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一日を刈り入れに費やして小麦を収穫し、更にその次の日にまたしても一日掛かりで藁棚を組んで小麦を乾燥させ始めてから数日が経過した頃。
俺達の姿は、とある訓練場の程近くに在った。
……話が急過ぎる?
うん。俺も、そう思う。
だけど、これもオルランドゥ王からの依頼である以上、養って貰っている身の上では、従うしか無いと言うのが悲しい処だ。よよよ~(嘘泣き)。
「……ん。それで、結局どんな依頼だった?
一応とは言え、吾も助手なのだから、具体的に何をするのか位は知っておきたいのだけど?」
普段の通りに俺を運んでくれているララさんの声が頭上から降ってきた事により、内心にて繰り広げていた一人芝居を畳んでララさんだけでなく他の面子(加田屋、桐谷さん、セレティさん)にも聞こえる様に、若干声量を大きめにしながら説明する。
「そう言えば、到着してから説明する、って言っておきましたね。
じゃあ、依頼の内容を説明させて貰いますけど、そこまで難しいモノでも無いですよ?
『騎士団の治療班に指導をお願いしたい』
俺が、オルランドゥ王から依頼された内容は、ただそれだけです。
もっとも、これまでその方面に携わっていて、尚且つ現場を知っている桐谷さんなら、この依頼の本当の意味も分かりますよね?」
「……あ~、うん。そう、だね~。確かに、この世界の人達だったら、例え治療のプロとして活動していても、私達が教えなきゃならない事になる、かなぁ……?」
「……あぁ、そう言う事かい?そう言えば、あの時もあんたはなんかやってたみたいだけど、それの事なんだろう?
噂になってたのを耳にしたんだけど、あんたが面倒見た連中って他の連中よりも綺麗に治ってたそうじゃないか。それが、回り回って陛下の耳に入ったんじゃないのかねぇ?」
「「…………???」」
俺が王から投げられた、表向きに見えて本当にそれだけの意味しか無いが、さりとて分かる者にしか意味が分からない依頼内容を聞き、桐谷さんは気まずそうにしながらも納得し、セレティさんはダンジョンから魔物が氾濫した時の出来事を思い出したらしく、理解出来ないながらも頷いていた。
残りの加田屋とララさんは、本格的に理解できていないらしく首を傾げている。
……こちらの世界の住人で、その手の感覚が鈍いララさんはともかくとして、俺や桐谷さんと同じ感覚の持ち主であるお前が首を傾げるんじゃ無いよ……。
内心でそう嘆息しつつも、取り敢えずは移動しきるだけはしきってしまう方が良いだろうとの考えから、俺を抱えているララさんの腕を軽く叩いて移動を促す。
そして俺達は、埃っぽくて土臭く、それでいて血や汗やその他諸々が染み込んだ上に、男子校の部室の様な『漢臭』が満面無く塗布された様な、何とも言えない芳醇な香りのする医務室へと向かって行くのであった。
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「これはこれは、お待ちしておりましたよ救世主様!さぁ、中へどうぞ!陛下から、お話は窺っております!」
そう、一応は歓迎の言葉を口にし、医務室の中へと俺達を招き入れようと、白衣に似た服装をしている人物が手を差し伸べて来る。
しかし、その笑みを浮かべている口元には皮肉さが滲み、緩められている目元とは裏腹に瞳に宿る光はこちらを値踏みする色合いが含まれている様に見える。
……まぁ、それも当然か。
何せ、俺が依頼されてとは言えこうして来たと言う事は、それまでここで行われていた事を丸っと否定する事に繋がるのだから、ね……。
「……処で、我々治療班への指導をして頂ける、とのお話でしたが、具体的にどの様な事をお教え頂けるのですかな?
聞いた処によりますと、確か救世主様の元々居られた世界には魔法やそれに類する技術の類いが存在していなかったとか。
流石に、我々としましても、今さら包帯の巻き方や、骨折した際の骨の整え方等はお教え頂かなくとも承知しておりますので、結構ですよ?
……それとも、もしや人の身体を切り裂いて直接的に内部を弄くる邪法や、深い切り傷等を針と糸で無理矢理縫い付ける様な野蛮な方法をお教え頂けるなんて事は、仰られませんよねぇ……?」
「…………えぇ、流石に、そんな基本的な事をわざわざ教えになんて来ませんよ。まぁ、ある意味では、それら並に基本的な事柄かも知れませんけど、ね?
……それとも、それらの知識や技術を、俄知識を頼りに伝えようとしてきた者達が既にいる、とでも?」
「……えぇ、否定はしませんよ。
もっとも、ほんの数日前にこちらが招いている訳でも、教えを乞うた訳でも無いのに押し掛けて来て、散々高説を垂れておきながら実際には何も出来ず、挙げ句の果てには理解出来なかったこちらが悪いとばかりに罵声を残して行った召喚者のグループが在ったなんて事は言いませんし、そのグループのリーダーが【勇者】を名乗っていた、なんて事も在りませんでしたよ?
