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「へえ、じゃあその手の作法の類いも、一度は廃れて途絶えた、って事なんですか?」
「えぇ、お恥ずかしながら。
ですが、以前に召喚させて頂いた方々の中に、そう言った方面に詳しい方が居られましたので、その方にご協力頂きまして貴族としての作法や所作、立ち振舞いと言ったモノを再編成して浸透させ、最低限今度こそは途絶えさせない様に今まで伝えて来た、と言う事になります」
「ふぅん?じゃあ、なんとなく俺達の元居た世界のソレと似ている様な気がするのは?」
「そこは、恐らくは、と付ける事になってしまいますが、私達に教授して下さった方が、タキガワ様方と同じ世界から招いた方だった、と言う事では無いでしょうか?
以前にも申し上げましたが、世界と言うモノは無数に存在しております。ですので、基本的にはこちらから召喚の儀を行って招かせては頂きますが、何処何処の世界を指定して、と言う事は出来ずに基本的にはランダムにお招きさせて頂く事になります。
ですので、可能性としてはかなり低くなりますが、タキガワ様方と同じ世界から以前にもお招きしていた、と言う可能性は否定出来ない程度には高くなるかと……」
「成る程ねぇ……。
だから、あんまりその手の事柄には興味の無かったハズの加田屋でも、どうにか見苦しく無い程度には覚える事が出来た、ってことなのかね?」
「……いや、僕本人の事だから別に良いけど、言う程見苦しくは無かったハズだよね?
現に、君だって最初は僕だって気付かなかったじゃないか。アレは、確実に見知らぬ相手に向ける視線だったハズだからね?」
「……さて、なんの事やら……?」
「ふふふっ、誤魔化してる響君も可愛い♪
でも、そう言う事をしようとしていたのなら、私も誘ってくれても良かったんじゃないの?私だって、お化粧して綺麗なドレス着て、響君を驚かせたかったんだけど?」
「……そこは、ほら。あくまでもドッキリのつもりだったから、あまり話を広げすぎるのも良くないかなぁ、と思いましてね……?」
「そうだったとしても、一言位は欲しかったなぁ~。友達だと思ってたのに、女の子になってから色々と教えてあげたのにぃ~……!」
「…………う、その、えーっと……次にやる時は、声を掛けさせて頂きますので、どうかご勘弁を……」
「うん、許す!!」
「……出来れば、ドッキリは仕掛けないで普通にして欲しいんですけど……?」
三人が奏でる罵声と轟音と金属音の不協和音をBGMに、それ以外の面子にて情報交換も兼ねて雑談して行く。
俺はずっと運搬されていた為にそれ程でも無かったのだが、他の皆は王都を出てから今までずっと歩き通しであったので、ソレの休憩も兼ねていたりする。
まぁ、とは言え、そこまで長時間歩き通しだったと言う訳でも、遥か彼方から歩き続けて来たと言う訳でもないので、まだ誰も疲れた様子は見せていなかったけどね?
王都を出たのは朝方だったが、まだ昼時には早い位だし、行程としては半分位は埋まっているとは思うので、多分夕方には余裕で到着出来るだろう。……向こうの戦いが早期終息すれば、の話になるけれど。
「……ん!後から出てきた分際で、タキガワにベタベタし過ぎ!
最低でも、序列は守って貰わないと受け入れられない!」
パパパンッ!ガッ!ドンッッッッ!!!
「ハッ!ソレを決めるのはあくまでもタキガワ殿であります!
無理矢理自分の考えを押し付ける様な獣の言葉なんぞ、聞く耳も持たないでありますよ!それに、自分はまだ三桁にも乗って無いであります故に、十二分に若いであります!」
ズガンッ!ドパンッ!ブオンッ!!
「……ふっ、吾はたったの三つしか違わない。数十も違うそちらとは、若さの質が違うと言うモノ。諦めろ」
………………ブチッ……!!!
「……好きに言わせておけば、この小娘ども!人が気にしている処を的確に踏み抜いてくれやがって!その言葉、ウチへの挑戦状だと受け取った!戦闘職の本業相手とは言え、無傷で切り抜けられるとは思わない事だね!!」
……カッ!シュピン……!ドッ……!!!
「……ん!部外者の貧乳は黙ってる!そうでなれけば、この年増ごと叩きのめす!!」
「そうであります!関係無いデカ尻は黙って見てるであります!そうでなければ、そこの毛駄物と一緒に叩き潰すでありますよ!!」
「……そうかい。あんたらの言いたい事は良~く分かったよ。良~くね。
だったら、ウチがあんたら無駄乳どもを叩きのめしたとしても別段構わないって事だよなぁ!?!?」
「「(……)うわ、貧乳がキレた(であります)!」」
ドコバキピカッ!ガンガン、バゴンッ!!!
