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 訓練場にて治療班の人達にやり方を教授し、その上で経過観察に於いても治療後の生活や復帰が非常にスムーズに行える、と言う事を示せてから早数日。


 俺達一行は、城の厨房とそこに隣接された食堂に集まっていた。



「……さて、アレから数日掛けて麦を乾燥させ、その後脱穀やら分別やら焙煎やら製粉やらを丸っと済ませて、ようやっと用意できた小麦粉が俺達の前に在る訳ですが、どうするかね?」


「……どうする、って、何を?今日は試食会だ、って名目で皆集まってるんだから、取り敢えずは食べるんでしょ?」


(((((……ウンウン)))))



 ボウルに盛られ、俺達の手によって加工されるのを今か今かと待ちわびている小麦粉を前にして、思わず溢れた俺の呟きに隣の加田屋が突っ込みを入れ、それに同意する様に他の皆が頷いて見せる。


 そんな皆に分かりやすい様に失望の色を表情に浮かべつつ、加田屋へは特に念入りに蔑みの感情を視線に込めて上から見下ろしながら溜め息と共に言葉を掛ける。



「…………はぁ。お前さぁ、その返しはどうなのよ?これは、アレよ?材料を前にして、どう料理しようか?って考えていて溢れた呟きよ?

 なのにお前さん、取り敢えずは食べる、って、流石にどうよ?生の食材を前にして、取り敢えずそのままで齧ってみる、ってレベルの暴挙だぞ?

 それとも、マジでコレこのまま食う気かね?幾らお前さんが悪食だったとしたら、生産者としては流石に見過ごせんぞ?確実に腹下す事になるからな?ん??」


「アッハイ。

 ……まぁ、でも言われてみれば、確かにそうね。要は、何を作ろうか、って話だった訳だ。メンゴメンゴ。

 でも、そこは普通にパンでも捏ねれば良いんじゃないの?一応、酵母の方も用意してあるんだから」


「まぁ、そのつもりではあったんだけどさ?でも、こうしてモノを前にしてみると、それだと捻りが無さすぎてつまらないと思わないか?もちろん、後でパンも焼くつもりだけど」


「…………この手の作業にそう言う遊び心を混ぜちゃいけない、って良く言われてるんだけど、聞いたこと無い?料理初心者の失敗って、大抵そこから始まるんだよ?」


「いや、流石にメシマズやらアレンジャーやらみたいなアバンギャルドに満ちた挑戦をしようとしている訳じゃないからな?

 アレだ。どうせ作るなら、何を作ろうか?って話さ。以前からちょくちょく道具の類いは作り貯めていたから、今なら小麦粉を使う類いの料理なら、余程変なリクエストでなければ受け付けてやれるけど?

 タコ焼きだろうか、お好み焼きだろうが、何でも言うだけ言ってみれば?まぁ、もっとも?アレも無いコレも無い、の状況には代わり無いから、かなりの確率で代替品が紛れ込む事になるのは勘弁だけどな?」


「…………因みに、その二品を頼んだ場合、何をどれで代用されるか聞いても良い?」


「えぇ、良いですよ。まぁ、もっとも、そこまで極端な替え方をする訳じゃないですけどね?

 精々、タコ焼きのタコをワームの類いの魔物の肉で代用したり、お好み焼きの豚肉やらエビやらイカやらを、オークやらジャイアントシケーダ(セミに良く似た巨大な魔物)やらクラーケンやらで代用する程度だから、多分大丈夫?きっと、恐らくは」


「なんだか食べちゃいけないモノだとか、聞いちゃいけなかったモノだとかが大量に混ざってる気がするんだけど!?」


「流石に、そんな下手物で代用するのは止めようか!?

 少なくとも、僕はモノを目の前にして冷静でいられる自信が無いんだけど!?」



 からかい半分にて、候補として考えていた食材を上げると、面白い程に予想通りの反応を見せる二人(加田屋と桐谷さん)。

 しかし、その他の面子に関しては平然としており、むしろ二人の反応に対して戸惑っている雰囲気を隠せていなかった。



「…………ん?んん?そんなに、過剰反応する様な事、タキガワ言ってた……?

 どれも、普通に食べるヤツばかりのハズだけど……?」


「……そう、だよな?そんなに、変なモノ混じってたか……?

 少なくとも、あたしは分からなかったけど……?なんか変な事言ってたか……?」


「……そう、ですよね……?少なくとも、先程上げられた『食材』に関しては、普段から食卓に上がるモノや、入手の難しさから希少な扱いをされているモノもありましたが、確実にどれも食べれるモノばかりだったかと……?

 あ、私個人としましてはクラーケンが好みなので、その『オコノミヤキ』?を作られる際にはクラーケン多目でお願いします」


「そうだねぇ。ウチとしては、あまりクラーケンだとかには馴染みが無いけど、結構食うって言うのは聞く話だったね。

 まぁ、個人的にはジャイアントシケーダよりも、むしろソリダムティカーダ(巨大なセミの幼虫の様な魔物)の方が好みだねぇ。小振りだし、地面を掘り返しでもしないと滅多にお目に掛かれないし、おまけに暫く泥吐きさせないととてもじゃないけど食えたもんじゃないけど、それでもキチンと処理すれば濃厚な味わいとプリプリした歯触りが絶品で、かなり旨いんだけどねぇ」




「「………………え……?」」




 異世界組のまさかの反応に、思わず絶句して固まる二人。


 まぁ、でもそれも仕方の無い事だろう。


 何せ、欠片も食べるだろう、と予測していなかった諸々が、現地人にとっては普通に食べるモノだった、と言うのはかなりの衝撃が在るからね。カルチャーショックってやつだろう。

