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「……ん。それで、タキガワはどうするの……?」
「……また、このパターン?出来れば勘弁して欲しいんだけど……」
「「「「…………?」」」」
加田屋と桐谷さんと決別した次の日、今度はララさんを初めとした現地民達により、同じ様な質問を受けていた。
あの二人とのゴタゴタがまだスッキリとした解決を見せていない現状で、同じ様なやり取りをするだけの元気はまだ無い為に、あからさまに嫌そうな反応を見せてしまったが、事態が見えていない(恐らくは二人から聞いていないのだろう)彼女らには不思議なモノとして写ったらしく、一様に首をかしげられてしまう。
それらの仕草を可愛らしく思いながらも、取り敢えずは必要な事柄なので問い返して行く。
「……それで、それを聞いてどうするんで?あの二人みたいに、別の連中に乗り換えるかどうかの判断基準にでもするつもりですか?」
「……ん?流石に、番のタキガワでも聞き捨てならない単語が出た気がするけど、取り敢えず聞かなかった事にしておく。
それで、なんで吾がそんな事を聞くのか?だったっけ?
そんなの簡単。向こうに戻るにしろ、こちらに残ってくれるにしろ、取り敢えず確認しておかなきゃならない事が在るから」
「……聞かなきゃならない事……?」
「……ん。吾は回りくどいのは苦手。だから、単刀直入に聞く。
……タキガワ、残りの寿命って、後どれくらい?」
「…………!?」
思わぬ方向からの切り返しに、思わず息を呑んで固まってしまう俺。
……確かに、ララさんには、直接的な表現にて言及された事は無かったものの、それでも俺の残りの寿命について感付いている風ではあったし、取り敢えずそう言う事を匂わせる様な会話も在った為に黙っている様にお願いした事は在ったが、よもやこうして直接的に問い質して来るとは思っておらず、些か処では無い位に表情や仕草に動揺が現れてしまう。
しかし、伊達に命のやり取りが充満した汚泥の中を這い回る戦場を経験してはおらず、その動揺も僅かな時間にて無理矢理治める事に成功し、未だに心はざわついた状態でありながらも、俺の意思とは裏腹に半ば自動的にこれまでの習性で、他の面子の様子を観察して情報を集めようとしてしまう。
半ば強迫観念染みた動作と命懸けで習得させられた特技に、内心での自己嫌悪が加速するが、そうして観察した結果として推論では在るがとある結論が導き出された。
「……まさか、話したんですか?皆に……?
話さないと結んだ約束は、一体どうしたんですか!?」
そう、仮にも恋人と言う事になっている相手が、もうそこまで長くは無い、と言わんばかりの話題を出されているにも関わらず、それを平然と聞いていられると言う事は、つまりは事前に聞いていたのか、もしくは既にそこまで興味を持っていないのか、の二択となると言っても良いだろう。
そして、こうして集まってきていると言う事は、実質的に一択に、事前に聞かされていた、と言う事に絞られる。
……そして、それを知っているのは、俺の知る限りでは口止めを約束していたララさんを於いて他にはいない。
と言う事はつまり、彼女が皆に広めた、と言うに他ならない。
「……ん。確かに、約束はした。それに、吾が広めた訳じゃない」
「じゃあ、誰が広めたと!?他に、誰が知っていたって言うんですか!?」
「……すみません、タキガワ様。どうやら、ララとタキガワ様とがお話されていた時に、侍女の一人が立ち聞きをしてしまっていたらしく、私の処まで話が上がって来たのです。
ですので、どうか誤解から彼女を責めないで上げては下さいませんか……?」
知らせるつもりの無かった秘事を広められたと勘違いした俺が激昂しかけるが、そこに来ていた面子の中の一人であったレティシア王女が割って入って来た。
その言葉には嘘は無さそうな様子であり、それが本当なのか?と言う意味合いにてララさんへと視線で問い掛けると、取り敢えずは否定していなかったので恐らくは本当なのだろう。
そう判断した俺は、一旦瞼を下ろして深呼吸を一つして無理矢理激昂しつつあった内心を再度制御し、先程とは別の意味合いにて落ち着けてから再び口を開く。
「…………取り敢えず、嘘は無さそうですが、そんな事を聞いてどうするつもりですか?」
「……ん。必要な事。だから聞いてる。正直に答えてくれると助かる」
「……私からもお願いします。どうか、正直にお答え下さいませんか?」
「おう、あたしからも頼むよ。だから、嘘は言わずに正直に答えてくれよ。な?」
「……ウチとしても、こんな事は聞きたくは無いんだよ。だから、どうか答えてはくれないかい?」
「………………残り、半年、と言った処かと思われます」
「「「「……!?」」」」
いきなり投げ掛けられたカミングアウトだったからか、もしくは告げられた残りの時間が予想外に短かったからか、女性陣が一様に息を呑む。
