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 セレティさんと一曲踊り通してから暫く経った現在。


 俺はまた、一人部屋の角の壁際にて、気配を薄くして潜んでいた。


 周囲からは、未だに俺の事を探し回っているらしい視線と気配を感じるが、敢えてそれらは全て無視して一人潜み続ける。



 何故、そんな事になっているのか。



 それは、セレティさんと踊り終わり、続けてララさん(『吾が一番だから』byララさん)とルルさん(『ちゃんと可愛がってあげなよ?』byルルさん)から一言ずつ頂きながらも、二人共に一曲通して踊り終わり、流石にもう良いよね?と何だか良い感じにキャイキャイと女性特有の気安い盛り上がりを見せていた三人へと確認をしようとしていた時の事であった。


 俺にとっては唐突に、そして会場にとっては衝撃的な出来事として



『……では、次は私とお願いしますね?』



 と、この会場では上から数えた方が早い程に地位が高く、故に多くの人々から踊りを申し込まれていたらしい彼女。



 レティシア第二王女殿下が、華やぐ様な微笑みを浮かべながらその繊手を差し出して来たのだ。



 ……周囲からのどよめきや呟きを聞く限り、こうして女性側から申し込むのは異例であり、ほぼストレートにプロポーズと取られても仕方の無い様な事態であるのだとか。

 しかも、彼女程に高貴な身分の存在がそんな事を仕出かした例は過去に存在せず、これをどう捌くのかと会場の視線は彼女とオルランドゥ王に集中していった。


 当事者たる俺としては、また面倒な事になったなぁ、と言う嘆息のと、一体レティシア第二王女(こいつ)は何を考えているのだろうか?と言う疑念の二つが脳裏を占めており、取り敢えず流れを見る為に傍観に徹する事を選択した。


 ……しかし、ソレを『衝撃の事態で固まっている』や『面倒な事態になったので出方を考えている』とは受け取ってくれなかったらしい人影が、その場へと乱入してきたのだ。



『……レ、レティシア王女と踊るなら、先に私と踊ってくれても良いよね!?むしろ、私と先に踊るべきじゃないのかな!?滝川君は!』



 ……まるで、レティシア第二王女に対して対抗意識を剥き出しにしたかの様な宣言をしつつ、威嚇する様に俺と彼女との間に割って入る桐谷さん。


 しかし、ソレを誰も咎める事をせず、オルランドゥ王ですら事の成り行きを見詰めている状況に、他のお嬢様方(狩人達)も『やっても良い行動なんだ』と勘違いしてか次々と乱入を仕掛けて来たのだ。


 それ故に、俺は最低限踊っておきたかった相手とは踊っていた事もあり、混沌とし始めた中央部からこっそりと離脱し、少し前と同じ様に気配を絶ってから壁際へと退避していた、と言う訳なのだ。



 ……正直な話をすれば、あの二人が何であんなことを言い出したのかが理解出来ない。


 桐谷さんに関しては、あの場で踊る事についての意味を知らなかったのか、もしくは知っていても勘違いしていたのか、と取る事も出来るが、しかしレティシア第二王女に関してはそう言う解釈をするのは少々無理があるだろう。

 流石に、この国の王族がソレを知らない、なんて事は有り得ないだろうしね。


 それともアレか?

 二人共に酔っ払っていたのか?


 この手の催し事にお決まりのパーティーテーブルには豪華な料理が置かれているし、ウェイターとして人波をすり抜けている使用人さん達の手には、アルコール・ノンアルコールを問わずに様々なドリンクが乗せられた盆が常備されている。


 それらの内、間違ってノンアルコールのモノでは無く、アルコール入りのモノを口にしてしまった可能性は否定出来ない。

 ……まぁ、二人共にある程度接近したけど、アルコール臭は特にしなかった、って事実は敢えて無視しておこう。そうしよう。



 そんな事をつらつらと考え、逃げてくる途中にて拾って来た料理(かなりのご馳走だが大半が俺達が伝えた料理だった)を摘まみながらグラス(ノンアルコール)を傾けていると、既に音楽が終わって役目を果たしたハズの中央部が騒がしくなっている事に気が付く。


 すわ何事か?と気になった俺は空になった皿とグラスを置き、気配を絶ったままの状態で中央部を囲む人垣へと侵入して行く。



 すると、そこには、着けていたきらびやかな軽鎧を紅く染め、白く神秘的な輝きを放つ長剣を手にしながら床へと沈んでいる深谷(服装から推察)と、ソレをまるで詰まらないモノでも見下ろすかの様に眺めている、大剣を肩に担いだ天を突く様な巨体を誇る獅子の獣人の姿が在った。




「…………ふん!【勇者(ブレイブ)】だと自慢気に抜かし、その上で我輩に舐めた口を利いてくれたのだから、もう少し骨が在るのかと期待したのだが、ただの大外れだったか。

