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「ふんふんふふ~ん!
ふふふんふ~ん!
……うふふふふ♪」
「……鼻歌歌いながらスキップして、時折思い出した様に笑い出す……。
情緒不安定なのか、そうでなければ極端に機嫌が良いみたいだけど、そんなに嬉しかった?
ソレ上げてから、もう一週間近く経ってるよね?」
「当然だよ!だって、滝川君が私の為に、私の事を思って造ってくれたプレゼントなんだよ!?
恋人が、自分の身の無事を想って造ってくれた贈り物なんだよ!?嬉しくならない訳が無いじゃない!!」
「……さいですか……。
まぁ、喜んで貰えてるみたいだから、良かった、よ?」
我ながら微妙な返答を返しながら、最近では珍しく身体を直し、手に箱を持ってカチャカチャと音を立てつつ桐谷さんと連れ立って向かっているのは、いつぞやと同じく訓練場に併設された医務室。
当然の様に、俺が手に持っている箱の中身はポーションであり、それが俺が一抱えにする必要の在る程度の大きさの箱に入るだけ入っており、見た目よりは腕や背中に掛かる負担は大きいと言えるだろう。
普段であれば、その手の運搬の為だけに直しはしないし、そもそも初回の教授以降はあまり足を運んではいないので、割りと縁遠い場所だと言わざるを得ないだろう。
ならば、何故そんな場所へと、ララさんも連れずに自らの足で向かっているのか?
その理由は簡単。
彼女がそう望んだから、だ。
正確に言えば、『桐谷さんが俺を独占出来る権利を行使し、俺と二人きりで医務室での業務を行う事を望んだから』と言う事になるのだが。
そして、そちらも『何故そうなっているのか?』と言う質問に関しては、今から数えて一週間前のルルさんとの鍛冶作業が事の発端となっていると言えるだろう。
あの時、桐谷さんへと造り上げた盾(実は銘を着けていないのでまだ無銘)を渡した際に、他の面々から『自分にも造ってくれ!』と言う要望が出される事態となったのだ。
それ自体は、元々考えていたことなので即座に了承するに至ったのだが、その際に桐谷さんとルルさんが不用意な発言として
『作業中は俺と二人きりになれる』
との情報を漏洩させたのだ。
当然の様に、過剰反応を見せるララさんと、表立っては感情を荒立てないが確実に何かしら思う処の在りそうなセレティさんが主導し、他の面々も特に反対する事も無かった(俺の意見は黙殺された。解せぬ……)為に、一人一回一日限定で全員が順番に、俺と好きなシチュエーションにて二人きりで過ごせる、と言う権利を確立させた、と言う訳なのだ。
そして、その権利を最初に行使する権利を勝ち取ったのが彼女であり、行使するに当たって指定してきた日時が今日この日であった、と言う事だ。
ちなみに、あの時にいた面子の中でルルさんだけは、その権利を持ってはいない、と言う扱いになっている。
既に半ば抜け駆ける様な形で二人きりで過ごしたのだか、もう使った様なモノだろう?と言う事なのだそうだ。本人は涙目で了承させられていたが、そこは仕方が無いと諦めて貰うしか無いだろう。流石に命までは取られないハズだから、多分大丈夫だろうしね。
以上が、俺が彼女と行動を共にし、こうして医務室まで赴いている理由、と言う事になる。
「……でも、ごめんね?滝川君」
「……それは、何に対しての謝罪なんで?」
「それは、その……ルルさんと二人きりだった事を皆に漏らした事だとか、流れに乗っかる形で無理矢理私の我が儘に付き合わせちゃった事だとか、色々だよ……」
「別に、謝る必要は無いでしょうに。ララさんの暴走は今に始まった事でも無いし、状況に応じて自らの望む結果を招こうとして何が悪いと言うんで?
もしそれが『悪い』なら、軍の監視が及ばない異世界に喚ばれたから、と言って人生を謳歌している俺も『悪い事をしている』って事になるんだけど?」
「そんなの!絶対に違う!
違うに決まってるじゃない!!
滝川君は、極当たり前な『普通の人生』を取り戻しただけでしょう?
