元夫の部下もストーカー
それは偶然の出来事だった。
朝、日課のジョギングに勤しんでいた私は、誰かが私をつけていることに気がついた。
朝の弱いビャクとアダムを起こすわけにいかず、ハジメも在庫の確認などのため、いつも一人で行動していた。
それが迂闊だった。
どれぐらいつけられているのかわからないが、私がいくら撒こうとしてもしつこくついてくる。
このまま家に帰ってもいいのだが、まだ家が知られていない場合、さらに厄介なことを招くことになる。
昨日仕込んだスコーンと蜂蜜が、家で私を待っているのに……。なんたる不覚。
初めは撒くために速めた足も、もはや全力疾走に近い速さになっている。
よし決めた、次の角を曲がっても付いてくるようなら、このままカフェに直行しよう。すまない私のスコーン達。
酒屋の角をぐるっと方向転換すれば、視界一面に黒い服があった。
「うおぉっ!」
「うわっ!」
人にぶつかったのだと気づいて、慌てて立ち上がろうと手をついた。
「ごめんなさい!前見てなくて、大丈夫ですか?」
「え、いや俺は大丈夫……。」
ハッとした顔で周りを見渡す彼に続いて、私もそれに続いた。
あたり一面に散りばめられた箱には、唐揚げやハンバーグなどお弁当と呼べるおかずが散らばっていた。
「ごめんなさい!これお弁当ですよね。しかもこんなにたくさん……。」
「いいっていいって気にしないで。」
「でも、他にも召し上がる方がいらっしゃるんじゃないですか?」
あ……と、目を点にした彼はすぐに顔を青くした。
きっとよほど怖い相手に届けるはずだったのだろう。
いくら追われてたからと言って、ここではいさようならとはいかない。
後ろを確認して、追っ手が来ていないことを確認する。
「本当にごめんなさい。弁償させてください。」
「いや、これ予約制のお店のものだから、頼んだ分しか売ってもらえないんだ。」
そう言われて、ばら撒かれたお弁当箱を見れば、我がアイン商会切ってのお弁当専門店のマークが……。
確かに、あの店は数量限定が売りの特別店。
それ故の、貴重さと客層をキープしている。
だが、逆に言えば私モモラは、店の前メニューを網羅している。
「大丈夫!頼んだお弁当のメニュー言ってください!きっちり弁償させて戴きます!」
「え、いやでも。」
引き下がろうとする彼に、何度も大丈夫だから任せろと笑って見せれば、折れた彼が分かったよと苦く笑った。
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「で、アンタは何やってんの?」
「お弁当作ってるの。」
「ジョギング中に、お弁当持った人とぶつかったそうだ。」
「何人分持ってたんだよ。」
「100人!」
せっせと100人分おかずを詰める私とアダムとハジメを見たビャクは、歯ブラシを加えながらアホかと悪態を吐いた。
「で、つけてきてた奴はどうなったんですか?」
「さぁ?その男の子と話してたら居なくなってた。」
「グルじゃねぇのか?」
「人を信じられないビャクちゃん可哀想。」
ビャクがお決まりの舌を打つ前に、詰めたお弁当を袋に入れていく。
「食料底を尽きた。」
「しばらくもやし生活だな。」
「!!」
「おい、もやしみたいな顔になってるぞ」
衝撃的事実……。