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「……さて、取り敢えず畑も作って、種籾も蒔いて、若芽が出た事も確認した訳ですが、幾ら俺が魔改造した種だとしても一日二日で収穫なんて出来ないので、現状手空きになりました。
なので、先行して天然酵母を作っておこうと思います!」
「まぁ、地味に時間掛かるからね、アレ。その癖、僕らが知ってるパンを作ろうと思うとほぼ必須だから、意地が悪いと思わない?」
「……その前に、私はなんでこうなったのかを知りたいかなぁ?私が知ってる限りだと、確かこの前に畑を作るって言っていたばかりだったよね?」
「そこは、ほら。俺の持ってる[スキル]と【職業】による諸々のアシストと、ついでに言うとあんまり弄る必要の無かった種籾のお陰じゃないのかね?
あとは、ノリで作っておいた農具の数々による効率化?」
「まぁ、少なくとも人海戦術が使える様にはなってないからね、この世界」
「生産系の[スキル]を持っていないと、その手の行動自体に悪影響が出る、だったっけ?」
「そうそう。そうでもないと、僕に出来る事がララさんに出来ない訳がないからね」
「……ん。その通り。だから、アレは仕方無いこと。ある意味必然。良いね?」
「アッ、ハイ。
……まぁ、もしかしたら【職業】の方にも好影響・悪影響が在るかも知れないけど、流石にそこまでは分からないし、今は関係無いしね?」
「そう言う事。
じゃあ、あんまり関係無い事ばかりしていても仕方無いから、取り敢えずは本来の目的を完遂するべく作ってみるべぇか。
と言う訳で皆様。お手元の小瓶をお取りくださいな」
「「「はーい」」」
俺の声かけにより、三人が律儀に返事をしてから目の前の机に置かれていた小瓶を手に取る。
いつぞやポーションを作る際にも使ったその小瓶は、どうやら何処ぞの工房が統一規格にて量産している代物であるらしく、入手が容易であり、ガワも透明で中身を見易いと言う利点も在った為に、こうして容器として採用してみた。
そんな小瓶を、用意しておいた熱湯へと各自で潜らせて行く。
瓶自体はまだ新しいとは言え、コレからしようとしている天然酵母の培養には他の雑菌が邪魔になるので、取り敢えずお決まりの熱湯殺菌。
こちらの世界にはまだ『消毒』の概念が薄いらしく、コレをする意味合いをララさんに理解して貰うのに少し手間取ったが
『コレからやる事が上手く行く様に、ってお祈りする様なモノだから取り敢えずやってね?』
と、説明になっている様でなっていないモノにてどうにか説得し、二人と同じ様に器具を使って熱湯に潜らせて貰う。
俺の手元に在る小瓶も同様に熱湯に潜らせ、事前準備である殺菌を終わらせると、瓶が冷めるまでの間に酵母の元になるモノの準備を開始する。
「じゃあ、各自好きな果物を選んで酵母作りをしてみるかね。
何か、リクエストとかある人?ここに無いモノでも、探せば何処かに在るかもよ?」
そんな俺の声かけにより、予め机の上に用意しておいた果実へと皆が手を伸ばして行く。
ララさんやセレティさん、厨房の料理長等にお願いして取り寄せて貰ったり、自分で城の外に在る市場まで見に行って(一応幾らかは報酬として貰っているので無一文ではない。むしろ結構持ってる)見付けて来た、ブドウの様なモノ、リンゴの様なモノ、モモの様なモノ、イチゴの様なモノ、レモンの様なモノ、それら以外にも用意した複数種の果実と、それらを乾燥させたモノをそれぞれで用意してみた。
ぶっちゃけ、向こうの世界であれば、果物の類いであれば基本的に何を使っても酵母のタネは出来るらしい(聞いたことは在るが実際に作った事は無かった)。
それこそ、ある程度糖度の有るモノであれば他に水が在ればつくれるみたいなのだが、こちらの世界でも同じ事が出来るとは限らないので、実験も兼ねて色々集めてみた、と言うのが正直な話なのだけどね?
