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「……これが、ダンジョン、か……」
目の前に広がる遺跡風の門と、その向こう側に見える空間に直接開いた様な真っ暗闇な大穴を覗き込みながら、ほぼ無意識の内にそう呟きを溢す。
あの魔物の氾濫の起きた日にも遠目に確認してはいたが、こうして改めて見てみるとやはり訳の分からない事だらけだ。
周囲を見回しても、この門の意匠と合致する様な建築物や、それに類似する様なモノは何も無い。
そもそも、今いるここは王都から真っ直ぐに伸びている道の近くであり、元からこんなモノが在ったのであれば何かしらの調査や対策は取られていただろうから、文字の通りに突然現れたのだろう事は予想に難くはない。
それに、あの後小耳に挟んだ話によれば、こんな処にダンジョンが何の兆候も無く突然発生するのは前代未聞だ、と言う話だったから、間違いではないのだろう。
もっとも、俺としては『ダンジョン=魔物がいて宝物が出てくる場所』程度の認識でしか無いので、その前代未聞さに関して言えばイマイチ理解しきれていないのだけれど。
と、言うよりも、そもそもの話として何でダンジョンなんてモノが在るんだろうか?と言う点からしての知識も碌に無い状況故に、好奇心と言う観点からすれば興味津々な状態であるのも否定はしないけどね?
なんて思いながら、ダンジョンの入り口らしい空間の穴を覗いていると、内部へと入る為の手続きをする為に別行動をしていたララさんとルルさんが、ソレを終えたらしく二人で連れ立ってこちらへと歩いて来る。
「……ん?どうしたの?」
「既に氾濫したばかりだから早々無いだろうけど、可能性で言えば中から魔物が飛び出して来る可能性も在るんだから、あんまりそう言う事はしない方が良いよ?」
「いや、今まで見た事無かったし、珍しかったのでつい……」
「……ん。なら、仕方無い」
「まぁ、職人に好奇心は必須だからなぁ~。仕方無い仕方無い。
じゃあ、こっちの準備も終わったから、そろそろ行こうか?皆も、良いよな?」
俺に対して確認を取ってから、他の面子へと確認の言葉を掛ける。
それに対して、それぞれの言葉で返事を返す皆。
そんな皆と共に、ある程度内部での動き等を確認してから、時間が勿体無い事も在って入り口である空間の穴の中へと足を踏み入れて行くのであった。
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門の向こう側、空間の穴の中へと足を踏み入れると、一瞬の浮遊感と目眩に似た様な感覚(一部の人間は『酩酊感に似ている』と表現するのだと後で聞いた)を味わい、それに伴って数秒とは言え目を瞑ってしまう。
不意に訪れたその感覚も、発生した時と同様に一瞬で綺麗に消失し、あっと言う間に平時のソレへと快調した為に慌てて閉ざしていた瞼を上げて周囲を伺う。
するとそこには、それまで見えていた街道や王都、草原や林と言った開放的な空間の風景とはかけ離れた、薄暗く空気の澱んだ洞窟と見られる閉塞空間が前方へと一直線に続いている光景であった。
あまりにも唐突で、かつ劇的な変化に口をパクパクさせながら目を丸くしていると、背後からクスクスと微かに笑い声が聞こえて来た。
それに釣られる形で、まるで油を差し損ねて錆び付いたブリキのオモチャの様な、ぎこちない動作にて振り返る。
するとそこには、俺の表情と動作が面白かったのか、声を抑えて笑っているセレティさん、レティシアさんと、声を挙げて笑っているルルさん。そして、そんな動作すら愛しい、とでも言いたげな視線を尻尾を緩く振りながら向けてくるララさんに、先程の俺と同じ様な表情にて固まっている桐谷さんの姿が在った。
……突然景色が変わった事で忘れていたが、そう言えばここには皆で来ていたんだった!?と言う事を思い出し、まさかの醜態を晒す事になってしまっている現状に、羞恥心から思い掛けずに熱くなってしまった顔を片手で隠しつつ、もう片手で皆へと『ちょっと待ってくれ』と手振りにて示す。
すると、その動作が何かしらの琴線に触れたのか、ソレまでは静かにニヤニヤとしていただけであった女性陣が、俄に黄色い悲鳴を挙げながらキャイキャイと姦しく騒ぎ始める。
そこには、寸前まで固まっていたハズの桐谷さんや、それまで生暖かく見守っていたハズのララさんまでもが加わっており、一向に冷める様子を見せずにひたすらに盛り上がりを続けていた。
……俺の見間違いでなければ、女性陣の視線には蕩けた様な熱が籠り、仕草にはこちらを誘う様な色気の滲み出しているモノが増えた様にも見える。明らかに、そう言う気分の盛り上がりを見せている時の視線と仕草だ。
今いる場所が誰かの私室なら、俺も特に咎める事はしないだろうが、今いる場所と目的からすれば不適切極まりない為に、幾つか深呼吸をして顔の熱を取ってから、敢えてジットリとした視線を皆へと向けて放つ。
すると、流石に場所が場所だけに盛り上がっている場合では無い、と思い至ってくれたのか、それとも俺の雰囲気から拒否されると判断したからか、徐々にではあるが落ち着きを取り戻し始め、数分もしない内に意識を戦闘時のソレへと変化させられた様に見て取れた。
その姿に、内心で胸を撫で下ろすと、背負っていたリュックの肩紐を絞め直し、背負い心地を確かめると、今回の発起人であるルルさんへと確認を取る為に言葉を掛ける。
「……この突然景色が変わった事だとか、ダンジョンについてのアレコレだとかも聞きたいですけど、取り敢えずは目的を果たす為に行動するとして、このまま進めば良いんですかね?まぁ、そうするしか選択肢は無いみたいですけど」
「まぁ、確かにな。もっとも、こうして一本道なのはこの辺りだけみたいだから、もう少し行けばダンジョンらしい状態になるみたいだぞ?」
「……何故に疑問形?」
「そりゃ、あんた。そんなの決まってるじゃないのさ!
