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「……これで、終わりだ……!!」



 文字通りに血を吐きながら、俺自身へと言い聞かせる様にして得物を振り下ろし、最後に残された魔物の急所へと突き立てる。


 既に十二分に手傷を与えていたにも関わらず、それでもなお己の命を守らんとしての行動か、咄嗟に刃に向けて手を差し込んで来たが、それに構う事無く切っ先を捩じ込んでその命脈を断ち、相手を魔石とドロップアイテムへと姿を変えさせる。


 それと同時に、直前まで外していたリミッターを再び掛け、身体への負担を最小限へと留める。


 口元へとせり上がって来る吐血を飲み下す事無く吐き散らし、身体の各所を襲う激痛により地面へと膝を付きそうになるが意志の力で無理矢理耐え、震える脚に鞭打って立ち続ける。


 震える手を必死に伸ばし、途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めてポーチを探り、目当ての小瓶を取り出して一息で煽り干す。


 それにより、それまで『死にたくなる程度の激痛』(少し前までの日常)から若干鎮まり、辛うじて『泣きたくなる程度の激痛』まで治まると同時に身体の動作もスムーズなモノへと戻って行く。


 空になった小瓶を投げ捨て、溜め息を吐きながら次の瓶をポーチから取り出しつつ、後方にて隠れさせていた加田屋へと言葉を投げる。



「……終わったぞ。急ごう。そろそろ、持ち込んだポーションが尽きかねん」


「……う、うん……」



 若干怖じ気付いた様な様子にて、恐々としながら隠れていた場所から加田屋が顔を出す。


 左右へとさ迷わせた視線を最後に俺へと向けた彼(彼女?)は、地面へと吐き散らされた血痕と俺の口元に残る鮮血の跡に目を止め、胸元を掴みながら表情を歪ませる。


 ……それが、自ら罠に掛かった事への後悔からか、一人戦わずにいる事への罪悪感からか、それともただただ守られている事への嫌悪感からかは定かではないが、確実に自悪的な感情から来るモノであろう事は容易に想像出来る。



 ……正直な話、加田屋の気持ちを理解してやる事は出来ない。

 何せ、今の今まで本当の意味で『守られるだけ』と言う状態にはなったことが無いから。


 だから、加田屋に対して掛けてやる言葉は思い付かない。



 ……だが、だからと言ってこのままこの場でボサッとしている訳には行かないし、そんな無駄はさせられない。


 なので俺は、そのまま無言で加田屋へと歩み寄ると、そのまま加田屋の手を取って前へと向かって歩き出した。


 突然の事態に目を白黒させ、仕切りに



「もう置いていって欲しい」



 だの



「君だけなら脱出も簡単だろう!?」



 だの



「後ろから魔物が迫ってる!!」



 だの



「僕が囮になるから早く逃げるべきだ!」



 だのと喚いていたが、一つ一つ丁寧に反論を潰して行き、半ば無理矢理黙らせる。


 ……そもそも、置いて行く位なら最初から助けなかったし、足手まといだからと置いて行く訳が無い。

 応戦するしかないのは解っているし、当然迎撃はする予定だが、今は俺の状態も地の利も最悪に近い為にそれは現実的ではない。


 そう言った事をパニックに陥っていた加田屋へと細かく説明してやり、時に迫る魔物をやり過ごし、時に不意を打って数を減らしながら進んで行く。


 当然の様に、魔物をやり過ごすのにも限界が在るために何度も戦闘に発展せざるを得ず、加田屋が戦力外になっていると判明した時から数えて既に十に近い交戦を経てしまっている。

 そのお陰で、既に俺の身体はこの世界に来た時と同レベルでボロボロになりつつあり、一度外すだけで寿命を縮めるリミッター解除も、その何れも短時間の解除ではあるものの何度も使わされてしまっており、最早そう何度も使えはしないだろう予感がしている。


 一応、手持ちのポーションだったり、[整備]や[修復]等の[スキル]を使う事である程度の回復・快調は行えてはいるものの、既に状態が悪化し過ぎているからか根治や全快までは行ってくれないのが正直な現状だ。


 身体は骨格からしてガタガタで、歩くだけでも激痛が走る。

 内臓の方も、喉の奥からは常に鉄臭いモノがせり上がり、吐息も嫌な熱を帯びると同時にこちらも鉄臭さを感じる様になってきた。

 視覚や聴覚と言った感覚器も、その精度を大きく鈍らせて来ている為に、以前のように素早く魔物の接近を感じ取る事が難しくなって来てしまっている。


 あれから既に一つ階段を発見し、階層を一つ登っているとは言え、未だに先は見えないのが偽らざる現状だと言えるだろう。

 ついでに言えば、ほぼ気力だけで立って進んでいる俺も、このまま倒れてしまいたいのが正直な処だったりする。


 まぁ、もっとも。

 そうした場合に、ここディスカー王国がどれだけの被害を被るのか、とか、俺がここで倒れたら哀しむ女性(ひと)がいる、だとかを考えたら、そうはしていられない、と言うのも事実の一側面であるからして。


 そんな訳で倒れる事が出来ない(・・・・)俺は、半ば無理矢理俯く加田屋の手を引きながら無心で前へ前へと進んで行く。


 いつの間にか、俺に手を引かれている加田屋も黙り込んでしまい、周囲を静寂……と言うには自分達の足音の反響だとか、魔物の足音やら息遣いやら鳴き声やらが響いて来ているが、取り敢えずはそれまでよりも静かになった道程をひたすらに進む事暫し。

 通路の先に、唐突に広々とした空間が広がっているのが遠目に確認出来た。


 流石に、急に環境が変わるであろう場所へとそのまま飛び込む様な無謀は出来ないので、手前で止まって視線のみを向けて観察する。


 すると、案の定その拓けた空間には魔物共が屯しており、加田屋が戦力として使えるのならばまだしも、そうでない現状ではとてもでは無いが手を出すのは憚られる様な光景が、目の前に広がっていた。



