97
注※今回は人によっては激しくモヤる可能性が高いのでご注意下さい
「……それで、その……響君は、どうするの……?」
「どうする、って、何を?」
「……分かってるんでしょう?ここ数日で、僕らの間で出回っている例の噂の事だよ。そろそろ向こうに帰れるんじゃないのか、ってヤツの事」
オルランドゥ王への報告から数日後、真剣かつ思い詰めた様子で加田屋と桐谷さんに呼び出された俺が指定された場所(何故か俺の借りている部屋だった)にて二人に問い掛けると、開口一番にそんな質問が浴びせかけられた。
正直、二人からそんな事を問われるのは予想外だったので、その真意の在処を半ば反射で思考を巡らせて探ってしまう。
……どうする、と問うと言う事は、彼女らにとって俺の行動が予測しきれる閾値からはみ出ている、と言う事になるだろう。
つまりは、便利で安全な向こうの世界へと戻る事を渋る可能性が在る、と認識していると言う事だ。
では、何故そんな事を聞いてくるのか?
そもそもとして、俺がこちらに残る可能性が在るからと言って、彼女らにどんな影響が出る心配が在ると言うのだろうか?
一応、桐谷さんとはこちらの世界に於いて恋人と呼べる関係性へと落ち着く事になった。
……しかし、それはあくまでもこちらの世界の倫理観に基づいての行動であり、遠い異国の地にての解放感から、と言った事柄である可能性は完全には否定しきれないだろう。
同じ括りに入れるのは憚られるが、現に俺にも彼女以外にも恋人は何人もいる、と言う爛れた事態になってしまっているのだしね。
……となると、大分下衆な発想にはなるが、恐らく彼女はこれを機に俺との関係を見直すかどうか、と言う選択をしたいのだろう。
仮に向こうに戻るにしても、例の神(仮)が言っていた通りに呼び出されたのと同じ時間同じ場所に戻された後に、向こうにて唯一無二の恋人として同じ人生を歩むつもりが在るのかどうか。もしくは、旅先での思い出としてさっぱりと別れ、それぞれ友人としての関係性に戻るのか、と言う処だろう。
そして、こちらに残る場合、このまま爛れた恋人としての関係を続けるのか、一層の事結婚まで行く(こちらでは俺達の年齢では既に成人扱いらしい)のか、それとも別れてしまって新しいパートナーを見付けるべきなのか否か。
そう言う見極めをしたい、と言った処なのだろうか?
そう言う意味合いでは、加田屋の方が切迫した理由から問い質しに来ているのかも知れない。
何せ、彼女の場合、戻るのかどうかで今後の人生が大きく変わる事になる。こちらでは女の子になってしまっているが、元々は男性なのだから、それは大きく変わる事になるのは間違いないだろう。
その変動幅については、言っては悪いが桐谷さんのソレよりも、遥かに大きく難しい決断となるのは確実だ。
何しろ、ここでの選択一つで人生が百八十度変わる事になってしまうのだから、それは慎重になって当然と言うモノだ。
まぁ、だからと言って、俺の選択を殊更気にする必要性は些か少ない様な気がしないでも無いが。
幾ら元々友人関係に在ったとしても、そこまで気にすることだろうか?
確かに、『彼』が『彼女』になってから、俺に対してそこはかと無く『異性』としての好意を向けてくれているのは察しているが、だからと言ってそこまで気にする事だろうか?
こちらに残る場合には、俺の恋人入りを狙っている、とか言う事ならば分からなくも無いと言えば無いのだが、露骨にそう言う取り入り染みた事を狙う様な性格でも無かったと思うのだが……?
…………いかん、幾ら一人で考えた処で拉致が明かん。
そもそも、明確な答えは俺の中には無いのだし、一層の事目の前の二人に直接聞いてしまうとするか。
これで拗れたり、離れて行くのならその程度の関係だったのだ、と諦めもつくだろう。うん、そうしよう。
と言う訳で逸らし気味にしていた視線を二人に合わせ、若干の威圧感を与えながら言葉を投げ掛ける。
「……それを聞いて、二人はどうするつもりかな?質問に質問で返す様であまり好ましくもよろしくも無いだろうけど、そこら辺をはっきりさせてくれないと、俺としても答えてやる必要性は無くなってしまうのだけは理解してくれるよね?最低限は、さ……?」
「……うぐっ……!?」
「……そ、それは……」
視線と表情から感情の色を抜き去り、無機質な迄の無感情・無表情にて問い掛ける。
クソッタレな戦場での凄惨な殺し合いと、そこで得た掛け換えの無い仲間達を喪った体験から来る、心の温度を操る術により産み出された低温かつ無機質な対応により、二人は共に気圧された様に一歩後退り、その表情には怯えの色が少なからず浮かんでいる様に見て取れた。
普段からしてそこまで表情豊かな方では無いし、愛想が良いわけでも無かった。
しかし、ここまで固く、冷たく、無機質で他人行儀な対応をされた事は無く、初めて見る俺の反応に戸惑っていると言うのが割合としては大きいのかも知れない。
が、だからと言ってここで追求の手を止める事は出来ないし、今更『冗談でした!』で済まされる様な軽めの威圧に抑えていた訳でもない。
それに、俺としても今回の真意は二人に問うておきたい処では在ったので、やはり止めてやる事は出来ない。
「……ほら、どうしたのかな?俺は、何故そんな事を聞くのか?と尋ねただけだよ?なんでそれに答えられないのかな?
