51
「……くそっ、思ったよりも手間取った、な!!」
悪態を吐きながら、残った群れのボスと見られる個体の首へと、手にした刃を振り下ろす。
既に、初手で加田屋が放った雷の魔法による範囲攻撃にてダメージを負い、その上で俺の強襲の一撃を膝に受けていたそいつは地面へと倒れ込んでおり、普段であれば空でも飛ばない限りは届かなかったであろう高さの急所にも、楽々刃を滑り込ませる事が出来ていた。
が、しかし、ソレを成す迄の間に大暴れしてくれた為に、何度かヒヤッとさせられる場面に遭遇する羽目にもなってしまった。
お陰で、一瞬とは言えリミッターを完全解放する必要に駆られてしまい、こうして毒づきながら止めを刺している間にも、込み上がって来る鉄臭いモノを必死に飲み下し、震える足を意志の力で無理矢理立たせ続けているのが現状だ。
そして、それは加田屋にもバレてしまっているらしく、何処と無く済まなさそうな表情にてこちらへと視線を向けて来ている。
……正直、確かにあいつを助けようとしなければこうならなかったのは間違いないし、原因と言う意味合いではあいつのせいと言っても良いのだろう。
だけど、わざわざソレを言う位であればあの時助けようとはしなかっただろうし、何より俺一人で全力で走った方が助かる確率は高いのにそうしていない時点で察して欲しいモノだよ、まったく。
内心でそう呟きつつ、口許を汚す喀血を拭いながら低級ポーションを飲み干して身体を修復すると、オーク達がドロップしたアイテムの類いを拾ってから加田屋へとハンドシグナルにて進む事を指示する。
何となく勘ではあるが、十字路の左側の道の方が反響が少ない気がするので、そちらへと向けて道を曲がる。
俺が若干先行し、その後ろを加田屋が進む形にて暫く行くと、何度か魔物と遭遇し、時に闘って倒し、時に適当に隠れてやり過した末に、通路の端にて小部屋と思わしき扉を発見する。
それまで通路しか見た事が無かったので、俺も加田屋も激しく訝しみ、確実に罠だよな?との考えから暫し入る処か扉に触れる事すらせずにいたのだが、もしかしたら階段が在るかも、との考えから、半ばヤケクソの『漢解除』を強行しようとした時に[探査]の存在を思い出し、取り敢えず扉に向かって使用してみる。
「……どうだった……?」
「……取り敢えず、罠は無さそう、だと思う……」
危険物の類いが付いている、と言うデータは出て来ていなかったので、恐る恐る出ているノブを回して扉を開ける。
幸か不幸か扉には鍵は掛かっておらず、俺の手で押されるがままに抵抗無く開かれて行った。
そして、その結果として、数m四方の小部屋の中に階段は無かったのだが、その代わりとしてあからさまなまでに『これぞ宝箱!』と言った外見をした箱が鎮座していた。
……あ、怪しい……怪し過ぎる……!?
わざとらしいなんてもんじゃあない。
あからさま過ぎて、最早ドン引きするレベルで怪し過ぎる……!
こんなの、開ける処か触る奴なんているのか……!?
明らかに、存在自体が『罠です!!』って全力でアピールしてやがるじゃねぇか!?
わざとらし過ぎて、一周回って逆に大丈夫なんじゃないのか?とも思えて来たぞ?
そんな風に内心で思いながら、思い切り訝しむ視線をその宝箱へと注いでいると、俺の後方にいたハズの加田屋がユラリとした動きにて前へと進み出て来る。
その足取りはふらふらとしており、擦れ違い様に見えた瞳も、視線が定まらずにユラユラとそこら中をさ迷っていて、まるっきり正常な人達の行動とはかけ離れたモノだと言っても良いだろう。
「……おい!どうした?何か在ったか??おい!?」
「……………………」
現に、そうやって惹き付けられている加田屋へと呼び止めるつもりで声を掛けたのだが、特に返答をするでも反応するでも無くそのまま宝箱へと吸い寄せられて行ってしまっている。
明らかに異常な状態となっていた為に、既に俺の手の届く範囲から抜け出してしまっていた加田屋へと手を伸ばしながら一歩踏み出し、念のために現在地と扉の位置を確認しながら[探査]を使用して、加田屋の状態と宝箱を調べてみる。
すると、俺の手元にパネルが出現し、対象についての情報が表示されたのだが、そこには信じられないモノが記されていた。
……なんと、加田屋には『状態異常:魅了』と表示されており、宝箱の方にも、『罠:視認した対象を魅了する』『???:開放時発動。詳細不能』との表示がなされていたのだ。
成る程。じゃあ、俺の言葉に反応しなくても当然だわな!?と我ながら落ち着いているのか、それとも混乱しているのか定かではない呟きを溢しつつ、慌てて全力で加田屋へと手を伸ばす。
が、その時には既に加田屋の姿は宝箱の前に在り、俺の手が届く前に宝箱の蓋の部分へと手を掛けてしまう。
