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「……さて、取り敢えず、一通りの手入れと収穫も含めて、畑の方で出来る事は終わった訳ですが、この後はどうします?まだ何かありますかね?」
「……う~ん、そうだねぇ……」
顎に手を当てて考え込むセレティさん。
その頬には作業の途中で跳ねたのであろう泥の飛沫が付いているし、手には作業用の手袋が嵌まったまま。
更に言えば、服装は汚れても良い動きやすさを最優先となっている作業着なので、的確に表現するのなら『ダサい』の一言で事足りるであろう状態だ。
……しかし、スラリとして女性の憧れるスタイルの極致に在る様な立ち姿と、幻想的とすら表現できるであろう顔の造形に、何処と無く物憂げな雰囲気すら感じられる表情による長考と言う要素がそこに加わると、突然それらは貴婦人の纏うドレスや、舞台役者の衣装にも引けを取らない至高の装いであるかの様な気がしてくるから不思議である。
俺の周囲に居た女性は、桐谷さんやレティシア王女、トラップに引っ掛かってからの加田屋の様な、どちらかと言うと『可愛い系』と言う表現をするのが妥当な人が多い。
そして、それらを除けば、もはや性別が『メス』と言うだけで、女性と表現するのは些か躊躇われる様な野獣系と言うか、姐御系と言うか、とにかくリアルアマゾネス系の人達(早い話が部隊に居た姐御達)の人達しかいなかったので、セレティさんの様な『綺麗系』の人のこう言う場面を目撃してしまうと、既にもっと凄いモノを見ているにも関わらず胸がドキドキしてしまうのだ。
流石に、綺麗なモノを見ても感動出来ない程に人間性を燃やし尽くした訳でも、好意を向けてくれる女性に対してドキドキしない程に心が割れ砕けた訳でも無いので、割りとこう言うシチュエーションは俺に効くので止めて欲しい処だ。
因みに、ルルさんとララさんは、どちらかと言うと『可愛い系』でも『綺麗系』でもなく『ペット枠』と言うか『ワンコ枠』と言うか、とにかくそう言う系列の分類になっているので悪しからず。少なくとも、俺の中ではそんな感じに分類されているのでよろしく!
……なんて事を、考え込んでいるセレティさんの横顔を眺めながら倩と考えていると、不意に俯けられていた彼女の顔が上げられる。
どうやら、考えが纏まったらしく、それまでの長考の構えを解いて俺の方へと向き直ってから口を開いた。
「……突然の事で悪いんだけど、ちょっと調薬の方も手伝って貰っても良いかい?
ちょいと、ストックの切れかかっているヤツが在ってね。ソレの用意を手伝って貰いたいのさ」
「それは構いませんが、良いんですか?あまり、自分の工房には他人を入れたく無い、と以前言っていたと思うんですけど?」
「なに、構いやしないよ。他の連中ならともかく、あんたなら、タキガワなら良いさ。
何せ、ウチの愛しい旦那様、なんだから、さ♪」
「…………さいですか……」
不意打ちに近い形で向けられたセリフと微笑みに、思わず顔に熱が集まるのを自覚した俺は、片手で顔を隠しながら若干ぶっきらぼうに言葉を返すので精一杯だったが、どうにか気付かれずに済んだらしく、彼女は
「じゃあ、先行ってるよ」
と言い残して、一人それまで使っていた道具を手に取ると、彼女が普段工房として使っている作業場へとスタスタと歩いて行ってしまった。
そんな彼女の背中を呆然と見送った俺は、片手で顔を覆ったままの状態でその場に膝を落としながらポツリと呟くのであった。
「…………不意打ちで、普段はしない様なその表情。ハッキリ言って反則でしょうよ……」
「…………ヤ、ヤバイ……今になって、凄まじく恥ずかしくなってきた……。
なんであんな、柄でも無い事やったんだウチは……」
******
少しばかり顔に登った熱を冷ます為の時間を取り、ようやく普段と変わらない感覚を取り戻した俺は、セレティさんから少し遅れて工房の扉を押し開ける。
入って直ぐの所に置かれている台座に汚れた手袋を置き、備え付けられている水瓶から水を汲んで手を綺麗に洗い流してから中へと進んで行く。
基本的にセレティさん専用の薬師としての工房なのだが、流石に入って数歩で調薬室に、等と言う物臭で適当な造りになっている訳ではなく、キチンと複数の作業部屋や素材の保管所を廊下が繋いでおり、規模と設備を除けば極一般的な家屋とそう大きく異なる造りにはなっていない。
そんな建物の中の廊下を進み、唯一気配の存在している調薬室へと移動し、取り敢えず入室の許可を得るためにノックしておく。
コンコンコン!
因みに、入室の許可を得る為のノックは三回が礼儀。
二回だと、トイレで個室に入っているかどうかを確認する為のモノになってしまうので、注意しておいた方が良い。
人によっては無礼だとか、不快に感じる事も在るから気を付けよう。コレ豆知識ね?
