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「……水は被ってみたか?」
「……やってみたけど、効果は無かったよ……」
「……じゃあ、お湯は?」
「……それも試してみたけど、何も変わらなかった……」
「……なら、くしゃみしてみるとか?」
「……それって、切り替わるのって『性別』じゃなくて『人格』じゃなかったっけ……?」
「だったら、他に何があるって言うんだよ!?」
「そんな事僕に言われても知らないよ!?」
例の部屋から脱出して少し経った現在。
俺達は、少し移動した場所にて頭を抱えていた。
最初は混乱し、自身で自身の身体をまさぐり回していた加田屋も今は多少の落ち着きを見せ、思い付く限りの方法を試してみたしもした。
しかし、幾ら水を被ろうが、お湯を魔法で作って被ろうが、そこら辺に生えていた雑草でくしゃみを無理矢理出してみようが、加田屋の息子は戻って来なかったし、以外と大きなオモチ(桐谷さんよりは小さそうだが全体的に細身なので相対的に大きめに見える)も未だに加田屋の胸部に鎮座して、本人の気性とは裏腹に勝ち気にシャツの胸元を押し上げている。
何をしても消える様子を見せないその双子山に、最初は半ば自棄になって自身で揉んだり触ったりしていた加田屋も、外的要因によって強制的に変えられたとは言え現在は女性体である為か『あまり楽しくないし興奮もしない……』と虚無の漂う表情にて起伏の感じられない声色にてそう語っていた。
俺としても、親友が突然性転換し、それが本人にとっても不本意であったのならばどうにかしてやりたいと思っているし、現在もソレをどうにかする為に知恵を絞っているのだが、とんと良いアイデアが浮かんで来ない。
「……やっぱり、こうなっちゃってるのって、例のピンク色の煙を吸い込んだから、かなぁ……?」
「……まぁ、そうだろうな。一切吸い込んでいない俺が変異していなくて、思い切り吸い込んで咳き込んでいたお前さんがそうなっているんだから、ほぼ確定だろうさ」
「触れただけで、って事なら滝川君も女体化してないとおかしいからねぇ……」
「一定量吸い込んだから、って可能性も在るし、粘膜に触れた為に、って可能性も在るけど、やっぱり噴霧状態のを吹き付けている、って事を鑑みると、やっぱり一定量吸い込んだから、って事だろうよ」
「……一応、聞くだけ聞いておきたいんだけど、解毒系のポーションとか持ってないよね?」
「残念ながら、持ってないし作ってもいないな。何せ、ココのダンジョンには毒持ちは出ない、って聞いてたもんでね」
「……じゃあ、状態異常の類いを解除する様なのは……?」
「それも、無い。まぁ、素材さえ在れば作れん事も無さそうだが、流石にそこまで付き合ってはやれんぞ?俺だって、ココを出ればそれなりに忙しい身の上なんだからな?」
「うわ、意外と使えない!てか、素材さえ在れば作れなくもないんだ?」
「……おう、テメェ。随分と良い度胸してんじゃねぇか、おぉん?それが、わざわざ助けに来てやった友人に言う事かあぁん??
それと、作るだけなら、な。味なんて保証出来ないし、何より阿保みたいに入手の難しい素材を山の湯水の如く消費した上で、山の様に失敗作を積み重ねた果てにほんの一握りの成功品を作り上げるだけで良いなら、作ってやるぞ?
もっとも、素材の収集からやって貰う事になるけどな?」
「……お、おぉう。この同一の会話の中での急激な温度差に、思わずどう返して良いのか分からなくなっちゃったよ……。
それと、その点については、正直済まんかった。考えなしに、半分ノリと勢いで言ってたよ。メンゴ。
それと、何でまた状態異常回復系のポーションて、そんな一昔前のネトゲのレア装備作成みたいな事態になってるの?なんでそんな低確率でしか作れないの??」
「うむ、許す!
