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 俺がレティシア王女から報告を受け、加田屋がはっちゃけて女子として生きて行く宣言をかましてくれた翌日。



 俺の姿は、自室として与えられている客室ではなく、城の外に在る外壁近くの小麦を植えた畑に存在していた。



 何故にそんな処にいるのか、と言えば理由は簡単。


 そろそろ、収穫出来る頃合いであるハズだからだ。


 本来であれば、こんな植えて一週間程度で何をアホな事を、と言いたくもなるが、その辺りは俺の習得した[改良]と[操作]と[傾向指定]の[スキル]によって魔改造済みであり、現にこうして俺の目の前には青々とした生育途中の状態をすっ飛ばし、既に枯れ草色に染まってその穂を垂らしている黄金色の海(小)が写り込んでいる。


 これまで壊し殺し血に濡れる事しかしてこなかった俺の手が、こうして目の前に広がる光景を作り出したのだと言う事に少なくない感動を覚えると共に、漸く僅かながらも地に足を着けて立っているのだ、と言う実感が湧いてくる。


 そんな感慨にうち震えている俺の横をひょいっと通り、たわわな実りによって頭を重々しく垂れている穂先を手で掬い、持ち上げたり匂いを嗅いだりして好奇心の赴くままに確認行動を取り始めるララさんと、可能性としてコレから国を上げて生産する対象になるかも知れないモノを、物珍しそうに眺めるレティシア王女の二人。


 ララさんは、既に同じ部屋にて寝起きを共にしている上に、名目上は俺の護衛兼助手(&運搬係)となっているので必然的に同行する事になり、レティシア王女に関してはたまたま城を出る時に遭遇し、目的を話した処同行を申し出られたのでソレを許可した形となる。早い話が偶然だ。



「……ん。穂が重たい。中々、良い実り。嫌な匂いもしないから、多分病気や毒も大丈夫だと思う」


「……確か、タキガワ様から報告を受けたのが先週の半ば程でしたよね?それで、ここまでの実りを達成するとは、やはりタキガワ様は救世主とお呼びするのに相応しいだけのお力をお持ちの様ですね……」


「……いや、流石に、次からもコレと同じ様に、って言うのは無理がありますからね?第一世代のコレは、あくまでも気温や病気に負けずにキチンと育てられるかの実験を主目的とした、次世代を安定的に量産させる為の試験作ですからね?言わば、ここに実っているモノの殆どが種籾となる事を前提に作ってみた、と思って頂ければ分かりやすいのでは?」


「……ん?じゃあ、コレは今回は食べないの?」


「そうなのですか?私も、てっきりこうして作ったのだから、タキガワ様の仰られていた『ライ麦パン(アレ)ではないパン』を口に出来るのでは?と期待していたのですが……」


「まぁ、試食用に製粉位はする予定ですけどね?

 あくまでもメインとして真っ当な農家さん方に育てて貰うのは、俺が直接的な弄って無い普通の速度で成長する今から収穫する方の小麦だ、と理解して欲しかったんですが、分かりにくかったですかね……?」


「あぁ、成る程、そう言う事でしたか。ですが、コレと同じものもタキガワ様ならば作れるのでは無いですか?」


「やろうと思えば。ですが、その場合一時的に食料事情が良くなったとしても、結果的には破綻しますよ?」


「……それは何故か、と聞いても良いでしょうか?」


「えぇ。実はこの俺が直接弄った第一世代って、土の栄養を吸いすぎるんですよ。それこそ、連作障害なんてまだ生温く感じる程に、凶悪なまでの勢いで。ここだって、次に同じものを育てようとしたら、多分大量の肥料を漉き込んだ上で半年程は土を休ませる必要が在るんじゃないかな?」


「…………そんなに、ですか……?

 ……ですが、そのお話が本当であれば、確かにそのまま渡す事は出来ませんね……」


「まぁ、普段使いが出来ない、と言うだけなので、緊急時に仕方無く使う、と言う事ならば大丈夫でしょう。多分ですけど。

 なので、ご希望ならば、コレと同じ種籾を後でお預けする事も出来ますが、どうしますか?」


「扱い方を誤れば、下手をしなくても国が滅びそうな劇物を、そんなにサラッと渡そうとするのは止めてくれませんか!?勿論有り難く頂きますけど!?」


「……ん。仲が良いのは良い事だけど、目的を思い出す。収穫するなら、早くしてしまわない……?」



 レティシア王女と情報のやり取り(と言う名目でのからかい)をしていると、待ちきれなくなったのか、それとも手持ち無沙汰でやることが無くなったからか、収穫作業にやる気を出したララさんが、鎌(俺手製。材料は例のダンジョンから採れたアダマンタイト)を手にして俺達の事を急かして来る。


 なので、俺も作業用の軍手を嵌め、最低限動ける様に[修復]と[整備]を発動させて身体を直しておく。


 流石にこれらを使用するだけならば恐らくは大丈夫なのだろうが、それでも最近はリミッターを外し過ぎて寿命があまり残っていないので、あまり負担を掛けない様に普段は使わないで過ごしているのだ。