あたしも入るのは初めてだからだよ!」
「……せめて、軽く下調べ位はしてあるんですよね……?」
「いんにゃ、全く。まぁ、とは言っても、事前に調査に入った連中が大体の魔物は間引いてるって話だし、例の『勇者様(笑)』達が少し前に意気込んで入って行ったって入り口の連中も言ってたから、まず魔物と遭遇なんて事は無いんじゃないのか?
それに、写しだけど目的の場所までの地図も貰ってあるから、多分行って戻って来るだけならどうとでもなるだろ!
と言う訳で、ホラホラ!早く行こう行こう!お宝があたしらを待ってるぞ!!」
「……ん。早く行くのには同意。しかし、その時間を無駄に使ったのはルルのハズ……!」
「……まぁ、こいつはこう言う奴だからねぇ……」
「……言いたいことが無いでもないけど、まぁ良いや。
でも、間引きされているって言うけど、それでも遭遇しないとも限らないんでしょ?だったら、気を引き締めて行かないとね!
早く採って、早く帰って、それで私も装備を作って貰うんだから!」
「……話には聞いていましたが、聞きしに勝る適当ぶりですね……。
まぁ、そうだったとしても、こうして誘って下さったのには感謝していますし、何より同じ立場に在るのですから、そう目くじらを立てても仕方がないと言うモノでしょう。
もっとも、タキガワ様を何時までも危険な空間に居させるのは些か私の心情的にもよろしくは無いので、手早く済ませてささっと撤退すると致しましょうか」
「……そうですね。じゃあ、時間も勿体無いんでそろそろ行きましょうか?そこで提案なんですが、ルルさんの地図は俺に渡して貰えませんか?
戦闘はしない予定ですんで、地図の管理と現在地の把握位はさせて貰いますよ?」
「そうかい?じゃあ、お願いしちゃおうかな!」
ルルさんが持っていると言っていた地図を受け取り、ざっと目を通して地図の起点となる出入口の部分を探す。
一応、元の世界と地図の書き方はそこまで異なっていた訳でもないらしく、割りとスムーズに見付けられたので現在地についても同時に把握する事に成功する。
そして、同時に俺達の目の前の道が見える限りはそのまま真っ直ぐに伸びているが、暫く進むと分岐したり曲がったりし始めると言う事も把握した。
しかし、方眼紙を使って書かれている訳でもなく、また縮尺の類いが書き込まれている訳でもなかったので、具体的にどのくらい進んだらそうなるのか、等の情報は得る事は出来なかった。
なので、これからは俺自身が進んだ距離から地図の縮尺を割り出す必要が在る為に、ますます戦闘方面での貢献は出来なくなったな、と一人内心にて判断する。
すると、まるで俺の準備が整うのを待っていたかの様なタイミングにて最前衛のララさんから出発の号令が掛けられた為に、タンク職である桐谷さんと完全に後衛であるセレティさんに挟まれる形にて隊列へと加わり、皆と揃って移動を開始する。
部隊にいた時に習得した技能により、計測を開始する地点さえハッキリと意識していれば、何かしながらでも歩き回っているだけで大まかな距離を割り出せる事もあり、近くにいたセレティさんにダンジョンについてのアレコレを質問して行く。
すると、セレティさんもそうやって頼られると応えてあげたくなる性質であったらしく、俺から向けられる質問に対して、出来るだけ誤解や勘違いの類いが起きない様に丁寧に教えてくれた。
ソレによって得られた知識等を検証してみようか、なんて考えていると、どうやら地図の通りに分岐点へと到着していた為に、俺は地図上に書き込まれた目標地点とその周辺への道なりから逆算し、進む事を選ぶのであれば選ばなくてはならない道の方を指差し、皆をそちらへと誘導して奥へと足を踏み入れて行くのであった。




