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本日三話目になります
物理的に重い足取りにて、徒歩のままに学校へと向かって歩いて行く。
校則では自転車の使用は禁止されていないが、別段そこまで遠い訳でないし、多少時間が掛かるだけなのでそのまま歩いて通う事にしていた。
そうして歩いて行く街並みは、どこもかしこも『戦勝五周年記念祭』とやらを喧伝するポスターや登りで埋め尽くされており、行き交う人々も皆その話題で持ちきりになっている様子だ。
そんな、何処か、処では無い位に浮かれた雰囲気を纏っている人々を見る俺の目は、さぞや冷ややかなモノであるのだろう。
何故なら、皆が口々に囁く『戦勝五周年記念』なんて物事は、欠片も真実を含んでいない虚飾の偶像だと言う事を、俺は知っているからだ。
何せ、約『四年前』から、今から丁度『一年前』までの間、俺はその終わったハズの戦争の最中で、相手を殺して殺して殺し尽くしていたのだから。
一応言っておくと、書類の上と世間一般的な事を言えば、確かに五年程前に戦争は終わった、と言う事になっている……らしい。
おまけに、その時に多額の賠償金とそれなりの大きさの植民地としての領土を奪い取ってもいる、と言う事は、俺も戦場で同じ部隊にいた他の隊員から聞いた事は在る。
だが、実際の処としては、そうやって終戦宣言が出された後も戦闘行為は続けられていて、孤児として両親の居なかった俺が実験動物として引き取られ、様々な人体実験の末に全身の筋繊維と骨格をそれぞれ高密度アラミド繊維と高硬度チタン合金に置換された人間兵器に改造され、戦線に投入されたのが俺が十二の時の四年前。
そして、その後様々な作戦に従事させられ、その過程で急造の身体に色々なガタが来ていた俺は、一年前に参加した最後の作戦を仲間達の命と引き換えにどうにか成功させると、これ以上の作戦行動の達成は不可能に近い、と言う報告書を最早完全に以前と同じ性能を発揮する事が不可能な程にボロボロになっていた俺の身体のデータを提出して退役し、その後一年近くリハビリと一般常識を学び直してから、今から三ヶ月前の四月に今の学校に入学した、と言うのが現在までの俺の流れだ。
……なんだか話が途中でズレた気がしないでもないが、結論から言えばまだ戦争自体は続いている、と言う事だ。
少なくとも、俺が足を洗う事になった去年の作戦の前ではこちら側が情勢的に若干不利。作戦を成功させた事で微妙に優位、と言った感じだったので、終戦時期処か大勝したとか言う部分も真っ赤なウソと言う事になる。
まぁ、もっとも?その辺の諸々は退役する際に『禁則事項』とデカデカと書かれた書類にサインさせられて、誰かに話せば俺が物理的に消される契約になっているんだけどね?
俺本人としては、退役したい、と言い出した時点で、最後の土産に銃弾の一発でも貰って消される羽目になるとばかり思っていたから、正直こうして生きてるのが不思議な処なんだけど。
アレか?既に俺をこうした技術者は死んでいるから修理のしようが無く、どの道後数年もすれば死ぬだろう、って報告書に書いておいたのが効いたのか?それとも、当時作戦司令室のお偉いさん方が喉から手が出る程に欲しがっていた相手方の資料を、最後の作戦を成功させるのと同時にちょろまかして来てソレを添付しておいてのが大きかったんだろうかね?