 ……流石に、ここを通るのは無理だな。

 少し前に分岐が在った様な記憶も在るし、取り敢えず刺激せずに引き返すか……。



 そう判断を下した俺が後退し、今来た道を引き返そうとしたその時であった。


 それまで、俯いて俺に手を引かれるだけであった加田屋が、俺の気を引こうとするかのように俺の手を握り返し、手振りにて耳を貸す様に指示して来たのは。


 一体何を?と言う訝しむ気持ちと、何か気が付いたのか?と言う加田屋に対する期待と信頼感から、俺もその指示に従って顔を近付ける。


 不用意な音で気取られない様に、と言う俺の意図を理解してか、加田屋の方も俺の耳元へと口を近付け、かなり声量を落として囁き掛けて来た。



「……多分だけど、あそこって上に繋がる階段が在る……かも、知れない……」


「……それは、確かか?」


「……正直、自信はあんまり無い。暗いからよく見えないし、あの時もそこまで細かく観察していた訳じゃないから、ね。

 ……でも、あの広場の感じや、こうして魔物が集まってるって事は、可能性としては低くないと思うんだ。それに、チラッと見た限りだから確実ではないけど、でも広場の奥の方の床やら壁やらがまだ壊れたままになっているのだとかは、やっぱり僕と深谷達が少し前に使った階段が在る場所だ、って証拠なんじゃないかな?」


「…………なる、ほど。確かに、それなら証拠たり得る、か……。

 ……しかし、だからと言ってどうする?目指すのであれば、あの魔物の群れを殲滅するなり突っ切って行くなり何なりとする必要が在るのは変わらんぞ?確実に、今までに遭遇した事の無い規模の群れだって事は、説明しなくても分かっているだろう?」


「……それは、そうだけど……」



 提案を断られたとでも思ったのか、悔しそうに表情を強張らせながら顔を離す加田屋。


 そんな加田屋に対し、また変な勘違いしてやがんなこいつ、と言う呆れの様な感情と、なんか良い匂いするけどこいつ香水でもつけてたっけ?と言う戸惑いにも似た疑念を抱いてしまっていたが、その疑念は追求してはならないモノだ!と俺の勘が全力で訴えて来ていたので敢えて無視しておく。



「早とちりするな、この馬鹿者めが。何も、不可能だからやらない、とは言ってないだろうに」


「……え?

 ……って事は、つまり……?」


「ああ。どうにかして、そこに在るって話の階段を使う。俺の状態や、残りの物資の量だとかを鑑みると、ここで遠回りするのは悪手だろう。だから、このまま行く」


「……でも、どうやって?確かに、滝川君がいれば、深谷達よりも戦力的には上かも知れないけど、それでも一人でしかないんだよ?僕が戦えれば違ったかも知れないけど、そうだったとしてもあの数は無理だよ!

 無視して突っ切るなんて事も、ハッキリ言って現実的じゃないし、何より足手まといな僕がいる時点で出来る様な事じゃない!

 一体、どうするつもりなのさ!?」



 俺が加田屋からの言い分を切り捨てるつもりではない、と言う事が無事に伝わってくれたみたいだが、同時にどうやっても『自分達だけでは』脱出出来るだけの展望が見えて来ない、と言う事に気が付いてしまったらしく、俺の襟元を掴んで揺らしながら、小声にて詰問する、と言う器用な真似を披露してくれる加田屋。


 そんな加田屋の両肩へと手を置き、宥める様に軽く叩きながら薄く笑みを口元に浮かべ、極めて安全な(・・・・・・)状態に在る(・・・・・)、と言う事を理解させる為にわざと柔らかく優しげな声色にて言い聞かせてやる。



「……良いか?まず、お前達が戦った痕跡が在る、って事は、ここはお前さんの言っていた四階層目の階段って事だろう?違うか?」


「いや、違わないけど!?!?」


「それはつまり、お前達が言い争っていたあの階層から、たったの二つ下った場所だって事だろう?」


「確かに、そうだけど!?」


「なら、もう殆ど大丈夫って言っても良い。なんでなのかは、お前も分かってるハズだぞ?」


「………………え……?」



 ここまで言ってもまだ理解が追い付いていない様子の加田屋に内心で溜め息を吐いていると、広場の奥が俄にサワガシクなり始める。


 それに対して驚きの色を隠しきれずにいる加田屋へと、俺は再度言い聞かせる様にして語り掛ける。




「ほら、そこまで来てるみたいだからもう説明の必要も無いかも知れないが、『たったの二階層』しか離れていないのに、これだけの時間が経っているにも関わらず、『あの面子』がこの近くに居ない訳が無いだろう?

 そして、階段なんて言う、声や匂い(・・)が通りやすい場所の近くに俺達がいて、彼女がそれに気付かないと思ったか?本当に??」




 そんな俺のセリフに呼応するかの様に、広場の奥からは



「……ん!ここから、タキガワの匂いがする!!……あと、知らない女の匂いも……!!」



 だとか



「滝川君!滝川君!!居るんでしょ!?分かってるんだからね!!だから、今ならまだ叱る程度で済ませて上げるから、隣にいるって言う泥棒猫と一緒に出て来て!!

 ……じゃないと、今夜『凄いこと』しちゃうんだからね!?」



 だとかの声が、恥ずかしげも無く響いて来る。


 そんな中、若干背筋を凍えさせながら、加田屋の手を引いて魔物達の背中を突こうか、それとも終わるまで待とうか、はたまたこのまま別の階段を目指すべきかの選択に頭を悩ませるのであった。

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