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食堂にて三人からの訴えを聞き、取り敢えず厨房を目指してから早数時間。
俺達の姿は、城の外、王都の外壁近くに在る畑に存在していた。
「……しっかし、まさか本当にライ麦パン以外のパンが逸失しているとはなぁ……」
「と言うよりも、気候変動で気温が下がって、他の麦が全滅に近い状況になったから、必然的に他のアレコレが無くなった、って感じだったっぽいけどね?」
「まぁ、厨房の料理長が『ナニソレ?』状態だったのは予想通りだったが、まさか書庫にすら表の方は碌に記録が残されていなかったのにはビビったけどな?」
「本当、その通り。でも、そのお陰で禁書庫の方にも入れたんだから、そこは痛み分け的に考えておいても良いんじゃないの?」
「そこを痛み分けとするのなら、駄目元で行ったセレティさんの保管庫でのアレは大勝利って言っても良いな。何せ、殆ど諦めていた小麦の種籾が残ってたんだから」
「そうそう。禁書庫の奥の方に残されていたメモ書きを頼りに探してみたら、比較的冷温に強い……かも知れない麦だから念のため保管しておく、って書かれた瓶に詰められてたんだから驚きだよねぇ……」
「だな。俺の持ってる[スキル]を駆使すれば、蒔いてから収穫までの期間を短くする事も、現代の気候や病気の類いに適応させる事も可能だけど、流石に元となるモノが無ければどうにも出来なかったからな。
最初は、ライ麦を掛け合わせて小麦に近しいモノを造り上げる事から始める羽目になるかと思ったからな。流石にそこまでやりたくない。面倒に過ぎる……」
「……面倒では在るけど、やろうと思えば出来るんだね……」
「まぁ、品種改良目的で取った[スキル]が幾つか在ったからなぁ……。
なんでそんなのを、とかは聞いてくれるなよ?俺の元々の思惑を知っているお前さんなら、言わなくても目的は分かるだろう?」
「まぁ、ねぇ。アレでしょ?
計画の通りに事が運んだ際に、上手いこと持ち出した苗やら種やらが環境に適応しなかった場合に備えて、とかでしょ?普通はそこまでは考えないと思うけど?」
「そうか?
その程度、用心深い奴だったり、計画が明確な奴だったりしたら、万が一を見据えて普通にやりそうな程度じゃないか?」
「……ソレを普通と呼ぶのは、些か処じゃない位に語弊が在ると思うんだけど……?
ソレってもう、既に一度同じ様な状況を経験している人か、もしくは偏執的なサバイバルテクニックを持つ人か、それかご都合主義的な物語の主人公位の話じゃないの?ねぇ、ねぇねぇ」
「……まぁ、否定はせんよ?否定は。ただ、俺の居た処はその程度考えておいて当然、って感じだったからなぁ……。
さて、じゃあ、そろそろ再開するかね?」
「……うん、そうだね。僕も言い出しっぺみたいなモノだし、最後まで頑張らせて貰うよ」
「そうそう。その意気その意気。
そうやってれば、勝手に体力も付くじゃろ」
「……なんか、思ってたのと違うなぁ……異世界生活と異世界トレーニング……」
ブツブツと呟きながらも、俺に促されるままに立て掛けておいた鍬を手にする加田屋。
そして、拙い手つきながらも地面へと振り下ろし、土を幾らか掬い上げて掘り返すと、若干ふらつきながら再度振り上げて行く。
ソレを横目に見ながら、比較的効率的に運用している身体能力と若干の経験、そして取っていた[農耕]の[スキル]によるアシストによって、その数倍の速度で豪快に地面を耕して行く。
会話からも分かるとは思うが、この場には俺と加田屋の二人しかいない。
ルルさんやセレティさんは職務として請け負っている仕事が在った為に、書庫へと向かう時に離脱している。
桐谷さんにしても、先日のダンジョンの氾濫によって発生した傷病人がまだまだ沢山いる為に、そちらからの応援を要請されてセレティさんの保管庫へと向かう時には、既に別行動となっていた。
少し前までララさんも一緒に居たのだが、何故か加田屋以上に地面の耕しが苦手だったらしく、思うように作業が進んでいなかった事もあり、今は昼時も近かった事もあって厨房まで昼食をテイクアウトして貰いに行っている。
最後まで、完全にモヤシ以外の何者でも無い加田屋に負けている事を気にしていたが、流石にそこまで気にする必要は無いだろう。
人には、向き不向きが在るのだから。気にしない気にしない。
それに、そもそもの事を言うのであれば、俺達がこうして一から畑を起こす必要も無いのだし。
一応、オルランドゥ王には許可を取ってあるし、その際にも『畑を一面買い上げて贈ろうか?』とか『こちらで用意するが?』と言った感じの会話にも発展したのだが、流石にあくまでも実験の段階に過ぎないのにそこまでやらせるのは些か気が引ける。
……ちなみに、コレに限った話では無いのだが、何故か最近はオルランドゥ王の方から色々と贈ろうとして来る様になったのだけど、どうしてだろうか?
アレか?レティシア第二王女が加入を表明したからか?