 そして、地面に置いておいた鎌を持ち、嵌めていた鞘を払った段階でとある事実に気付いて一瞬固まり、その後レティシア王女へと振り返る。


 するとそこには、過剰な装飾こそは施されていないながらも、確実に分類上は『ドレス』に位置付けられるであろう装いをした、あからさまに作業着ではない佇まいのレティシア王女の姿が在った。


 ……何処からどう見ても畑作業には不向きなその格好に、思わず視線で『どうします?』と問い掛ける。


 すると、その視線に気付いた上でニコリと笑みを浮かべたレティシア王女は、少し何かを探す様にして周囲を見渡してから、まるで自身の居場所を誰かに知らせるかの様に手を掲げて振り始める。



 誰か呼んだのか?

 でも、だとしたら一体誰を?

 そもそも、レティシア王女って別件が何かしら在ったのでは……?



 なんて事を考えていると、俺達の背後の方向。つまりは城の方から幾つかの気配が、こちらへと向かって来ているのが感じられた。


 それらの気配の内の幾つか……と言うよりもほぼ全てが視覚的慣れ親しんだモノである事に首を傾げながら振り返ると、そこにはこちらに向かって足を進めながら、自身の存在をアピールするかの様に大きく手を振っているルルさん、セレティさん、桐谷さんの女性陣と、もはや何処からどう見ても女子にしか見えない作業着の胸元と腰とを丸く張り出させている加田屋。そして、そんなら彼女らの後ろに付き従う形にてこちらへと向かって来ている、俺の担当になっているらしい使用人のお姉さん(?)の姿がそこには在った。



「おーい!僕もこの畑を作るのに協力したんだから、収穫するなら一言掛けるのが礼儀だろう!?」


「そうだよ!私だって、どれだけ収穫出来るのか楽しみにしてたんだからね!収穫するなら一声掛けてくれないと!」


「流石に、ウチらの我が儘から始まった事なんだから、収穫位は手伝わせて貰うよ。まぁ、その後の試食に興味は無い、と言うと嘘になるけどねぇ?」


「そうそう!あたしらだって、食わなきゃ生きていけないからね!下心有りだけど、それでも手伝うんだから良いだろう!?

 それと、コレ終わったらそろそろ何か造ろう!色々とアイデアは在るから、ソレを試してみたいんだよ!」


「と言うわけでして、私達も作業のお手伝いをさせて頂きます。

 ララとの二人でやるよりも、格段に早く終わる事は保証出来ると思いますよ?」



 思い思いに言葉を掛けて来ながら、各自で作業の為の準備を整えている他の面々の言葉尻に乗っかる形で参加を表明したレティシア王女は、何故か着いて来ていた使用人のお姉さんの手によって先程までとはうって変わって作業に適した服装へと換装を遂げていた。


 ……元々、ドレスの下に着込んでいたのか、それとも使用人のお姉さんの手による目にも止まらぬ速度での早着替えによるお色直しなのかは不明だが、予め用意していた事に代わりはないだろう事を鑑みると、恐らくは最初からこうするつもりだったのだろう。


 そうでなければ、普段から比較的暇を持て余し、更には性別が変換されてしまってからはその傾向が顕著な加田屋はともかくとして、キチンと役職と持ち場の在るセレティさんやルルさん、回復魔法の使い手として引っ張りだこな桐谷さんを、今言って即座に引っ張ってくるのは不可能に近いハズだ。

 ほぼ確実に、事前の打ち合わせないし根回しの類いが在ったと見て間違いは無いだろう。


 ソレを踏まえた上で鑑みると、やはり今朝遭遇したのも偶然と言う事は無いのだろう。

 恐らく、ではあるが、使用人の誰かに命じて、俺達の行動を監視させていたのだろう。流石に、四六時中気配を探っている訳でも無いし、不特定多数の相手から見られていたとしても、そこに敵意や悪意の類いが無ければ、一々気に止めはしないから分からなかったが、そこは仕方無かったと思いたい。俺の精神衛生的にも、そう思いたい。



 そんな思いも込めた、若干ジトッとした視線を彼女へと向けると、まるで悪戯が成功した事を喜ぶ子供の様な顔にて微笑まれ、急かす様に俺の手を引いて畑へと誘導しようとしてくる。


 そうやって手を引かれる俺の背後で例の俺付きの使用人のお姉さんがこっそりと、レティシア王女が『友人』や『仲間』とこう言う事をするのは初めてで非常に楽しみにしていた、と言う情報を俺の耳元へと囁いて来た。


 ……ぶっちゃけ、その情報自体がブラフの可能性もあるし、なんならレティシア王女の仕込みだと疑う事も出来はするが、ソレを聞いた時点で俺は彼女に対する負の感情を取り敢えず横に置き、まずは彼女の願いを叶えてやってからでも良いか、と思う様になっていたのであった。

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