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 相対していた魔物の首が落ち、残った身体も動きを止め、落ちた首の瞳からも光が失われた事を確認した俺は、警戒と共に残心を解き、血振りにて刀身から血脂を落としてから納刀し一息吐く。


 ……久方ぶりに感じた命を奪う手応えは、やはり気分が良いモノでも無かったな、と自らの中にて再確認し、気持ちの悪さが残る手をギュッと握り締める。


 骨が軋み、掌に痛みを感じる程に強く握り込む事で、掌に残る気持ち悪さを払拭していると、不意に周囲が先程よりも静かになっている事に気が付く。



 何事か追加で発生したのか!?

 はたまた、ダンジョンから第二波でも出現したのか!?



 そう判断して咄嗟に周囲を見回す俺。


 しかし、そうやって大雑把に見回した限りでは、特に追加でダンジョンから魔物が吐き出され始めた訳でも、門や壁を壊されて魔物が雪崩れ込んだ訳でもない事に気付き、思わず胸を撫で下ろす。



 ならば、何故?他に何が?



 そんな思いから、改めて周囲を見回してみると、皆一様に手を止め、とある一点へと視線を向けて来ていることに気が付く。




 ……そう、具体的に言えば、『俺』へと目掛けて視線を向けて来ている、と言う事に。




 思わずたじろぎ、困惑の表情を浮かべる俺へと、幾つかの気配が接近してくるのが感じられる。


 半ば反射で咄嗟に身構えると、次の瞬間には硬い感触と共に視界を奪われ、両手の自由までもが一瞬にして奪われてしまった事に気が付く。



 俺に気付かれる事もなく、一瞬でここまで完璧に拘束して見せるとは、一体何者だ!?

 でも、自由こそは奪われているみたいだけど、別段傷付けられている訳ではないみたいな……?



 突然の事態に半ば混乱し、拘束を振り払う事も抵抗する事も出来ずに唖然としながらされるがままになっていると、理由はまだ分からないが何故か抵抗したり逃げたりする気持ちが萎えて行くのが感じられた。


 思考が戦闘状態に突入していたからか咄嗟には分からなかったが、この硬い鎧の下にあっても存在感を失わない弾力だとか、力強くさりとて俺の事を決して傷付けない様にソッと抱き締める両腕の感触だとか、汗と鉄と血と臓物の臭いにまみれながらも、それでも尚失われない甘い匂いだとかから、俺を抱き締めて拘束しているのはララさんだと推測出来た。


 でも、なんでまた拘束されているのだろうか?だとか、そもそも魔物はもう良いのか?等の新たな疑問が浮かんで来た為に、緩いながらも脱出は許さない、と言う鉄の意思を感じる抱き締めに抗って顔を上げ、ララさんの顔を覗き込む。


 するとそこには、驚愕と歓喜と悲哀とを同居させた様な、形状し難き感情を湛えたララさんの顔が存在していた。



「……えっと、俺、何かしましたっけ……?」



 思わず問い掛ける俺。


 そんな俺へと、兜をとって素顔を晒した状態にて、無言のままに額をグリグリと押し付けて来るララさん。


 そして、一言




「……心配、したんだから……」




 とポツリと溢す。


 その一言により、前線に出てくるハズの無かった俺が、アレだけの巨体を誇る魔物と戦う様を見る羽目になった彼女が、どれだけの思いで魔物を処理し続けていたのかを思い知らされる事となる。

 それにより、未だに脳内にて入れ続けていたスイッチを、漸くOFFへと切り替える事を実行する。


 途端に身体から力が抜け、目や耳や鼻から少なくない量の血が流れ出る俺の様を見たララさんは、慌てて姿勢を変えながら俺の事を抱き止めつつ更に心配そうな視線を向けて来る。


 そんな彼女の様子に苦笑を浮かべ、口と喉に溜まった喀血を咳と共に吐き出してから、ララさんに向けて改めて口を開く。



「……すみ、ません……。心配を、掛けて、しまって……」


「……ん!そんな事、もうどうでも良い!良いから、もう喋らないで!なんで!?さっきまで元気そうだったのに!?怪我も、特にしていない様子だったのに!!?」


「……ハハッ、大丈夫、ですよ……。別段、直ぐに死に至る様な、状態でも無い、ので……。でも……このままは、少しキツいので……移動、お願い出来ますか……?その後で、説明しますので……」


「……ん。そう言うなら、タキガワを信じる。だけど、治ってからで良いから、必ず説明して貰う。良い?」


「……えぇ、必ず……」



 それだけ返事をして、俺は意識を失う事は無いながらも、回復に勤める為に瞼を下ろすのであった。






 ******






 ララさんによって運ばれ、背中の感触から恐らくはベッドに横たえられたのであろう事を察した俺は、ゆっくりと瞼を開いて周囲を見回す。


 耳も鼻も効かず、辛うじて視覚だけは生きている状態にて集めた情報によれば、どうやらここは城に在る俺の部屋らしい。


 ついでに言えば、俺の視界の端には、心配そうにこちらを覗き込んで来ていたララさんやセレティさんの顔だけでなく、どうやって知ったのか同じく覗き込んで来ていた加田屋や桐谷さん、そしてルルさんとレティシア第二王女の顔まで写り込んでいた。