「バカ野郎!?止めろ!!」
思わず叫ぶ俺の目の前で、加田屋が宝箱の蓋を無造作に開く。
どうやら、鍵は掛かっていなかったらしく、ここで解錠作業が必要でした、と言う俺的素敵オチにはなってくれず『ガチャッ!』と言うお決まりの効果音と共に蓋が大きく開かれる。
そして、宝箱の中に、何かがチラリと見えたかと思うと、開口部の縁から『プシューッ!』と言う気の抜けた音と共に、濃いピンク色の煙が四方へと吹き散らされ始める。
ソレを目の当たりにした俺は、咄嗟に呼吸を止め、目を瞑り、口を固く閉めて少しでもその煙を吸い込むことと、煙が粘膜に触れる事を防ぐ。
そして、加田屋がいたと記憶していた場所へと手を伸ばして腕と思われる箇所を掴み、ついでに宝箱の中に入っていたモノも掴み取ると、急いでその場で踵を返し、記憶を頼りに扉の位置へと突っ込んで行く。
移動するのに合わせて、隣で咳き込んだり、微妙に高い声色にて混乱している様な声が聞こえてきたので、咄嗟の行動ではあったもののキチンと捕まえる事には成功したのだろう。それと同時に、恐らくは既に状態異常は解けているのだろうと思われる。
が、今はそれどころではない状況故に、敢えて無視して感覚を頼りに突き進み、記憶に在る限りでは扉が在ったハズの場所へと肩から体当たりを食らわせる。
すると、幸いにも丁度扉の在った場所であったらしく、その勢いのままに通路へと転がり出る事に成功する。
その上でリミッターを解除していない状態ではあるが、咄嗟の事態故に手加減の類いが出来ていなかった俺の体当たりを食らっても壊れなかったらしく、地面を転がりながら薄目を開けて確認した処、確りと蝶番にて壁に繋がったままの状態にて自立していた。
なので位置だけ確認した俺は、急いで立ち上がってノブを掴むと、迫りつつあったピンク色の煙へと叩き付ける様にして扉を閉ざし、急いで後退して距離を取る。
パッと見た限りでは特に大きな隙間やひび割れ等は確認出来ないので、多分大丈夫だろうとは思うが、それでもこの扉で煙を防げないのであれば早い処逃げ出す必要が在る為に、腰に下げていた水筒を頭の上でひっくり返す事で身体に着いているであろう煙の残滓を洗い落としながら、何時でも走り出せる様に身構えつつ監視を続ける。
……しかし、そんな俺の心配を尻目に、例のピンク色の煙が扉を突破して来る事は無く、思わずホッと胸を撫で下ろす。
そして、その段階まで念のためにと殆ど止めていた呼吸を再開させ、萎んでいた肺へと思い切り空気を取り込んで酸素を補給する。
何度か大きく深呼吸する内に、若干酸欠による視界の暗転が始まりかけていたのが収まり、頭痛も同じく鳴りを潜めて行く。
少し時間をおいて諸々を落ち着かせると、途端に背後で咳き込みながら
「……ゲホッ、ゲホッ……!?い、一体、何が起きたって言うのさ!?扉を開けたと思ったら、何故か目の前がピンク一色だったし、何かトラップでも発動させたのかい!?」
とか、まるで自分は何もしていない、とでも言いたげな、何故か覚えに在るよりも若干高いながらも確実に個人を特定出来る声色にてそう言い放つバカタレに、思わず半ばぶちギレた状態にて若干殺気立ちながら、文句の一言でもぶつけてやろうかと振り返る。
「……おい、このバカタレ!お前がトラップに引っ掛かったお陰で、連鎖的にまたトラップに引っ掛かる羽目になったじゃねぇか!?一体、一日で何回トラップに引っ掛かれば気が、済むって、言う……んだ…………!?!?!?」
そして、実際に悪態をぶつけながら振り返ったその先には、予想だにしていなかった光景が広がっていた。
……何故ならそこには、直前まで加田屋が着ていたと記憶しているローブや杖と言った装備を纏い、同じく加田屋が着ていたハズのモノと同じ服装をした、加田屋とよく似通った顔立ちをした女性が、ローブやシャツやズボンの裾を余らせ、俗に言う女の子座りにて地面にペタンと座り込んで、こちらへとどうかしたのか、と問い掛けて来る様な視線を向けて来ていた。
ソレを、半ば放心しながら眺めていると、向こうも何かが起きたと悟ったらしく、俺の視線から原因を察して自らの身体をまさぐり始める。
最初は、何かしらの負傷が無いかどうかを確認する為の動作だったそれは、いつの間にか自身の身体がどうなっているのか、を確かめる為の動作へと変化していた。
そして、一通り確認を終えたタイミングにて頭を抱えると、癖の在るショートヘアーを掻き乱しながらこう叫ぶのであった。
「…………な、なんじゃこりゃあーーーーーーーーーーーー!!!!????」
……すまんが、それを叫びたいのは俺も同じだと言う事だけは、覚えていてはくれないかな?頼むから……。




