36
ダンジョンから魔物か散乱し、ソレを鎮圧してから一夜が明けた今日。
俺は、何故か用意されていた礼服の袖に腕を通していた。
「……ふむ、散々二人から説明されたけど、未だに俺が出なきゃならない理由が分からない。おまけに、戦勝祝いも兼ねて、と言うのなら、余計に主賓は俺じゃない方が良いんじゃないのかね?
前々から思っていたけど、この国の上層部頭おかしいんじゃあるまいかね?」
「……うん、そう言いたくなるのは理解出来るけど、あんまりそう言う事は言わない様にね?
元々この晩餐会は滝川君を歓迎している、って事を内外に公言する為の催しで、そろそろ開催する予定だったのを、タイミングが良いからとダンジョンの氾濫を無事に征した戦勝記念との抱き合わせにした、って事なんだから、君が主賓にならずに誰がなるって言うのさ?」
「そこは、ほら。あの最前線で無双していた人達とか?あの人達なら、一人でもあの象みたいな魔物程度ならどうにかなったんだろう?だったら、俺の噂を上書きする事も含めて、その人達が手柄を挙げた、とかにしておいた方が良いんじゃないの?」
「そこも、昨日言ったじゃん?もう、実際に見て体験した人達がその噂を流している、ってさ。
それに、この国はオルランドゥ王が文武に於ける『文』を重宝する政治を行っているから多少価値観が変わってきているけど、本来なら『武』偏重の志向と嗜好の在る国だよ?本人達が成した事ならともかく、成してもいない手柄を譲られたら向こうの方が怒っちゃうんじゃない?
まぁ、もっとも?その嗜好性のお陰で、多分君の名は。回りは凄いことになるだろうけどね?」
「……なぁ、その現実って直視しなきゃダメなヤツ?」
「直視しなくても良いかも知れないけど、その場合ララさんやルルさんが悲しむ様な事になるかもよ?ワンチャン、桐谷さんも泣くかもね?」
「後半の寝言はともかくとして、あの二人に悲しまれるのは嫌だなぁ……。
と言うか、これ以上『番』と言うか伴侶を増やすつもりも無いんだけどなぁ……」
「…………あながち、寝言って訳でもないんだけどなぁ……」
大型の姿見に写る自分の姿に、内心で『似合ってねぇなぁ』と苦笑を漏らしながら愚痴を呟いていると、魔物の氾濫を鎮圧した際に挙げた功績にて、俺と同じく戦勝祝いに招待された加田屋がその呟きを拾い会話に発展した。
一連の会話にて出て来た情報は、一応昨夜ララさんとルルさんからベッドの中にて事前にレクチャーされたモノであったので、既に把握はしていた事柄では在るのだが、それでも嫌なモノは嫌なのでこうして愚痴として口から吐き出されている訳である。
ちなみに、ベッドの中にてレクチャーされた、とは言ったが、別段二人と『夜戦』を致した訳でない。
まだそう言う関係に至ってはいないルルさんは致したがっている様子ではあったが、俺が負傷して回復して今、と言うタイミングだったので流石に自粛して頂いた。
なので、二人に添い寝されて、同じベッドにて眠りに就いた、と言うだけだ。
……まぁ、至る処から甘い良い匂いだとか、柔らかな肉の触感だとか、モフモフでフサフサな毛並みの誘惑だとかがあったので、俺としても理性を試されるシチュエーションであった事だけは断言しておくよ。
なんて事を思い出した為に、手寂しさからエアモフモフ(ララさんの尻尾やルルさんの耳を想像しながらモフモフしているつもりになる一人遊び。意外と楽しい)にて手をワキワキと動かしていると、俺達が着替え部屋として使っている部屋の扉が軽くノックされる。
思わず加田屋と視線を合わせ、互いに心当たりが無いかどうかを確認する。
ララさんやルルさんなら、軽く声を掛けるだけで直ぐに入ってきただろうし、万が一にも有り得ないが桐谷さんが来ていた場合も、声掛けをしてから入室してくるだろうから、それら意外の人物と言う事になる。
が、互いに特に心当たりは無い、と言う返答しか返って来なかった為に、揃って頭上に?を浮かべながら首を傾げるも、取り敢えずは来客なのだから、と言う事で、俺達の着替えを手伝ってくれていた使用人さん(片方は半ば俺専属になりつつあるらしい褐色肌の執事服を着た女性(多分)。もう一人は加田屋に着いていたので良く分からない)経由で入室の許可を出し、部屋の中へと入って貰う事にする。
「失礼致します。
……フフフッ、良くお似合いですよ?タキガワ様」
すると、入室と共にそんなセリフが俺へと目掛けて投げ掛けられた。
……うん。そう言えば、このタイミングで来訪しそうで、それでいて堅苦しく謙虚に入室の許可を得ようとする人物に、一人だけ心当たりが在ったよ。
加田屋の方も、声とセリフを耳にして来客に思い当たったらしく、歓迎するべきか否かで少し頭を悩ませている様子だ。
とは言え、仮にもこうして招き入れた以上、相手をしない訳にも行かないし、何より相手の身分的に相手をしないのは不味いので振り返ってから視線を向ける。
「……これはこれは、レティシア第二王女殿下ではありませんか。この様な場所にようこそいらして下さいました。
