元夫の部下もストーカー
「どどどどうしよう。」
「帰ればいいじゃねぇか。」
「いや、でもお弁当!」
「我々が責任を持って渡して置きます。」
食い下がる私に、再度大公を指差したビャクは、首を掻っ切られるジェスチャーをして見せた。
縁起でもないこと言うんじゃありません。
しかし、そんな私を他所に大公はどんどんこちらに向かって歩いている。
「帰ります!あとはよろしく!」
慌てて席を立って、入り口まで一目散に走っていく。
しかし、遂に面と向かってやって来るとは、いよいよ私を政敵として罰しに来たのかしら……。
何の罪もないのに、刑を課せられるのはごめんなのだけど。
王妃や両親との関わりなしで、クリーンにやっているのだ。
流石にここまで疑われていると思うと、こちらも何か対策を練らなければならない。
「あ、今朝のお姉さん!」
一心不乱に走り続けていた所、人懐っこい笑みを浮かべた少年が行く手を阻んだ。
「すみません。遅くなっちゃって……。」
「いいのいいの!お弁当、観覧席に置いてあるから、私の友人から受け取って!」
「なんか急いでます?」
駆け足のポーズで止まった私に、不思議そうに首を傾げる少年。
そりゃもう、風の如く急いでます。
「急用が出来ちゃって。」
「そうなんですか。」
「私、この街のアインズカフェで、働いてるの。よかったら暇な日に寄ってよ。サービスするから。」
しゃんとして、犬の尻尾を下げたようにしょげていた少年は、私の言葉でまるでパァッと明るくなった。
ぜひぜひと、見えない尻尾を振る彼は私の手を握って、ぶんぶんと振っている。
本当に人懐っこい子だなと思いながら微笑み返すと、少年の顔が曇ると同時に、背後から影が落ちて来た。
「ブフッ!」
「え?」
私の背後から伸びた手は、少年を優に殴り飛ばし、もう片方の手は私の腰に巻きついていた。
そうだった、追いかけっこでこの人に勝てたことなかった。
恐る恐る振り返れば、深い傷口を携えた目が私を見下ろし、硬く閉ざされた口は、私の弁解を許可する言葉を言うつもりはないらしい。
せっかく逃してもらったのに捕まるとは、なんたる体たらくだろう。
バッチリと会ってしまった大公の瞳は、あいも変わらず何を考えているかわからない。
ゆっくりと大公が腰を屈めるのがわかって、予測の不能さに思わず目を閉じた。
「 」
大公が、一瞬何かを囁いた様な気がしたが、唇に触れた何かのせいで聞き取ることをやめてしまった。
腰に回った手は更に下に降りていき、少年を殴った手は私の胸の下に巻きついていた。
これは……武器を所持していないか確認されている?
だが、ハハッ、口内まで確認する必要はあります?
脳裏に、死刑という言葉が浮かんだが、それを考慮するよりも早く、私の手が大公の顎に入っていた。