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 ……薄暗く、碌に灯りも無い洞窟の中へと、二組の足音と荒い息遣いが響き渡る。



 ソレを聞き付け、或いは臭いや他の要素にて『彼ら』の存在に気付いたモノ達が、そうして周囲へと撒き散らされる痕跡を頼りに『彼ら』を追い掛け、追い詰めて行く。



 二つ在る影の内、片方は纏っていたローブが、まるでいきなりサイズが合わなくなってしまった様にして襟元を掻き抱き、片手で抑えながら声高に、足手まといの自分を置いて行くか、もしくは応戦するしかない、とその手を引くもう一つの影へと訴え掛ける。



 一方、その手を握り、口許から吐血の筋を伸ばしながらも、ソレを気にする様子も無く小瓶の中身を煽り、若干怪しい足取りにてひたすらに前のみを注視して突き進むもう一つの影は、置いて行く位なら最初から助けなかった、応戦するとしても場所も状態も悪すぎて現実的ではない、と否定してから再度小瓶を取り出すと、苛立ちを表す様に乱暴に蓋を弾き飛ばすと、溢れた中身が喉元を汚すのを厭わずに一気に嚥下して行く。



 そんな影の様子に、もう一つの影は唇を噛み締めながら悔しそうに視線を反らすが、自分自身でもここで立ち止まる事は許されない事を、ここで手を振り払う事は相手の事を裏切る事に直結する事を、また自分だけでは残った処で何が出来る訳でもない事を痛い程に理解している影は、ブカブカになってしまった(・・・・・・・)ブーツの中でぶつかり、擦れてしまっている足裏が靴擦れを起こしているであろう事と共に必死に噛み殺し、無言のままにて足を前へ前へと進めて行く。



 ……それでいてもなお、口には出すことは無くとも、現状への嘆きは内心から尽きる事無く湧いて来る。




 ―――あぁ、なんで、こんな事になったのだろうか。


 ―――彼からの誘いに乗ったから?


 ―――無理矢理にでも、準備を進めなかったから?


 ―――殴ってでも、無理な行軍を止めなかったから?


 ―――実力の足りない階層に、足を踏み入れたから?



 ―――それとも、心の何処かでは思ってしまっていたから?


 彼ならば、僕の友達(・・・・)ならば、どんな状況になったとしても、必ず助けてくれるだろう。


 そんな、都合の良い事を、思ってしまっていたから?




 そうして悔恨とも慚愧とも取れない感情のままに内心にて延々と垂れ流すその影は、自虐的な感情が自身の胸の内を埋め尽くしている事を自覚していた事もあり、普段よりも低くなってしまった視線にて、不意に己の手を引くもう一つの影の強張りながらも精悍さを失ってはいない横顔を眺めてしまった際に、その鼓動が跳ねた事も、現状に対する怒りと恐怖によるモノだと誤解(・・)してしまう。





 ……かくして、二つの影が、灯りも無い中洞窟をさ迷う羽目になっているが、その原因を語る為には、時間を少しばかり巻き戻す必要が在る……。






 ******






 自身の戦闘力は平素であれば皆無であるにも関わらず、何故か一行のリーダー的な立ち位置に据えられている俺の指示により、前衛を担当している女性陣が階段へとその身を躍らせる。


 ……その事に、そこはかと無く罪悪感を抱きながら、前衛組が進んで少し経った頃合いにて残りの俺達も階段へと足を踏み入れ、階層を下へと降って行く。


 するとそこには、予想の通りに加田屋の姿と、加田屋に対して迫っていたと思われる深谷とその取り巻きの連中の姿が在った。


 上の階層に居た時に聞こえていた会話の通りの状況であったらしく、基本的に皆何かしらの負傷を負い、装備品も何かしら損傷を受けている様にも見える。

 そして、一際装備が損耗し、本人も疲弊している様に見えるが、気力や意志と言った精神面では唯一『折れて』はいない様に見える加田屋が、こちらからの介入としてララさんが間に飛び込んだ事であからさまにほっとした表情を浮かべる。


 逆に、加田屋へと詰め寄っていた深谷とその取り巻きは、未だに細かな傷や軽度の装備の損傷しか見られないが、その心は既に『折れて』いるらしく、何をするでもなくただただ割って入っただけのララさんに視線を向けられただけで、端から見ても解る程に腰が引けている様子だった。

 ……もっとも、何故か当の深谷だけは一人比較的元気なままの様子であり、その上何を勘違いしたのかララさんへと口説き文句を投げ掛けて来るだけでなく、無遠慮にも彼女の尻尾を触ろうとまでしてくれやがっていた。


 その馴れ馴れしくも無遠慮で、しかも自分達の立場が理解出来ていない振る舞いに、最初は俺の同郷だから(後で聞いた話なので確定)、と軽くあしらう程度で済ませていたララさんも、段々と苛立ちが募って来ている様子だったので、俺は手早く状況を整理する為に加田屋の元へと移動する。



「……よう。お前さんも、ヘマをしたもんだな。上まで聞こえてたけど、さっきの口論以外の事情だとかあったりするか?」


「……はははっ、流石に反論する材料が無いや……。

 聞こえてたのなら話は早いね。取り敢えず、僕が強引に誘われて、連中の無茶な行軍に巻き込まれた上に、準備費をけちったから撤退する羽目になったのに、その責任を押し付けられそうになってた、って覚えてくれていれば良いかな?

