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「ようこそ御出下さいました。私が、このスゥホーイ村の村長であるグラッドと申します……」
「はい、どうも。今回の件で派遣されました滝川と言います。お見知り置きを」
道中でのワチャワチャが在りはしたが、取り敢えずは無事に目的地たるスゥホーイ村へと到着した為に、村長宅へと挨拶と着任の通達を兼ねて訪問する。
すると、何処か怯えた様子を見せながら、このスゥホーイ村の村長を名乗る中年の只人が現れた。
「……それで、タキガワ様。今回の『コムギ』の件に関してなのですが……」
「……?それが、なにか?」
「……その……今回、我々が『コムギ』を上手く育てられなかった、と言うのが全面的な原因であり、その非は我々に在るとは存じております。ですが、どうか、どうか寛大な処置をお願い致したく……。
我々としましても、今まで育てた事の無い作物でしたので、どうしても普段とは勝手が異なってしまったのです。ですのでどうか、責を問うのであれば私のみにお願い致します。村の者達には、どうか、どうか……!」
「…………あの、何か勘違いなさってませんか……?」
一応は事前に通達が来ていたのか、神妙な面持ちにて現れたグラッド村長は、互いに名乗りを挙げた段階で即座に土下座し、俺に対して必死に慈悲を請うて来た。
突然の事態に状況が飲み込めていない俺は、取り敢えず誤解を解く為にオルランドゥ王からの依頼で、この村で小麦の育成が上手く行かなかった理由を調査する為に来た、と言う事を説明する。
すると、どうやらグラッド村長の方も勘違いをしていた事に気が付いたらしく、態度を改めて説明をしてくれた。
「…………成る程。つまり、俺達が王都から派遣された懲罰の為の部隊である、と勘違いしていた、と言う事ですね?」
「……えぇ。恥ずかしながら、他の村では無事に生育出来ている、王自らが栽培を推奨された作物をダメにしてしまったので、ソレを罰する為の方々であったのかと思っておりました」
「いや、流石にソレは無いと思いますよ?公布させた本人も、試験的なモノだってことは理解して広めてますからね。最初から、どこもかしこも成功して当然、とは思っていないんじゃないですか?」
「……で、では、我々には特に罰則は無い、と言うことでしょうか?重労働による返済だとか、重税による圧力だとかも無い、と?」
「えぇ、恐らくは。少なくとも、オルランドゥ王本人は、何故失敗したのか、を知りたがっているだけで、特に罰しようとも怒りを抱いてもいませんでしたからね」
「……そう、ですか……あぁ、良かった……」
その返答を聞き、酷く安堵した様子で息を吐く村長。
これまで、どんな罰則が下されるのか、と戦々恐々としながら日々を過ごしていたのだろう事を鑑みれば、ある意味当然の行動とも言えるだろう。
責任の在る立場に居た事が最大の原因だったのだろう。勘違いとは言え、同情の余地は有り余る程に在ると言っても良いだろうね。
しかし、そうやって安堵している彼を、このまま休ませてはやれないのが俺のお仕事なので、仕方無く再度声を掛けさせてもらう。
「……さて、互いに誤解が解けた処で、幾つかお願いしたい事が在るのですが、宜しいですか?」
「あっ、これは失礼しました!つい、気が緩みまして……。
それで、お願いしたい事、とは一体?私達に出来る事であれば、基本的には何でもご協力させて頂きますが、流石にこんな寒村では出来ない事も多くございまして……」
「あぁ、いえいえ。別に、盛大にもてなせ!だとか、飛びきりの綺麗処を用意しろ!だとかを言うつもりは在りませんよ。そもそも、無理だろうって事は理解していますからね。
取り敢えず今回お願いしたいのは、小麦の栽培を行おうとしていた畑を見せて欲しい、と言うモノです」
「……畑、ですか……?」
「えぇ、畑です」
今度は、不思議そうな表情を浮かべる村長。
「……それは、別段構いはしませんが、今から、と言う事でしょうか?」
「えぇ、出来れば」
「……しかし、もう日も暮れる頃合いですよ?碌に灯りもご用意出来ませんし、明日になってからではいけないのでしょうか……?」
「出来れば、今日中に見ておきたいのです。
そうすれば、明日からは原因の究明と、ソレを解決する為の手段の模索に勤める事が出来るでしょう?」
「……!?なんと、貴方は、そこまで……!?」
