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『ソレ』に促されるままに円に足を踏み入れ、光に包まれるともうそこは異世界でした。
……うん、何を言っているのか分からないだろうけど、俺も良く分からない。
だけど、目の前に広がっている光景を端的に表現すると、そうなってしまうのだから仕方無い。
何せ、予め『異世界へと送る』と言われていた事もあるが、視界が晴れて一番最初に目に飛び込んで来たのが鎧兜に槍を手にした兵士達と、ローブを纏ってとんがり帽子を被った魔法使いの杖を持った老人。
そして、頭頂部から獣の耳を生やし、腰から獣の尻尾を生やした男女や、獣を人型に変形させた様な大柄な人達と言った、あからさまに現実には有り得ない、それこそ小説やゲームと言ったフィクションの中にしかいないハズの存在が目の前に居るのだから、そう表現するしかないだろう。むしろ、ソレ以外に表現の仕方が在るのであれば教えて欲しい位だ。
周囲を見回してみれば、俺達が立っているのは何処かの神殿の内部の様にも見えるし、足元には魔方陣の様な幾何学模様も存在している。
それらを目にし、改めてある種の感動と共に異世界へと召喚されたのだ、と言う事実を噛み締めている加田屋を横目に、俺は『悪い予感が当たったかな?』と一人周辺へと視線を巡らせる。
何故、そんな事をしているのか、と言えば、話は簡単。
……どうやら、俺達はあまり歓迎はされていないみたいなのだ。
他の連中はまだ気付いていないみたいだが、周囲に展開されている兵士達からは、油断の無い目配せと共に敵意を俺達がへと向けて放たれている。
おまけに、手にしている槍は穂先の鞘が外され、一応は立てられてはいるものの、何時でも穂先を向けて突き出せる様に構えられている。
槍を手にしていない、騎士階級と思われる鎧姿の人達も、その腰の剣こそ抜いてはいないものの、何時でも抜剣出来る様にと柄に手を掛けてこちらへと視線を配っている。
例の獣耳と尻尾を生やした人達なんて、あからさまにこちらを敵意の籠った目で見ながら、牙を向いて威嚇の唸り声を挙げている様にすら見える。
……まぁ、若干一名程、良く人に懐いた大型犬みたいなキラキラとした円らな瞳にてこちらを凝視しつつ、ヒクヒクと鼻を動かして匂いを嗅ぎながらユルユルと尻尾を振っている様に見えるから、全員が全員に嫌われているのでは無いのだろうけど。
……しかし、さっきから例の獣耳さん(恐らくは友好的だと思われる人)の視線が俺に固定されている様な気がするのは気のせいだろうか?
俺の後ろや周囲の連中が気になっているのかな?と身体を不格好に動かして位置を変わっても目が合うし、何ならさっきよりも近付いて来ているような……?