当時それらを纏めて提出した時は、資料の方を見て大喜びしながら『君こそが英雄だ!』とか言いながら肩を組んできたオッサンが、報告書を読んで沈痛な表情をしていた様な記憶が在るから、多分両方だろうかね?まぁ、どうでも良いか。
それに、どのみち今すぐ死ぬ訳でもないのだし、別に良かろう。
まぁ、長く生きたからと言って、これと言って何をしたいと言う訳でもないのだけどね?もっとも、だからと言って今すぐ終われ、とも思ってないけど。
なんて事を考えつつ街並みを眺めながら登校していると、背後から聞き覚えの在る軽快なリズムの足音が聞こえて来る。
それと同時に
「滝川くーん!ちょっと待って、滝川君!」
と声が聞こえて来たので、その場で足を止めて振り返る。
すると、明るい茶色のフワフワとした肩口までのセミロングヘアーを揺らしながら、こちらへと駆けて来る一人の少女の姿が在った。
「……はぁ、はぁ。もぅ、早いよ、滝川君!少しは待ってくれても良いじゃない!」
「……俺で早かったら、皆オリンピック選手になれるんじゃないの?取り敢えず、おはよう。桐谷さん」
「おはよう!滝川君!……でも、前から言ってる様に、名前で呼んでくれても良いんだよ?」
息を急ききらせて駆けて来たのは、俺のクラスメイトの桐谷 花怜さん。
どちらかと言えば『綺麗』と言うよりも『可愛い』と表現する方が妥当そうな顔の造りと引き締まったスタイルをしているが、近年女性の平均身長が高くなりつつあるとは言え、その中でも長身と言っても良いであろう170cm近い身長と、年相応な女性的な丸みとボリュームを兼ね備えてもいる、所謂クラスのアイドル的立ち位置にいる美少女、と言うヤツだ。
クラス分け最初の自己紹介の際に『事故』の後遺症で少し身体が不自由だ、と言った事で席が隣であった彼女は俺の事を気に掛けてくれているらしく、何かにつけて手を貸してくれたりしている。
それに、偶然通学路が同じ様なルートであるらしく、こうして出会した場合は声を掛けてくれたりするのだ。
俺としてはありがたい限りだけど、それで彼女の負担になったり、下らない噂のネタにされたりするのは申し訳無いので以前断りを入れたのだが
『言いたいヤツには言わせておけば良いんだよ!』
との、外見からは想像も出来ない程の豪快な返答を頂いてしまい、今の様な関係に落ち着いている感じだ。
……まぁ、それで俺に対しては実害が出てしまっているから少々アレだけど、基本的には良い人だと思う。
そんな彼女は俺の隣まで到達し、少々乱れた息を整えるとおもむろに鞄の中へと手を差し入れると、とある包みを取り出した。
それは、一見店売りにしてはラッピングに粗があり、お世辞にも商品としての価値は高そうには見えないし、何より中身のクッキーと思わしき焼き菓子の大きさや焼き加減も不揃いである様に思える。
しかし、何処か市販品には無い『暖かみ』の様な何かが在る様な、不思議な存在感が感じられた。
それに対して視線で問い掛けると、それまでとは別の意味合いで顔を赤く染めながら、普段の活発なそれとは打って変わってオズオズとした様相を呈しながらその包みを俺へと差し出して来る。
「……えっと、その……クッキー焼いてみたんだけど、良かったら食べてみてくれない、かな……?少し不恰好だし、ラッピングも可愛く出来なかったけど、味見してみた限りならそこまでおかしな出来にはなってないハズだから、後で感想とか聞かせて頂けるとその……有り難いんですけど……?」
「……ありがとう、桐谷さん。早速頂いても?」
「……!う、うん!!」
その、まるで『恋人に贈り物を差し出す乙女』と言った感じの様相と雰囲気に思わず勘違いしてしまいそうになるが、戦場で鍛えた精神力で平静を装い、その場で断りを入れてからラッピングを解く。
そして、食い入る様に桐谷さんに見詰められる中、クッキーを一枚取り出して口へと放り込み、咀嚼し、味わって余韻を楽しむフリをしてから、桐谷さんへと向けて笑みを浮かべる。
「……うん、確かに、大きさなんかは不揃いだけど、ちゃんと美味しく出来てるよ。バターの香りなのかな?優しい味付けで、俺は結構好きかも。また貰えるなら、喜んで食べさせてもらいたいかな?
ありがとうね、桐谷さん」
「……!うん、うん!喜んで貰えたなら良かったよ!滝川君に『美味しい』って言って貰えて嬉しいな!また作るから、その時はまた食べてくれるよね?」
「あぁ、その時は、喜んで頂くよ」
「えへへ!約束だからね!」
俺からの感想に、嬉しそうな様子を隠そうともしない桐谷さん。
俺とほぼ変わらない程の長身にてその動作は流石にどうよ?と思わなくも無いが、何故か彼女であれば許せてしまうと言う心の動きに不思議に思いながらも、次はどうしよかな?と今からはしゃいだ様子にて『次』の算段を立てている彼女の姿に、思わず沸き上がった罪悪感にて胸の内がズキリと痛む。
そして、密かに渡された包みの残りを『そのまま』鞄へとしまい込みながら、胸中にて彼女へと詫びるのであった。
……ごめんなさい、桐谷さん。
本当は、もう殆ど味覚も壊れてしまっていて、僅かな苦味や香りを感じられる程度しか残ってないんだ。
だから、君の作ってくれたクッキーの甘味だとかは、もう感じられないんだ、なにも、ね……。
だから、さっきの味の感想も、『美味しい』って言葉も、全部ウソなんだよ……。
取り敢えず今日はここまで
序盤が終わるまでは毎日更新出来たら、良いなぁ……




