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ドラグニティ帝国の帝城へと到着した俺達だったが、直ぐ様皇帝と謁見する、と言う事には当然ならなかった。
正確に言えば、『俺が』皇帝と謁見するのは、と言うべきかも知れないが。
何故なら、少し前にも言った通りに、今回の訪問の表向きの理由としては、『先に送られたドラグニティからの使節への返礼』である。
故に、その使節の長としての任を委ねられているレティシア王女は、否応なしに国の長である皇帝へと謁見する事となるし、同様に使節を送った国を軽んじていると取られない為にも、皇帝側としても謁見の許可を出さざるを得ない、と言う訳だ。
しかし、それはあくまでも使節の長であり、他国の王族の一人でもあるレティシア王女に対してのみ。
表向きの地位や身分としては、只単にディスカー王国にて召喚された召喚者の一人であり、前線へと赴く事を拒否した者でしかない俺が、こうして使節の一人として同行していること自体が割りと異例中の異例だったりするので、真の目的である俺への正式な依頼と俺との直接の顔合わせ等をするのはまた後日、と言うのが関の山だろう。
まぁ、ぶっちゃけた話、それらをしない可能性の方が高いかも知れないけどね?
向こうも死活問題だから依頼している、と言う事も在るだろうけど、それでもこうして表には出せないモノとして依頼しているのだ。
わざわざ事の露見する可能性は高めたく無いだろうし、何よりそんな手間を掛けなければならない様な案件でも無い。
もっとも、そうして外部に委託しないと不味い、と判断する程度には重大な事例であるのは間違いないだろうし、何よりまだ俺に対する依頼の報酬の話だとかは一切進んでいないので、流石に何も無しだと困るのだけどね?
まぁ、そうなったら途中で依頼自体を放り投げて、さっさとディスカー王国にとんずらさせて貰う事になるだろうけど。
なんて事を思いつつ、本命の使節としてレティシア王女と、その従者枠で使用人のお姉さん、護衛枠としてララさんが付き添いとして謁見へと赴いて(俺から離れる事に激しく抵抗されたがどうにか説得した)おり、基本的には控えの間にてそれが終わるまで暇をしている俺達が出された茶をしばいていると、不意に扉がノックされ聞き覚えのある声が入室の許可を求めて来た。
『私です。謁見とそれに伴う会談が終わって戻って来ました。
……それで、私達だけでなく追加のお客様がいらしているのですが、入ってもよろしいですか?』
本来であれば、自分の部下や配下に配慮して許可を取る様な行為故に、俺達と同席していたドラグニティ側の使用人さん達(基本的に蜥蜴人)は怪訝そうな表情を浮かべていたが、ある意味当然の反応だった為に特に気にする事もなく入室の許可を出す。
すると、扉が開かれて真っ先にララさんが中へと入って来て俺の座っていた方へと顔を向けると、まるで主人を見付けた忠犬の様に尻尾を振り乱しながら真っ直ぐに向かって来た。
本来であれば飛び付いてしまいたかったのだろうが、俺の身体の状態を慮って直前でブレーキを掛けて踏み留まり、抱き締めて旋毛の辺りへとその鼻面を突っ込んで思う存分匂いを堪能するに留めていた。
そんな彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回したり、頭頂の耳の付け根裏側をカリカリして上げたりしていると、より一層激しく尻尾が振られる様になる。
それを、微笑ましそうに眺めつつ実際に微笑みを浮かべ、使用人のお姉さんを伴ったレティシア王女が何処か羨ましそうな感情を瞳に宿した状態にて入室し、それに続く形でこちらへと興味深そうな視線を向けつつドラコーさんが入室してきた。
その服装は、流石に直近で目にしていた旅の埃にまみれた旅装と同じ、と言う訳では無く、当然の様に謁見に相応しいのであろう上質で清潔なモノへと変化していた。
これまでの服装から、多分動きやすいパンツスタイルが好みなのだろう、と勝手に予想していたのだが、見事にそれを裏切る正統派な出で立ちのドレス姿であり、一瞬誰だか本気で分からず入室の際に言及されていたお客様だろうか?と思った程であった。
おまけに、普段はほぼ肌を見せない服装ばかりをしていたのに、今のドレス姿は背中を大胆に露出させ、その種族的な特徴である翼と尻尾が解放される作りとなっているので、健康的で色気の漂うその姿にララさんの前だと言うのに思わず見惚れ掛けてしまう。
そして、質の悪い事に、ドラコーさんの方もそれに気が付いてしまっていたらしく、普段の通りに悪ガキの様にニヤリと笑みを浮かべたかと思うと、次の瞬間には艶の感じられる流し目とちょっとした動作で、まるで誘い掛けられている様な雰囲気を作り上げられる。
思わず生唾を呑み込み、火に誘われる蛾の如くフラフラと吸い寄せられそうになってしまいかけたが、俺を抱き締めていたララさんの甘い香りと柔らかな感触により正気を取り戻す事に成功する。
……いかんいかん。
普段からしての低露出と、良く見ないと男なのか女なのか良く分からない様な服装をしていた処にこんな格好を見せられて、頭が混乱しているのだろう。ギャップ恐るべし。
まさか、ホルターネックで胸元までがっちり覆い、谷間何ソレ美味しいの?状態であるにも関わらず、背中が開けられていただけでこうまでしても惑わされるとは、ドラコーさん実はハニトラ要員だったのか?
