表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
丘を越えたり、下ったり(仮)  作者: ムギオオ
92/101

急展開

 まさか三つ目の壁画までも盗まれているんじゃないだろうな……と少し不安になりながらも、四人で土階段を降りるとそこに三つ目の壁画は存在した。

 名人たちの感心する声を聴きながらランタンの灯りに照らされた洞窟内は随分暖かく感じた。


 三人はランタンで壁画を照らしながらお互い熱心に感想を語っている。

 俺は会長から教えてもらった壁画の意味は平和と秩序だと三人に説明した。全員が思いの他、俺の話に興味を持って聞いていた。


 残りの二つは盗難にあった事を告げると名人と舞ちゃんは非常に残念がり悔しがった。

 と同時にこんな大きな物をどうやって盗んだのかと驚いていた。


 盗まれた後の壁がどの様になっているのか是非に見たいと名人は言った。最初からそのつもりだった俺は次の壁画へと案内する事にした。


 最近盗まれた壁画洞窟に入ると、綺麗に抉り盗られた壁が現れた。


 三人とも呆然とした様子で抉り取られた壁画跡を眺めている。三人が三人とも壁画が描かれていたであろう壁を黙ったまま口を開けて見つめている。

 俺も初めて見た時、どうやって大きな壁画を持って行ったのだろうと不思議に思ったものだ。


 名人はどういった壁画が描かれていたのかを知りたがったが、俺が「正直あまり覚えていない」と言うと、「なんだよー、まったく、役に立たないなー」と毒づいた。

 コイツはどうしても俺を怒らせたいのだろうか?

 遂に俺の怒りの鉄拳を喰らわせる時が来たかと考えていると不意に里香ちゃんが声を上げた。


「ねえ、ここのところ少し変じゃない? 」

 里香ちゃんが怪訝な表情で壁の隅を指差している。

 訝しげな表情を浮かべる彼女も可愛いなと思ったが、今はそれどころではない。

 全員で彼女の示す場所を注意深く見ると、壁画の削り取られた跡からではなく、壁の一番隅っこから僅かながらビニールの端みたいな物がはみ出しているのが見えた。


 俺が代表してビニールを引っ張ると、それは壁に挟まっているようで中々抜けなかった。

 壁画もない事だし思い切って捲り上げるようにビニールを引っ張ると、壁が剥がれ出した。


 更に勢い良くそれを捲り上げると、その場にいる全員の響めきと共に壁の四分の一程が崩れ落ちた。


 ビニールシートの下からはなんと、盗まれたはずの壁画が現れたのだ。


 俺は何も言葉を発することが出来なかった。

 会社を挙げて探し回っていた壁画が、実は盗まれておらずに元の場所から全く動いていなかったという現実に、ただただ驚き戸惑った。


 全員息を呑み静まり返る中、俺は確認するように里香ちゃん、名人、舞ちゃんと順番に眼を合わせて頷いていく。


 それから全員で大きなビニールシートを慎重に捲り上げ、紙粘土の壁を取り除き壁画全体を救い出した。

 壁画の全貌が現れ、描かれた絵を見て俺は、ようやく思い出した。それは豊穣と繁栄の壁画だったと。


 しかし俺と歌川さんの二人は一体何を調査していたのか。俺たち二人の節穴っぷりを恥ずかしく思う。


「どうしてこんな事を……」

 恐らく今ここにいる全員の思いを、名人は口に出した。


 同時に堰を切ったように各々好き勝手に今の状況について話し出した。

 俺は全員の話を一旦無視してある考えに集中した。


 犯人は壁画の上にビニールシートを貼りその上から紙粘土のような物で、いかにも壁画が削り取られた跡のように精巧に壁を作っていたようだ。


 石田会長以下全員まんまと壁画は盗まれたものだと騙されていた訳だが……。犯人グループは、どのようにしてかは分からないが、かなりの精巧な技術を要する作業を一日で、イヤ数時間で仕上げた事になる。


 奴等は一旦壁画を隠しほとぼりが覚めてからゆっくりと盗みに来るつもりだったのだろうか? それにしては、おかしな部分が幾つかある。


 考えれば考えるほど、頭の片隅で何か見落としているような、何かが引っ掛かるのだが……馬鹿な俺の頭ではどうしても絞り出せない。


「おーい、ハルー、大丈夫かー? 」

 痺れを切らした名人が、考えに集中する俺の目の前で手を振っている。里香ちゃんと舞ちゃんはジッと待ってくれていたようだ。


 今は犯人の事を考える事より俺には一刻も早く確かめなければならない事がある。俺の願いを込めた壁画も、すぐ下の丘の洞窟内にそのまま存在しているのかどうか。


「ごめんごめん、悪いけど今すぐ下の壁画の洞窟に行ってもいいかな? 」俺が少し焦りながら訊ねると、全員が「早く行こうよ」と逆に俺を急かした。


 高鳴る胸の鼓動を抑え、全ての始まりの洞窟へ足速に向かい、削り取られた壁画跡を注意深く見た。やはり壁が精巧に偽装されていた。紙粘土のような物で作られた壁は柔らかく、少し強く押してみると凹んだ。俺は一度天を仰いで、高鳴る気持ちを落ち着け、それから里香ちゃんたちの顔を見て頷いた。