 俺も、さっき上げた諸々が実際に朝市で売られている処を見て、腰抜かしそうになったからね。アレはビビった。マジで。


 まぁ、流石に、厨房に設置した冷蔵庫モドキ(氷の魔法にて中の食材を冷やす魔道具。少し前に作っておいた)にて保管してある食材の現物を見せる程に鬼畜では無いつもりだ。

 今の状態の二人に見せたら、ワンチャンパニクるか、もしくは失神する可能性もなきにしもあらずだしね。失禁?否定はしない。


 なんて下らない事を倩と考えていると、食堂の方にて女性陣が盛り上がりを見せている様子。


 漏れ聞こえて来る会話を頼りに推測すると、どうやら異世界組の面々が俺が例として出した料理に興味を引かれたらしく、それに関して知っているのであろう桐谷さんを囲んで色々と聞き出そうとしているらしい。



「―――成る程。では、先程上げられた料理には、その特別なソースが肝要、と言う事ですね?」


「うん、そうなるね。前者のタコ焼きに関しては、似たようなモノでソース無しのモノも在るけど、やっぱり後者のお好み焼きには必須に成る程には重要なモノだね~」


「……ん。こっちにもソースの類いは無くもない。そのソース、どんな感じ?」


「ん~、どんな感じ、と言われると……。

 味は濃厚で、甘味の強いモノが多い、かな?それでいて塩味も確り付いていて、コクも深くてハマる人はとことんハマってたね。

 一定数の中毒者を出す程度には、国で広く親しまれていた品物だったよ」


「……おいおい、そんなの食べて大丈夫なのか……?

 と言うか、そんなに重要なモノ、こっちで用意できたのかよ?無いとマズイんだろ?それ」


「……まぁ、そうなんですが……。もしかしたら、滝川君が自作した可能性も高そうなんですよねぇ……」


「……それって、自作出来る様なモノなのかい?話を聞く限りだと、各家庭で作る様なモノじゃないんだろ?」


「……さぁ?どうなんでしょう……?

 材料さえあれば作れる人は作れる、みたいに聞いたことが在るので、もしかしたらワンチャン在るんじゃない、かなぁ~?と。

 何せ、やっているのが滝川君なので、割りと確率は高そうなんですよねぇ……」


「「「「まぁ、タキガワ(様)だしねぇ……」」」」



 ……何やら散々な言われようだが、会話の流れからしてお好み焼きに意見が傾いている様子なので、特に決をとる事もせずにキャベツ(に似たなにか)を刻み始める。


 すると、それを見て何かを決心したのか、加田屋も無言のままに新しいボウルを用意し始めるが、視線のみにて俺へと『ソースは?』と問い掛けて来る。


 それに対して俺は、一応は加工しておいたジャイアントシケーダの脚肉の剥き身(この状態だとマジでエビの剥き身にしか見えない)を一口大にカットしながら、台所の上へと濃い茶色をした液体の詰まった瓶をゴトリと置いてやる。


 本当に出てきた衝撃で固まったり、味見して目が溢れそうな位に見開いたり、言葉が出ずに『どうやって作った!?』と身振り手振りにて問い掛けて来る加田屋の姿を横目に、投入する具材を適当にカットして溶いた生地へと投入し、油を引いた鉄板へと広げて焼いて行く。


 生地と具材が焼けるよい匂いと共に、良い感じで焼けて行くジュージューと言う音が響き渡り、思わず部隊に居た過去の野外食を作っていた時の事を思い出し、半ば無意識的にメロディーだけの鼻歌を垂れ流しにしてしまう。


 それに気付かぬままにヘラを使って焼けたであろうモノから順次ひっくり返し、表面へとハケでソースをたっぷりと塗って行く。


 表面から脇を伝って鉄板へと流れ落ち、愉快な音を立てながらソースの芳ばしい香りに、隣の食堂にて待機している皆以外にも、俺達のやり方を見学していた料理長を始めとした厨房スタッフ達も、無言で俺達の手元やソースの瓶を凝視している様子だ。


 あまり火を通しすぎるのも良くないし、俺の所持している[料理]の[スキル]も『そろそろ最高の出来になる』と教えてくれていたので手早く鉄板から引き上げ、事前に作っておいたマヨネーズと小ネギ(ぽい何か)をたっぷりとソースの上から振り掛ける。


 本当は、ここに鰹節だとか青のりだとかを加えたりするのが美味いのだろうけど、流石にそれらを代用出来るだけのモノはまだ見付けられていなかったので、泣く泣く諦めて人数分仕上げると、いつもの様に何人前か余計に焼き上げてそれらを厨房の料理スタッフ達用に残しておき、加田屋と二人で食堂まで運び込んで行く。


 まだこちらに来て二月程しか経ってはいないが、それでも故郷の味は堪らないのかお好み焼きを前にして感動した様子を隠そうともしないと桐谷さんや、芳ばしいソースの香りに涎を垂らさんばかりの形相にて待機している異世界組(ララさんの口許は既に濡れている様にも見える)と言った面々から急かされる様にして、作り手兼主催者として席に着き、試食会の開始を宣言しようとしたその時。




「失礼するであります!

 こちらに『救世主』タキガワ殿が居られるとお聞きしたのでありますが、実際に居られるでありましょうか!

 ……ついでに、先程から廊下にまで何やら良い匂いが漂って来ていたのでありますが、もしその料理に余剰分が在るのであれば自分にも分けて欲しいであります!」




 グゥ~~~~~!!!




 勢い良く扉を押し開き、目尻に鱗の様なモノが生えているあまり見覚えの無い女性が食堂へと足を踏み入れながら盛大に腹の音を鳴らし、その上で良く通る若干ハスキー気味な声にて俺を探している旨の言葉を放つのであった。

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