それとも、只単に俺が気付いていなかっただけで、実は背中フェチだったとか?有り得るのか??
そんな風に、新しい扉を開けてしまったのか、それとも眠れる獅子を目覚めさせてしまったのか、と内心で自己分析を進めていると、ドラコーさんに続く形でもう一人この控えの間へと足を踏み入れている人がいた事に気が付く。
感じた気配を頼りに首を動かし、視線をそちらへと向けて移動させる。
するとそこには、きらびやか、とはお世辞にも言えないが、端から見ても上質であろう衣装を纏った壮年の男性が、こちらへと静かな瞳にて視線を注いで来ていた。
その金の瞳はドラコーさんと同じく縦に裂け、ゆったりとした造りの衣服からは翼と尻尾が覗いており、確実に蜥蜴人ではなく竜人なのだろう、と言う事が窺えた。
威厳を醸し出している口元の髭や、長く伸ばされて背中へと流れている頭髪は色を喪って白に近い銀となっているが、未だに毛根は衰えていないらしく生え際は後退してはいない様子だ。
多分、頭頂部だけ寂しい事になっている、と言う事も無いだろう。
顔付きも厳めしく、漂ってくる雰囲気や佇まいからも歴戦の武人と言った感じを様々と感じさせられる。
恐らくは、真っ正面からぶつかった場合、ララさんでも対処するのは難しいレベルの力量を持っていると見て間違いは無いハズだ。
……だが、そんな名前も知らず、まだ喋った事も無い様な相手であるのに、何故か俺の中で構築されたイメージがレティシア王女を挟んだ反対側にて未だにニヤニヤとにやけているドラコーさんのソレと近しい気がするのだ。
雰囲気も、佇まいも、ましてや髪の色や顔の造りまでそこまで似通っている訳では無い様に見えるのにも関わらず、だ。
強いて共通点を挙げるとすれば、同じく竜人だと言う事と、目尻の辺りに散らばっている鱗の配置と色が似ている様にも見えなくも無いが、果たしてソレを共通点として挙げても良いのだろうか……?
そんな思いから、無作法にもジロジロと無遠慮な視線を向けてしまっていたからか、男性とバッチリ視線が噛み合ってしまう。
咄嗟にそらそうかとも思ったが、それはそれで失礼になるかと思ってこちらからは逸らさずにいると、それまで厳めしくしていた表情を和らげて微笑みを浮かべる。
そしてドラコーさんの元へと歩み寄ると、その肩に手を置いてから耳元へと何かを囁き、最後に俺へと一瞥してから部屋を後にしてしまう。
そんな後ろ姿を呆然と見送り、結局何がしたかったのだろうか?と疑問に思っていると、とある呟きが二つ俺の耳へと届いて来た。
「……まさか、皇帝陛下が笑われるなんて、初めて見ました……」
「…………こ、ここに来て、自分に丸投げしないで貰いたかったのでありますが?大叔父殿……。
と言うか、報酬は望むモノを与えて良い、と言われても、自分の裁量の範疇を越えていると思うのであります……。
どうするのでありますかね……?」
そんな二人の呟きを耳にしてしまった俺は、ほぼ無意識的にその場で固まってしまうのであった。




