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「いきなりで悪いんだけどさ、あたしもお前さんの『番』にしちゃ貰えないかい?」
唐突なその言葉により、思わず思考が停止する。
今しがた会ったばかりなのに獣人は積極的だなぁ、だとか、俺もう既にそう言う相手はいるんだけどなぁ、だとか、サバサバしつつも自身のアピールポイントを心得ていて積極的にソレを生かそうとする女性って素晴らしいと思います!だとかの考えがとりとめも無く脳裏をグルグルと回転して行く。
……いや、確かに?俺も男ですし?如何なる理由によってでも、こうしてストレートに言い寄られるのは悪い気はしないよ?正直な話として。
それに、複数人の女性を侍らせてハーレム!とか言う展開にも憧れが無い訳でもない。本音を言えば。
それに、趣味が合って(武器や防具の製造についてだけど)、美人さんで(フサフサの耳と尻尾が付いているのはご褒美です!)、それでいてスタイルも良い(下手をすればララさんと同じ位は在りそうな……?)女性からそんな事を言われれば、嬉しくない訳が無い。ぶっちゃけ『yes』と答えてしまいたい気持ちも無くはない。
……だが、残念な事に。非常に残念な事に、既に俺にはララさんと言う、俺には勿体ない位に素晴らしい女性がパートナーとして存在している。
既に彼女と出会い、そして関係を結んでしまっている以上、こうして言い寄られている(?)状況は嬉しくはあるが断らざるを得ないだろう。
流石に、ここで受けるのは倫理的にもアウトだろうし、何よりララさんに対して不誠実だ。それに、彼女の目の前での出来事でも在るのだしね。
取り敢えず答えを出した俺は、期待を込めた瞳にてこちらをウキウキと見詰めている(弛く振られる尻尾とパタパタと動く耳からも推測)ルルさんへと、断りを入れるべく口を開こうとしたその時。
俺の隣の席に座り、最初からずっと話を聞いていたララさんが
「……ん?貴女、タキガワの『番』になりたいの?
……うん、合格。良いよ……?」
と、実にアッサリ許可を出してくれやがったのだ。
しかも、俺に確認を取る事もせずに。
「お、マジで!?やった!じゃあ、コレからよろしく頼むよ、旦那様♪色々な意味で、ね♥️」
ソレを受け、外見年齢(二十代中盤から後半?)からはそぐわない程のはしゃぎぶりを見せ、その場で跳び跳ねて喜んで見せるルルさん。
その動作によって装備されている大質量物体が、凄まじいまでの躍動を見せているが、そこには敢えて触れないで隣のララさんを問い詰める。
「……ねぇ、ララさんや?こちとら、あんたさんと関係を持っている以上、受ける訳にも行かないし誠実でも無いから、とスッパリ断ろうとしていたって言うのに、その当の本人様がなに承認してくれちゃってるんですかね?
と言うか、それって良いの?二股よ?二股」
「……ん?不誠実……?『不誠実』って言うのは、自分から複数の相手に手を出して、その関係を続けられなくなる事なんじゃ……?
それに、『ふたまた』って何……?普通、吾達獣人は複数の妻を娶るモノだけど……?」
「「…………んんん……?」」
互いの言い分に、思わず顔を見合わせて首を傾げる俺達。
どうやら、互いに認識している常識が異なるらしいので、そこら辺の擦り合わせをする為に口を開く。
「……えっと、取り敢えず、俺の認識では、複数人と付き合ったり、そう言う関係になったり、結婚したりするのは法律で駄目だと決められていましてね?
何より倫理観としてそう言う事をするのは不誠実で、ただ一人と深く愛し合い慈しみ合う事こそが正しい、って考えられていたんだけど……?」
「……ん?こっちとしては、と言うか吾達獣人としては、複数人と結ばれるのは『割りと良く在る』程度の認識。
吾達獣人は、群れを造っている方が安心するから、むしろ特定の一人を中心として複数人の相手、って感じが基本……?
誠実さ、って認識も、吾達にとっては複数人に手を出し過ぎて、関係を持った相手を蔑ろにする様な状態の事を指して使う。だから、複数人と関係を持つ事はほぼ大前提。
ちなみに、この周辺の国では、複数婚は認められているから、特に心配する必要も無いけど……?」
「……えぇ……?マジで……?」
「……ん。ちなみに、戦闘系の【職業】を持つ連中が、結構な頻度で前線から帰らない関係上、基本的に女性の方が余り気味って事も在る。制度的に、無関係でも無いハズ……多分」
「……それで良いのかこの世界……」
「……ん。まぁ、少なくとも数百年はコレで来てる。だから、良いんじゃない……?