えぇ、在りませんでしたとも」
「……それは、御愁傷様、と言わざるを得ないですね。お悔やみを申し上げます。
……ですが、それらを聞いた事が在るのなら話は早い。何せ、俺にオルランドゥ王が教授する様に依頼してきた内容も、それらと部分的には被る処も在りますから、ね」
「…………なんですって……?」
俺の言葉に反応し、訝しむ様子を隠そうともせずに振り返る治療班の人(名前を知らない)。
その顔と瞳には、既に不信感がありありと浮かばされているが、俺は敢えて無視して怪我人の居ない医務室の中をグルリと見回す。
「……さて、では早速教授に、と言いたい処ですが、今はまだ怪我人は居ない様子。流石に、教材として用意しろ、とも、確保しておけ、とも言えない以上は致し方無いとは言え、コレでは実地研修が出来る状態でも無いでしょう?
なので、今回教授に参加する方は、俺達と共に訓練場の方に移動願います。もちろん、貴方も、ね?」
「……なっ……!?」
「……ん。なら、訓練場はこっち。やるなら、早く移動する」
「えぇ、お願いしますね。では、行きましょうか。他の方々も、移動するので着いて来て下さいねぇ~」
「……ちょっ!?まっ……!!」
今度は、俺の言葉の衝撃が強すぎて信じられなかったのか、驚愕の表情にて固まってしまう治療班の人だったが、一々個人の反応に構ってやる暇も理由も無い為に、他の人達にも声を掛けてさっさと移動する。
後ろから戸惑いながらドタドタと移動してくる他の人達の気配を感じながら、敢えて無視してララさんに運搬して貰って進むと、学校のグラウンド程度の広さの土が剥き出しの状態となった広場が現れ、その中にて様々な人種の人々が、コレまた様々な装備に身を包んでそれぞれの目的に合わせてトレーニングを積んでいた。
……その、誰も彼もが汗臭く、土埃にまみれた状態にて流血し、それでいてなお相手に向かって行く脳筋で雄臭い光景にげんなりし、時折視界に写り込む他の連中と同レベルの脳筋臭を漂わせているゴリウーにガッカリしつつ、ララさんの手を軽く叩いてこの場の責任者的立場に在る人の元へと移動する様に指示を出す。
そして、その先にいた責任者の人に協力を仰ぎ、俺が出した特定の条件下に在る人達を中心として集めて貰う様にお願いする。
その俺の出した条件は、この世界に於いては『なんでそんな当たり前の事を聞くんだ?』と言う様な事であり、事前の予想としては笑い飛ばされて拒否される事も想定していたのだが、
「うむ、了解致した救世主殿!陛下からも、救世主殿の要請には可能な限り従う様に、との命を受けておりますので、直ぐにその様に手配致しましょう!!」
と、何故かその責任者は快諾してくれた。
……おまけに、その責任者と言うのが、以前開かれたダンジョンの氾濫の戦勝祝いの席にて深谷を圧倒的な実力差にて下し、俺の事を侮辱するかのような事を口にして桐谷さんとの戦闘に発展後、ララさん達によって強制的に会場から排除されていたあの獅子の特徴が強く出ていた獣人その人だったのだから、なおのこと断られるのではないか、と心配していたのだが、どうやら杞憂に終わった様だ。
「……その、なんと言いますか……。
謝罪が遅くなって大変申し訳無いのですが、あの時の件は吾輩の意志による行動ではありましたが、貴方様を批判し否定する為のモノでは無かった、とご理解頂ければ幸いなのですが……」
「…………えぇっと、その……。
……もしかして、あの時は、本心からの行動では無かったものの、わざとああしていたって感じですか……?
俺が、どんな存在だったのか、を見極める為に……?」
「…………見抜かれておりましたか……。
いやはや、お恥ずかしい限りです……」
「……まぁ、なんとなくは?
だって、あの時俺が居たの分かってましたよね?バッチリ目が合いましたし。引き出そうと思えば行けましたよね?」
気まずそうに後頭部を掻き、恥ずかしそうに視線を逸らす責任者さん。
その姿に、同性で、しかも遥かに年上なハズの相手であるにも関わらず、何故か『可愛らしい』と言う感想を抱くと共に、胸の内がほっこりとしてくる。
アレかね?見た目がララさん以上に獣よりで、端から見ている限りだとほぼ二足歩行状態のライオンだからそう見えるのだろうか?
俺個人としては、向こうの世界で言う処のネコ動画を見ている様な気分になってくるんだけども?
なんて事を内心で倩と考えながら、我ながらその手のボーダーラインは何処に在るのだろうか?と半ば哲学的な事に頭を悩ませていると、俺が出した条件に合致する人達が選出され終わったとの知らせを受けたので、その人達が集まっている場所へと移動して行くのであった。




