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 帝城にて料理を出す羽目になったあの日から数えて、約一月後。


 俺がこのドラグニティ帝国へと到着してから、二月を数えた今日この日。


 俺達の姿は、いつかと同じ様にドラグニティの帝都を囲う外壁の外に存在していた。



「……やはり、行くのか……」


「……それは、そう言う約束でしたからね……」



 旅装に身を包み、物資も馬車もバッチリ準備を整えている俺達へと見送りの言葉を掛けるのは、言わずと知れたこの国の皇帝陛下その人。


 何をとち狂ったのか、普段の豪奢な服を脱げば分かるまい、とかお抜かしになられて、こうして比較的地味な服装にて俺達の見送りに来た、と言う事らしい。


 もっとも、その魂胆は透けて見えているけれど。



「……なぁ、やはり、思い直さぬか?我がドラグニティならば、ディスカー王国の様に権力を傘に来た愚か者も居らぬ……とまでは言えぬが、それでも格段に少ない事は保証出来る。

 それに、お主であれば(オレ)の直系の皇女をくれてやっても構わぬのだぞ?丁度、年頃も近くてお主の事も気に入っている孫娘が何人かおったのだから、それらをまとめてくれてやるだけの価値がお主には在るのだ。遠慮は要らぬのだぞ?」


「……いや、既に嫁さん候補が四人もいて、その上でディスカー王国の王女様とも婚約してるんだから、流石に女で釣られる様な事はしませんよ。

 それに、高々産業一つ起こした程度で、そんなに厚遇されちゃあ他の人達に示しが付かないでしょうに?

 熟成肉製作のマニュアルも残したし、必要な設備も全部伝えた。料理のレシピも残してあるし、必要な材料もディスカー王国との交易で手に入る。なら、そこまで俺に執着する必要性は無いでしょう?違いますか?」


「…………だが、お主の作った方が旨いではないか……」


「いや、子供みたいな駄々捏ねないで下さいよ。仮にも、一国の主がそんな情けない姿を晒す様な事柄でも無いでしょう?」



 そう切り返されて悔しそうな顔をしている爺ことシグルド陛下は、これまでの会話を聞いていれば分かる通りに、俺をなんとしてもこのドラグニティへと繋ぎ止めておきたいらしい。


 今日も、一応は『見送り』と言う体で来てはいるものの、その実はやはり駄目元での勧誘だった、と言う訳だ。


 あの時の、俺が提案し、実際に作り方をデータ化してノウハウを確立させ、その上で実際に味と調理の仕方をこの国のトップであるいじけた様な表情と仕草を見せている爺に直接提示し、それらを丸っと譲り渡す事で依頼された内容を完遂したのだが、その後が少々面倒な事になっていたのだ。


 既に少し会話にも登っていたが、あの後事在るごとに城へと呼ばれては料理を作る羽目になったり、新しいレシピを城に勤めている料理人達へと指導したり、実際にシグルド陛下を熟成肉を製作している半ば氷室と化している地下室へと案内したり、その後に個人的なお誘いだから、と個室へと連れ込まれて皇族の女性を宛がわれ掛けたり、と言う事が頻発したのだ。


 流石に、最初は一応はこの国のトップなのだし、何より顔見知りであり最近は結構打ち解けてきて仲良くなってきたドラコーさんの身内でも在った為に、その呼び出しや向こうからの無茶振りにも粛々と従ってはいたのだ。

 最後のにしても、相手方をやんわりと説得したり、既に嫁候補が四人と婚約者がいる、と説明して下がって貰ったりしたのだ。


 当然、手は出していない。


 別段好みじゃなかったと言う訳ではないのだが、あらゆる意味合いで後が面倒な事になるのは目に見えていたからね。



 しかし、そうやって向こうからのハニトラや、もっと直接的な誘いを断り続けている内に、半ば脅し付けに近い行為を強引に行おうとしてくる輩が出て来たのだ。


 うろ覚えだが、確かあの試作品の品評会(と言う名目の会食)の時に見た様な覚えが在るので、皇族に連なる誰か、と言う事なのだろう。


 実際に、俺に掛けて来た言葉の中に



『お前を手にすれば陛下からの覚えもめでたくなる!ならば、私の今後の地位も安泰となるのだ!その為の礎として使ってやるのだから、感謝しながら自ら乞い願うが良い!!』



 とか言う台詞が在ったから、多分間違いは無いだろう。


 もっとも、その直後に半ギレになったララさんと、何故か同じ様に怒気を発していた使用人のお姉さん(未だに名前は不明。……解せぬ)によってボコボコにされ、街中を半裸で引き回しにされた上で城へと引き渡され、その後は見掛けていないのでどうなったのかは不明なのだけど。


 まぁ、多分もう生きてはいないんじゃないの?


