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剣闘士  作者: 風柳
5/5

勝負

「今日の午後から、本選第一試合を始めます。受付を行いますので、予選を突破した方はきて下さい」

 先程の係員が紙とペンを持って選手の周りを歩いていた。

 ランスが、私の肩を掴んで、強引に立たせる。

「ほら、受付しに行こうか」

 私はランスの肩を借り、酔っ払いのようにのっそり立ち上がった。


「僕たち二人、予選突破しました。僕が16位で、こっちが19位」

「お名前は?」

 真面目そうな顔をした係員は事務的に聞いてきた。

「僕はランス」

「私……ドレットノートで」

 私の方を振り向いたランスと目が合った。

「何か、本名って嫌じゃない?」




 私とランスは一旦宿屋に戻り、昼食を済ませると係員の誘導に従って試合会場へとやってきた。

 試合場は頑丈そうな石造りで、中々に立派であった。それが昔からあった物なのか、今日の為に用意されたのかは分からないが一日二日で作れるものではないだろう。

「それでは、試合のルールを説明します。まず、相手を殺害または一生治らない傷を負わせるのは反則とします。それ以外なら、剣だけでなく体術の使用も認めます。但し、金的は蹴らないように。倒れている相手に対する直接攻撃は禁止です。以上が原則ですが、わからない事がある方はお近くの係員に聞いて下さい」

 試合場の上に立つ審判が大きな声でルールを説明した。

 周りには選手だけでなくギャラリーも集まっている為か先程よりも人が多かった。一見すると誰が選手か分からないから、妙に緊張してしまう。

「それでは、第一試合の出場選手を発表します!」

 ざわついていた空気が一瞬にして張り詰めた。


「蒼側、ストレイドッ!」

 審判が熱を入れて名前を呼ぶと、なんとあのマントの青年が試合場に上った。相変わらず神妙な顔をしている。

「紅側、ドレッドノートッ!」

 呼ばれた瞬間、思わず飛び跳ねた。震える足を動かしながら私は一生懸命に試合場へ上がった。

 青年と、目が合った。神妙な顔がゆるむ。

「やあ、君か。勇敢ドレッドなるノートね、格好良い名前だね」

「そう? 褒めても手加減はしてあげないけど」

 

「それでは両者、構えっ」

 審判の一声で私はドレッドノートを引き抜く。高い音が心地良く響く。

 青年も剣を抜き、構えた。中段に構えた剣が日の光を浴びて輝いている。

「では……はじめ!」

 

 審判が言い終わるのとほぼ同時に私は鋭く踏み込む。青年は目こそ私を捉えていたがまだ体は動いていない。

 リーチギリギリの位置から私は剣を斜めに振り下ろす。剣が達するよりも早く青年は自分の剣を持ち上げ、防御の構えを取る。

 そんな事はお見通しだ。私は剣同士がぶつかる瞬間に力を抜き、表面を撫でるような動きで剣を横に持っていく。そのまま青年の胴めがけて剣を水平に振る。

 青年は急いで後ろに飛んで剣を交わしたが、ドレッドノートの切っ先は青年のマントに切り傷をつけた。

 青年が体勢を立て直す前に私は再び踏み込む。体の勢いに任せ、突きを放つ。

 青年は剣を斜めに構え、滑らせるようにして突きを受け流した。青年の剣とドレッドノートが擦れあい、鋭い音をたてる。

 青年は体当たりするように私を押し戻し、間合いを取った。

 観客が歓声をあげた。


「やるじゃない」

「君も。恐ろしく速い剣さばきだな」

「まだまだ、これからよ」

 両手で構えていたドレッドノートを右手だけで持ち、すり足で踏み込む。腰をのばねを生かし、青年の顔めがけて剣を水平に振る。青年に防御させ、剣の重さに任せて体を回転させる。

 一回転する直前に右足を浮かせ、上半身を捻る。浮かせた右足を真っ直ぐに伸ばして、青年の太ももに後ろ回し蹴りを決める。

「クッ」

 青年が痛みに顔をしかめた。しかし、青年は私の足が着地する前に肩からぶつかってきた。

 バランスを崩した私は仰向けに倒れた。すかさず青年の剣が私の喉元に突き出される。

「どう?」

「まだよ、倒れた相手への直接攻撃は反則だから、降参しなけりゃ良いんだもの」

 そう言って私は横に転がり、距離を取って立ち上がる。

 今度は青年が踏み込んできた。

 

