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眩い光に奪われていた視力を取り戻すと同時に周囲を見回し、何が起きたのかを把握しようと試みる。
その結果として、周囲の風景の変化と、同行していた皆や深谷と取り巻きの連中がいない事から、セレティさんから受けていた講義の中でも最悪の類いに値するであろう可能性へと思い当たる。
「……くそっ、マジかよ……。
よりにもよって、転位トラップだと……!?もっと深層に行かないと、無いんじゃなかったのかよ……!」
思わず溢れ出た呟きに、俺の隣で呆然としていた加田屋が反応する。
その表情は、予めダンジョンに対する説明を受けていたからか、それともその手の小説やゲームでテンプレとなっている場面の難易度から察したのかは定かではないが、確実に現状が『不味い事』になっていると把握している顔であった。
「……そんな……!じゃあ、ここは……!?」
「……少なくとも、俺の見た限りでは一階層目って事は無いだろうよ……。それに、壁の質だとか、空気の感じからして、多分お前達の居た二階層目って事も無さそうだ。
……正直、お前さんが何処まで進んだのかは知らないし、ひょっとすると二階層目の奥の方、って可能性も否定出来ないけど、下手をすれば三階層目よりも下、って事になりかねん」
「三階層目よりも下!?そんな、無理だよ!?戦闘職としてはトップクラスの能力を持ってる【勇者】の深谷がいても、僕は四階層目に降りるのが精一杯だったんだよ!?それなのに、[マナ]の尽きた僕じゃあどうにも出来ないよ!?
しかも、ここは確実に三階層目よりも下だ!地図も持たずに深谷が突撃してくれたお陰で、半ば自作しながら通ったから解るけど、ここは見た覚えがない!だから、最低でも四階層目か、もしくはもっと下って事になるんだよ!?こんなの、どうすれば良いのさ!!?」
「……そんなの、決まってるだろう?」
事態の深刻さに、半ば狂乱しかけた加田屋を横目に見つつ、俺自身に残されている物資と装備を一通り確認して行く。
腰に下げていた刀はそのままだし、ランタンの油もまだ残ってはいる。
念のため、と持ち込んだポーションもまだ使ってはいないし、水も多めに持ってきていた為にまだ余裕は在る。
……しかし、元より短期間での行動を予定していた事もあり、携帯食料の類いは殆ど持ち込んではおらず、一応念のために、と持ってきていた手の平に収まる程度の棒状のモノが数本リュックの奥底に眠っているだけであった。
俺一人であれば、数日程度ならば余裕で過ごせる量ではあるが、それはあくまでも安全な拠点が確保できればの話であり、同時に同行者がいなければと言う前提になる。
とても、加田屋との二人でそこまで持たせる事が出来る程の量ではない。
一縷の望みを掛けて加田屋へと視線を向けるが、その腰のポーチやラックに掛けられた水筒の振り回される様は、とてもではないがそこまでの量が入っている様には見えなかった。
……状況は甚だ芳しくは無い。正直、絶望的だと言っても良い。
だが、だからと言ってここで諦めてやるつもりは無い。
以前の、身体の自由が利かなかった時ならばともかく、今の俺には帰らなきゃならない相手が何人もいるのだ。
なら、こんな処で諦めて、むざむざ死んでやるつもりは毛頭無い!
必ず、生きて戻る。それは、絶対に、絶対にだ!
行動方針を決めた俺は、広げた荷物を手早く纏めると、未だに狂乱の最中にあった加田屋の頬を殴り飛ばす。
そして、殴られた頬を抑えてポカーンとした表情を浮かべて地面へと座り込む加田屋へと、以前作ってそのままにしていたマナポーションを一本投げ付けると、絶対の意志を込めた視線にて射抜きながら言葉を投げる。
「死にたくなければ、さっさと再起動しろ。俺は、ここで死んでやるつもりは無い。絶対にだ!