 全員で偽の壁を取り除き、俺にとっての希望の壁画との何ヶ月かぶりの感動の対面を果たした。


 俺は嬉しさで笑みを溢しながらマジマジと壁画を眺め続け、三人にハグをしたいくらいに気持ちが昂った。

「ありがとうっ!!! 」

 誰にともなく自然と感謝の言葉を発した。

 もし俺がハリウッドスターなら喜びと感謝の意を込め一人一人に強めの握手をして回っただろう。

 それぐらい嬉しかった。そして一刻も早くこの事を歌川さんに知らせなければならないのだが……。

 もうじき彼女はここへやって来るのだから、丘を降りてわざわざ電話しなくとも良いだろう。


 里香ちゃんのお手柄により壁画を発見したのだから、よもや歌川さんも俺たちが遊び半分にここにやって来たとは言わないだろう。


 これで彼女たちと一緒にいる事を咎められずに済む。なんて素晴らしい展開なんだ! 俺は歌川さんがやって来てから色々と苦しい言い訳をするのが面倒だなと思っていたのだ。


 特大級のカタルシスを感じた俺は全員を促し土階段を上がると「イヤ、やっぱ寒いねー、ハハハハ」と我慢できずに大笑いした。

 みんなが俺の気持ちを察してか「良かったねぇー」と一緒になって笑ってくれたのがさらに嬉しかった。

 里香ちゃんの笑顔は格別可愛かった。急に名人と舞ちゃんの事を邪魔に感じた。彼らも俺と一緒に壁画を発見した事を喜んでくれたのだけれども……。


 今ならこの勢いのまま全てが上手く行きそうな気がするのだが、この二人がいては告白などとても出来る状況ではない。透き通った空気と星空の下、告白するなら絶好のチャンスなのだが……。


 ふと、鳳駅の方を見下ろすと、ヘッドライトを発しながら数台の車が駅の方に向かって来るのが見えた。

 。

 恭也たちと歌川さんが同時にやって来たのだろう、もうそろそろお開きの時間である……と思ったが、それにしては車の数が多過ぎる。

 併せて計六台である。こんな所で、こんな時間にこの数の車は異常な光景である。


 俺は直ぐに犯人グループに間違いないと確信した。同時に緊張感が身体に走った。


 犯人が近日中にやって来るだろうと言う予測していた歌川さんの考えは不幸にもズバリ的中した。


 今から犯人グループ達が丘を上がって来るだろうが、俺たちが彼等と鉢合わせるのは危険である。

「よりによって今日かよっ! 」

 俺は苛立った声を出した。


 里香ちゃんたち三人も不穏な空気を察したのかジッと不安そうに駅付近を見つめている。


 この三人がいては足手纏いになると考えた俺は不安そうな彼らに「ちょっと今から麓の駅の方に行ってくるからここで隠れて待っていてくれるかな? 」と柔らかい口調で話した。


 俺は駅の方に向かう車を指差しながら三人に話した。

「あの連中が犯人グループだって事は分かってるよね。今から俺が行って、誰もここまで上がって来れないようにしてくるから、みんなは……」

「一人は危ないんじゃない? 」

 俺の話に割り込むように里香ちゃんが更に不安そうな顔をする。彼女が俺の彼女ならば、ここで抱きしめて落ち着けるのだが……。

「イヤ、俺たちが一緒の方が邪魔になるでしょ」

 名人が里香ちゃんに素早く対応してくれた。


「もし俺が戻ってくるのが遅かったら、隠れながら丘を下りて警察に連絡して欲しいんだけど、まぁそんな事にはならないと思うけど……イヤ絶対にならないようにするよ、うん、ハハハ。じゃあ、また後で! 」

 俺は早口で言い終えるとランタンを手に足速に丘を駆け下りた。


 道は暗くとも何度も何度も歩いた場所だ。


 濃紺色の闇の中、ランタン一つで走り続けながら、動きにくいコートぐらい預ければ良かったなと思った。


 そして次は絶対に俺の方から里香ちゃんをデートに誘おうと心に誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