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「おっと、そう言えば、自己紹介がまだであったな。

 (オレ)はシグルド。シグルド=トイトブルグ・ドラグニティ。適当にシグルドとでも呼んで欲しい。

 その反応から聞いた覚えは無いのだろうが、これでも一応今代の『魔剣グラム』の担い手として、それなりに名前は通っておるハズなのだがな」



 その覇気とは裏腹に、何処か気安い感じで言葉を掛けて来る皇帝陛下、改めてシグルド陛下。

 言葉の感じから、恐らくは腰にでも差している名の通った名剣でも示してドヤ顔をしているのだろうが、既に注文の通りに厨房へと入っている俺からは見えていないので、どうにも反応がし辛くて困る。


 しかし、そんな俺の事情なぞ知った事ではないのだろうシグルド陛下は、そのまま俺の返答を待つ事無く言葉を続ける。



「それと、初対面の時は申し訳ない事をした。使用人とは言え、他の者の目が在る場所にて、一応は他国の者と目されておる相手であり、尚且つ使節の付き人扱いの者に気軽に声を掛けられる様な立場でも無かった故に、仕方の無かったのだと理解して頂きたい。これでも、それなりに心苦しい思いをしていたのでな」


「…………まぁ、多分そうなんじゃないのかなぁ?とは思っていたので、そこは割りとどうでも良いのですが……」


「おお!それは良かった!なに、万が一にも無いとは思うが、あの時のやり取りを根に持たれて、(オレ)の分だけ少なくされても困る故な。こうして『気にしていない』と言って貰えたのだから、その心配は無用となったと見ても良いのだろう?」


「……流石に、そんな事しませんよ。ガキじゃないんですから……」



 明確に俺へと向けられている言葉に返答しつつ、手は動かして材料を加工して行く。


 一応、事前に加工しておいた一頭分の熟成肉をそのまま半分に切り分けたモノをそのまま持ち込んだ(ララさんに背負って貰っていた)ので、量や部位に関しては『コレが無い!』『コレが足らない!』だとかの心配は少ないが、やはり熟成肉である以上表面は多少削る事になるので必然的に多少量が減るが、まぁその程度ならば大丈夫だろう。多分。


 それに、削ぎ落とした部分も、スープとかの出汁として使う事は出来るのだから、あながち無駄とも言えないんじゃあるまいか?

 まぁ、それも基本的には時間があって初めて出来る事だから、今回は[スキル]でズルさせて貰うけどね。


 取り敢えず、持ち込んだ熟成肉から外したアゲラダ骨を削ぎ落とした肉片と共に用意されていた寸胴へと放り込み、水を注いでコンロへと掛けて加熱して行く。


 ソレを、この城の料理人さん方にガン見されながら、追加でネギの様なドラグニティ原産の野菜である『プラソン』を投入し、本来ならば数時間掛けて出汁を抽出する為に煮込むのだが、今回は時間が掛けられない事もあるので先程も宣言した通りにちょいとばかりズルをさせて貰う事にする。



「と言う訳で、ほい。[抽出(エディキュア)]からの[熟成(ファーメント)]っと」



 [抽出(エディキュア)]によって肉片や骨から出汁と共に旨味がスープへと抽出され、[熟成(ファーメント)]により長時間煮込む事によって濃縮・熟成された風味と濃厚さが備わって行き、あっと言う間に黄金色に輝くスープが完成する。


 それに、塩や持ち込んだペペリ(こちらの世界の胡椒みたいなモノ)にて味付けをしていると、背後で見学していた料理人さん方から驚愕のどよめきが発せられるが、それに構う事無く少し取って味見をし、予想の通りに()()()()()()()()に少々顔をしかめながらも、それでも他にやりようが無い為に溜め息を溢しながらも次の料理へと手を移して行く。



 ……[抽出]も[熟成]も、こうやって時短するのなら使い勝手の良い[スキル]なのだけど、使わずに同じ状態にまで仕上げたモノの方が味は良いんだよなぁ……。

 なんでだろ?



 以前から感じていた不思議に首を傾げながらも手は止めず、ブロック状に切り出した赤身肉へと塩とペペリの粉を振り掛けてから、この城の薬草園に生えていたチスノークと呼ばれていたニンニクモドキを擂り下ろしたモノを表面に刷り込み、少しばかり[熟成]を使って全体に馴染ませ、付け合わせと共にオーブンへと放り込んでおく。


 そして、そのオーブンごと[熟成]の[スキル]の効果範囲内に指定して丸ごと時間を経過させ、本来長時間掛かるローストビーフもといローストアゲラダを作り上げる。



 ……この[熟成]の[スキル]は、今回の様に肉に使えば熟成肉を時間を掛ける事無く作れるし、料理に使えば面倒な煮込みや寝かしの手間を取らなくても済むのだが、どちらかと言うと対象のモノを熟成させている、と言うよりは対象のモノの時間を進めている、と言う感じが強い気がする。多分だけど。



