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「……この度は、招き頂き恐悦至極。お日柄も良く、絶好のお茶会日和かと存じます……」
「…………あの、タキガワ様?なんでそんなによそよそしい口調なのでしょうか……?」
目的地であった中庭へと足を踏み入れた俺は、今回の主催者であり、この場に於いて最も高い身分を持つレティシア王女へと挨拶を送る。
しかし、送られた当の本人は、どうやら普段とは異なる俺の言葉使いに違和感と不満を抱いたらしく、眉を潜め瞳を潤ませて抗議してきた。
「……私は、未だに清らかな身の上とは言え、貴方の恋人の一人で在るつもりです。なのに、その様な他人行儀な対応を取られてしまうと、私の心は哀しみで満ち溢れてしまいます。
私に非があるのでしたら、素直に謝罪致しますので、どうか仰って下さいませんか……?」
「……しかし、殿下。余人の目の在る状況に置かれましては、この様な対応こそが『礼儀を弁えたモノ』である事は疑い様の無いモノでありますので、どうかご容赦を……」
「…………余人の目、ですか……?」
俺からの返答が思考の範疇から外れていたモノだったらしく、珍しくキョトンとした表情を浮かべながら首を傾げるレティシア王女。
そんな彼女へと、俺は視線で席に着いているもう一人の事を示しておく。
…………そう、このお茶会に於いて、参加者は俺達以外にも、もう一人存在しているのだ。
淡い青色のドレスを纏ったその女性は、肩口までの黒い髪を編み上げる事無く少々のアクセサリーにて飾り立てており、明らかに雰囲気からして『使用人』でも『非正規参加者』でも無いのであろう事が伺える。
レティシア王女が目の醒める様な新緑のドレスに長く美しい髪を結い上げている事から見ると、恐らくは彼女が今日のお茶会に着て行く服装や装飾品の類いをある程度把握する事が出来るか、もしくは予測出来るだけの近しい身分の出身なのだろう。
恐らくは、彼女の個人的な友人だとか昔馴染みと言った処では無いだろうか?
そして、当然そんなに近しい間柄の相手であれば、俺と彼女との関係性も彼女から聞かされるなりなんなりで、ある程度は把握していると見ておいた方が良い。
……そして、そうであろうにも関わらず、その同席している女性からは、特に挨拶をされる訳でも無く、笑顔や会釈を向けられる訳でも、更に言えば視線すらも向けられる事すらも無く、ただただ同じテーブルに着いているだけ、と言った感じである。
別段、この世界の女ならば全員自分に惚れて当然!とか思い上がっている訳ではないが、だからと言って自身の近しい人間の恋人に対して取るべき態度では無い、と言う事位は容易に理解出来るハズだ。
であるならば、恐らくその正体はレティシア王女とは相反する派閥から派遣された高位の令嬢、と言った処だろう。
何らかの理由から彼女を、引いてはオルランドゥ王を現在の地位から引きずり下ろしたい誰かが難癖を付けたいが為に、その足掛かりとして送り込まれた第三者が彼女なのだろう。
大方、婚約者として指名されているらしい俺が、この場で王女である彼女に対して相応しくない態度を見せれば、ソレを攻撃材料として取り上げたり、俺との婚約を横から破棄させて自らの息の掛かった令息と差し替える、とかを狙っていると思われる。
幾ら文明的に衰退を見せており、その上で魔物の脅威によって団結を強いられているとは言え、この手の政治的なパワーゲームを狙って暗躍する貴族の類いはどの世界に於いても存在する、と言う証拠なのだろう。
全くもって面倒に過ぎるが、それも人の性と言われてしまえば納得せざるを得ないのが悲しい処だ。
まぁ、だからと言って、むざむざそんな思惑に乗ってやるつもりは欠片もないけどね?
何時尽きるとも限らない限られた寿命と、下手をすればタイムリミットが来て強制送還される可能性も無くはないが、それでも彼女は俺の恋人なのだ。なれば、そんな思惑に乗ってやらねばならない理由も、むざむざ彼女を見捨てて政争に巻き込ませる必要も無いからね。
必要が在るのなら、絶対に守るさ。
どんな手を使っても、ね。
そんな思いも込めて、俯き気味に席に着いている女性へと視線を向ける。
すると、俺の視線に込めた意味に気が付いたのか、それとも同席する令嬢との面識が無い事に思い至ったのかは定かでは無いが、それまでの悲しげなレティシア王女の表情が、まるで納得が行ったかの様に晴れ渡った。
「もしかして、彼女の事を気になさっているのですか?でしたら、大丈夫です。彼女は信頼出来る人物ですし、何よりタキガワ様のご心配なさっている事はしないと断言出来ます」
「……その保証は、何処から得られたモノでしょうか?それは、本当に信頼出来るのでしょうか……?」
「えぇ、もちろん。と言うよりも、タキガワ様はまだお気付きでは無いのですか?彼女は、私はもちろん、タキガワ様とも面識の在る方ですよ?」
「…………え?」
思わず間の抜けた声を出しながら、もう一人の参加者へと視線を向ける。
すると、話題の令嬢も漸く俯けていた顔を上げ、その黒曜石の様な黒い瞳にこちらの姿を写し始めた。
……彼女の言葉を信じるならば、この令嬢と俺は顔見知りであるらしい。
しかし、こんな美人さんと顔を合わせているのであったのなら少なくとも記憶に残っているハズだし、最低でも見覚え位は在るハズだ。これでも、顔を覚えるのは得意な方だから、何かしらは記憶に残っているハズなのだ。
しかも、俺達と同じ様な黒髪黒目であったのならば、なおのこと記憶に残って、いる……ハズ…………?
