ての車のライトが点灯したままなのでしっかりと顔を確認することが出来た。


 彼女の右隣にはボサボサ頭の、名前は覚えていないが大和大学内で一度紹介してもらった事がある。小泉美咲の横に座っていた南風美術大の学生である。そして左隣に立っているの人物は、この前義妹に頼まれて助けてやった大和大の学生、結城 明である。


 彼は俺と目が合うとバツが悪そうに項垂れた。何か言おうとしたが余計なことしか思いつかなかったので止めておいた。


 代わりに小泉 美咲を揶揄う事にした。

「おいおいおい、なんだよ、おいぃぃ。ひょっとして、もしかして、あなたは南風美術大学の女王、小泉 美咲さんじゃないですか? 」

 俺は目の前の小泉を揶揄う様に大袈裟に尋ねた。


「はぁ? えっ? はぁ? 何言ってるのよ? 誰よそれ? はぁ? 」

 小泉 美咲は慌てた声で返事をして帽子を更に目深に被った。稀に見る漫画のような狼狽えっぷりが中々面白かった。


「今さら惚けるなよ。そこで倒れている奴等、神奈関の空手部員達だろ」

 俺は橋の灯りの下で気を失っている奴等を顎で指した。


 たった今、気絶させていった空手部の集団の中に大和大学のキャンパスで喋った主将もいた。もう名前は忘れてしまったのだが……。


 残っているのは俺に恐れをなして何も出来ない空手部の残りの部員たちと美大生だろう。連中は女王と俺を遠巻きに見ているだけだった。


 俺はこれで安全圏に入ったと確信し、少し気を緩めた。


 よく考えれば洞窟の壁画に細工されていた時点で、大体の予想は出来た筈だったのだ。俺は、なんて間抜けなのだろう。


 南風美術大学の生徒たちの間で丘の壁画が希望を叶えると噂になっていた。その事は女王、小泉 美咲からも聞いた。

 鳳村の壁画情報のチラシはデザインが感心するほど良く出来ていた。美大生が誰かが作ったからであろう。

 壁画の上に重ねるように、本物のような精巧な壁を作る技術は美大生たちが関与している事を証明している。

 確か名人たちが、夏に大和大学と南風美術大学と神奈関大学は三つの大学合同で交流会をやったと言っていた。先程の奴等は神奈関大学の空手部に違いないだろう。だから以前俺に殴られた部員たちが、俺の事を覚えていたのだろう。


 そして伝説の武人を名人に紹介したのも小泉 美咲だったはずである。その試合結果を知った上で俺を警戒したのだろう。

 ここまでわかったが俺には彼等の動機が全く検討もつかない。


「壁画が盗まれたように細工したのはどうしてだ? 」

 俺は三人をゆっくり見回し、高圧的に訊ねた。


 防波堤の無くなった二人の男はシュンと項垂れているが、逆に女王は凛として爛々と眼を光らせ俺を睨んでいるだけで、やはり誰も答えようとする様子はない。


 俺の予想では大方みんなでこんなにも充実した生き方をしているとか、昔はこんな馬鹿なことをしたもんだとか武勇伝を語りたいが為の思い出作りの為だろう。


 こんな奴等にこんなくだらない事で、俺の貴重な時間を、唯一の告白のチャンスを潰されたかと思うと怒りが沸々と沸き上がってきた。


「ただの頭の良い連中とは一味違いますよ、俺たちはこんなに頭の良い大学に通ってるのに愉快な仲間たちと陽気にハジけてますよってか? ん? それともあの壁こそがアートですってか? イキりやがって殺すぞっ、ボケがっ!! 」

