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「……それで?なんでまた貴女はここにいるんですかね?」
「なんで、とはまた、随分な言い様でありますな?」
「随分も何も、当然の疑問でしょうに……」
ドラグニティ帝国を出立し、一路ディスカー王国へと向かう馬車の中で言葉を交わす。
半ば呆れる様な視線を向ける俺と相対するのは、当然ディスカーから着いてきた竜人であるドラコーさん。
その口元には普段から浮かべられているニヤニヤ笑いが張り付いており、一見まともに取り合うつもりが無い様にも見える。
しかし、だからと言ってそのまま『はいそうですか』と放置する事は流石に出来ない。
何せ、俺達は正式な使節として赴いた一行であり、国の代表として成果を手に凱旋する事になっている。
その費用は国費から出されているものであり、当然遊びで赴いた訳ではない。
それ故に、持ち帰った成果は確実にオルランドゥ王へと渡さねばならないし、その一行に部外者が混じっているのは外聞が悪い以上に、何かしらの工作をされる可能性をそのまま示唆する事となる。
流石にそれは不味いし、ディスカー王国内部に居る(……らしい)不穏分子に対して付け入らせる隙になりかねないのは、俺としてもあまり面白い事態ではない。
だから、この場に居る唯一の部外者であるドラコーさんには、自らの立場とここに居る理由を吐いて貰う必要があるのだ。
……そして、必要があるのなら、あまりやりたい事ではないし、ほぼ最悪の手段となるがこの道中にて彼女を排除する事になる。
とは言え、ドラグニティにて世話になった相手であるし、何よりそれなりに親しく接していた相手である以上、あまりそう言う暴力的な解決方法は取りたくないのが正直な話。
本来そう言う心配を無くそうと思うのであれば、彼女をそもそも乗せないか、もしくはこの場で馬車から叩き出せば良い話。
なのでこれは、彼女の意思の確認であると同時に、俺の甘さの現れでもある、と言う事だ。
そして、それは彼女も理解している為に、こうしてニヤニヤ笑いを浮かべるのを止めようとすらしていない、と言う訳なのだろう。多分。
なんて事を考えているのが顔に出ていたのか、それとも元々そう言う打ち合わせになっていたのかは定かではないが、それまで俺達のやり取りに口を挟まずに静観していたレティシア王女が口を開く。
「……もう、その程度で良いのではないでしょうか?レムレース様。確かに私が言い出した事ではありますが、流石にタキガワ様が気の毒になってきてしまうのですが……」
「…………え?」
「……ふむ、それは確かにそうでありますね。そもそもからして隠しだてする様な事でも無いでありますし、そろそろネタバラシと決め込むのが得策と言うモノでありますか」
「…………はい?」
唐突な二人のやり取りに、思わず目が点になる。
これまでの人生経験から、そこまで察しが悪いとは思っていなかったのだが、どうやら二人の間で既に何らかの協定ないしやり取りが成立していたらしく、ソレを俺には知らせずにどう対応するのか、を見ていたと言う事なのだろう。
……しかし、ソレをする理由は何だ?
特段、これと言った意味合いも、理由すらも無さそうなモノだが……?
それに、他の面子もソレを見過ごす様な事をする理由も、利益も何も無いハズなのだけど…………って、うん……?
そこまで考えた際に違和感を感じ、ソレが事実であるのかを確認する為に馬車の内部をグルリと見回す。
現在も御者と共に御者台にて手綱を握っている使用人のお姉さんを除いた他の面々は全てここに居るのだが、自ら進んで立候補して半ば無理矢理クッションとして俺を膝の上に座らせているララさんを含めた全員が、何となく気まずそうに視線を逸らす。
その中でも、特に顕著な反応を示したララさんは、そのフサフサな尻尾をヘニャリと項垂らせるだけでなく、頭頂部の耳すらもペタリと寝かせている処を見ると、彼女も知っていたのだと見てほぼ間違いは無さそうだ。
そして、残りの二人も、それぞれで舌を出したり顔の前で手刀を切ったりして見せるが、ララさん程には罪悪感を抱いてはいない様に見えるので、後で折檻しておこうと心に決める。
「……どうやら、何も知らされていなかったのは俺だけみたいですが、何を思ってこんな事をしているのか、そろそろ教えてもらってもよろしいですかね?」
「と言っても、そこまで大層な事では無いでありますよ?
自分が予め、今回の一行のリーダーたるレティシア王女殿下に許可を取り、皆さんがディスカー王国へと戻るのに同行させて頂いた、と言うだけの話であります。
ほら、全然大した事は無いでありましょう?」
「それならば、普通に言えば良かっただけでは?少なくとも、ドラグニティで部屋を借りていた時であれば、幾らでもそのタイミングは在ったハズ。ならば、ソレ以外と見るべきでは?
それに、ソレだけしか理由が無いのであれば、王族たるレティシア王女と同じ馬車に乗り込むなんて事を敢行しはしないんじゃないですか?」
「それは、自分はソレに値するだけの価値がある、と言うだけの話でありますよ。
何せ、自分はこの度ディスカー王国に常駐し、ドラグニティ帝国との交易の仲介をして、両国の円滑なやり取りを実現させると言う大役を陛下から直々に賜ったのであります!
