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朝食を採り終えた俺達は、まだ食い足りないと言わんばかりの態度でブーブー言ってる何名かを尻目に各自で食器を片付けてから、全員で連れ立って昨日と同じく村長宅へと向かう。
「……農業用水の水源、ですか……?」
「えぇ、その通りです。位置的に、あの井戸で全ての用水を賄っている訳ではないですよね?」
「……えぇ、それはもちろん。流石にあそこから汲んで行くのは手間が掛かりますし、何よりあの井戸の貯水量では村の生活用水を賄うので精一杯です。
無理をすれば出来なくもないとは思いますが、ソレをすればそう遠くない内に枯れてしまうのは間違いないかと……」
「でしょうね。あの貯水量では、そうなって当然と言うモノでしょう。
ですので、農業用の水源は別個に確保してあるのでは、と思ってこうしてお聞きしている訳なのですが、ソレを教えて頂く事は可能でしょうか?」
「……水源の位置を、と言う事でございますか?」
「言いにくい事とは思いますが、必要な事だと理解して頂ければありがたいです」
「…………うぅむ……」
それまで協力的に振る舞ってくれていたグラッド村長が、腕を組んでうなり声を挙げながら黙り込んでしまう。
その様を、レティシア王女とドラコーさんを除いた他の面々が不思議そうな表情にて眺めているが、これは仕方がない事だろう。
……何せこれは、このスゥホーイ村の重要情報を話せ、と言っているに等しい事なのだから。
河川にしろ溜め池にしろ、それは村で作って管理している施設であり、言い換えればそれらはこの村の『資産』だ。
ソレを、幾ら国からのお墨付きであり、自分達にも心当たりの在る件で調査に来ている人間だとは言え、見ず知らずの相手においそれと公開出来る様なモノでは無いし、心情的にもそうホイホイと見せられる様なモノでも無いだろう。
特に、この村への責任感が人一倍強く、村へと与えられたかも知れない罰則を自ら一人で被ろうとしていた村長にとっては、おいそれと見せられるモノでは無いハズだ。
何せ、要求されたがままに案内して、俺達が何かしらの細工や悪戯の類いでもした日には、その重要施設が当分の間使えなくなったり、最悪二度と使えなくなる可能性も目としては存在してしまっているのだから。
そう言った村長側の心情も理解は出来るので、出来る事なら触らずに済ませなかったのだが、こちらもオルランドゥ王から直接受けた依頼の一つであるが故に、触らずに『原因不明でした』と言う報告をする羽目になる可能性は極力排除しておきたいのだ。
俺の格好がつかない、と言うだけならば幾らでも見逃せるのだが、そうではなく国の一大プロジェクトの一環である以上は、こうして一ヶ所とは言え計画がポシャった原因は突き止めておかないと、もし次に同じ様になった場合に対応出来ない、と言う事態に繋がりかねない。流石に、それは見過ごせない。
オルランドゥ王には世話になっているし、何より今回の小麦は俺が蘇らせたモノでもあるので、そんな些細な事で躓く事は個人的にも許容出来る範疇から逸脱してしまっているからね。
「……そうして躊躇なさるのも理解出来なくは無いですが、取り敢えず返答だけは聞かせては頂けませんか?
場合によっては、俺の依頼主から援助を受ける事が出来るかも知れませんが、そうして黙っていられると、こちらとしても強行手段に出なくてはならなくなります。
……その意味は、ご理解頂けますよね?」
「……しかし、突然にそんな事を言われましても……。
何分、お求めになられておりますのは我々にとっても生命線。まさか無いとは思いますが、見たいと言われたから見せたが最後、意図的に手を加えられた、となれば我々はこの村を棄てて行かざるを得なくなりますので……」
「えぇ、そこは重々承知しております。ですので、そう言った不具合が起きた場合、今回の出来事の調査を俺に依頼してきた依頼主が補填、ないし保証する事になるでしょう。
必要な分は満額確実に、と確約して差し上げる事は出来かねますが、それでも多少なりとは補填がなされるハズです。少なくとも、今回の依頼主はそうしない様な人物ではありませんので心配はご無用かと」
「…………分かり、ました……。
では、今回の件でこのスゥホーイ村へと掛かったであろう罰則の類いを無効にし、その上で貴方達の調査によってもたらされるかも知れない不利益の全てを補填する、と約束して頂けるのであれば、調査の許可をお出し致しましょう。こちらからの案内人を確実に同伴する事を約束して頂けるのでありましたら、ご案内させて頂きます」
「……!有難うございます!