……しかし、婚約者の同伴も無しに異性の居る部屋へと来訪するのは、些か淑女として如何なモノかと存じますが?」
「……あら、それは失礼しました。ただ、今後婚約者となるかも知れない殿方のお待ちになっている部屋に、私自らが足を運ぶのは其れほど不作法と言う様な事では無いかと思いますけれど?」
そう言い合って、視線を合わせてニッコリと笑い合う俺とレティシア第二王女。
しかし、その会話の内容は、表面上は穏やかなモノであったとしても、直訳すれば
『呼んでもいないのに何で来た?野郎しか居ない部屋に来ると、在らぬ噂を立てられる羽目になるぞ?』
『来て何が悪いと?それに、そんな噂が流れたら現実にしてしまえば良いじゃない?』
と言った感じになる。
マジで我ながら面倒臭い事をしている自覚は在るが、ここには他人の目も在るのでこうせざるを得ない。
とは言え、他の人達とは違い、こうして彼女を露骨に警戒しているのにはそれなりに理由が在る。
一応、俺達を直接的にこの世界へと呼び出した現況であるオルランドゥ王とは、俺個人との間での事ではあるが既に話はついている。
王国の方は俺達の基本的な権利を保証し、その上で理不尽な命令等を出さず、対価を支払って依頼として話を持って行く。
俺達(と言うよりも俺と)は、生産施設等を好きに使ったり、王国から様々な支援を受ける代わりに、王国の方から個人や集団に向けて出される依頼を受ける義務と、要請が在ればこの世界の職人等に技術を教授する義務が課せられる、と言う形に纏まっている。
当然、王国の方は申請された支援を断る事も出来るし、俺達の方も不本意の依頼や不得手な技術教授等は断れる、ある程度は均等性の取れた契約となっている。
これは、当然俺と言う生産系に特化した存在の機嫌を損ねたく無かったオルランドゥ王による、ある種の『最善の選択』と言うヤツなのだろう。実際に、割りと自由に動かせて貰っている俺としては、一番最初にそうやって契約しておいて正解だったと言えるだろうね。面倒な場面の回避等にも、割りと便利に使わせて貰っているからね。
しかし、それはあくまでも、俺とオルランドゥ王とが結んだ契約と、俺達の働きと能力を知っている城で働く人々の協力によってもたらされ、履行されている事だ。
……逆に言えば、その契約を守るつもりが無い者にとっては、俺達は未だに『人間』ではなく『道具』でしかない、と言う事だ。
それは、例えば武偏主義に傾倒した前線の将兵達。
例えば、オルランドゥ王の生産系職優遇政策を良く思っていない、有力な貴族達。
例えば、俺達の能力を理解した上で、王家へと取り込んでしまおうと画策している何処ぞの王女殿下、と言った具合に。
……ここまで言えば理解して頂けたと思うが、その『何処ぞの王女殿下』と言うのが、今俺の目の前にて微笑みを浮かべているレティシア第二王女殿下の事だ。
彼女は、最初に例の[スキル]の講習にて知り合って以来の間柄ではあるが、それ以来事ある毎に様々な事を俺へと促して来た。
最初は、この世界の礼儀作法程度なら覚えておいた方が良いかな?と思って俺も素直に学んだりしたのだが、この一週間程でその頻度は徐々に増して行き、数日前の時点で既に俺が作業をしている以外の時間を全てその手の事柄に当てようとしていたり、内容にしても王族として生きる訳でもなければ必要無いレベル(少なくともララさんやルルさんの目から見ても必要ないレベルだったらしい)にまで引き上げて来たりしたのだ。
流石に、そこまで言葉を学ぶつもりは無かったし、何より意味を感じなかったので、何かと予定を入れたりして回避したりしていたのだが、正直意味が分からない。
そんな事をする理由も、そうしなければならない理由も全く見えて来なかったからだ。
そこで考えたのが、俺を王族の中に取り込んでしまおうとしている、と言う事だ。
何かしらの方法で俺を丸め込み、王家の血筋の誰かに婿入りする形で婚姻を結ばせる。
そうすれば、自身の手を煩わせる事は無いままに、半ば傀儡と化させた俺の能力を手に入れられる、と言うのが狙いだろう。
恐らく、王位を狙ってはいるが、そのための功績が足りない、とか言った処だろうか?
その功績作りの為に、俺を取り込みたいのだろう。多分。
まぁ、とは言え、それもあくまで予想に過ぎない。
現状、特に好意の類いを向けられている様には見えないのに、そう言った一連の事柄を押し付けている以上、それしか考えられない、と言うだけの話だ。
もっとも、ソレをララさんとルルさんの二人に話してみた処、何故か呆れた様な視線を向けられてしまったが、そこまで大きく外してはいないハズ。多分だけど。
そんな事を考えながら、彼女の企みを見抜く為に会話を続けて行く。
時折、何故か彼女の瞳に悲しむ様な色合いが過るが、それすらも権謀術数の一つかも知れなかった為に敢えて無視して会話を続けると、何故か加田屋から呆れとも取れる視線を向けられてしまった。解せぬ。
そして、そうやっている内に戦勝祝いの開始時間が迫った俺達は、待ち合わせの約束をしている女性陣と合流するべく部屋を出るのであった。




