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「は~い、じゃあ皆さ~ん。収穫を始めますよ~」
「「「「「「うぇ~い!!!」」」」」」
かなり流れがグタグダになっていた事もあり、俺が掛けた号令も割りと気の抜けたモノとなってしまっていたが、それに呼応するかの様に参加者達も、レティシア王女を含めた一同全員が気の抜けた声援にて応えて来たので、もう気にしない事にして作業を開始する。
取り敢えず、目の前に生えている麦の藁束を左手で纏めて掴み、右手の鎌を根元に当てて僅かに横方向へとスライドさせながら手前へと引き寄せる。
すると、刃の鋭さと、緩やかに湾曲している形状から得られる合理的な力の伝導により、僅かな抵抗感の後に綺麗に刈り取られて地面から分離する。
そうして手に残った茎と稲穂の部分の重さに驚きつつも感動し、再度自ら作り出したモノだと言う事を実感しつつ、予め用意していた藁縄にて茎の中程を一巻きして縛り、腰に着けている籠の中へと落として次の束へと手を伸ばす。
他の皆は、初めて使う鎌の使い方に苦戦していたり、一度に手に取る最適な藁束の量が分からずに手こずっていたりして中々作業が進んでいない様子を尻目に、俺は一人だけサクサクと刈り取りを進めて行く。
刃物の扱いと言う点に関してはララさんが、手先の器用さと言う点ではルルさんとレティシア王女が、稲穂の扱い方に関してはセレティさんがそれぞれ光るモノを持っているし、同じく召喚組である二人も決してトロトロと作業をしている訳でも無い。
……無いのだが、やはり【職業】と[スキル]との両方の面でのアシストの利いている俺の方が作業自体の効率も良く動作も素早くなるためか、開始してそんなに経っていない事もあって既に皆の倍近くの面積を刈り取り終えてしまっている。
もっとも、それもある意味当然か、とチラリと横目を作業中の面々へと向ける。
するとそこには、麦穂の波に見え隠れしながら腰を曲げて屈み込んではその際の衝撃で波打たせ、藁束へと手を伸ばしては形を変え、鎌で刈り取っては震わせ、藁束を纏めて籠に放り込み、立ち上がって腰を伸ばしては大きく跳ね上げられている立派な『オモチ』の数々が存在していたからだ。
種族的にそこまでボリュームが無いが全身のバランスが良いセレティさんや、男から性転換(強制)したからか他の面子と比べると若干小さめ(本人談)である加田屋を除けば、皆並々ならぬボリュームを誇る立派な『オモチ』を所持しておられる。
この世界にはまだそこまでの保持力を誇る下着の類いが存在していない(下着自体はちゃんと在る)ので、動作の度にその大きな質量と重量を誇るかの様に、右に左にと揺れ動いているのだ。
そんな重りを着け、更に言えば勝手に動いて重心が定まらない中で、何も無い俺と同じ様に作業をしろ、と言う方がどうかしている。
更に言えば、敢えてそちらの枠組みから外した二人とて、重りが軽いから作業が早いのか?と言われれば、別の理由から『否』と言わざるを得ないだろう。
何せ、セレティさんはセレティさんで、俺達只人基準で言う処の三十歳付近の年齢で在るらしく、長時間同じ姿勢を保ったままでの作業が辛くなってきたのだとこの間溢していた。
現に、今も他の面々よりも頻繁に屈んでいる処から腰を伸ばし、時折叩いたり擦ったりしている。
本人曰く
『尻がデカイから腰も悪くなり易いのかねぇ』
との事だが、俺としてはそこも彼女の魅力の一つだと思っているので、そこまで卑下しなくても良いと思っているのだけど。当然、本人にもそれは言葉と行動にて伝えてある。それはもう、たっぷり、じっくりと、ね?(意味深)
そして、残りの加田屋だが、こいつの場合は単純に身体の変化にまだ感覚が追い付いていないと言うだけだろう。
今までよりも身長が縮み、体重や筋力が落ちた上に、それまで無かったモノが出来たり、今まで在ったモノが居なくなったり、肩幅や足のサイズも縮んだり、と外見的な変化を上げて行けばきりがないのが現状だ。
それでいて、以前と同じ様な動きをしろ、と言う方がどうかしている。
むしろ、精神的に変調をきたさず、こうして笑いながら日常生活を送っていられる方が異常だと言っても良いハズだ。
何せ、本職の薬師であるセレティさんが調べた結果として、もう元の身体には戻れない、と判断されてしまっているのだから、その衝撃は計り知れない程だったハズ。
流石に、特級ポーションの更に上に位置するエリクサーでも使えば戻れる可能性は無くも無いらしいのだが、あくまでもそれは効果からの予想であり、実際の確率としては『もしかしたら戻れるんじゃないの……かなぁ……?』程度だと思って貰った方が良い、とは加田屋とセレティさん本人の口から語られた事である。南無。
まぁ、本人的にはもう気にしていないらしいし、何より本人の口から
『女の子として生きて行く事に決めました!!』
との発言まで飛び出している以上は多分大丈夫だろう。
それに、なんだかんだでそれまではあまり交流を持っていなかったこちらの人々(主に女性)と仲良くなっていたり、[裁縫]や[紡績]持ちの女子達に協力してもらって可愛らしい『女の子服』等を作って貰ったり(あの時来ていた服もコレに当たるらしい)して着飾ったりと、案外と現状を楽しんでいるみたいだから心配在るまい。
そんな事を思いながら暫くそうして作業を進めて行く。
すると、刈り取った藁束を入れようとした時に、既に腰の籠が満杯になってもう入らない状態になっている事に気が付く。
一応、それなりの大きさの籠を用意しておいたハズなのだが、やはり僅か三人程度で整えた畑とは言えそこそこの規模で拓けてしまっていた為に、流石に容量が足らなかったと言う事だろう。
もっとも、収穫作業に複数人掛かりで挑む事が必須になる規模である以上、こうなって当然だったと言う事になるのかも知れないけどね?