そう言って頂けると、こちらとしても助かります」
「……まぁ、そこまで色々と言われてしまえば、ここで頷く他に無いでしょう。
幸いにして、貴方は妄りに理由もなく他人の努力を踏みにじる様な方では無さそうですし、その上で確実なる援助が望めるのであれば、受け入れておくのが最善かと判断させて頂きました。
……全くもって利己的な判断ですので、好条件が出てくるまで待っていたと思われても仕方の無い状況ですが、故意的に荒らす事はしない、と約束して頂けるのであればこれから案内させて頂きますが、それでもよろしいでしょうか?」
「えぇ、それで構いませんよ。自らの責任に於いて、自身の所属する集団に対して最大の利を得ようと試みる。それの何が悪いのでしょうか?
それは、ごく自然で当然のことでしょう?」
「…………まったく、貴方と言う方は……。
……ですが、だからこそ貴方が今回来てくださって良かったと思います。
では、早速ですが行きましょう。少々遠いですが、私自らが案内させて頂きます」
そう言って、何故かは分からないが何処か晴れ晴れした様な表情にて立ち上がり、自ら案内に立候補してきた。
急な展開に少々面食らいながらも、取り敢えず案内する事と調査する事を了承してくれた事に安堵し、内心で胸を撫で下ろしながら、本音としては案内は誰でも良かったと言えば良かったので流れのままに了承し、そのまま席を立って村長に着いて行く。
昨日と同じく外壁を出て進む。
昨日と異なる点としては、昨日は俺とララさんしかいなかったのに比べて、今日は同行している面子は全員着いて来ている、と言う処だろう。
当然、外壁の外へと出る、と言う事も在る為に全員が武装した状態で、である。
グラッド村長も
『そこまで頻度は高くはありませんし、そこまで狂暴な種類も出て来はしないですが、一応魔物が出る可能性があるのでご注意をお願いします』
と言っていたからだ。
まだ未確認の情報ではあるけれど、それでも現地人から提供された情報である以上、警戒する必要は在るだろう。
まぁ、しない理由も無いから、と言うのも本心の一部ではあるけれどもね?
そんな感じでぞろぞろと連れ立って行く事少し。
今朝も見た例の畑へと到着したが、今回はそこが目的地では無いのでスルーして更に進んで行くと、森と表現しても間違いでは無い繁みへと到着する。
とは言え、ほぼ畑の隣に在った繁み……と言うよりも、最早繁みの隣に畑が在る、と言う状態に在ったので今までも視界には入ってはいた。
いたのだが、そちらには何も無いだろう、と言う心理が勝手に働き、無意識的に候補から外していたと言うのが正直な処。
……普通、もっと畑って森から離して作るモノじゃん?
あんなに近いと、あからさまに『何かあります!』って言ってる様なモノじゃん?
じゃあ、そこまで明らかに『何かあります!』って主張する様な感じに仕上げて来ているのなら、そこには何も無いと思うじゃん!?
トラップやダミーの類いかと思って候補から外したとしても、仕方無いんじゃないのかね!!?
内心にて一人荒ぶっていると、パッとみた限りでは分からない様になっているが、それでもそうと知った上で良く見れば分かる様に細工されていた獣道へと入って行く村長の背中を追い、皆で繁みへと足を踏み入れる。
外からではそこまで大きくは無い林なのだろう、と勝手に目星を付けていたのだが、その実の処としては『森』と言う程の規模では無いにしても、それなりに深い木立が並んでいる様子であり、これから向かう先である奥の方からは生命の息遣いと同時に、無数の敵意が様々な方向へと行き交っているのが感じられた。
「……成る程、これは確かに『危険性在り』と言われるだけはある」
「おや、お分かりになりますか?」
「えぇ、それはもちろん。この森は『生きてる』。まだ若く、存在も深さも未だに浅く、ともすれば林とも取れる程度ではありますが、だからこそ生命に溢れている。そんな森であれば、それは魔物の一匹や二匹は出てくるでしょうね」
「……やれやれ、初見でそこまで見抜いてしまわれるとは、やはり恐ろしいお方でございますな。
では、無用の注意だとは思いますが、時折この周辺の浅瀬にも魔物が顔を出す事があります。ですので、どうか皆さんお気をつけ下さいね?」
そんな俺の答えを聞いていた村長は、満足そうに頷いて見せてからいつの間にか腰に下げていたマチェットを抜いて手に携えながら、俺達へと周囲の警戒をする様に促してくる。
当然、こんな見ず知らずの森に入るとなれば警戒はして当たり前だし、そもそもそう言う荒事には慣れている面子もそれなりにいる為に、誰しもが言われずとも勝手に周囲の気配を探り始めていた。
当たり前の様に俺を護衛対象として囲い込みながら、案内として先頭に立つ村長の後ろに着いて行く事になるのであった。