……多少物騒なBGMが周囲へと響き渡っている気がするが、そこは気にしないか、もしくは気のせいって方向で行く事にしよう。そうしよう。
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取り敢えず、三人の気が済むまで放置し、十二分に休息を取った俺達は、非戦闘職種であるセレティさんが脱落した事を切欠として再び街道を進んで行く。
「…………ん。流石に、少し疲れたから休みたいのだけど……?」
「……じ、自分も、そろそろ怪我の手当てをお願いしたいのでありますが……?」
「……ん~?聞こえんなぁ~?疲れたのも怪我したのも、自分達がエキサイトし過ぎたからでしょう?なら、目的地に着くまで我慢位は出来るよねぇ?もうそんなにしない内に到着する予定なんだから、泣き言言わずに我慢しなさい。これは、罰でもあるんだならね?二人とも」
「「……ぐぅっ……!」」
当然、戦闘が終わった直後には既に俺達の出発準備は整っていたので、特に間を置く事も無く直ぐに出発した。
なので、激しく動き回っていたララさんは疲労から足元がよろけているし、持ち前の頑強さで耐えていたドラコーさんは痛みに顔をしかめさて脇腹を抑えながらどうにか歩いて着いて来ている。
本来であれば、二人の言う通りに出発を遅らせ、二人の回復と治療を優先するべきなのだろうが、事の発端が発端故に敢えて無視して先を急いでいる、と言う訳だ。
……まぁ、ペタリと耳を伏せさせて潤んだ瞳で訴え掛けてくるララさんだとか、怪我をしたらしい脇腹を痛そうに抑えて表情を歪めているドラコーさんだとかの姿を見ていると、今すぐに決定を覆してやりたくもなるが、そうすると二人の為にもならないのでここは我慢をするしか在るまい。仕方無い仕方無い。
「…………ん。取り敢えず、これは吾の自業自得って事で納得はする。でも、わざわざソレをする必要は無いんじゃないの……?」
「そ、そうであります!幾ら自分達が巻き込んだ形であれ、彼女も参加者なのでありますから、自分達と同じ様な扱いをするべきでは!?
と言うよりも、彼女にそうするのであれば、自分達こそそうするべきなのではないでありますか!?」
「いや、これこそ仕方無いでしょう?セレティさんは気絶しちゃってるんだし、俺以外は身長や護衛の役割やらの関係で出来ないんだから、俺がするしかないでしょうに?
と言うよりも、生産職の彼女をここまでなる程虐めなくても良かったんじゃないんですか?二人とも、彼女が年齢を気にしている事は知ってたでしょう?それに、彼女の作ってくれているポーションには、二人ともお世話になっていましたよね?ぶっちゃけソレってどうなんですか?義理やら借り的に」
「…………それは、そうでありますが……」
「……ん。だからと言って、わざわざタキガワが身体を直してまでする必要は無い。必要なら、吾でもそこのトカゲにでも任せれば良い」
「……なんだと?であります!」
「……ん?何?まだ、やる気……?」
「……二人とも、その辺にしておかない?
嫌だと言うのなら、一月位の間、不思議と予定がすれ違って会えなくなる事になるけど、それでも構わずに続けるつもりならどうぞご自由に」
「「すみませんでしたぁ!!!」」
かもしれない、と言いながらも、ほぼ確実に実行に移すであろう俺の言葉に、即座にその場で頭を下げて謝罪してくるララさんとドラコーさん。
そんな彼女達を尻目に、俺はバランスが微妙になっていたセレティさんを背負い直して両手とベルトで位置を固定する。
さっきの会話でも出てきた様に、現在絶賛気絶中の彼女を運ぶ為に俺がおんぶしている、と言う状態に在る。
一応、他の面子にお願いしても良かったと言えば良かったのだけど、体格やら立場やらが丁度良かったのが俺だけだったので、こうして身体を直して背負っている、と言う訳だったりする。
まぁ、とは言え、俺としては割りと役得ではあるし、恐らくは気を取り直したセレティさんが聞けば憤死寸前まで行く程度には羞恥心が煽られて罰にはなるハズだ。
更に言えば、俺におんぶされているセレティさんの姿を見て、非常に羨ましそうにしている点からも、二人に対する罰則としては十二分に匹敵すると考えて良いだろうしね。
なんて俺の思惑の通りに事は運び、数時間掛けてスゥホーイ村へと俺達が到着した時には、セレティさんは羞恥心から顔を真っ赤に染め、ララさんは疲労から虚ろな瞳で中を眺め、ドラコーさんは顔色が青を通り越してなすび色になりつつあったが、本人達はキチンと反省していた様に見えたので、取り敢えずはこれで良し、としておくのであった。
なお、その後キチンとドラコーさんの治療は行ったので悪しからず。