「良く分かったね?まぁ、どうでも良いさ。早く入りな」
俺のノックに反応したセレティさんによる入室の促しに従い、扉を押し開けて中へと踏み込む。
すると、まず俺を出迎えたのは、薬草や調薬素材特有の青臭い匂いと、壁を埋め尽くす引き出しや、天井から吊るされている様々な薬草と言った調薬用の素材と言った、まるで物語の魔女の館の様にも感じられる、薬師特有の工房の光景であった。
先程『魔女の館の様な』と言う形容を使った以上は当然、調薬用の大鍋が部屋の中央へと設置されており、今も下から焚き火で炙られて内容物がグラグラと煮え立っている。
ソレだけでなく、棚の中には不可思議な生き物の瓶詰めや、奇っ怪な植物の乾物等が陳列されており、その内の幾つかは大鍋の脇に在る作業机の上でコレから使われる為に解体されているか、もしくは既に一部が大鍋の中へと素材として投入されて使用されている。
後は、鷲鼻で醜いローブを纏った老婆が、奇っ怪な笑い声を挙げながら大鍋を掻き回していれば、イメージとしての魔女の館の完成なのだろうが、残念ながら鍋をかき混ぜているのは妙齢のエルフで絶世の美女であるので、イメージの通りとは言えないだろう。
……まぁ、どちらにしても、大鍋の中身が怪しすぎる、と言う点に於いては代わり無いだろうけどね?
「……何だか、甚だ不愉快な例え話に使われた様な気がしたんだけど、まさかあんたじゃないよねぇ……?」
「……ハハッ、ソンナワケナイジャナイデスカァ~……」
若干悪寒を覚える程の殺気を向けられ、思わず棒読みにて言い逃れを試みる俺。
まさか、内心での呟きや例え話すら察知して来るとは、例え『女の勘』と言ったとしても、感度が高過ぎないかね!?恐ろし過ぎるのだけど!?
なんて内心で冷や汗を滝の様に流しながら戦々恐々としていると、どうやら上手い具合に誤魔化されてくれたらしく、若干訝しむ様な視線を向けながらも、これ以上追及を手を差し向けて来るのは止めてくれた様子である。ありがたい限りだ。
「……取り敢えず、そっちの棚の真ん中位に入ってるアマニタ・オンゴを何本かと、ヴァトラトスの瓶詰め一つ取って貰えるかい?ちょいと今はタイミング的に手が離せなくてね」
「ほいほい、棚の真ん中って言うと……このドクツルタケと、カエルっぽい謎生物の瓶詰めで合ってます?」
「そうそう、それそれ。そいつらを、こっちの台まで持ってきておくれよ」
言われるがままに素材を手に取り、指定された作業机まで運搬する。
一応、指定されたアマニタ・オンゴはこちらでも毒キノコだし、ヴァトラトスの瓶詰めの方は掌よりもデカイカエルみたいな謎生物が詰め込まれているので些か生理的な嫌悪感が強く、両方共に素手で触れる事は躊躇われたので手袋を着用しての運搬だったのだが、扱い方としてはそこまで間違ったモノでは無かったのか、この部屋の主であるセレティさんからは叱責の怒号が飛んで来る事は無かったので一安心。
「取り敢えず、持ってきましたよ。それで、次はどうするんですか?」
「はい、ありがと。じゃあ、アマニタ・オンゴの方は石附の部分を切り落として手で割ける範囲で出来るだけ細かく割いておいてくれないかい?
それと、ヴァトラトスの方は使うのは心臓と肝臓だけだから、腹を裂いて先に取り出しておいて貰っても良いかい?」
「うぇ~い。了解~。
取り敢えず、何か注意点とかあったりします?」
「う~ん、そう、だねぇ……。
アマニタ・オンゴの方は、割く時には手袋を着けてやるように、って言うのも、もう着けてるみたいだから大丈夫だろうし、ヴァトラトスの方は腸が少し臭う程度だから、特に無いっちゃ無いね。でも、ヴァトラトスの方は本当に臭いがキツいから、気を付けて作業するんだよ?
万が一中身が跳ねて服に付いたりした日には、服は廃棄しないとどうにもならなくなるからね。折角のカレンからのプレゼントなんだから、大事にしてやんなさいよ?」
「分かってますって」
セレティさんからの指示に従い、ドクツルタケモドキとカエル似の謎生物の下拵え(?)を進めて行く。
言われた通りに、ドクツルタケモドキを割く時には作業用で厚手の手袋を嵌めて行い、カエル似の謎生物の開腹も中身が跳ねない様に細心の注意を払って目的のモノを摘出して行く。
残りの部分をどうするのかと問い掛けると、特に使う予定も、使える部位も無いから棄てるだけ、と聞いたので、残りの内蔵も掻き出して腹腔内部を洗浄し、皮を剥いで適当に間接部分で解体して取り置いておく。
軽く[探査]を使って調べてみた結果として、一応毒は無いから食べられるみたいだったから、今回の作業が一段落したら調理して提供してみようかしらん?
なんて事を思いながら、指示されていた素材の用意が終わった俺は、その後も大鍋の中身を攪拌し続ける必要が在ったセレティさんの指示に従って時に素材を持ってきたり、下拵えをしたり、彼女の指示したタイミングにて大鍋の中へと投入したりするのであった。
なお、この少し後に調理したカエル似の謎生物を提供してみた処、思いの外好評であり、定期的におねだりされる事になるのだが、それはまた別のお話。