 なんて事を考えながらも、今やっている作業には関係無いのでやはり手を止める事は無く、焼き上げたローストアゲラダの端の方を薄く切り落とし、中の状態を確認すると同時に味見をしておく。


 一応、良い感じの焼き加減に仕上がってはいたものの、やはりソースの類いは欲しかったので、焼く過程で出ていた肉汁を集めてグレイビーソースの様なモノを適当に作ってみる。


 頃合いを見て、偶々持ち歩いていた以前お好み焼きに使ったタレを少し加えて味に深みを出し、それと平行してこちらでも主食であったライ麦パンを擂り下ろしてパン粉モドキを作り、ついでにアゲラダ肉も叩いてミンチにして行く。


 熟成肉へと加工する前は、とてもでは無いがここまで気軽にミンチに出来る様な肉質では無かったし、何よりまともに食べられる様にしようとすると、固体と言うよりも液体に近いレベルにまで叩く必要が在ったので、ここまで大きく様変わりをしている事に、未だに驚きの感情を抱かされる。


 しかし、事在る毎に、こうして手作業でミンチにする必要が在るのは些か面倒だし、何より腕への負担が半端無いからいい加減ミンサーでも作ってみようかしらん?

 でも、案外と持ち運びに不便だろうし、何より汎用性が凄まじく低いから流用も難しいだろうし、専用になるなら少し考えたくなるかも?どうしよう?


 取り敢えず作ろうか、それとも止めておこうかと頭を悩ませてながらも、やはり手は止まらずに叩いてミンチにしたアゲラダ肉の半分をパン粉モドキと混ぜてまとめ、楕円形にしてから熱した鉄板にて焼いて行く。


 片面が焼けたらひっくり返し、この国の特産品だと言う度数の高い酒(見た目と香りはウイスキーに似ていた)を振り掛けてから半円状の金属製のボウルを蓋代わりに被せる事により、香りを付け、中まで火を通すと同時に肉の臭みも消して行く。


 そして、何故かララさんが持ってきていた小麦粉に卵と水と塩を加えて混ぜ合わせ、捏ねて広げて切り揃え、手打ちのパスタ……モドキを作りあげる。

 何故にパスタ『モドキ』かと言えば、俺自身が過去に作った経験が無い上に、最適な小麦(少なくともデュラム種では無い……ハズ)を使っている訳でも無いのだから、やっぱりモドキと付けるしかないだろう。


 そんなパスタモドキを沸かした鍋へと投入し茹でている間に、残しておいたチスノークを油を引いたフライパンにて少し炒めて香りを引き出し、そこにもう半分の挽き肉を投入して炒め、グレイビーソース風のナニカとアゲラダスープを加えて味を整えつつ汁気を加える。

 個人的な好みを言うのであれば、ここにトマトソースを加えたい処ではあるのだが、不幸にもこの世界にて未だに存在を確認できていないので、今回はお預けにするしかないのが悲しい処だ。


 ある程度のとろみと汁気を保ったソースが完成した段階で、多少芯に固さの残る麺を湯から上げて投入し、馴染ませると同時に最後の火入れをして固さを調節する。


 そして、それぞれを適切な大きさの皿へと盛り付け、こちらへと食い入る様に視線を送って来ていた料理人の人達へと手伝いを要請して、食堂にてソワソワと待機している陛下達の前へと配膳して行く。



「……取り敢えず、アゲラダ骨と肉のコンソメスープモドキとアゲラダハンバーグ。ローストアゲラダとアゲラダ肉のボロネーゼ風パスタとなっています。

 メインばかりになっていますが、前触れも無く急に呼び出されてしまったので他に食材を持ち込めなかったからだと思って貰えれば有難いです」


「……うむ、その点については、あのアホ娘が伝え忘れていたのが原因であるし、限られた条件にて手を尽くして貰ったのは(オレ)も理解しているからとやかく言うつもりは無い。

 ……無いから、そろそろ良いかな?(オレ)もそうだが、他も者達もそろそろ我慢の限界が近い様だしな」


「…………まぁ、思う処が無いでも無いですが、取り敢えず冷める前に召し上がれ?」



「「「「「「ヒャッハー、飯だーーー!!!」」」」」」




 特に詳しく説明をするつもりは無かったのだが、どうやら向こうの方が我慢が限界に達したらしく、催促されるがままに食事を促す言葉を放つと、まるで何処ぞの世紀末モヒカン共の様な歓声を挙げて料理へと食らい付いて行く美男美女だらけの皇族達。


 エチケットを守って優雅に、かつ己の取り分を奪われまいとするかの様に必死に料理を貪る彼らを尻目に、完全に血走り殺気立っている料理人達へと今回のレシピや正規の調理時間、更に今回使った一部のスパイス等がディスカー王国でしか今の処確認できていないと言う事を教えて行くのであった。




 なお、この後当然の様に大量のお代わりを要求されたり、半ば拉致する様にして料理人として抱え込まれそうになったり、果てには皇族の一人を宛がってドラグニティへと繋ぎ止めようとされたりしたのだが、それはまた別のお話である。

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