故に、こうしてレティシア王女殿下と同じ馬車に乗せて頂いている、と言う訳であります」
「…………何の冗談ですか?それ。
そんな話、欠片も聞いた事無いんですけど?
それに、ドラグニティでの熟成肉製作の責任者に就任する予定だ、と言っていませんでしたか?成功の約束された新産業のトップに就任する幸運に恵まれた、と自慢していたのは嘘だったと言う事ですか?」
「いや?そちらも本当の事でありますよ?ただ、そちらの話は断って、こちらの話を優先させた、と言うだけの話であります♪」
「…………え、えぇ~……?」
思いがけない言葉と態度に、思わず気の抜けた言葉が口から飛び出して行く。
わざわざ成功が約束された左団扇の生活を放り出し、確実に多忙を極めながらも成功するのか微妙で名誉だけは在りそうな仕事に飛び付くとは、この人何を考えているのだろうか……?
それに、その仕事に就くと言う事は、即ち多少の無茶は通せたであろう地元から、見ず知らずの人達しか周囲にいない異国の地へと移り住み、可能性としてはその地で骨を埋める事になるかも知れない、と言う事なのだけど、本当に理解しているのだろうか?
なんだか、面白そうだったから、とか、その場のノリで!とかの理由で選んだ、とか言われても、納得出来る自信が在るんだけど?普段の言動から鑑みると、下手をしなくても有り得そうで嫌なんだが……??
そんな、訝しむ様子を隠そうともしていない俺の視線を受け、そのニヤニヤ笑いを苦笑いへと変化させるドラコーさん。
「……まぁ、これまでの自分の言動を鑑みれば、そう思われても当然かも知れないでありますが、こちらを選んだのはノリでも何となくでも無く、キチンと考えての結果でありますよ?
それに、この役目は中々に倍率が高く、飛び付いたは良いもののもぎ取るのには苦労したのでありますから、そんな不審な者を見る様な目で見ないで欲しいであります。
ゾクゾクしてしまうでありましょう?」
「……新たな性癖の扉を開くのなら、一人で勝手に開いて下さいよ。少なくとも、俺のせいにはしないでくれませんか?」
「それは無理であります♪
何せ、自分は既にタキガワ殿がいなくては、生きていけない身体にされてしまっているのであります故に……♥️」
「………………はい?」
「「「…………その話、詳しく……!?」」」
唐突な爆弾発言に、俄に馬車の内部が騒然となる。
突然降って湧いてきた濡れ衣に、当然覚えの無い俺は咄嗟の反論が出来ずに間の抜けた声を挙げてしまうが、ソレを意に介する事無く女性陣がドラコーさんへと殺到し、問答無用で続きを促す。
「……ん。つまり、タキガワを追い掛ける形で、そちらを選んだと?」
「当然であります!自分、先程も言いました様に、既にタキガワ殿無しではいられない身体に躾られてしまっておりますので、離れるなんて考えられないであります♥️」
「……と、言う事は、ドラコーさんはもう滝川君と関係を持った、って事なの……?」
「えぇ、それはもう、時には熱く激しく大胆に。時には甘く優しく柔らかく。様々な手管にて初な自分は翻弄され、初めての時は気を失うかと……♥️」
「…………で、では、ドラコー様も、タキガワ様との婚姻を望んでおられる、と言う事でよろしいのでしょうか?流石に、私もそこまでは聞いていないのですが?」
「そりゃ、言ってないでありますからね。幾ら皇族の傍系とは言え、自分にも恋愛の自由くらいは在っても良いでありましょう?
それと、婚姻を望むのか?との問い掛けでありますが、それは当然でありましょう?ここまでの優良物件、逃す手は無いであります」
一連の会話を聞き、恐らくはわざと誤解させる様な言葉回しで煙に巻いている(少なくとも身に覚えの無い事柄がチラホラと)様子だったが、最後のソレを耳にした為に、そう言う打算的な思惑でこちらを選んだのか、と我ながら驚く様な感想を抱くと同時に何故か少し落ち込みかける。
すると、ソレを見たからか、それとも予め予測していたからかは不明だが、一時的にララさんの膝から解放されていた俺の近くへと席を移したドラコーさんが、俺の耳元にて囁き掛けて来た。
「……ふふふっ、もしかして、自分を追い掛けてこちらに来た、と本当に思っていたでありますか?実は、大正解であります……!
だから、そんなに拗ねた様な顔はしないでありますよ」
そんな囁きと共に、僅かに俺の頬へと柔らかな感触がもたらされる。
またしても俺で遊んでいるのか、とそちらに視線を軽く向ければそこには、普段のニヤニヤ笑いを引っ込めて僅かながらも頬と耳元とを赤く染め、弛みそうになっている口元を隠そうと翼や尻尾を動かしては何故かその先端が俺へと伸びて、何処かしらに勝手に巻き付こうとしてくる。
その姿を目の当たりにした俺は、今まであまり意識した事の無い感情が競り上がって来るのを感じると同時に、彼女のいじましさを初めて感じ取ったのであった。
まぁ、我ながら『チョロい』と思ったのはここだけのお話である。