ついでに言えば、吾としては、最低でも後三人位は娶って貰いたい。そうすれば、家事に、仕事に、子育てに、と手分けして当たれる。だから、頑張って……?」
「……お、おぅふ……」
予想外過ぎる返答に、思わず変な声が出てくる。
隣で聞くだけ聞いていた他の面子も、それぞれの表情にて驚きの余り固まっている様子だ。
とは言っても、男性陣は
『もしかして自分のハーレムもワンチャン有り得るか!?』
と言った感じで、期待に目を輝かせ、女性陣は
『それってどうなの!?でも、本人達が納得していて障害も無いのなら別に……?』
と言った戸惑いの強い感じである様に見受けられた。
そして、そんな俺達の様子と、少し前から難しい顔をしてララさんと話し込んでいる俺の様子から、このままでは一つ目はともかくとして二つ目は難しい、と判断したのか、俺の正面にて手を突いて覗き込んでいた体勢から大きく身を乗り出して、良く人慣れした猫の様に俺の胸元へとその頭頂部を唐突にグリグリと擦り付けて来た。
「ほらほら、あたしが良いって言っていて、お前さんの番も良いって言ってるんだから別に良いじゃないのさ!既に『そう言う関係』になったのがもう居るんだし、他に一人や二人増えた処で大して変わりやしないだろう?なぁ、駄目かぃ?」
「……いや、その増えるって点について、納得しかねている訳でして……。
……と言うか、俺とララさんが『そう言う関係』だって言いましたっけ?それとも、城の内部だとそう言う噂話になっていたりするんですかね……?」
「いんにゃ?あたしら獣人は、お前さん達みたいな只人よりも鼻が効くのさ。そのお陰で、求愛期に入っている獣人は一目で解るし、誰と『そう言う関係』になったのか、そもそも関係を持っているのか、位なら割りと簡単に嗅ぎ分ける事は出来るんだよ?知らなかったのかい?
……あっ、そこ♥️そこもうちょっと強く♥️それでいてリズミカルに♥️♥️♥️」
「…………なん、だと……!?じゃあ、ここ数日、騎士や使用人の人達の中で、獣人の人達とすれ違ったり挨拶したりする時に、矢鱈と生暖かい視線を向けられていたのって、もしかしてそう言う……!?
…………はっ、しまった!ほぼ無意識のまま、目の前に差し出されたモフモフをモフってしまっていた……!?まぁ、嫌がられてはいないみたいだけど……」
「……ん!タキガワ、触るなら、吾の方が先!それに、触りたかったなら言えば良い!その程度、吾なら幾らでも大歓迎!むしろ、手触りならそっちより吾の方が良い!だから、触りたいなら吾のを触る!!」
「……アフン……♥️ヤバい♥️あたしの腰、砕けちゃいそう……♥️
こんなテクニック隠していたなんて、お前さんも酷いお人だよ♥️こんなの、絶対に逃がしたく無くなっちまったじゃないのさ♥️」
「……ん。逃がさない、と言う点には同感。でも、吾の方が先に見付けた番!この序列は絶対!そこだけは、守って貰わないと困る!!」
「あいあい。あたしは別に正妻の座云々に興味は無いさね。ただ、その職人としての腕は期待してるけどね。まぁ、もっとも?番として付き合ってもらうんだから、ちゃんと『可愛がって』貰うのも期待してるけどね♥️」
「……ん。そこは、当然。番になった者の、当たり前の権利。
……だけど、覚悟しておく様に。タキガワの『可愛がり』は凄いから♥️」
「……そんなに、かい……?」
「……ん♥️思い出しただけで下腹部が疼く程度には……♥️それに、体力・持久力共に凄いから、嘗めてかかると大変な事に……♥️」
「……ほうほう?それは、ますます当たりを引いたみたいだねぇ♥️
じゃあ、早速部屋に行こうかい?色々と、今後についての『話し合い』が必要だろう?」
「……ん。確かに必要。なら、移動する……!」
「…………あの~、俺の意見とかは……?」
「「(……ん?)それって、必要ある(かい)……?」」
「……あ、はい、そうですね……」
バッサリと意見を叩き斬られた事により項垂れる俺を、前後からララさんとルルさんが挟み込んで半ば強制的に席を立たされる。
後ろから来る柔らかなララさんの感触と、前から来る張りの強いルルさんの感触に、思わず別の意味でも『立ち』そうになったが、状況の破壊力の高さに思考が漂白され、寸での処で最悪の事態に発展する事は防げたらしい。
もっとも、加田屋と獅子藤だけでなく、こちらのテーブルでの会話に注目していた男性陣からは
『クソッ!見せ付けてくれやがって!!』
『あいつであんな美人が落とせるなら、俺ならもっと凄いハーレムを造ってやる!絶対だ!!』
『……あの野郎、絶対に許さねぇ。必ず俺の手で殺してやる……!』
『……僕には出来ない事をサラリとやってのける。ソコに憧れ無いし痺れもしないけど、あそこまで肉食系お姉さん達に取り合いされるのはちょっと羨ましいかも……』
等の怨嗟に満ち溢れた呟きが向けられ、桐谷さんや姫島さんを含めた女性陣からは
『……正直、ハーレムってどうなのよ……?』
『でも、ああ言う関係はちょっと羨ましいかも……?』
『ハーレム入りしろ、なんて言われても絶対に嫌だけど、あそこみたいに同意の上ならアレはアレでアリなのかも……?』
『くっ!?先を越された!?
……でも、私は絶対に諦めない。何が在ろうとも、絶対にだ!!』
と、若干の戸惑いが見られはするものの、そこまで完全否定、と言う訳でもない様に見受けられた。
……まぁ、若干決意を固めた様な表明が聞こえた様な気もするが、多分気のせいだろう。きっと。恐らく。
そして、そのまま流れで部屋へと連行され、結局致す事は無かったながらも二人掛かりで押しきられてしまった俺は、ルルさんとも番になる事を約束してしまい、晴れてハーレム(めいた何か)を作る事になってしまったのであった。