 実力重視の傾向の強いこの国で、どうにかして取り入ろうと画策していた、って時点で能力的にはご察しだろうし。

 そんな相手を保護するのと、一応は能力を示した俺と対立する可能性とを天秤に掛けた場合、それがどちらに傾くのかを考えれば、自ずと結果は見えてくるハズだ。


 こうして相も変わらず件の皇帝陛下が俺にアプローチを続けているって事は、やっぱり秘密裏にサクッと殺っちゃったんじゃないの?多分だけどね?


 もっとも、その件以降は、あからさまな勧誘は目の前でごねている爺以外からは受けていないから、何かしらの通達ないし見せしめ的なナニカは行われたのかも知れないけど。


 なんて事を考えながら、未だに絡んで来る爺を適当にあしらっていると、馬車への諸々の荷物や物資の搬入を行っていたララさんがこちらへと向かって来るのが見えた。



「……ん。取り敢えず、積み込みは終わったよ」


「……すみませんね。毎度毎度任せちゃって」


「……ん。気にしない。タキガワは、そのままでいてくれる方が、吾は安心する。身体、やっぱり痛いでしょ?」


「まぁ、それは否定しませんけど、それでも男の俺が見てるだけで、女性のララさんにばかり働かせているのは流石に気が引けると言うか……」


「……ん。そう言うのは、出来る奴がやれば良い。そうでしょう?それに、吾もタキガワに色々任せているのだから、そこはお互い様。気にしない。ね?」


「…………分かりました。じゃあ、これからもお願いします」


「……ん。任された。

 ……でも、今のやり取り、夫婦みたいな感じで中々良い。これは、帰ったらルルに自慢するべき……!

 と言う訳で早く行く。タキガワ以外は、後一人(・・・)を除いて全員揃ってる。あまり遅くなると色々と面倒だよ……?」


「了解。

 ……そんな訳なので、これにて失礼致します、陛下」


「……うむ、まぁ、帰ると決めたのならば、名残惜しいが仕方在るまい。また見える日を心待ちにしているとしよう」


「勿体無いお言葉です。

 まぁ、正式にディスカー王国を通して依頼をして貰えれば、恐らくはそこまで難しい事ではないでしょう。もっとも、頻度を弁えて頂ければ、ですが」


「……その辺は心得ておるよ。

 では、行くが良い。あの者(・・・)にもよろしく伝えておいてくれ」


「……はぁ、了解、しました?」



 どうにか諦めを付ける事に成功したらしい爺と別れの挨拶を交わす事に成功し、皆の待つ馬車を目指して歩き出す。


 半ば反射で、半ばそうするのが当たり前だと認識しているかの様な自然さにてララさんが俺の事を後ろから抱えて運搬し始めるが、俺の意識は爺との別れ際に発せられた言葉へと傾けられていた。



 ……あの者?あの者って誰だ?


 レティシア王女?だったら多分正式に挨拶してるハズだよな?


 桐谷さんと加田屋?でも、あの二人はそこまであの爺と接点は無かったハズなんだけど?


 ララさんは目の前に居たし、使用人のお姉さんはそもそも存在を認識されていたのかどうかも危ういのだが、一体誰に対して『よろしく』なのか?オルランドゥ王か??



 そんな事を考えていると、俺達がディスカー王国から乗ってきた馬車の近くに大荷物を背負った人影が見えた。


 分かりやすく旅装に身を包んだその細身の長身は、この二月ほどで嫌と言う程に顔を合わせた相手のソレであり、向こうもこちらに気付いたのか唐突に振り返ってきた。


 ……うん。こちらでは珍しい肩までの黒髪に、縦に裂けた瞳孔と目尻の鱗で、常にニヤニヤとした悪戯好きな子供の様な笑みを浮かべた口元と言えば、既に後ろ姿にて分かっていたが、やはり俺達をドラグニティへと連れてきた本人であるドラコーさんその人であった。


 見送りに来てくれるのかと思っていたけどそう言う訳でもなく、そこはかと無く寂しい思いをしていたのだが、一体どう言う事なのだろうか?

 ディスカー王国に送られた時と同じ様に、他の国へと向かう処なのだろうか?そうならば、見送りに来ていなかったのも納得出来ると言うモノか。



 まぁ、最後にこうして顔を見れたのだから、良いとしておくか。



 そう結論付けた俺だったが、ドラコーさんから発せられた言葉によって思考が停止する事になる。




「あ!やっと来たであります!まったく、遅いでありますよ!早く乗って出発せねば、今夜は野宿する羽目になるであります!

 自分、こう見えて繊細でありますからして、野宿するのはゴメン被るであります!」




 ……まるで、自分が同行するのは当たり前みたいな言い方ですね、だとか、その大荷物ってもしかして全財産だったりするんですかね?だとか、じゃああの家は引き払ったって事ですか?だとか、様々な言葉が脳裏を過ったが、取り敢えずは黙って頷き、そう言えばララさんは知っていたみたいですね?とジットリとした視線を頭越しに向けたりしてから、皆が待つ馬車へと乗り込むのであった。

取り敢えず、同行理由等は次回で

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