なんて思いながら観察していると、他の連中も周囲の状況に気が付いたらしく、俄に騒がしくなり始める。
すると、それまで黙ってこちらの様子を観察していたらしい上等な衣服を纏った中年男性が、俺達に向かって自分に着いてくる様に促して来る。
当然、それに対して上位のクラスカーストに所属していた連中から反発する者が現れるが、先導しようとしていた男性の鋭い眼光と、一斉に得物の柄へと手を掛けた騎士達による無言の圧力によって呆気なく引っ込む羽目になった。
そうして無言のまま、促されるままに召喚された部屋から退出し、先導されて何処かへと向かって行く俺達。
その後ろには、召喚された部屋にも居た兵士達がそっくりそのまま得物に手を掛けた状態にて、こちらの退路を断ちながら着いてきている。
…………唯一の例外として、何故かこちらへと唯一人敵意を向けていなかった獣耳の人は、これまた何故か俺の直ぐ後ろまで近寄って来ていて、さっきから頭の匂いを嗅がれているけども、恐らくは関係無いのだろう。
ついでに、俺の身体の動作が不自由だと見抜いたのか、背後から抱える様にして移動介助してくれているので、俺の頭の天辺にその鼻面を突っ込む形でスンスンと嗅がれているけども、そちらも関係無いのだろう。背後で兵士達が『おぉっ!?』みたいな感じで驚いているみたいだけど、きっと何も関係無いのだろう。多分。恐らくは。
……関係無いと、良いなぁ……。
と言うか、今気付いたのだけれど、確かに遠目に見ても顔の造りも獣のソレであったし、鎧も着ていたので体型すら良く分からなかったし、何より俺達よりも大分身長が高い(余裕で180は超えていると思う。多分190位は在る)ので分からなかったのだが、多分この人女性だね。うん。
なんとなく女性特有の『良い匂い』がするのもそうだし、硬い鎧越しでも抱えられている関係で背中に当たる弾性に富んだ物体もそうだが、俺の匂いを嗅ぐ度に『……ん。これはなかなか……!』だとか、『……ん。やっぱり、もしかすると……?』等の呟きが聞こえて来るのだが、その声はハスキー掛かってはいるものの、確実に女性の声質だったので、まず間違いは無いハズだ。
まぁ、だとしたらなんでこんなに引っ付かれているのかは不明だけどね?犬に懐かれるのとは話が違う。何もした覚えは無いんだけどなぁ……。
そんな感じで運ばれていると、時期に豪華で広々とした部屋へと到着する。
先導していた男性が、先に到着していたらしい人達の方へと進んで行く所を見ると、この部屋が目的地であって間違いは無いのだろう。
……これは、良くある『ハズレパターン』ってヤツかなぁ。
やっぱり、嫌な予感だけは当たるんだもんなぁ……。
内心で一人そう呟く。
あからさまにこちらへと敵意を向けつつ、こんなお偉いさん方が集中している部屋に案内させ、その部屋の中央には謎のタッチパネル付きのテレビみたいなモノが鎮座している。
はい、この手の小説で最早お決まりとなりつつあるド定番の『兵器扱い』来ました!……多分!
どうせ、この後アレ(推定タッチパネル)に全員触れさせ、そこで画面の方に所持している【職業】や[スキル]等を確認して、戦力になりそうなヤツは篤く保護し、そうでなかったら連中は血祭りに挙げる様に用意していたのではないだろうか?
現に、恐らくは召喚した俺達を見極める為だろうと思われるが、お偉いさんと思わしき連中が集まっている所の更に奥、更なる厳重な警備の元に一段高くなっていて、左右に一目で実力者だと分かる騎士を控えさせた玉座に座る王冠を被ったおっさんと同年代らしきおば(殺気!?)……お姉さま。そして、俺達と同年代の様に見える女の子がこちらへと視線を向けている。
その視線には良くも悪くも『温度』や『感情』と言うモノが感じられず、俺達に期待を寄せている訳ではないみたいだが、同時に俺達を道具として使い潰す事を決めていると言う訳でも無さそうだ。
……根拠?そんなモノ、実際に部隊でそう言う運用をしようとしていたクソ上司(味方しかいないハズの後方から狙撃されて二階級特進したよ。不思議だね?)がそう言う目をしていたからだけど?実体験ってヤツだね。
……それと、俺の勘違いでなければ、上手く隠しているみたいだけど、おっさんの瞳の中には僅かに『諦感』と『哀愁』が漂っている様にも見える……気がする。気のせいかも知れないけど。