「……やぁ、これは、皆さんお揃いで……。何か、ご用です、かね……?」


「……ん。タキガワを運んでいる途中で合流した。皆、タキガワの事を心配してる。他は知らない。でも、ここにいる皆位には、教えても良いんじゃない?タキガワ、何をしたの?」



 半ば反射的に茶化す様にして口を開いた俺に対し、言い逃れは許さない、と言わんばかりの様子と視線にて釘を刺してくるララさん。

 そして、どうやらそれはこの場における共通認識であるらしく、皆口には出していないながらも目や表情からは



『さっさと吐け!』



 と言う意思が嫌と言う程に伝わって来ていた。


 元より、一応は話すつもりではいたのだが、それはあくまでもこの場に於いてはララさんのみである。

 ルルさん辺りにはその内話しても良い、かな?とは思っていたが、その他の面子にはぶっちゃけ話す予定は無かったのでこのまま話すのは躊躇われるのが正直な話だ。


 なので、どうしたものかなぁ、と頭を悩ませていると、何か勘違いをしたらしい面々が口々に言葉を放ち始める。



「……護衛って名目で着いておいて、それでいて欠片も役に立たなかったウチだけど、だからってこうして黙ってられるのは結構キツいんだよ?

 これでも、それなりに仲良くなれたと思ってたんだよ?でも、そんなになっちまう様な秘密を抱えてられるのは、寂し過ぎるねぇ……」


「滝川君。僕って、そんなに信用無かったかな?

 言いたくないのは分からなくもないけど、でも、こうしてボロボロになってる姿を見せられれば、嫌でも心配する羽目になるんだからね?これでも僕は、少なくとも僕の方からは、君と友達だと思っているんだよ?」


「そうだよ!私だって、滝川君の事が心配なんだからね!?

 滝川君が、ぐったりしてララさんに運ばれている姿を見て、胸が痛かった!

 目を瞑ったままで開けないから、もう起きないのかと思って悲しくなった!

 深くは無かったけど傷だらけになって、その上耳とかからも出血しているのを見て、死んじゃうのかと胸が締め付けられた!!

 ……滝川君が、私の事をどう思っているのかは分からないよ?けど、それでも私は滝川君が居なくなる嫌だし、傷付く姿は見たく無いの!だから、お願いだから、なんでそんな事になったのか教えてくれない?そうならない様に、私も協力するから……」


「……私は、他の方の様に、純粋に貴方の身を案じて、とは立場上言えません。それに、国にとっての貴方の価値と、ソレを失った際の損失等からの計算だと思われても当然だとは思います。

 ……ですが、だからと言って貴方に危険な目に遇っては欲しく無いのです。何故かは分かりませんが、貴方が倒れたと聞いた時に感じた、寂寥とも痛みとも取れないこの感覚は二度と感じたくない、そう思ってしまったのですから……」


「……あたしは、お前さんがやりたい様にやれば良いと思ってる。やれる事を、やれば良いと思ってる。

 ……でも。でも、ね?お前さんとあたしらは、もう『番』なんだよ?確かに、あたしはまだそう約束しただけかも知れない。だけど、ララはもうお前さんの番なんだ。あたしらは、一回番として定めた相手に死なれるのが、何よりも辛く悲しくやるせないんだよ。

 ……だから、せめてあたしやララには、何をしたのか、今後どうなるのか位は教えておいてはくれないかい?」



 五者五様に、それぞれの口調と内容は異なりながらも、一律に俺の事を案じてくれている皆。


 そんな皆の表情を、ぼやける目ながらも見せられてしまった俺は、骨や間接が軋み、力は入らず、その重さを支えるので精一杯で、動かすだけで震える腕にて未だに返り血と土埃と汗とにまみれている髪をクシャリと握り潰すと、一つだけどうしても気になっていた事を問い掛けた。



「……ララ、さん……。先に、一つだけ……聞いても、良いですか……?」


「…………ん。なに……?」


「……ダンジョンからの、魔物……アレって、どうなりました……?無事に、制圧出来た、んですか……?」


「……ん。それなら、心配ない。外に出て来た雑魚は全滅させたし、あの氾濫の原因になった大物はタキガワが仕留めた。だから、もう大丈夫」


「……じゃあ、あの時、変に、静かになっていた、のは……?」


「……アレは、非戦闘要員のハズのタキガワが、一人であんな大物と渡り合って、その上で大した負傷も無く倒したから。皆、驚いていたよ?もっとも、称賛の方が多かったみたいだけど」


「……ハハッ!……成る、程……俺の、心配は……杞憂だった、と言う事、ですか……。なら……安心、しました……」



 一旦言葉を切り、鉄の臭いのする吐息を整え、少しだけ目を瞑って自分の中での葛藤を整理する。


 そして、自らの中で踏ん切りを付け、それまで頑なに秘密にしていた事を語る覚悟を決めて瞼を開けると、震える身体で半ば無理矢理上半身を起こして皆と視線を合わせてから俺自身の過去を語り始めるのであった。




「……取り敢えず、結論を先に話してしまうと――――――」

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