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二人からのじゃれ付きに付き合い、時折仕掛けられる尻尾に触らせようとする試みを回避していると、不意に会場に音楽が流れて来る。
それまでも一応は流れていたのだが、あくまでもそれは会話や食事を妨げず、背景音楽に徹する形にて場の盛り上げに一役買っている、と言った感じであった。
しかし、今始まったそれは、あくまでも主役ではないが脇役の中では最大限目立っている、と言った様な、若干微妙な表現にはなるが、そんな自己主張をしている様にも思える感じであった。
不思議に思って首を傾げていると、隣のララさんが袖を小さく引いてきたのでそちらへと振り向く。
すると、俺の耳元へと前にせり出した口元を近付け、囁く様にして言葉を掛けて来る。
「……ん。あの音楽は舞踏曲。あれに合わせて、二人でステップを踏んだりして踊る。その為の曲。この場でそんな曲を流すとは思って無かったけど、どうする?踊る?」
「……いや、俺は経験無いですし、そもそもステップ処か旋律自体聞き覚えすらも無い状態なんで、流石に無茶が過ぎるのでは?」
「……ん。実は、そうでもない。割りと脳筋ばかりのこの世界、難しいステップや作法の類いは廃れて久しい。だから、そこまで難しくは無いし、もし間違えたとしてもそこまで揶揄される事も無い。むしろそうやって、堂々と相手が居る、とアピールしておいた方が、今後絡まれなくて済む……かも?」
「…………成る程、一理在る……か……?」
「お?なんだい、なんだい?二人で躍りに行くのかい?
行くのなら行くで構いやしないけど、行くのなら後であたしとも踊っておくれよ?」
「…………いや、そこは普通なら嫉妬したり怒ったりする場面では……?」
「……おん?そう言うモノかい?あたしら獣人にとっちゃ、こうやって複数番が居るなんて当たり前だからねぇ。この手の催し事だと、新しく唾付ける、なんて事をやらかさない限りは、あんまりそう言う事は無いかねぇ?
まぁ、でも?番の中の序列だとかを無視した行いをすれば、多分怒ったり妬いたりもするかもね?」
「いや、これ以上増やすつもりは無いですからね?と言うか、そもそも増える事には未だに反対なのが俺のスタンスですからね?」
「「はいはい。ワカッテマスワカッテマス」」
「…………それ、絶対に分かってないやつじゃん……」
そんなやり取りを挟みつつ、ルルさんとはまだ関係を持っていないから保留としても、ララさんとは確実にこちらの世間一般的に見て『番』と呼ばれる間柄になってしまっている為に、取り敢えず彼女を誘って踊ってみようかしらん?と思い立ったその時であった。
共にこの戦勝祝いの場へと出席した顔見知りが、戸惑った様な困惑した様な困った様な表情を浮かべ、必死に言葉を探している場面を発見したのは。
思わずその場で立ち止まり、そちらへと視線と意識を集中させる。
何らかのトラブルの類いであれば、即座に介入出来る様にと軽く身構えるが、どうやらそう言う訳でも無いらしく、構えを解いて事の成り行きを見守って行く。
そうして観察する事少し。
判明した事が一つ。
「い、いやだから!ウチを遊びで誘う位なら、他の嬢ちゃん達を誘いな、って言ってるじゃないのさ!?」
……どうやら、彼女ことセレティさんは、踊りの誘いに困惑していたらしい。
「遊びだなんて心外な!?」
「少なくとも、私は本気です!!」
「……ふむ?歳を気にしておられるのなら、ワシなどは如何かな?多少の釣り合いは取れるかと思いますぞ?」
「外見年齢を気にしてるなら、是非とも俺と!必ず幸せにして見せてやる!!」
しかも、複数人からのしつこい誘いを受けており、どうしたら良いのか対応に困っている、と言った処だろう。
遠目から見た所感ではあるが、そこまで大きく間違えてはいないハズだ。
まぁ、セレティさんは本人が気にしている程に歳嵩には見えないし、何より本人は否定するが美人さんであるのは間違いの無い事実である以上、こうして積極的に誘われるのは当然と言えるだろう。
実際に二人で踊って見せれば、事実上のパートナーとして周囲へとアピール出来る以上、そのチャンスを狙っていた者は逃そうとはしないハズだ。
おまけに、昨日の氾濫にて、セレティさんは熟練の薬師でも作り上げるのが困難とされている上級ポーションを幾つも作り上げて見せた実績が存在してしまっているので、ソレを自らの功績として取り込む為にも、これまではセレティさんの人付き合いの範囲の狭さかは接触を持てなかった連中が、この機会に積極的に迫り始めた、と言うのが割りと真相に近いハズ。
その証拠に、少し前まで声を掛けて来ていた相手をバッサリと切り捨てていた彼女が、切り捨てても切り捨ててもしつこく食い下がって来る連中にウンザリした表情を浮かべ始めていたのだから。
……これは、介入するべきだろう、か……?