……だが、お前も知っての通り、俺は長時間戦えない。魔物を避けて移動するだけの時間や物資も無い。
だから、脱出するにはお前の協力が必要だ。お前だって、こんな処であの野郎の顔面に拳の一つも叩き込まないで死ぬのはごめんだろ?だったら、さっさとそのマナポーション飲んで立ち上がれ。時間は有限だ。早く動かないと、些細な事で詰みかねんぞ?」
「…………ごめん、わかった……」
俺からの言葉で現状を理解し、俺がどうあっても諦めるつもりは無い事も理解したからか、ソレまでの狂乱は息を潜めて正気を取り戻し、現状を作る一因を担っていた事もあってか謝罪を口にすると、俺の投げ付けたポーションを飲み干して立ち上がる。
その目には確りと意志の光が宿り、足手まといにはならないだろう確信を抱く事が出来た。
ならば、もう大丈夫だろうと判断し、脱出の為に加田屋へと指示を出して行く。
「取り敢えず、戦闘は最低限に抑えつつ上を目指す。これは確定事項だが、多分出口まで行かなくとも助かる事にはなる……と思う」
「……その、根拠は……?」
「お前さんの方の連中はともかくとして、俺の方の仲間は俺の事を見捨てる事はしないハズだ。
すぐに俺達と同じ様に転位して来ないって事を考えると、多分一度発動すると再発動まで時間が掛かるか、もしくは一回限りのトラップだったって事だろう。なら、なおのこと上から順に降りて来るハズだ。軽く補給を挟んでくる可能性はあるが、確実に助けには来る」
「……じゃあ、擦れ違わない様に何処かで待っていた方が良いんじゃ……?」
「ソレをするには、俺達はダンジョンについての知識も、手持ちの物資も何もかも足りない。
だから、少しでも合流までの時間を短縮するために、擦れ違いになるリスクも込みで上を目指すべきだと思う」
「でも、ララさん達が降りて来れるとも限らないんじゃ?」
「それは大丈夫だろうよ。最前線にさえ送られてはいないけど、その実力は折り紙つきだからな?何せ、オルランドゥ王の護衛として残されている近衛騎士二人と合わせて、この国の三強なんて呼ばれているらしいから、そこは心配要らないハズだ。
むしろ、深谷共が無理矢理着いて行こうとして、足手まといとして邪魔してくる可能性の方が高いと踏んでるくらいだからな?」
「……そっか、成る程ね。君の事だから、ある程度は勝算があって言ってるんだろうと思ってたけど、ちゃんと勝ち筋は見えてる訳だね?」
「まぁ、上手く行くかは分からんし、そもそも俺達が切り抜けられるかも不明だがね」
互いの意志の確認も取れた俺達は、助かる為にも洞窟の中を進み始める。
とは言え、周囲の魔物の気配やトラップの存在を警戒しながらの歩みとなるために、その足は必然的にゆっくりとしたモノに限定されてしまう。
本来であればもっとガンガン進みたい処ではあるし、トラップに関しても俺が[探査]や[解析]を乱発しながら進めばどうにかなるかも知れないが、流石にその手は使いたくないのが本音と言うモノだ。
何せ、絶望的に補給物資が無い現状。
何時何が起きるのか分からない状況で、わざわざ[マナ]を消耗する様な事態は避けたいし、何より体力ともリンクしているらしい[マナ]を無駄に消費して歩けなくなるなんて事態は遠慮被りたい。
まぁ、流石に魔法主体での戦闘職である加田屋にまで、そんな事を強要するつもりは無いけど。それでも、ある程度はペースを考えて貰わねばならないだろけど。
何せ、さっき渡した一本で、手持ちのマナポーションの在庫は緊急用に取ってある一本だけになってしまっているのだから、多少は節約して貰ってもバチは当たるまい。
そうしてそろそろと慎重に進んでいると、道が十字に分岐している場所へと到着する。
それと同時に、この階層に飛ばされて初めて魔物を発見する事となった。
加田屋と共に壁の窪みへと身を隠しつつ、顔だけを十字路の中央に屯す魔物達へと向けてその様子を観察する。
豚の様な顔に、でっぷりと肥え太った巨体。
粗末な腰布に、背丈程の手作りと見られる槍。
仕切りに周囲へと視線を配る数体と、一際身体の大きくて中央に佇む一体。
5~6体程で一つの群れを作っているであろうそいつらは、この手の作品でのお決まりモンスターの二大巨頭のもう片方。
薄い本を厚くするパワー系竿役であるオーク、に似ている様にも見える。
……まぁ、『薄い本~』の下りは加田屋からの受け売りだから、何がどうなっているのかまでは把握していないけど。
……気を取り直して、再度観察して行く。
暗くて良く見えないが、フゴフゴと言う鼻息と、仕切りに周囲へと視線を送っている処を見ると、どちらかと言うと嗅覚と視覚を頼りにしているらしく、聴覚はあまり頼りにしている訳ではないらしい。
そして、頼りの嗅覚にしても、そこまで離れて居ない場所に隠れている俺達の事を捉えられていない処を見ると、そこまで鋭敏な訳でもない様子だ。
しかし、槍を握る手は大きく、それに続く腕はまるで丸太の様な太さを誇っており、産み出されるであろうパワーと振るわれる槍の破壊力は想像を軽く上回るであろう事だけは理解できた。
幸いにして、上半身の頑健さとはうって変わって下半身の方は貧弱である様にも見える。恐らくではあるが、あの足腰では長く走る事は出来ないだろう。
下手をすれば、転んだだけで自重により膝や足首が崩壊するのではないだろうか?少なくとも、同じ体型の人間であれば、間違いなく下半身が崩壊するだろう。
観察を中断して頭を引っ込め、得られた情報並びに俺の目から見た所感を加田屋へと伝えると、あからさまにほっとした様子を見せた。
「……良かった。見たのはオークなんだよね?じゃあ、ここは深くとも五階層目だ」
「その理由は?」
「事前に受けていた説明だと、オークが出現するのは五階層目までなんだってさ。ソレよりも下になると、オークがオーガになるって話だったから、まだ運が良かったかもね」
「……良いんだか悪いんだかよく分からんが、取り敢えず倒してみるか?俺達が通用するかどうかも試して見ないことには分からないしな」
「……そう、だね。
じゃあ、取り敢えず仕掛けて、ヤバそうなら逃げる、って事で良い?わざわざ、こんな出だしで死ぬのは、僕も嫌だからね?」
「んじゃ、そんな感じで」
そう取り決めた俺達は、予め俺が鯉口を切り、加田屋が杖を構えて戦闘態勢を整えてから、ハンドシグナルにてタイミングを合わせて壁の窪みから飛び出すのであった。