しかし、それはあくまでも俺達に向けてのモノであり、まだ世間的に公表している訳ではないハズなのだが……。
まぁ、国王だし、本人の父親でも在るのだから、その程度の事は把握している、と言う事かね?
将来的に義息子(こっちにそう言う概念が在るのか知らないけど)になる可能性の高い相手に対して、少しでも心証を良くしておきたいor融通を利かせ易くしておきたい、と言う魂胆が無い訳でも無いのかも知れないが、ちょっと性急過ぎやしないだろうか?まだ確定事項でも無かろうに。
なんて思いながらひたすらに鍬を振るっていると、大体予定していた広さの分の土地に鍬入れが終わっていたらしく、周囲には耕されて柔らかくなった土が一面に広がっていた。
少し視線を遠くに移せば、そこには鍬を杖代わりにして荒い息を整える加田屋と、城の方からバスケットを手にしたララさんの姿が確認出来た。
中身を気にせず全力で駆けて来るその姿に、よもやそのバスケットの中身を忘れてはおるまいな……?との疑念が脳裏を過るが、流石に食べるの大好きな彼女がそんな事をするハズも無いか、と認識を改め、こちらから手を振って気付いている事をアピールしておく。
すると、向こうもこちらが気付いた事を確認したらしく、激しく尻尾を振り回しながら、空いている手を大きく振ってこちらにアピールしてきた。
ソレを、丸っきり大型犬だなぁ、と内心でほっこりしながら眺めていると、復活したらしい加田屋がこちらにヨロヨロと歩いて来るのと同時に、ララさんが畑の縁へと到着し、同じ様に抱えていたのであろう大きめの布を地面に敷いてからこちらを手招きしてくる。
それに従い、耕した事で弛くなった地面に気を使いつつ、服の土汚れを軽く落として軍手(の様な頑丈な手袋)を作業着のポケットへと捩じ込みながら歩いて行く。
ララさんの元へと到着すると、バスケットに用意してあったのか、軽く濡らされまだ冷たさの残る手拭いを渡された為に、それで手と顔、それと汗の浮かんでいた首筋を拭って気分をリフレッシュさせ、彼女にお礼を言いながら手拭いを脇に避けて敷き布に座ろうとする。
しかし、手拭いは笑顔のララさんに回収されて袋にしまい込まれ、ブーツを脱いで上がり込んだ敷き布の上では、若干緩めに掛かれた彼女の胡座の中へと抱き込まれ、まだうっすらと汗の滲む項から頭頂に掛けての匂いを堪能されてしまう。
最初は何とも言えない恥ずかしさを覚えたその行動にも、今ではすっかり慣れてしまった俺は、若干瞳からハイライトが消えかかっているのを自覚しながら手振りで加田屋にバスケットを取る様に要請する。
そんな俺達の姿を、加田屋は加田屋で、何か恐ろしいモノでも見る様な、手を付けられないバカップルを見る様な、そんな混沌とした視線を向けて来ながらも、それでも要請されれば否やは無いらしく、若干呆れた様な表情を浮かべながらバスケットを渡して来た。
「あんがとさん。んで、どれどれ……?
……ふむ?パンにチーズにこいつはレタス、かな?それと、この容器に入っているのは……ハンバーグかな?」
「……ん。料理長が、タキガワによろしく、と言っていた。また作ってみたから、感想を頼む、とも」
「ふーん?じゃあ、僕らで作った時とは、何か作り方変えたのかな?」
「……ん?さぁ?詳しくは聞いてない。
聞いてたとしても、多分分からなかったと思うけど?」
「まぁ、何にしても食って見れば分かるだろう。運動して腹も減ってる事だし、早速頂くとしよう」
「「賛成」」
普段はそこまででもないのだが、何故かこう言う場だと息の合う二人に対して何とも言えない生暖かい視線を向けつつ、食器の類いが無いかバスケットの中を漁って行く。
……が、しかし、中には人数分のパンと、俺達のやり方を真似て用意したのであろう新鮮そうなレタス(まだ葉っぱがシャキシャキで水を弾いている)とチーズの塊、それに、ハンバーグが入っている容器とナイフが数本入っていただけで、取り皿もフォークの類いも何も入ってはいなかった。
視線をララさんに向けると、何事か?と首を傾げながらも、俺の注意が自分に向いた事が嬉しかったのかパタパタと尻尾を振っている。
……うん。多分、この人じゃないな。
昼時だったから、忙しくて入れ忘れたのかな?と思いつつも、じゃあどうしようか……と暫し考えた俺だったが、入れられていた品々を眺めて、そう言えばいつかやろうと思ってた事をすれば良いんじゃないか?と思い立ち、試作していたモノを腰のポーチから取り出すのであった。
なお、同じ様な事を考えていたらしい加田屋も試作していたモノ(マスタードモドキ)を取り出した事により、この世界で初めて作られたハンバーガー(どちらかと言うとハンバーグサンド?)は、ララさんに大変好評であり、是非ともまた食べたい!と言って貰える結果になったのであった。
……試作ケチャップが少し酸っぱかったので、次回はもう少し改良してからにしよう、と内心で誓ったのはここだけの話である。