彼女の性格上、このまま放っておいても多分どうにかなりはすると思う。最悪、彼女自身が蹴散らすだろう。
しかし、それはあまりよろしくないだろう。少なくとも、彼女のキャリアと言う点に於いては、間違いなく汚点として残ってしまう。
だが、彼女の知人だからと言って、無理矢理間に割って入るのも何だか『違う』様な気がするのも事実だ。
別段特別な関係性に在る訳でも無い俺が、例え割って入ったとしても、それが彼女の為になるのだろうか?
そもそも、彼女は俺からの介入を望むのだろうか……?
そんな事を考えていると、不意にトンと物理的に背中を押される。
振り返って見ると、そこには柔らかい笑顔を浮かべたララさんと、俺の背中を押したらしいルルさんの二人の姿。
そして、無言のままに視線のみにて俺の行動を促して来る。
反射的に言葉が口を突いて出そうになる俺だが、今はそうするべき場面では無い、と直感的に悟り、無言のままに二人へと頷いて見せると、気配を薄くするのを止めてセレティさんへと歩み寄り、一言声を掛けるのであった。
「……失礼。踊って頂いても、よろしいですか?」
******
「……良かったのかい?ウチなんかと最初に踊っちまって……」
流れる音楽に身を委ね、周囲と同じ様なステップを踏みながら踊っていると、不意にセレティさんが俺の耳元へと囁く様にそう聞いて来る。
元の世界の社交ダンスやパートナーダンスに近い形態である為に、顔全体を向けて確認すると不恰好になる為に、視線のみを彼女へと向けて確認する。
……すると、そこには、俺と同じくらいの身長の為に、俺と同じ様な高さに在りながらも、同時に不安ややるせなさや罪悪感、そして一抹の期待や歓喜と言った混沌とした感情を湛えて揺れる瞳がこちらを見詰めていた。
曲調と周囲の動きに合わせて回転しながらターンし、相方を抱き寄せる動作を利用して顔を寄せると、同じく耳元へと囁く様にして返答する。
「……良かったのか、と言われれば、良かった、と答えるしか無いでしょうね。幸い、こうして送り出してくれたのはあの二人本人ですから」
「……そう言う意味じゃ無くてだよ……!」
囁きながら叫ぶ、と言う器用な真似をしつつ、セレティさんは動作によって一度離れながらも、再度また戻って接近して会話を続ける。
「……あんた、この踊りを一緒に踊る、って事が、どう言う意味を持つのか知らないのかい!?」
「……一応、二人からは聞いていますけど?」
「だったら、なおのことウチなんて放って置けば良かったじゃないのさ!こんな、董の立ったババアなんて、あんただって御免だろうよ!?」
「……そこなんですが、どうなんでしょうね……?」
「……どうなんでしょうね、ってあんた……。自分の事だよ……?」
曲調に従ってまたしてもターン。
そして、周囲の動きに合わせて手を繋いだまま身体を離すと、今度はその腕ごと巻き取る様に彼女を腕の中へと納め、それまでの立ち位置を入れ換えながら、顔が接近したタイミングで言葉を交わす。
「正直、こうやって割って入るのも悩んだんですよ?
セレティさんの感情や将来を無視した行動になりかねなかったですし。
……でも、正直な事を言えば、俺が貴女に好意を抱いているのは事実です。もっとも、その種類までは良く分からないですけどね?」
「……つまり、同情の類いからの行動でも、突発的な行動でもないつもりだ、と?」
「一応は。
ただ、セレティさんであれば、実際にそう言う関係になっても良いかな?とは思えますね。むしろ、大歓迎?」
「……ばっ……!?だ、だから!こんな歳喰ったババア勘違いさせる様な事を言うんじゃないよ!
あんただって、勘違いされても嬉しくなんか無いだろう!?」
「…………いや?そうでもないですよ?
考えてみましたけど、セレティさんみたいな美人さんにそう思って貰えるのであれば、普通は嬉しいんじゃないですかね?少なくとも、俺は嬉しいと思いますよ?」
俺の言葉と同時に音楽が終わり、最後の決めポーズを各ペアが決めて行く。
そんな中、俺達のペアだけが立ち竦み、決めポーズへと移ろうとしていなかった。
理由としては、俺の顔と同じ高さに在る綺麗な顔が、真っ赤に染まって固まっているからであると同時に、小さく、本当に小さく囁かれた言葉によって俺もその場で固まってしまったからであったのだけど。
「…………じゃあ、ウチは勘違いしても良いのかい?こんな、貧相で、薬しか作れなくて、可愛げも無い、三百路間際の今まで貰い手の無かったババアを、貰ってくれるのかい?これからは、あんたの事を『旦那様』って呼んじまうけど、良いんだね?」
………………正直、それは反則だと思いますよ?セレティさん。
ちょっと、可愛すぎると思います。今後は、俺の心臓に悪いので控えて下さいね?お願いしますから。