確認の為に立ち上がったついでに周囲へと視線を向ける。
今俺のいる場所が、大体畑の真ん中位の位置。
大雑把に参加人数で分けて割り振った分担の領域を、端から掃討しながら進んできたので、ほぼ半分終わったと言う事になる。
そして、更に視線を下げれば、他の面々が四苦八苦しながら刈り取りを進めている姿が目に写る。
一番進んでいる様に見えるララさんですら、まだ全体の三分の一程度。
一番進捗の悪そうに見える加田屋とレティシア王女がトントン位で、大体俺の半分位、と言った処だろうか?
その他の面子は、先に出した面子の間くらいの進み具合なので、当然まだまだ時間は掛かるだろう。
まぁ、そう急ぐモノでも無いし、割り当てが終わったら手伝っちゃいけないとも決められていないのだから、気長にゆっくりやるとしますかね。
内心でそう呟きを漏らした俺は、一旦籠の中身をどうにかするために坊主状態になった畑を引き返して行く。
そして、藁束の一時保管所にして乾燥予定地である、持ち込んだ荷物の置場所の隣に広げられた大きな布の上へと、奥の方から藁束を並べて置いて行く。
ぶっちゃけ、こうして並べる事に意味はないので、籠を逆さまにして適当にぶちまけ、その後で軽く広げるだけでも良いと言えば良いのだが、なんとなくそうやって雑にやるのが憚られるのでこうして丁寧に広げていたりする。
……誰もまだやっていない一番最初の事って、何故だが綺麗にやらないとダメみたいな気がして来ない?
……特にはしない?さいで。
そうやって藁束を並べていると、それぞれの籠が一杯になったのか、それとも小休止の為かは置いておくとして、皆も畑から俺の居る処へと移動してくる。
どちらかと言うと、稲穂からの落ち穂を防ぐために敷いておいた布ではあったが、まだまだスペースに余りのある現状では巨大なレジャーシートと表現しても間違いではないであろう見た目をしている為か、加田屋と桐谷さんは躊躇う事無くブーツを脱いでから敷き布へと上がって座り込む。
……こやつら、まだ始めて間もない上に、まだ担当の三分の一程度しかやってないと言うのに、もう休憩のつもりか……?
半ば呆れの感情を滲ませながら二人へと視線を向けていると、そんな二人の行動に釣られてか残りの面子も思い思いに履いていたブーツを脱ぎ捨て、何故か恐々とした様子にておずおずと敷き布の上へと座り込んで行く。
……その様子は、そうする事が作法だと聞いてはいるが、実際にするのは初めてだ、と言う様な人達の行動に酷似しており、あからさまに『誰か』からそうするように、との訓示を受けている事が窺える。
……さてはあの二人。最初からこうするつもりで、他の面々に在ること無いこと吹き込んだな……?
わざと視線を逸らしたり、下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしている二人の姿に思わずイラッとさせられるが、同行していた使用人のお姉さんが濡れタオルを配ったり、お茶を容れ始めたりしている姿を目の当たりにしてしまった為に、まぁ仕方ないか、と休憩だと気持ちを割り切る事に決め、俺もブーツを脱いで敷き布へと上がり込むのであった。
……なお、二人には休憩終わりに割り当てを増やし、その上で夕暮れ近くになるまで手伝いが入る事を禁止する罰を与えておいた。
終了間近になる頃には、流石に反省したのか半泣きになっていたが、なんとなくまた何かしらやらかすのだろうなぁ、と思う俺であったが、何はともあれこうして小麦の収穫を終える事に成功したのであった。