「言ったでしょう?依頼だ、と。であれば、全力を尽くすのは当然の事でしょう?それが、依頼内容に記載されている事であれば尚の事、ね?」
「…………承知致しました。では、早速参りましょう。案内は、私自らが勤めさせて頂きます」
「了解しました。なら、お願いします」
俺の言葉の何かが琴線に触れたのか、瞳を希望で輝かせながら立ち上がると、近くに居た他の人達へと何やら指示を出してから自ら案内を買って出てくれた。
俺としては、適当に近くの畑の状態を一先ず確認したかっただけなだが、こうしてやる気を出してくれたのならそれに水を差すのも悪いので、特に断る事はせずに了承し、連れ立って村長宅を出発して現場を目指す。
村長宅前で取り敢えず待機しておいて貰っていた皆には、これから視察に行ってくる、と言う事を手短に伝え、先に逗留予定だった村の宿へと行っておく事を要請する。
「……ん。了解。じゃあ、先に宿を取っておく。でも、護衛として一人位は同行した方が良いんじゃない?それに、タキガワも疲れてる。違う?」
「……まぁ、それは否定しませんが……」
「……ん。なら、吾も着いて行く。別に問題は無いのなら、構わないでしょう?」
「……と、言っていますが、構いませんか?」
「タキガワ様さえ良いのであれば、私は構いませんよ」
「……ん。なら、吾も行く。と言う訳で、ほいっと」
「………………さて、ではご案内致します。こちらです」
グラッド村長があっさりと許可を出した事により、ララさんは視察に同行する事が決定した。
その為、なのかは不明だが、普段の通りの自然な感じの動作にて俺の背後に回り込むと、そのままいつもの感じで俺を抱え上げてしまう。
突然のララさんの奇行と、ソレを抵抗する事もなく、かと言って暴れたり抵抗したりせずに受け入れている俺の姿を目の当たりにした村長は、最初こそ驚愕にて固まっていた様子だが、俺が浮かべている諦感に満ちた死んだ魚の目を目撃した為に、何かに納得した様な感じにて一つ頷くと、まるで『私は何も見てません。見てませんとも!』とでも言いたげな様子にて何事も無かった様に案内の続きを促して来た。
そんなグラッド村長のスルー力に対して俺は、驚愕と尊敬や畏怖が混ざった様な視線を向けるが、どうやら彼はこの状態が俺の望みの上で成り立っている事だ、とでも勘違いしているらしく、執拗に俺の方へと視線を向けようとはしてこなかった。
解せぬ……。
そうこうしている内に、スゥホーイ村をグルリと取り囲んでいる外壁(割りとお粗末様)に備え付けられた門へと到着する。
俺達が一時間もしない内に通り抜けたその門を再度潜り抜け、目的の『小麦の栽培に失敗した畑』を目指して進むこと少し。
村長の足が、周囲に何も残されていない空き地の前にて止められた。
「……ここから向こうまでが、例の『コムギ』を栽培しようと試みた畑となっております……」
「……成る程、成る程。水路は無し、気温はあまり変わり無し。肥料の類いは……何か変わったモノを使いました?」
「……いいえ、特には。普段の通りに、家畜の糞を使って作った肥料を使っただけでございます。
畑は、まだ失敗した当時と同じ状態のままとなっておりますので、調べて頂ければお分かりになるかと……」
「ふぅむ?どれどれ?」
ララさんの腕を軽く叩いて意思を伝え、畑の縁で下ろして貰って素手で直接土を触ってみる。
……手触りは、少し粘りけが在る様に思える。
色は黒っぽいが、そこは肥料との兼ね合いで多少変わるから判断に困る。
匂いは……特に悪臭の類いはしないから、多分腐敗の類いはしていない、かな……?
畑の土を弄っていた手を引き抜き、指先に残った土を軽く舐めてみる。
唾液を含ませて舌の上で転がしていると、そこはかと無く甘味が感じられるので、恐らくは栄養不足と言う事は無いだろう。多分。
一応、このディスカー王国の気候帯であれば適応する様に設定して改造してあるので、話を聞く限りに在る様に全滅する、と言う様な事は余程の事が無い限り、それこそ突然雹が降ってくる、みたいな事が起きない限りは、起きないハズだ。少なくとも、ソレだけが原因で全滅する、と言う事態はそうそう起こりはしないだろう。
そうなると、問題が在るのは土の性質か、もしくは水回りか……。
日が暮れる中、畑の縁にてそこまで思考を回した俺は、取り敢えずはもう判断出来る範囲の情報は集めたと判断し、手の土汚れを落としながら立ち上がると、ララさんとグラッド村長とに声を掛け、今夜から暫く世話になる村へと戻って行くのであった。