もしそれが『悪い事』って言うのなら、この世に生きていて良い人なんて居なくなっちゃうよ!?」
「……生きていて良い人なんて居なくなる、ねぇ……。
また、大きく出たもんで。でも、知っての通り、俺は過去に戦場に居た。それは、純然たる事実だ。望んだか望まなかったかは別として、ね。
当然、この手で多くの相手を殺しているし、その返り血でこの両手は真っ赤に染まっている。
感覚的な事を言わせて貰えば、それは未だに落ちてはくれないで俺の躯を染め続けている様にも感じられるんだ。
…………そんな俺が、『悪くない』訳が無いでしょうに?」
「それは!でも、だって……!?」
「……はい、取り敢えずはここまで。
良いのか悪いのか、その議論にきりは無いのだし、ソレを決めるのはあくまでも本人か、もしくはソレを委ねられた第三者のみであるべきだ。だから、この話題はここまで。
桐谷さんの行動は、根本的には自らの願いを叶える為の行動に出たに過ぎないだろう?それ以上でも、以下でも無い。なら、それで良いんじゃないの?
少なくとも、俺は『してやられた』とも『嵌められた』とも思ってはいないからね」
「…………滝川君がそれで良いなら、今は止めておくよ。
でも、コレだけは覚えておいてね?私を始めとした、滝川君と、響君と深い仲になって、想いを募らせている皆は、君の事を必要としているし、君じゃないとダメなんだ、君だから欲しいんだ、って想っているんだからね?
だから、自罰的になるのも、自虐的になるのも構わないけど、私達からの想いだけは履き違えないで貰えると有難いかな……?」
「……まぁ、心の片隅位には覚えておくよ。
さて、取り敢えず到着したけど、結局この後どうするんで?
特には説明されてなかったから、目的地だけ聞いてたから取り敢えずポーション大量に持ち込んでみたけど、そもそもコレを使う様な事になるんで良いのかね?」
「うんうん、ちゃんと覚えておいてね?
それと、そんなに心配しなくても大丈夫だよ?他の人達ならともかくとして、響君なら大丈夫なハズだから。
だって、以前響君が教えた衛生観念のチェックと、実際に診察しながらあの時に居なかった人達に指導するだけだから、ね?」
「なら、大丈夫そうかね?」
そこで一旦会話を切り上げ、医務室の在る方向へと共に向かって行く。
以前依頼で訪れた時以来の訪問だが、その時は教授するべき相手からは敵意をぶつけられるし、医務室自体も『漢な部活の部室』みたいな不穏な香りがしていたしで散々な記憶しか無いので、自然と足が重くなるが、桐谷さんは変わらずにスタスタと歩いて行ってしまうので、仕方無しにそのまま着いて行く。
そして、以前も訪れた扉の前へと到着する。
俺としては、何となく気後れする様な、尻込みしたくなる様な気分になりつつあったのだが、それに気付く事無く無造作に桐谷さんが扉を押し開けて中へと踏み込んで行く。
「こんにちはー!今日も来ましたよー!!」
元気良く、勢い良く医務室の内部へと声を掛ける桐谷さんに着いて入った俺は、まず最初に以前とは大きく変わった内装へと視線を奪われた。
まず、最初に臭く無い。
野郎の汗と体臭と埃の匂いに、使用するのであろう薬草等の青臭い草の匂いが混ざりあったなんとも言えない独特の芳香が、無くなった、とは言えないが、それでも気にならない程度には薄くなっているのが感じられた。
次に、部屋の中が清潔になっている様に見える。
以前の、薄暗く埃っぽく、まるで最低限『体裁だけ整えました』と言わんばかりだった室内が、キチンと掃除が徹底され、灯りの魔道具が増やされた事によって明るくなり、その上で置かれておるベッドも清潔なシーツが掛けられていて、以前よりも医務室らしさが出て来ている様に見えた。
そして最後に、治療班の人達が笑顔で俺達を迎えている。
前回の、初対面の時の様に、表面上だけは敬意を持って接するフリをしている訳では無く、本当の意味で俺達を迎え入れ、心の底から歓迎している様にも見える彼らの向ける瞳の中には、桐谷さんに対する尊敬と憧憬の色が見て取れる。
恐らくは、桐谷さんが良くここに出向いて、彼女の習得している[回復魔法]を駆使して怪我人達を治療している事と、彼女自身の人当たりの良さと人徳によるモノだと言う事は、容易に予想出来る。
……そして、何故かそれと同じ様な色合いの光が、俺へと向けられている瞳の中にも混じっている様にも見える気がするが、恐らくは気のせいだろう。多分。きっと。
そんな事を考えつつ、特に何も言われなければどうと言う事も無いのだろう、と勝手に判断した俺は、彼女からの指示に従って医務室の片隅に持ち込んだポーションの箱を置き、備え付けられたベッド一つと治療に必要な道具一式を借り受け、共に治療に当たる事になるのであった。