なんて事を考えていると、先導していたおっさんが話終えたらしく、こちらへと戻って来て案の定例の装置(?)へと触れる事を促して来る。
内心での不満を隠そうともせず、それでいて自分の【職業】や[スキル]が明らかになればそれまでの扱いが覆る、と確信を抱いているのであろう深谷が率先して前へと進み出るのを、未だに俺の頭頂部に鼻先を埋めてクンカクンカしている獣耳のお姉さんが俺の胴に回している腕を軽く叩いて注意を引き、もう良いから放すか運ぶかして欲しい事を伝える。
すると、何故か解放せずに運搬する事を選択したらしく、深谷に釣られる形で進んで行ったクラスメイトの皆の後を進んで行く。
……兵士達や騎士達から、あいつは何故あんなことをしているんだ?と言う視線を一心に受けながら、になるけど。
そうこうしている内に深谷の奴が例の装置に触れたらしく、隣のモニターらしき画面に色々と表示されていたモノを纏めると次の様な感じになる。
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名前:深谷 雅人
【職業】:勇者
[スキル]:聖剣術・光魔法・限界突破
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背後にいた皆や俺に振り返ってドヤ顔を決めている深谷だが、こちらを窺っている様な素振りを見せていたおっさんやお偉いさん方の表情には、僅かばかりの『失望』が滲んでいる様にも見える事から、恐らくは望んでいたモノを深谷が持っていなかったと言う事なのだろう。
その証拠に、深谷は少々手荒に装置の前から退かされて、少し離れた場所へと連れて行かれている。
恐らく、自身が称賛を一心に受けながら祝福される事間違いないと思っていたのだろう。
移動させられている途中も、不思議そうな表情を浮かべながら抵抗しようとしていたが、アッサリと抑えられて連行されていた。
……と言うよりも、あの[スキル]の少なさ。もしかしなくてもあいつ、適性が無かったにも関わらず、無理して【勇者】だとか[聖剣術]だとか取ったんじゃあるまいか?そんなに異世界で俺tueeeしたかったんだろうか?意外とオタなんじゃのぅ。
そうこうしている内に、他の皆もどんどんと例の装置に触れ、自身が習得した【職業】と[スキル]を公開して行く。
中には、どうしてお前ソレ取ったんだ?と突っ込みを入れたくなる様な奇っ怪なモノから、お巡りさんこいつです!と通報したくなる様なモノをわざわざ取っていたヤツまで様々だった。
ちなみに、加田屋のヤツは【職業】が魔法系の[スキル]に大きな補正の掛かる【大魔導師】で当然[スキル]は魔法系を中心に、俺からのオススメで[錬金術]を取っていた。魔法職だし、多分何かしらの補正的なモノは入るんじゃないのかね?多分だけど。
桐谷さんは事前の申告の通りに他の誰かを守る事に特化した【守護聖者】で、[スキル]構成は回復魔法やヘイト管理に防御系の強化スキルと言った耐久タンク型になっており、その隙間を埋める形で俺が薦めていた[紡績]と[裁縫]、[刺繍]と言った女性らしい生産系スキルを幾つか持っていた。
そう、俺が二人に薦めたのは、戦闘系スキルばかりではなく、生産系のスキルも習得しておく事、だ。
万が一意に沿わない事をさせられそうになったとしても、予想外に敵性体が強くて手も足も出なかったとしても、生産系のスキルを身に付けておけば潰しは効くし、何より選択の幅が拡がる事になる。選択肢の少なさは、イコールで未来の狭さに繋がるからね。持っておくのに越したことは無い……ハズ!多分。きっと。
そんな二人だけど、先に公開した深谷とは別の方に連れて行かれている。
二人だけでなく、加田屋経由で俺が唆したクラスメイト達は基本的にそちらにいる以上、恐らくの分別法則は掴めたと思うし、深谷達の方みたいに露骨に警戒されてはいないと言うか、むしろ丁重に扱われているところを見ると、どうやら俺の初期の予想が外れたっぽいかな?どうだろう?
なんて事を考えながらも、一応注目を集める場まで運ばれる訳には行かなかったのでどうにか下ろしてもらい(何故か捨てられた子犬の様な目で見られながら鼻を鳴らされた。反射的にその狼っぽく見える頭部を撫で回しそうになったが我慢した)、装置へと歩み寄ると、ぎこちない動作にて指定された部分に手を置くのであった。