 私の足めがけて青年は剣を振り下ろす。私は剣を下向きに構え、衝撃に備える。

 しかし、青年の剣は直前で起動を変えて肩の辺りめがけて切り上げてきた。

 私は状態を反らして、剣を避ける。反らした力を利用し、今度は逆に切りかかる。

 青年は私の剣を弾くと剣を右手に持ち、左手を私の首に引っ掛けた。 

「君の真似をしてみよう」唇がそう動いたように見えた。

 腕をほどこうと首を反らそうとすると、青年は左手を離し、今度は逆に右手で私の首を押してきた。同時に青年の足が私の足をすくい、私の体が一瞬中に浮く。

 私は派手に倒る。首こそ守ったものの、背中に強い衝撃が走った。

「案外うまく行ったね」

 私の首に剣を向けながら青年が言った。

「馬鹿にしてんの? 降参ならしないって言ってるでしょ」


 立ち上がると同時に、鋭い突きを放つ。紙一重で青年はそれを交わす。

 突きから斬撃、攻撃から防御へと、剣の役割をころころと変えていく。

 青年はほとんど動く事も無く、それらをほぼ完璧に捌ききる。

 時折青年が返してくる反撃を私は素早く弾き、攻勢を維持する。

 観衆が再び声を上げた。それに応えるように私は攻撃の手数を増やす。風を切るような感触に、私は興奮を覚える。

「凄いな」青年が私の剣を裁きながら呟いた。

「言ってる割には、完璧に捌いてるじゃない?」

「いや、完璧じゃない。後ちょっと気を抜いてたら、僕はもう死んでるよ。ほら、また」

 剣の切っ先が青年のマントに再び小さな傷をつける。青年の体には触れていないからダメージはゼロだが、青年が言うには完璧ではないらしい。


 青年の剣が私の剣を下方向に弾く。私が剣を再び持ち上げる前に、青年の剣の柄がハンマーのように私の腕に打ち下ろされた。

「ぅぐっ!」

 青年が剣を振り上げるのを見て、痛みを堪えて私は剣を持ち上げる。

「ぁっ……ああ」

 剣を両手で持ち上げて、がら空きになった腹に青年の左の拳が食い込んだ。硬い拳は鋭く、正確に鳩尾みぞおちを捉えていた。

 思わず息が詰まるような衝撃を受け、私は一瞬動きを止める。息を止めたまま、私は剣を振る。今度はしっかり腹を守る為、両手を胴の前に構える。

 青年はそれを見越したように、私の左の脇腹(肝臓の辺りだろうか)に強烈な突きを繰り出す。

 今度は声も出せないほどの痛みで、私は思わず片膝をついた。

「そろそろ、やめないか?」

 最早、剣を向けることもせずに青年は訊いて来た。

「……こうさん、なんか……しないって、言ってるでしょ!」 

 膝をばねのように使い、勢い良く立ち上がる。立ち上がり、剣を持ち上げるよりも前に青年は私の足を払う。

 力が抜けていた私は、またもや仰向けに倒される。今度は青年も剣を向けた。


「もういいから、諦めろっ」

 試合場の外からランスの声が聞こえた。

「負ける訳には、行かないのよ」

 私は両手をついて、のっそりと立ち上がった。立ち上がる間、青年は攻撃を加えなかった。

 青年は呆れた様にため息をついた。

「怪我をさせたくないんだよ。負けを認めてくれないか?」

「うるさいっ」

 当たれば重傷は避けられないような速さで剣を振り下ろす。青年はそれをあっさりと見切り、私に体当たりを喰らわせた。

 一見すると軽そうな体当たりで私は後ろに吹っ飛び、尻餅をついた。

「確か、魔法はルール違反じゃなかったですよね」

 青年はそう呟き、私に左手を向けた。その手が青白く光っていた。

「閃光よ!」

 青年がそう言ったのを最後に、私の意識は闇に飲まれた。






 ぼんやり、目を開けるとしみのある天井が目に入った。次に、私の顔を覗きこんでいる顔を二つ見つけた。片方はランスで(泣きそうな顔だ)、もう片方はあの青年(申し訳なさそうな顔をしている)だった。

「試合、どうなったの?」

 ランスが抱きついてきたり、何か言う前に私は訊いた。

「お前が気絶したんだから、負けだよ。それより、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。どこも痛くない。優勝賞金、取れなかったよ。母さんに謝らなきゃ」

 青年がばつの悪そうな顔で私の方を見た。

「ごめんなさい。僕も、つい本気になっちゃって」

 青年が頭を下げるのを見て、私は声を上げて笑った。

「いいよ、気にしないで。私も勝てる気しなかったし。そっかー、負けたんだ、私」

「あれだけ負けたくないって言ってた割りに、あっさりしてるね」

 青年は、人のよさそうな笑みを浮かべた。

「負けたって言っても、あれだけ気持ちよく戦えたんだから文句無いわ。でも……お父さんとの約束、破っちゃったな」

 不思議そうな顔をする男二人に、私は簡単に説明してやる事にした。

「お父さんにね、初めて剣を教えてもらった日……本当はお父さんは教える気はなかったみたいだけど、私がお願いしたの。それでね、私もいつかお父さんみたいに強くなるって、その日に約束したの」

 青年は少し考えた後、口を開いた。

「でも、君はもう充分強いじゃないか。お父さんがどのくらいに強かったのかは知らないけど、お父さんも認めてくれるんじゃないか?」

 私はまっすぐに青年の瞳を見据える。蒼く、綺麗な瞳だった。

「でも、私は貴方に負けちゃったんだから、貴方よりも弱いでしょう?」

 私が言うと青年はにっこり笑った。

「なんだ、そんな事か……いや、ごめん。君は僕よりも多分、いや絶対強くなれるよ。だって、君はこれからも努力を続けるだろう?」

 そこで一度言葉を区切り、青年は続けた。

「僕のお師匠さんが言ってたんだけどね、『世界で一番負けた奴が、世界で一番強くなれるんだ』ってね」

 その言葉を聞いて、私は頬が熱くなるのを感じた。


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