こうして色々と集めてみたのだって、半分位は駄目元だし、そもそも集めたモノを全て酵母作りで使いきるとも思っていないので、大半は『スタッフが美味しく頂きました』を狙って用意したモノだったりする。
実は、どれもまだ口にした事は無いので、どんな味がするのか楽しみにしていたんだよね。
なんて事を考えながらも、取り敢えずは実験をするだけはしてしまおう、と思考を切り替えてモモの様な見た目をした果実へと手を伸ばす。
向こうの世界でも、あまりモモを材料として使った酵母と言うのは聞かなかったが、文字通りに『世界』が違うのだからどうにかなる可能性は低くないだろう。
それに、駄目で元々の実験に過ぎないのだから、多少の冒険も範疇の内と言うモノだろう。多分だけど。
ナイフを手に取り、選んだ果実をカットする。
理由は二つ。
一つは、そのままでは瓶の口から入らないから。
流石に果汁だけでは出来るかどうか分からないし、何より搾ったら只のジュースになっちゃうからね。
もう一つは、皮や種ごと中に入れる為に。
軽く聞いた話なのでアヤフヤなのだが、どうやら酵母は皮の表面や種の部分に多くいるらしいので、果肉よりはむしろそちらの方を多く入れた方が良いのだとか。
なので、手元に複数在る小瓶へと、可能な限り果肉を削ぎ落とした皮のみを入れたモノを一つ。
多少果肉を残しつつ、種周辺の果肉も少し一緒に入れたモノを一つ。
ピーチティーでも作るつもりで、皮付きのままで大胆にカットしたモノを入れたモノを一つ。
それぞれ分からなくならない様に種類を記したタグを付け、同量の水を瓶へと注ぎ込んでから蓋をする。
コルクとかであれば、通気と保全のバランスが一番丁度良いのだろうが、この周辺では見たことが無いので、取り敢えずは付属されていた薬瓶用のソレを絞めて密封しておく。
ソレを見たからか、他の皆もそれぞれ手に取った果物をナイフでカットし、瓶に詰めてから水を注いでいる。
加田屋は無難にブドウの様なモノを乾燥させたレーズンモドキと、ついでにレモンの様なモノを瓶へと詰めている。
桐谷さんは、少し冒険してかイチゴに似た果物の、生のままのモノと乾燥させたモノに、軽く味を見てから甘味が少なかったのかハチミツを少し足していた。
ララさんは、知ってか知らずかリンゴの様なモノを選び、俺と同じく皮だけ、果肉付きの皮と種、皮付きの果肉と芯、と言った三種類のモノを作ってタグを張り付けていた。
それらの他にも、一応で集めておいた果実(オレンジみたいなモノ、サクランボみたいなモノ、ナシの様なモノ、カキの様なモノ等々)も在ったのだが、何となく上手く行かなさそうな雰囲気がプンプンしているために、誰も手を出そうとはせずに机の中央に鎮座したままとなっている。
なので、それとなく加田屋に視線で促すと、渋々、と言った感じでナシっぽいモノへと手を伸ばす。
なので、俺もそれに付き合ってオレンジの様なモノへと手を伸ばし、一つ手に取って取り敢えず半分に切ってみる。
外見上は、俺達の知っているオレンジと同じ。
軽く果汁を舐めてみた限りでは、やや酸っぱさが強いが味も匂いも俺の知るオレンジと同じ様に感じる。
なので、桐谷さんがそうしていた様に、俺も皮付きで切り分けた果実を入れた小瓶へと、糖分を足す為にハチミツを投入しておく。
そちらにもタグを張り付け、内容を書き加えてから他の加工済みの小瓶を集めて置いてある方へと寄せると、次はどうしようか……と視線をさ迷わせる。
……すると、まだ俺が許可を出していないにも関わらず、既に『スタッフが美味しく頂きました』状態へと突入しようとしている三人の姿が目に飛び込んで来た。
大口を開けている加田屋と、小さくしてからフォークにて刺している桐谷さん、既に口の中へと放り込んでいるララさんの三人へと順に視線を動かして確りと視認すると、一瞬だけ『幻覚かな?』との期待を込めて目頭を揉み、ずらしていた視線を戻して再度確認する。
すると、加田屋は頬を膨らませているし、桐谷さんはフォークの先に刺さっていたモノが無くなっている。ララさんも、既にモグモグと口元を動かしている処を見るに、既に本格的に咀嚼しているのだろう。
ついでに言えば、既に三人の手元には微かに湯気の立つお茶までもが容れられており、丁度今しがた俺の前にも、いつの間にか居た俺専属になっているらしい使用人さんが音を立てる事もなく、自然な動作にて差し出して来た処だ。
更に言うのであれば、いつの間にそんな事をしたのか皆目見当が付かないが、ソレまでは只のカットフルーツであったハズの果肉(酵母作りに使わなかった部分)が、タルトやゼリー(こんなモノも在ったよ?と厨房で溢したらいつの間にか再現されていたモノの一つ)として加工されて机に置かれていた、と言う怪現象まで起きていた。
それらを目の当たりにした俺は、流石にお小言を言う様な雰囲気では無いし、何より最低限は一通りの試作は済んだ上でのお茶会化だと言う事を認識していたので、気分を切り換える為に一つ溜め息を吐いてから、取り敢えずは現状を楽しむ為にお茶へと口を付け、恭されている加工品へと手を伸ばすのであった。
……なお、お茶菓子として出されたそれらは、果実の甘味を生かした素朴な味付けであり、あまり甘いものに強くない俺や加田屋にも食べやすい仕上がりとなっていた。
まぁ、単純に砂糖の類いの入手が難しかっただけかも知れないけど。