 ……ソレにしても、階段の側だったからとは言え、上まで聞こえていたとは恥ずかしい限りだよ……」


「まぁ、どんまい?どうせ、お前さんは悪くないんだろう?さっきの話を聞く限りだと。

 なら、もう関わらない様にすれば良かんべぇよ」


「……他人事だと思って、お気楽な……!

 それが出来ればどれだけ楽か……!」


「じゃって本当に他人事だも~ん。助けてくれ、と求められれば助けもするよ?これでも友人のつもりだからな。

 だけど、助けてくれ、とも言わず、助かろうともしないのなら、それはただ単に諦めているだけだからな。助けてはやらんよ。それだけの価値も無い。

 それに、助かろうともしない相手を、助ける事なんて出来ないんだから、な」


「…………」


「……おっと、流石に、ちと意地悪が過ぎたか?

 まぁ、アレだ。ここを出たら、深谷達に真っ正面から、さっきみたいに『もうこれ切りだ』と言ってやれ。その後の事は、俺も手伝ってやるよ。

 これでも、オルランドゥ王とは『仲良し』さんでね。大概の我儘なら聞いてくれるから、今後起きると予想されるお前さんに対する連中からの嫌がらせ位なら、多分どうにかしてくれるだろうよ」


「……それって、職権濫用、って奴なんじゃ……?」


「コネとは使うために在るモノと見たり。使えるモノは何でも使わんと。

 それに、友人が困っていて助けてくれ、と言うのであれば、そのくらいの手助けはしてやらんと。なぁ、マイフレンド?」


「……ははっ!じゃあ、取り敢えず出たら三下り半を突き付けてやるとして、その後はお世話になろうかな?

 良いんだよね?マイフレンド?」


「応よ。存分に頼ってくれたまへ」


「はははっ!そうさせて貰うよ!」



 未だに危険性の残るダンジョンの中とは言え、今後の展望に希望を抱ける様になったらしい加田屋と共にふざけあい、互いに表情が綻ぶのを見て安堵し、声を挙げて笑い合う正にその時の事であった。




「ぶへっっっっっ!!!?」




 ドン!!!




 …………カチッ……!!




 ……この後どれだけ経とうとも決して忘れず、欠片でも思い出そうモノならば即座に殺意にまみれる事間違いない出来事である



 遂にララさんの尻尾へと触れようとして深谷が殴り飛ばされた事と


 殴り飛ばされた深谷が俺と加田屋の近くの壁へと飛んで来た事


 そして、そこに隠されていたトラップを発動させるスイッチを押してくれやがった事



 の三つの出来事が、同時に発生したのは。



 本来であれば、壁に寄り掛かるでもしない限りは発動せず、その上でトラップが発動したとしても、トラップ自体が発動する場所がスイッチから離れている事もあり、恐らくは先行して調査を行った人達もそのトラップの存在には気付かずにスルーしていたのだろう。


 しかし、誠にタイミングの悪い事に、唐突に加田屋の足元に浮かび上がった魔方陣らしきモノを見れば、そうしてスルーされたトラップが深谷の野郎のせいで発動したのであろう事が、否応無く理解させられた。


 咄嗟に、目の前で事態が理解できずに呆然としている様子の友人を突き飛ばそう踏み出して手を伸ばすが、ソレよりも先に足元の魔方陣は淡く光を放ち始め、あっと言う間に眩いばかりの強烈な光を放ち始める。


 それにより、少し前にセレティさんと交わした会話の内容を走馬灯の様に脳裏に過らせながら、俺と加田屋は足元から発せられる強烈な光へとその身を呑み込まれてしまう。



 ……そして、暫くして光が収まり、半ば強制的に閉ざされていた瞼を開く事が出来る様になった時には、薄暗い周囲には俺と加田屋の他には誰の姿も見受けられず、また周辺の様相もまるで見覚えの無い状態へと変わってしまっていた為に、俺はとある結論へと至るのであった。





「…………マジかよ。最悪だ。俺達、トラップで転移させられたみたいだ……」






取り敢えず連続投稿はここまで

次回はいつも通りに二日後になります

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