元夫はストーカー
「店長。」
「何、アダム?」
また来てます。
口パクでそう言って指差した先は、大公様であった。
今日は週末、おそらく休みの彼は朝からここを訪れたのだろう。
休みでも、書斎にこもってやれ書類だなんだと処理していたのに。
いまや、私の監視もすっかり彼の仕事になってしまったらしい。
どうか私がもう何も企んでいないと、早く気付いて欲しい。
「なんでしょうね。この前も買い物に出かけたアンタを追いかけて出て行ったが、ストーカーですかね?」
聞こえるような声で話すビャクの頭をお盆で叩いた。
ストーカーと言う言葉に、アダムが眉を潜めるのを見て、慌てて2人を厨房に押し込んだ。
「おやめなさいって。相手は大公、失礼つかまつったら、首が飛ぶよ!」
「アンタの声の方がデケェよ。」
「ん。」
「私はいいのよ。失礼なのばれてるから。」
武神と呼ばれた大公は、かつて幾人もの国の王族の命を奪った。
その武勇伝で、未だに彼を恐れるものは多い。
もちろん、ただの噂ではなく彼は人の命を奪うのに躊躇はない。
「しかし、こうも毎日来られちゃやりにくくてならん」
「ん、ん。」
「なんでよ、大人しく座ってるだけじゃない。」
「アンタそれマジで言ってんのか?」
なにがよと眉を寄せると、ビャクは付き合ってられんと裏口から出て行ってしまった。
アダムはアダムで、呆れ顔で私を見ている。
「いつも睨んできます。」
「?大公様が?私たちを?」
私の問いかけに首を振ると、アダムはビャク、自分、それから私の後ろの人間を指した。
「なにサボってるんですか?」
「ハジメよ。大公様が、私以外の従業員を睨むらしいんだけど」
私が最後まで聞く前に、ハジメはああとうなずいて見せた。
「確かに睨まれますが、実害がないので。放っておきましょう」
「え、睨まれてるのに?大丈夫なの?」
「はい、あなたがいる限りは」
私が?どうして、と理由を書き出そうとすれば、蜘蛛の子を散らすように2人は離れて行った。
いささか不安ではあるが、ハジメが害がないと言うなら、大丈夫なのだろう。
彼ハジメと、ビャクは私が東の国で出会った用心棒だ。
訳あって東の国を追い出された彼らを、私が引き受けたのだ。
アダムは、西の国の生まれで奴隷とした取引されるところを、私が拾った。
三人とも、特殊な訓練を受けているから、私の身の安全のため雇う形でそばにいてくれている。
離婚と同時に親に見放された私にとっては、彼らは家族も同然である。
「なぁハジメ。今度また新しい商品を作ろうと思うのだけれど」
「予算かかるから、月に一度と約束したでしょう」
「いけずだなハジメ」
私の言葉に何か言いたげにじっとりと私を見て、私に今月の決済書を見せてきた。
そう、私の商会は利益こそ上げているが、そのほとんどを寄付に費やしている。
私達の経済益は街の経済の半分を占めるが、残念ながら給料や、諸々の経費を引くと私にはほぼ利益が回ってこない。
故に溢れんばかりのこの前世の知識は、月に一回のお披露目に限られているのである。