……まさか、ねぇ……?
色々と考えていると、とある可能性へと思い至る。
まさか、と思いつつ、かなり不躾な行動だとは理解しながらも、女性の顔へと視線を集中させる。
流石に、異性にそこまで視線を注がれる事に慣れてはいなかったのか、多少座りが悪そうな素振りを見せているが、それに構わず観察を続けて行く。
すると、化粧や装飾品によって雰囲気や顔立ちが多少変化している様に見えるが、その下に在るであろう素顔は俺が思い至った通りのモノである事が窺えた。
……しかし、その思い至った事実は、俺にとって特大の衝撃を与えるモノであった。
「…………貴女は、いや、お前は、もしかして、加田屋、か……?」
顔立ちは化粧によって変えられていたが、骨格や体型、そして纏っていた雰囲気から寄せられた、しかし俺としては絶対に外れていて欲しかった予想を、震える声にて口にしてしまう。
ソレを耳にした当の本人は、暫し無言のままに俺の事を見詰めるだけであり、特に何を口にする事も無いままの、無音の空間が広がって行く。
その事実から、俺としては当たって欲しくなかった予想が外れたのか?と言う疑念と安堵、並びに見当違いの予想を口にした上に、別の知り合いだと決め付けた事に対しての羞恥心がジワジワと沸き起こって来始めたのだが、その刹那、それまで広がっていた無音の空間を大変聞き覚えの在る声が切り裂いた。
「…………ふ、ふふふっ、あははははははは!
漸く?漸く気が付いた??そうだよ!僕だよ!君の友人にして、何を考えて仕掛けられたのか定かじゃない阿呆なトラップに引っ掛かり、こうして性別が反転した加田屋 清治その人だよ!
全く、君ならもう少し早く気付いてくれると思っていたのに、これじゃあ王女様に賭けで負けちゃったじゃないか。どうしてくれるんだい?」
……その、愉快で愉快で堪らない、と言った具合の声が周囲へと響くと同時に、それまで纏っていた上位者然とした雰囲気は霧散し、後には目尻に涙を浮かべながらバカ笑いを続けている悪友の姿のみが残されていた。
「……まったく、カタヤ様はしたないですよ?
この様子では、頼まれたからお教えした『淑女の心得』をもう忘れてしまったのかと心配しなくてはならないのですが?」
「いや~、ごめんごめん。滝川君の反応が、予想外に面白くてつい」
「……もう。調子が良いのですから。
『振る舞いで即座にバレては詰まらないから、ある程度は誤魔化せる様に教えて欲しい』と仰っていたからお教えしましたが、そもそもこうして驚かせる必要は在ったのですか?」
「そこはほら、普段からしてバカみたいに澄まし顔で振る舞ってる滝川君の、驚いた顔が見れたんだからソレで良くはないかな?」
「そんな事………………無いとは言いませんが、まぁ良しとしておきましょう。今回だけですよ?」
「またまた~?今回のドッキリ、王女様だってノリノリだった癖に~!」
「……すまん、そろそろ誰か説明してくれないか?全然話が見えないんだけど……?」
軽快に続く二人の会話に、半ば強引に割り込んで話題を突っ込む。
二人の交わしていた会話から、大体の事の流れは把握したが、それが正解とは限らないし何より確証が欠片もない。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、悪戯好きな悪ガキの様なニヤニヤ笑いを浮かべながら、首から下は淑女然とした所作を保ちながら加田屋が口を開く。
「ん~?説明も何も、見たままだけど~?
ただ単に、未だに例の権利を使って無かった僕に対して、王女様が『一緒に使わないか?』って誘って来てくれたってだけだよ?
まぁ、それだけだと詰まらないから、君にだけは黙ってたって訳だよ。因みに、他の皆には了承を得る為に教えてはおいたよ。これで良いかな?」
「……把握はしたが、たったこれだけの為に、また大それた事をしたもんだよ……」
「まぁまぁ、そう言いなさんな。それに、あくまでもお茶会が先に在って、ソレを少しばかり僕が気合いを入れて改造したってだけだから、そこの処は勘違いしないでくれるとありがたいかな」
そこまで説明を聞いた俺は、少し前に遭遇しかけた『勇者(笑)』の件も合わせて無駄に体力と気力を消耗してしまったので、力無く崩れ落ちる様にして席に着く事になるのであった。
……一言くらい、説明が在っても良かったじゃんかよ……。