中には、実は嘘でした、と俺が言い出すのを期待する視線を送ってくる者もいたが、多少は前後するかも知れないが凡そとしては間違ってはいないハズなので、残念ながら事実である以上否定してやる事は出来ないので、無言のままに視線を逸らす事で返答とした。
他の面々も、少なからずショックを受けて動揺しているらしかったが、幸いな事に錯乱に至る程のモノでは無かったらしく、比較的ではあるがある程度は落ち着いている風な様子に見えた。
「……ん。随分と残り少ない。もう少し猶予は在るかと思ってた」
「……まぁ、ここで言い繕っても仕方がないのでカミングアウトしますけど、元々こっちに来た段階で後数年、って程度だったので、それが早まったってだけですよ。なんだかんだ、命を削る様な真似も何度かしましたからね。
それで?こうして答えましたけど、これに何の必要性が在ると言うので?」
「……まぁ、そうさね。最悪の事態に備えて作っておいた、コイツが活躍する羽目になるって事だろうねぇ……」
「……コイツ……?」
半ばぼやく様にして呟いたセレティさんが、腰のポーチから小瓶を取り出して渡して来た。
普段ポーションの類いを作る際に使っているモノと同じ規格のソレは、通常のポーションであれば紫色をしているハズの中身が濃い緑色をした液体へと入れ替わっている様に見える。
一体なんなのか?と思って試しに振ってみると、意外と粘度が高いらしく、とろみを帯びてゆったりとした速度にて瓶の傾きに合わせて水位や角度を変化させていた。
……ソレなりに、こちらでも色々と調薬してきた経験は在るのだが、その中でもコレに該当するモノは終ぞ作った覚えは無い。
と言うよりも、色合いと言い、中身の質感と言い、本当にコレポーションの類いなのだろうか?毒だとか、服薬に向かない類いの何かしら、とか言われた方がまだ納得出来る気がするんだけど……?
一応、俺の習得している[スキル]の幾つかを使えば、即座に正体を看破する事は容易く行えるが、それだとどんな意図にてコレを渡して来たのかまでは分からないので、恐らくは共謀してコレを作り上げたのであろう女性陣へと問い掛けてみる。
「……それで、取り敢えず受け取りましたけど、コレって何なんですか?あからさまに毒っぽい見た目してますけど……?」
「…………まぁ、健康な只人が使えば毒にもなるが、あんたにとっては毒ではないな、毒では。
……使った結果をあんたが望むかどうかは知らないけど、さ……」
「……ん。取り敢えず、タキガワにとって害が在るモノではない。それは、保証する」
「……いや、俺にとっては、って事は、ソレ以外に関しては普通に害が在る、みたいに聞こえるんですけど……?」
「いいから、いいから!今すぐ使え、なんて言うつもりは無いんだから、な?今は持ってるだけで良いんだよ。持ってるだけで!」
「……え、えぇ……?」
「皆さんの仰る通り、それはタキガワ様へと害を成すモノではございません。今はお持ち頂くだけで良いのです。ですので、どうか、受け取っては頂けませんか?」
「……ん。使うのは、こちらに残ると決めた時に使って欲しい。向こうに戻ると決めたのなら、タキガワが望むのなら使っても構わないけど、多分その時はあまり良い結果にはならないと思うから注意して?」
「……?いや、具体的な効果だとかを聞かないと、そもそも使う、使わないの判断が出来ないんですが……?
それに、コレ本当に使って大丈夫なヤツなんですか?あからさまに飲んじゃ不味そうな色してますけど……?」
「……まぁ、一薬の括りに入るもんだから、そこは大丈夫だよ?本来の用途も飲み薬だから、少なくともあんたの身体には悪い効果は無いハズさ。
……もっとも、味の保証までは出来ないから、文字通り『不味い』目には会うかも知れないけど、ね?」
「……え、えぇ~……?」
なんてやり取りを挟みながらも、手早く退去の支度を整える皆。
どうやら、本当に質問してからコレを渡すのが目的だったらしく、既に用事は終えた、とばかりにそそくさと部屋を辞して行く。
そんな皆の後ろ姿を見送っていると、最後尾にいたララさんが振り返り、俺の目を真っ直ぐに見据えながらこう言い残して行くのであった。
「……ん。一応、キリタニと何が在ったのかは聞いてる。でも、タキガワ達の問題だから、吾からは何も言わない。
でも、これだけは知っておいて欲しい。
キリタニも、この件には噛んでるし、むしろソレの作成を初めに言い出したのはキリタニとカタヤ。
だから、と言うつもりは無いけど、一度はちゃんと話しておくべき。後悔したくないのなら、尚更しておくべき。
それと、キリタニからはタキガワの匂いしかしなかったし、他の匂いがしたことも無い。あと、吾達も、キリタニも、愛しているのは貴方だけ、と言っておくね?」
…………それを一人耳にした俺は、無言のままに受け取ったままとなっていた小瓶を手の内で弄びながら、表情には現れていないであろう内心の乱れをどうにか御そうと試みるのであった……。