 俺は里香ちゃんとのデートを邪魔された全ての原因をコイツらのせいにして、ありったけの怒りをぶち撒け三人を怒鳴りつけた。


「何も知らないくせに勝手な事言わないでよっ! アンタこそ殺すわよっ!!! 」

 女王のドスの効いた怒声が響き渡り、俺を怯ませた。


「ええっ? だから、理由を訊いただろ? ソッチが答えなかったんじゃないか! アンタ頭おかしいのか? 」

 俺も負けじと言い返してはみたが、完全に彼女の気迫に気圧されていた。


「何でアンタに話さなきゃ何ないのよ!! 死ね! 今日中にっ! 」

 本性を現したのかこの女、流石に口が悪過ぎるだろ。


 俺はこれ以上は進展は見込めないと諦めた。

「まあ、これで完全にお前ら全員の人生は終わったな。折角大和大学に合格したのに警察に捕まり犯罪グループの一員としてエリート集団から除外されるってわけだ。新聞にデカデカと記事が載った後、大学も退学になるだろうな。栄光の経歴に傷が付くわけだ、こんな下らないコトしたばっかりにな」

 俺は残りの連中を追い込み脅す為に大袈裟に携帯を取り出し弄りだした。これで反省してくれれば良いのだが。実際には警察に連絡せずに歌川さんに連絡を入れようとしたのだが。


 突然女王は悲鳴に近い声を張り上げた。


「きゃあっ!! ちょっと、何すんのよ、離してよ! 」

「全員動くなよ! お、俺は関係ないんだよ! お前のせいで、クソっ!! 」

 一瞬、目を離した隙に目出し帽を被った男が女王を後ろから羽交締めにして刃物のようなものを彼女の首筋に押し当てている。

 突然の出来事に女王の両脇の役立たずの二人は慄き硬直している。


 男は彼女の帽子を左手で払い除け、顎を上げて刃物から逃れようとする女王の腕を掴み直した。

「ちょっと、痛いっ! 離してよっ! 」

 女王が叫ぶ。

「さ、騒ぐな! だ、黙れよっ! 全員、動くなよ! 殺すぞっ!! こんな事になったのは全部お前のせいだからな! 」

 男は女王の首筋に刃物を更にグイっと押し当てると甲高い声を張り上げた。男の本気度が伝わったのか女王は抵抗を止めた。


 俺は自分の眼を疑った。コイツは俺に全く関係のない自分達の代表が、人質になるとでも思ったのだろうか? ひょつとして女王もコイツと組んで芝居でもしているのだろうか? イヤ流石にそれは無いだろう。

 何にしても俺としては、俺の行動によって目の前の人間が危ない目に遭わされるのは不本意である。

 例えその人間が俺とは無関係であってもだ。

 そういう訳でコイツの不可解な行動も納得はいかないが、俺には有効な手段ではある。


 しかしこのまま動かず、黙っていても埒が開かない。

「お前さあ、そんなのが通じると思うのか? その女が俺にとって大事なわけ無いだろう、まったく……」

 俺は呆れた態度を取りながらも、動けなかった。

「うるさい! うるさい!! うるさいっ!!! 黙れよ!!! 」

 パニック状態の男は大声で喚き散らす。

「ヤケクソかよ、お前」

「黙れって言ってるだろ! 本当にコイツを殺すぞ!! 」

「助けて……」

 女王は懇願する様に俺を見た。

「あ、ウソ、ウソ、ウソ、分かった、分かった。動かないからソイツを殺さないでくれ、な? 」

 兎に角、人質の女王を傷つけられないように俺は必死で男を宥め賺した。


「俺は警察に捕まって人生を棒に振るわけにはいかないんだ。こんな女の為に」

「もちろん、そうだ。うん、俺もそう思うよ。俺は、まだ警察に電話なんてしてないぞ。イヤ、する気もない、ホントに。だから安心してくれ。軽い冗談だったんだけどなぁー、ハハハ。本気にしちゃった? 」

 俺はありったけの笑顔で戯けて見せたがどうやら逆効果だったようだ。

「ちきしょう、馬鹿にしやがって」

 男は後ろから左手を女王の首に巻き付け、ヘッドロックのようにすると更に力を込めた。刃物を持つ右手は相変わらずで彼女の顔辺りを狙って構えている。


「ライト消せ! 車のライトを消せ! 早く消せよ! 早くしろ! 」

 男はヒステリックに甲高く叫んだ。


 周りの連中も慌ててライトを消すと、辺りは近くの外灯だけでまた薄暗くなった。


 俺は学生たちを追い込んだ事を後悔した。馬鹿な事をせずに、歌川さんを待ってから学生連中を淡々と処理していればこんな事にならなかったのに……。柔道部と空手部の連中を倒して、完全に油断していたのだ。俺が余計な事を言ったばかりに、このまま小泉 美咲が傷でも負わされたら、目も当てられない。