……もしかして、この場では答えられない様な、疚しい理由でも在ったりするのかな?」
「……!そんなモノ……!」
「無い、と言うのであれば、今すぐ答えられるよね?だったら何故、何も答えはしないのかな?」
「…………でも……!」
「……そう、じゃあ、加田屋との友人関係は見直さなきゃならないし、桐谷さんとの恋人関係も解消した方が良いのかな?」
「「なんで……!?!?!?」」
「なんでって、そう言う関係に在る俺相手でも話さない様な企みが在るんでしょう?別に、友人や恋人相手ならなんでも話せ、とか言うつもりは無いけれど、それでもこうして聞いているのに黙りを貫かれる、って事は、やっぱり疚しい秘密が在るって事でしょう?
少なくとも、加田屋はともかくとして、桐谷さんは軽く浮気位は疑われてもおかしくは無い、ってくらいの態度だって程度は理解した上でやってるんだよね?当然」
「そんな事……!!」
「じゃあ、何を企んでいるのか、今すぐ、この場で、答えられるよね?何も無い、と言うのなら、さ?」
「………………」
「…………決まりだね」
我が事ながら、無理矢理過ぎる程に無理矢理だとは理解しているし、こうしているだけで罪悪感が半端無くて今にも内心吐血しそうだが、それでも黙りを決め込まれてしまっている事もあって急速に胸の内側が熱を失って凍り付いて行くのが感じられる。
……別段、さっきも言った通りに、恋人関係に在るのならなんでも報告しろ、なんて言うつもりは無い。元より健全な関係とは言い難いのだから、愛想を尽かして別の相手と、と言うのならば納得は出来ないが理解は出来る。
……だが、だからと言って黙ってコソコソとやらなくても良いのではないのか?嫌ならば嫌だと、好きな相手が出来たのであればそう言って、キッチリ別れてからそうすれば良かったのではないのな?
あくまでも個人的な考えでしかないし、対外的に見れば俺の方が圧倒的に『ハーレムクソ野郎』なのは理解しているし、こうやって話を聞きもしないで一方的に責め立てられる様な立場でもないのは分かっているのだが、それでも胸中にて育まれていた『信頼』や『愛情』と言ったモノが急速に凍り付き、彼女に向けていた視線も冷たいモノへと変じて行くのが感じられる。
そんな俺の心境を直に肌で感じ取った彼女が身を縮めて俯く様を見たからか、それとも以前から俺の事情を察している素振りを見せていたからかは不明だが、それまでどう割って入ろうかと機を伺っていた加田屋が、意を決した様子にて俺の視線を遮る形で俺達の間へと踏み込んで来た。
「さ、流石にそれは言い過ぎだよ、滝川君!彼女にだって、言えない理由も、言いたくない理由も在るんだよ!?」
「それがどうした。だからなんだ?
俺は、俺に対しての企みが在るのなら話せ、と言ってるだけだ。それなのにも関わらず、一切の口を開こうとしない。なら、俺に対して疚しい感情か秘密が在る、と言うことだろう?
つまりそれは、俺と他の誰かを天秤に掛けて、その誰かの方に傾けた、と言う事に他ならない。そんな相手を責め立てて何が悪いと言うのか?」
「だとしても、言い方ってモノが在るでしょう!?」
「在ったらなにか?既に情報を隠匿している相手に対して、考慮してやらなければならない理由は無いのだが?」
「でも、仮にも恋人相手にそれは……!?」
「その『恋人』よりも、『他の相手』を選んだって事だろう?それが事実。それだけが結果だ」
「………………っ!?……酷い、酷いよ…………!?響君の事を想っていただけなのに…………!!」
俺と加田屋の言葉の応酬を耳にしていた桐谷さんは、とうとう涙を溢しながら呟きを残して一人駆け出してしまう。
それを目の当たりにして急いで追い掛けようとする加田屋は、黙って冷ややかな視線にて見送るのみの俺に対して苛立ちと怒りの籠った視線を向けてくるが、取り敢えずは向こうの方が先決だと判断してか、追い掛ける事を選択する。
が、俺の前から走り去る直前に
「……色々と言いたい事は在るけど、これだけは言っておく!」
と前置きした上で台詞を残し、先に駆けて行った彼女を追い掛けて行くのであった。
「……良いか!?桐谷さんは浮気なんてしちゃい無いし、お前に対して疚しい秘密なんて持っちゃいない!僕の知る限りでは、なおのことだ!
ただ……ただただお前の為に努力していた彼女を、このまま泣かせたままにしておくつもりだったら、僕はお前の事を許さないからな!絶対にだ!!」
…………そうして俺は、この日、恋人と友人を一度に失う事になってしまったのであった。