そんで、ポーションの製作の確率だったか?話は簡単さ。
大前提として、その手の固着した状態異常を強制的に解除させる様なポーションとなると、特殊な上級ポーションか、もしくはその上って事になる。必然的にな」
「その上って……もしかしなくても……?」
「もしかしなくても。
んで、そんなブツを作ろうと思ったら、その道に精通した職人が、細心の注意を払ったとしても、運が良ければ作れるんじゃやいのかなぁ?って程度には難易度が高くなるから、それだけの失敗作が出来る可能性が高くなる、って話さ。
流石に、煎じるのが一秒ずれるたり撹拌のリズムが数瞬遅れたりするだけで失敗する様なブツだ、って言えば、ソレを安定して作れって事がどれだけの無茶振りかは理解出来るだろうよ?」
「……そんなに、なの……?」
「そんなに、なのさ。
……そんでもって、残念ながら休憩と無駄話はここまでだ。そら、お客さんだぞ!」
半ば駄弁りと化していた会話を強制的に切り上げ、鉱石を分別した時に出た屑石を通路の方へと鋭く投擲する。
すると、その投擲された屑石は、狙いを誤る事無く先頭にいたゴブリンの額へと突き刺さり、甲高くも濁った叫び声を周囲へと撒き散らして行く。
「取り敢えず、解決策の話し合いは後だ!いつもの通りにやるぞ!!」
「う、うん!分かった……!
…………あ、あれ……??」
既に接敵してしまっていた事もあり、向こうもこちらにバッチリ気付いてしまっていた為に、逃走ではなく戦闘を余儀無くされる。
先手を取る為に鯉口を切りながら飛び出しつつ、加田屋へとそれまで通りに援護を寄越す様に指示を出す。
すると、加田屋から返事が来るが、何か戸惑っている様な声も同時に耳へと届く。
しかし、既に俺は魔物の群れへと向けて突っ込んでしまっているので、それがなんなのかを確認するのは後回しにして取り敢えず目の前の魔物をどうにかする為に抜刀する。
「……ゴブリン4、オーク2、ダンジョン・シーカーは……気配からして恐らく3!
範囲攻撃、当てるなよ!!」
普段であれば、そこまでの数が集まった群れならばスルー一択なのだが、既にこちらを捕捉されてしまっている為に仕方なく交戦を選択した俺は、背後の加田屋へと初手での範囲攻撃を指示する。
当然、ゲームではない為に普通にフレンドリーファイアが発生するので、予め打ち合わせておいた場所は発動範囲から外す様に言外に言い含め、相手側に気取られない様に接近しつつ予定の場所へと滑り込む。
そして、予定の通りであればそこで範囲攻撃が放たれて低耐久のゴブリンを一掃し、余波でオークにもダメージを与えつつ怯ませて、驚いて地面へと落ちたダンジョン・シーカーを飛び越えてオークへと止めを刺す!と言う組み立てになっていたハズなのだが、幾ら待っても一向に背後から範囲攻撃が飛んで来ない。
既に先頭にいるゴブリンは、俺の位置を考えると発動範囲の端に来ており、すぐにでも発動しないと最大効率での先制攻撃が出来なくなってしまう。
その為に、若干の苛立ちと焦りと共に、背後の加田屋へと振り返って視線を向ける。
いったい何をそんなに手間取っているのか!?
そんな思いと共に向けた視線の先では、杖を構え、それを魔物へと向けながら、何故か魔法を発動させずに[マナ]を流し込もうとして空気中へと霧散させ、戸惑いを通り越して混乱した様子を見せながら、瞳に恐怖の感情を浮かべていた加田屋の姿が存在していた。
「……くそっ!?なんで?どうして!?
少し前までは普通に使えてたのに、なんで!?なんでだよ!!?」
内心で舌打ちを溢して前へと向き直る。
大方、急激な身体の変化による[マナ]の乱れで魔法が使えなくなっている、とか、さっきのピンク色の煙の作用が杖にまで及んでいて使えなくなった、とかが真相なのだろう。
……だが、この場に於いて大事な事はただ一つ。
範囲攻撃による先制での削りが使えなくなった、と言う事だ。
おまけに、後衛として遠隔攻撃での支援を担当していた加田屋自体が、既に戦力外へと転がり落ちてしまっている可能性も十二分に高い。
……それはつまり、今後の不可避な戦闘に於いて、俺は単独にて護衛対象を守りながら戦い抜かないとならなくなった、と言う事に等しい。
…………まぁ、でも、その程度ならば、既に部隊にいた時に散々やらされていた事だし、今更その程度で音を挙げる様な柔な鍛え方はしていないしされていないから、多分どうにかなるだろう。きっと。
そうやって思考を半ば無理矢理割り切った俺は、鯉口を切りつつあった刀を完全に抜刀し、突っ込んで来ていたゴブリンの集団へと逆に走り込んで擦れ違い様に2体の首を落とすと、驚愕して動きの止まったゴブリンを放置してその奥にいるオークへと向かって行くのであった。