「……で、次はどうしたら良いんだ? 」

 俺が訊くと男は少し落ち着きを取り戻した様子で答えた。

「……俺が良いと言うまで動くなよ」

 男はジリジリと俺との距離をとりだした。


 暗闇に紛れて自分だけ逃げようってのか? 誰かが捕まった時点で、自分の身元もバレるのは分かりきっているはずなのに……。


 そう考えるとこのままコイツを黙って行かせても問題なさそうではあるが……小泉 美咲に危害を加える恐れがある。

「待ってくれ。お前の事は追わないから彼女は置いて行ってくれないか? 」

 俺は、男を怒らせないように下から頼んだ。


「駄目だ。何もかもコイツが元凶なんだ。だからコイツだけは絶対に許さない」


「お前、さっきから何言ってんだ? 小泉さんがリーダーであったとして、一緒について来たのはお前だろ? お前も楽しそうだと思って嬉しそうにノコノコついてきたんだろ? いい加減にしとけよ」

 と言いたいのを我慢して押し殺した。兎に角興奮状態のコイツをなんとかしないことにはと考えていると、背後の方から車の音が聞こえた。


 車のヘッドライトが俺たちをハイビームで眩しく照らす。

 車は橋の付近で急停車した。エンジンをかけっぱなしで、中から恭也が飛び出しコチラに向かって走って来た。遅れて涼介と早織も車から降りる。


「ちょ、ちょ、ちょどういう状況だよ、コレ!? 」

 人質に取られる小泉 美咲を見て驚きの声を上げる涼介。

「今、ちょうどクライマックスだっ! 」

 俺は涼介に叫ぶと同時に男に向かって走り出した。


 恭也たちの乱入で慌てた男は、小泉 美咲を俺の方に突き飛ばして逃げ出した。

 俺は、よろけて倒れそうになる彼女を抱えながら逃げ去る男を確認すると、恭也が既に男を地面に押さえ込んでいた。

 瞬時に状況を判断して素早く行動するとは、流石は恭也、何時も頼りなる男、何時でも頼もしき色男。


「コイツが持ってたのパテだぞ」

 恭也は男の持っていた凶器を取り上げると、俺を見てハリウッドスターのような輝く笑みを漏らした。

 俺も笑みを返して「お前、カッコよすぎだろ」と正直な気持ちを漏らした。

 映画ならここで恭也とハイタッチの一つでもするのだろうが止めておいた。


「ところで、パテって何だ? 」俺が訊くと「後で調べとけ」と恭也は言いながら、捉えた男を無理矢理引き起こし、男の鳩尾に重そうな一撃を入れた。

 男は一瞬宙に浮くほど飛び上がって、一言呻くとガクガク痙攣しながら膝から崩れ落ちた。


 恭也が乱暴に男の目出し帽を剥ぎ取った。苦悶の表情を浮かべる男の間抜け顔は……俺の全く見覚えの無い奴だった。


「この間抜けが!! 」

 男の顔を思いっ切り踏んづけてやりたい衝動に駆られたが、既に恭也の鉄槌を喰らっているので止めておいてやった。



「ハル、これ、全部お前がやったのか? 」

 涼介が周りにで倒れている連中を見回して訊いた。

 俺が曖昧に答えると涼介が「お前っ、お前はいったい……ハァ。俺がお前なら、とっくに何かのチャンピオンになってるぞ」と呆れたように言った。

「アンタ一人でよくもこれだけの……まあ、良いけど」

 何時の間にか隣にいる早織も呆れたように溜息を吐いた。


 震える女王に「もう大丈夫だ」と声を掛けて、あとは早織に任した。早織が女王を慰めている間、俺たちは気絶している連中を集めて、並べて寝かして置くことにした。

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