 これでは、さっき抜かしておった『ボスを討伐したのは本当は自分だった』と言う言葉も、文字の通りに与太話であった様だし、此度の召喚は外れであったと見るべきか……」



 ……どうやら、あの獣人の言葉を聞く限りだと、深谷の阿呆がまた何かやらかしたみたいだね。

 他人の手柄を自分のモノとして誇るよりも、まずは自分の実力を上げるべきだろうに……。



 そんな事を思いながらも、別段深谷の野郎の尻を拭いてやらなければならない理由も無かったし、何よりあいつの同類だと思われても嫌だったのでそのまま傍観に徹していると、チラリとこちらに巨漢の獣人が視線を向けて来た。


 一瞬だけだったとは言え、その視線は確実に俺の事を捉えており、ほぼ間違いなく気配隠蔽を看破して俺の存在を感知していたと見て間違いは無いだろう。


 が、しかし、特に何を言うでも、何か行動を起こすでもなく、僅かにその獅子そのものである顔面の口元を歪める(笑った、のか……?)と、そのまま視線をずらし、尻餅を突いた状態で這いずる様にして逃げて行く深谷をわざと見送ると、改めて明らかに嘲笑の類いだと理解させられる笑みを浮かべながら、会場に響く程の声量にて言い放つ。



「此度の召喚者の中で、最強を自称する者がこの程度とは、全くもって呆れさせられるわ!これでは、先の氾濫にてボスの首級を挙げたとか言う『救世主』とやらも、高が知れると言うモノよ!

 王がお認めになったとしても、実際に手柄を挙げたと言われたとしても、我輩は到底信用ならぬ!最低限、その腕前を見ぬ限りはな!

 勇在る者として、己が功を誇るのであれば、今すぐこの場に歩み出て来るが良い!それが出来ぬ臆病者であるのなら、精々部屋の角で震えているのがお似合いよ!ガハハハハハハハ!!」



 その言葉により、中央部を囲っていた人垣は騒然となり、ソレを掻き分ける様にして俺は中央部へと躍り出る…………ことはせず、未だに訝しむ様にして観察を続けていた。


 ……いや、言いたい事は分からなくも無いよ?

 あそこまでバカにされたのなら、男だったらそのまま飛び出して取り消させろ!とか言いたいのでしょ?


 でも、ぶっちゃけた話をすれば、別に俺はどうとも思ってないから、このままにしておきたい位なんだけど?


 貶された程度でどうこうなる程柔な精神しているつもりは無いし、そもそもこの程度でどうにかなっていたらとっくの昔に発狂しているからね?戦場での劣悪な環境と言い、部隊での扱われ方と言い。


 むしろ俺としては、あの人が何を考えてああしているのかの方が気になるけどね?

 何せあの人、ああやって俺を炙り出す様な素振りを見せているけど、確実に俺がここに居ると知った上でああしているのだから、何かしらの狙いが在ると見て間違いは無い。


 だから、俺は『それが何なのか』が判明するまでは、動くつもりは無い。

 ……まぁ、若干名勝手に暴走しそうなのに心当たりが無いでもないのだが……。


 なんて思いながら、未だに放たれる数々の暴言を聞き流していると、案の定人垣を割って進んで来る人影が一つ。


 どうせ、ララさんだろうから、適当に説得して引かせようか、なんて思っていたのだが、実際にその人影を目の当たりにすると余りの衝撃に思考が漂白されるのが感じられた。


 ……何故なら、その視線の先にいたのは、俺の予想外の人物であったからだ。




「……流石に、そろそろ聞き捨てならないわね!

 いい加減、その下らない口を閉じなさい!彼をこれ以上侮辱する事は、私の想い人を貶す事は、私が許さないんだから!!」




 ……そう、完全に予想外だった桐谷さん(人物)による、完全に予想外なカミングアウト(告白染みた言葉)を聞いてしまい、完全に思考と動作が漂白されてしまい、咄嗟に動くことも言葉を放つ事も出来ずに固まってしまう。



 何故?

 何故(なにゆえ)

 何時から?

 一体なんで?



 そんな疑問がグルグルと脳裏を駆け巡り、その事ばかりに気を取られている内に、いつの間にか中央部にて巨漢の獣人と桐谷さんとの二人で決闘が開始されたらしく、激しく動き回りながら連続して金属音が会場へと響き渡って行く。


 それによって正気に戻った俺は、桐谷さんが傷を負うのは耐えられない(……何故だろう……?)し、何より取り敢えずはこの場を収める必要が在ると判断した為に、必要があればリミッターを外す事すらも必要経費として考えながら、二人の間に割って入ろうと足に力を込めたその時。


 二人が離れたタイミングを図っていたのか、それとも最初からこのタイミングで飛び込むと打ち合わせをしていのかは定かでは無いが、ララさんとオルランドゥ王の隣に控えていた騎士二人が巨漢の獣人の背後に忽然と現れると、それぞれ肩、腰、頭に手を置いて背後へと引き摺り倒し、人垣の向こう側へと引き摺り出すと、特に弁解や釈明をさせる事もせずに会場から引き摺り出してしまう。


 それにより、会場には、突然の事態に呆然とする観衆と化していた出席者の人々と、突然相手を奪われた盾を構えたままの桐谷さんと、結局何事か理解が及ばずに置いてけぼりを食らう俺のみが残されるのであった。



 ……結局、何が起きたんですかね?

 誰か説明してくれませんか?

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